お出汁布教、そして新しい取り引き先獲得
「あのー、すみません、少しお話を聞いていただいたいのですけど、よろしいでしょうか?」
「あーん?」
「作って頂きたい物が有るんですけど……」
私が訪れたのは、宿の人に聞いた、網元…この街での漁業を取りまとめている男性の家です。
家の前に置かれたベンチに腰掛けて話をしている二人の男性に声をかけます。
五十代くらいと四十代くらいの男性です。
「あ?誰だお前」
「失礼しました、私はジョニーと言います。
宿の方に聞いたのですけど、漁師さんを取り纏めていらっしゃる、ハスカヌさんはいらっしゃいますか?」
「ワシがハスカヌだ。
なんの用だ」
私が問うと、年嵩の男性が答えました。
「是非とも作って頂きたい物がありまして……」
「は?作る?
料理を作ってもらいたいんなら、食堂へいきな」
取り付く島もありません。
でも諦めませんよ。
この世界にも干物や燻製は一応有ります。
内陸部の方々が海の魚を食べようと思うと、運送上の都合により、干物か燻製になってしまうのです。
食べれば美味しいと言えども、料理方法の少ないこの世界で干物や燻製は、焼くしか無いのです。
なので好事家の珍味としてしか需要が無く、製造量は少ないそうです。
「は?雑魚を干して欲しい?」
私の注文は勿論、煮干しです。
ついでにあじの開きも。
「こんな雑魚を食べると言うのか?
家畜の餌だぞ?」
煮物や揚げ物の無いこの世界で、アジやイワシは雑魚扱いで、家畜(魔物)の餌にするか、食べる物が無い時に野菜などと一緒に炒めるくらいしか、調理方法が無いそうです。
イワシを野菜と炒める?
美味しくなるとは思えないんですけど…………。
私はダイズスキーで作って少し分けて貰ったお出汁を、マジックバッグから取り出し、小皿に移しハスカヌさんへ差し出しました。
「お出汁……この調味料を作る原料となるのです」
胡散臭げに小皿を受け取ると、匂いを嗅ぎ、少し考え込んだ後、小皿の中身を飲み干しました。
「……………このスープが雑魚で作れるっつーのか?」
「スープでも使えますけど、色々な料理の味のもとになるんですよ」
例えばこんな物を作れますと、肉じゃがと味噌汁を取り出します。
「こりゃあ芋をショーユで焼いた物だろ?
ツマミで出してる酒場も有るが、辛いばかりでワシは好かん。
ミソスープも辛いだけだろ。
辛いから酒は進むが、それだけだ」
醤油をかけた焼いた芋……聞いただけで美味しくないのが想像できます。
「ハスカヌ、どうやらショーユ焼きとは匂いが違うぞ」
四十代くらいの男性が肉じゃがに手を伸ばします。
指で芋を摘むと、
「うわっ、柔らけー。
持っただけで崩れるぞ」
芋は崩れました。
そりゃあ噛まなくても口の中で潰れるくらい、ホクホクになるまで煮てますからね。
崩れてカケラになった芋を口に入れた男性は、無言のまま次の芋へ手を伸ばします。
ヒョイパク、ヒョイパク、ヒョイパクと、芋は男性の口の中へ消えていきます。
「おいおい、そんなに美味いのか?」
ヒョイパク、ヒョイパク、ヒョイパク、ヒョイパク……あ、最後の一つに手を伸ばしかけた男性の後頭部を、ハスカヌさんがひっぱたきました。
最後の芋を口にしたハスカヌさんは、黙りこみます。
「こちらもお試しください」
木製のマグカップに入れた味噌汁を手渡しますと、今度はすぐに口をつけました。
「…………………………………………」
またもや無言のハスカヌさん。
もう一人の男性も受け取り、味噌汁を飲みます。
「うっっんめ!
なんだよこのミソスープ、辛いだけじゃないじゃん、なんかこう……わからんけど美味い!」
語彙が崩壊しているのか、元々この世界に旨味とか滋味と言う言葉が無いからなのか、「わからんけど美味い」を繰り返しています。
「…………………………これがさっき言ってた雑魚に関係あるのか?」
復帰したハスカヌさんが言うので、大きく頷き、煮干しを出します。
「この煮干しでお出汁をとって、そこに味噌を溶かすと、この味噌汁になります。
具を変えると毎日違う味噌汁が飲めるんですよ」
「肉とかソーセージとかか?」
毎日違うの言葉に、若い方の男性が口を挟みます。
豚汁なら肉は入ってますけど、ソーセージの味噌汁……何かのドラマでネタ料理みたいな扱いで見た記憶が。
「いえ、玉ねぎや芋や海藻、麩…は無いか、卵や貝、豆腐、大根、かぼちゃ、ナス………野菜は一通り合いますね。
組み合わせて具沢山にしたりもしますし、色々楽しめますよ」
言ってて豚汁が飲みみたくなりましたね。
後で具材の買い物をしましょう。
「先程の肉じゃが…芋を煮たものも、お出汁と醤油で煮込んだものです。
醤油はお出汁と組み合わせると最強ですよ」
私は今、ポチさんの言うところの、ドヤ顔をしているのでしょうね。
ふふふ。
「ここは美食の街ですよね。
商業ギルドにいくつかレシピを売りましたし、ダイズスキーに専用レシピも渡しています。
これからお出汁の需要が増えますので、是非作り方を覚えて、美味しい煮干しを作って頂きたいのです」
そして私に直接卸して欲しいのです。
カカルの民の乳製品に続き、産地直送の新鮮食材入手の契約、それがこの街に来た目的です。
それにもう一つ………。
出汁が無いと和食の味は崩壊しますよね。
私はいりこ出汁派です。
なぜジョニーが煮干しの出汁を知ってるかと言うと、今では顆粒だしや、液体の出汁が主ですけど、昔は味噌汁を作るたびに、いりこや鰹節で出汁を取るものでした。
その幼い頃の記憶をティちゃんが拾い、こうなった……と思って下さい。
いりこは頭とハラワタを取り除いて出汁を取ると、濁りが殆どない出汁が取れます……面倒だけどね。
そして出汁を取った後のいりこはご飯に乗せて猫の餌………昭和あるあるですよ…ね?