8.
我が子を三人とも送り出して、不自然なほどに静かになった屋敷でふとエリオットと二人で屋敷に残るのは十一年ぶりかと思い出す。
まだあの子達は十歳で、カナンだってお嫁に行くのは十年も先のことだ。けれどいつかはこれが普通になる時が来るのだろう。
そう思うと気が早いことに今から寂しくなってしまう。
それこそエリオットのように嫁に出したくはないなんて、言いはしないけれど思ってしまう日が来るんだろうな……。
「……ユタリア、久しぶりに一緒にクレープを食べに行かないか?」
「いいですね!」
こうしてエリオットが外出に誘ってくれるのも、きっと子どもが小さい今のうちだけである。
「はぁ、やっぱりクレープは美味しい……」
やはりクレープといえば、エリオットと町で初めて出会ったこの店である。
来るのは十一年ぶりだが、口いっぱいに頬張った瞬間から甘さがジンワリと身体に染み込んで来るこの美味しさは相変わらず健在である。
「そう、だな」
こんなに美味しいクレープを手にしているのに口をつけようとしないエリオットの表情はまるで曇り空のようだ。
エリオットから誘ったのに食べないなんて、何か言いたいことでもあるのだろうか?
屋敷の中では言いづらく、この場ですらも言い澱むような……。
ここに来る前、リガードから何か耳打ちされていたようだし、彼はエリオットが私に何か言いたいことがあるって知っていたのかしら?
リガードが絡んでいるとなるとあまり嫌な予感はしないけれど、今日に限ってあの子達が行くのはリガードのお屋敷ではなく、ブラントン屋敷だったのだ。
生クリームを程よく溶かす出来立てホカホカのクレープの手を止めることはしないが、何かあると勘繰りたくもなる。
チラチラと横を確認しながら食べ進め、結局エリオットがそれに口をつけるよりも私が食べ終わる方が早かった。
あったかいうちが一番美味しいのに、みすみすベストタイミングを逃すなんてなんとも勿体ない。
しびれを切らした私はついにエリオットに切り込むことにする。
「エリオット様、何かあるなら話してくれませんか?」
言ってくれなきゃわからない――と。
けれど言うつもりがないのならないでいいと逃げ道も作って。
「ユタリア、その……」
「はい」
「旅行に行かないか?」
「いいですね! あの子達も大きくなりましたし、セロイは聖地巡りに行けなかったことを気にしているようですから」
「そうではなくて、その……二人で。新婚旅行、行かなかっただろう? その代わりに」
「え? えっと、なぜ今さら?」
「子ども達も大きくなったし、二~三日なら実家であの子達の面倒を見てくれるっていってたから……」
恥ずかしそうに顔を赤く染め、エリオットの声は次第に小さくなって行く。
旅行、旅行…………ああ、そうか!
「エリオット様はライボルト達が羨ましかったんですね!」
「え?」
二人が新婚旅行で大陸一周してきたって自慢していた時、エリオットは羨ましそうに見てたもんな~。
私は本とか写真で旅行した気分になれるけど、やっぱり現地に行くのは一味も二味も違うってライボルトとリーゼロット様も言っていたし、エリオットもやはり現地に行ってみたい派なのだろう。
「でもそれなら五人で行きましょう。私達だけで行ったと知ったらあの子達も怒りますよ? それにもうあの子達もそんなに手、かかりませんし」
特にセロイなんか、自分はダメって言われたのに、私達が彼を置いて旅行に行ったと知れば頬を膨らませるどころじゃ済まないだろう。
私は『お母様嫌い』なんて言われたくないのだ。
「いや、あの……三人が行ってきてくれと……」
「そうと決まればどこに行くかみんなで相談しなきゃですね!」
とりあえずあの子達が帰って来るまでにいくつか候補を絞っておかなければ!
クレープの包み紙を綺麗に畳んで、すっと立ち上がってからエリオットへと手を伸ばす。
「帰りましょう? エリオット様」
「あ、ああ。家族旅行も悪くない、か……」
こうして私達、ブラントン一家の初めての家族旅行が決まったのだった。
それにしても帰宅した子ども達に私とエリオットが選んだ五箇所の旅行先の候補先を見せると三人が三人ともエリオットをジトッとした目で睨んでいたのはなぜなのだろう?
「行きたくない?」と聞けば口を揃えて「行きます!」と答えたから旅行が不満というわけではないことだけは確かである。




