マナとは?
通された場所は、会議室のような雰囲気の部屋でした。
会議室のようなと申しましても、テーブルも椅子も石?硬くして磨いた土?のようです。
椅子の座面には毛皮が敷かれていますので、お尻は痛くならないですね。
私達が椅子に座ると、陶器のコップに入った果実水が目の前に現れました。
これも魔法ですかね、えー…テレポーテーションとか言うやつですか?
ちょっと便利そうですね、私にも使えるでしょうか。
「それで、お話なのですが、まずは名乗りましょうか。
私の名前はヨルゼルです、種族は魔族ですね」
魔族の方でしたか!
見た目から翼の無い天使かと思っていました。
貧相な私のイメージでは、魔族の方は黒いというイメージでしたから、こんなにはかない見た目だと思いもしませんでした。
「オレはマネ鳥の亜人でチャックと言います」
「森ネコのシナトラです」
「我の今の名前はブルースだ」
チャック達も挨拶をしましたけれど、何故でしょう、ブルースの発言がちょくちょく引っかかるような気がします。
「オレから聞いていいですか?
コイツ…ジョニーがオレ達に真名をつけたとソイツ…ブルースが言うんだけど、ホントなんですかね?」
チャックが率先して聞いてくれます。
ありがたいですねえ、私は何がわかっていないのかがわからないですから。
「少し鑑定しても?」
ヨルゼルの問いにチャックが頷きました。
そのチャックから順に視線を巡らせていくヨルゼル氏の視線が、四人を見た後に、小さく息を吐き、言葉を発します。
「そうですね、皆さん名乗られた以外の名前が付いていますね」
「いつの間に?」
「それは私にはわかりませんね。
本人に聞いてください。
そこの貴方…ジョニーさんでしたか?
彼らに名付けをする時に、別の名前を思い浮かべませんでしたか?」
問われて、名前をつけたときのことを思い出します。
「彼らの名前は、以前いた世界の方々から付けました。
その際に長いものは略したり、ファーストネームを省いたりしましたね。
例えば彼なら、チャックべ……」
「わーーーー!!
口に出すなんて信じられない!
真名を付けられただけで信じられないのに、他の人の前で口にするなんて、ホント信じられない!」
大声で止められました。
「経緯は分かりましたから、声に出さなくて結構です」
ヨルゼル氏にも止められました。
名前がそんなに大切な物なのでしょうか?
私の疑問を感じ取って下さったのか、ヨルゼル氏が説明してくれました。
「名前は【そのモノを知らしめるモノ】なのは分かりますか?」
私は首を振ります。
「頭に浮かんだモノを他者に伝える時に、名前がないと伝えられません。
つまり、相手の中には、そのモノが存在しないのです。
例えば、今私が何を思い浮かべているか分かりますか?」
分かるわけないですから、また首を振るしかありません。
「部屋の中にある物で伝わりますか?」
部屋の中には多数の物が有るので、伝わりません。
「腰掛ける物…である程度は伝わるでしょう」
腰掛ける物でも、部屋の中だけでも、机の前の椅子、一人掛けのソファー、三人掛けのソファー、暖炉の前には寝椅子、窓辺にはロッキングチェアも有りますね。
「ソファーだとしても、一人掛け、三人掛けと有ります。
一人掛けのソファーも私の座っている、背もたれが毛皮の物、あなた方の座っている背もたれが布製の物、その布製でも、色がそれぞれ違います。
つまり【ソファー】が呼び名、【赤い布の背もたれの】と個を識別できるモノが【真名】と呼ばれます」
………難しいです。
私なりに解釈してみましょう。
……苗字が呼び名で、下の名前が真名なのですかね?
実家の近所で『後藤』は沢山いましたけれど、『後藤 丈二』は私だけでした。
ですから『後藤が酔っ払った』と言われると、どの後藤なのかわからないけど、『後藤の丈二が酔っ払った』ですと、『ああ、あいつね』と正しく伝わる…………と言うようなイメージでいいのでしょうか。
「【真名】についてはなんとは無くですが分かりました。
けれど、【真名】が付いているからと言って何かあるのですか?」
個別認識されたからと言って、何か慌てるようなことがあるのですかねえ。
「【個】として識別されると言うことは、その全てを把握し、全てを握ることになります。
つまり命を握ると言うことです」
どうやら思った以上に危険なことのようです。
真名を握った相手は、強制的に相手を動かすことができるそうです。
『相対している敵の手を切り落とせ』とかならまだしも、『親の寝首をかいてこい』とかでも抵抗できずに実行してしまう…とか。
どんな命令でも、心では反発しても、体が実行してしまうそうなのです。
随分と物騒で危険なことです。
名付けだけだと、付けられた方が嫌なことは強制できないそうです。
名付けはお互いの意思が尊重されるけれど、真名を握ると言うことは、隷属させると言うことなのですね。
しかしメリットも有って、真名を握った相手が生きている限り、死滅することは無いそうです。
例え髪の毛の一本になったとしても、再生して復活できるそうです。
……けれど、それはメリットなのでしょうか?
つまり死んでも逃れられないと言うことですよね。
考えただけでもゾッとします。
「あ!あの!その真名を取り消すことはできないのですか?」
そんな怖いモノを預かる気はありません。
うっかり『あいつ死ねばいいのに』とか思いでもしたら、チャック達が人殺しに成りかねないのですよね?
恐ろし過ぎます。
「勿論できます」
ヨルゼル氏の言葉にホッと息をつきました。
「しかしあなた方の場合、する必要はないでしょう」
「いえ、こんなに重要なことを知らなかった私が悪いのですが、チャック達のためにも、取り消したいのですが…。
どんな人間にも残酷な面はあります。
それがうっかり口に出ることもあるでしょう。
そんなうっかりに巻き込むことにでもなったら、私は自分が許せなくなるでしょう。
ですから、私のためにも、チャック達のためにも、真名で縛るなんてしたくないです」
私が正直な気持ちを話すと、ヨルゼル氏は、ふむと一つ頷き、
「相手の為…だけではないのですか。
なる程、そんな偽善的なことを言うようなら、命令をできないように喉を潰そうかとも思ったのですが…」
その言葉に思わず喉を押さえましたけれど、それも仕方ないことです。
家族に…と思った相手に酷いことはさせたくありません。
そんな私の下に妻が戻ってくるとも思えません。
私はいつでも妻に胸を張れる男でいたいですから。
私は喉を押さえた手を下ろして目を瞑ります。
「そうですね、それがいいかもしれません」
覚悟を決めて「どうぞ」と言うと…………。
コップが現れたのは実は従者が置いたのです。
彼らは姿を見せません。
その理由は後程。