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10.

「またいつでもいらしてくださいね!」

 悩み事も消え、サッパリした表情でミランダに見送られながら、私達はその足でライボルトの待つハイゲンシュタイン邸へと向かった。

 いくらハリンストンの親戚関係にあるとはいえ、ハイゲンシュタイン家までは少し距離がある。

 ハリンストン邸から遠ざかり、馬車で揺られる度に、エリオットの表情は再び強張っていく。いや、ハリンストン邸に向かう際のアレはただの緊張だったのではないかと思うほどに今の彼の表情は硬い。


 以前も妙にライボルトを気にしていた様子だし、私が知らないだけで何か確執があるのかもしれない。ライボルトなら何かしらやらかしかねない、という意識はまだ私の中に根強く残っているのだ。



「久しぶり、でもねぇか。ユタリア、元気だったか?」

「御機嫌よう、ユタリア様」


 私達二人を迎えてくれたのは、ライボルトだけではなくリーゼロット様も、だった。

 おそらくライボルトから私達が今日ハイゲンシュタイン邸にやってくることを聞かされていたのだろう。目的は聞かずとも、彼女の爛々と輝く目を見ればわかる。これはあくまで予想でしかないのだが、客間に通されれば私の前には何冊もの本が積み上げられることだろう。それも私好みの。



 早速客間に通された私は以前のように、使用人の手で大量の本が運ばれてくるものだろうと期待したのだが、それはこの状況で今なお、緊張状態を崩そうとはしないエリオットによって阻まれた。

 

「ライボルト様。私の妻が本を貸していただいたようで、ですが今後はこのようなことがないよう、妻には言って聞かせますので」


 ミランダの時は彼女の一方的な睨みから始まっていたのだが、今度はエリオットがライボルトを敵視しているような気がしてならない。

 それに対して当のライボルトは嬉しそうにニコニコと、いやニヤニヤとしながら、エリオットが机に滑らせるようにして差し出した本を受け取った。

 

「いやぁ、前から嫌われてるとは思っていたが、まさかここまで敵視されてるとはなぁ……」

「エリオット様……私の口から言うのもどうかとは思ったのですが、言わせていただきます。嫉妬深い男性は嫌われますわよ?」

「なっ……」

「あ、なら俺からも言わせてもらおう。俺達を牽制してるだけじゃ何も進まないぞ? あんたも薄々気づいているんだろうが……ユタリアは自分に向けられた好意にひどく鈍感だ」

「……ユグラド王子の時や学園時代、いくつも寄せられる想いを分かっていてあえて気づかないフリをしているのだとばかり思っておりましたが…………」

「あれは本気で、全く気づいてない。ユタリアは想像以上に鈍感だ。ユラからロマンス小説を借りて、少しは気づくかと思ってたんが……全くその兆しはない。ああもちろん、あんたの想いもほぼ伝わってないだろうな」

「……」

「ええっと……何のことですか?」

 

 三人は一体、何のことを言っているのだか。

 悪口、ではないのだろうが、ミランダの時と言い、今日は私一人が置いてけぼりにされる日なのだろう。

 その寂しさから髪をいじくりまわしているとようやく気づいてくれたらしいリーゼロット様は、そんな私のために慣れた様子でハイゲンシュタイン家の使用人を呼びつけて数冊の本を私に見繕ってくれた。



  「じゃあな、ユタリア」

「感想、お待ちしておりますわ」

 去り際にライボルトからは抱擁を、そしてリーゼロットの熱い握手を求められた。

 こうして顔を合わせる度にリーゼロット様からのスキンシップが増えるのはライボルトの影響だろう。

 ……だが、エリオットは目の前の事実が信じられないといったように震えている。

 私もリーゼロット様もライボルトとのスキンシップにすっかり慣れてしまったのだが、よくよく思い返せばリッター王国に抱擁の文化はない。ライボルトのそれは異国から嫁いできた叔母様であり、エリオットには衝撃的な光景に映ったのだろう。


 

 その時は口に出すことはなかったのだが、二人きりになった途端にエリオットはあの行為の説明を求めた。

「あなたとライボルト様はいつもあんな風に……その……抱擁をするのか?」

「ライボルトと、ですか? はい、します」

「ハリンストン家やハイゲンシュタインの習慣のようなものなのか?」

「習慣といいますか、ライボルト限定と言いますか……」

「限定!?」

「いえ、他の親戚ともすることはありますが、ライボルトだけ頻度が多いといいますか……」

 

 あればかりはライボルトの性格だろう。

 興味があるとないのでは態度に雲泥の差が生じる。私が彼の同士だからだろう。強さや時間は違えど、昔から必ず顔を合わせる度にそうして来たのだ。

 

  ライボルトのあの行動は『友愛』を意味するもので、それ以上の意味などないのだが……それを補足する暇などないまま、エリオットはウンウンと唸り始めてしまった。



 その翌朝も説明するタイミングをすっかり逃してしまい、帰ってきたら、今日こそはちゃんとあの行動の意味を説明しよう! ――と決意していたのだが、エリオットまでもライボルトの影響を受けたのか、帰って来るやいなや私へとズンズンと近寄り、そしてその勢いからは考えられないほどに優しく私を包み込んだ。

 

「エリオット、様? どうかなさいましたか?」

 

 エリオットありにあの行動の意味を理解したのかもしれないが、それにしても唐突だ。

 ライボルトの抱擁のように私にもその行動の意味が伝わっていれば、焦りはしないのだが、こうも唐突に抱きしめられると、妙に胸のあたりがバクバクと忙しなく脈を打つ。


 エリオットの背中をトントンと叩き、訳を説明してくれと急かすと、彼は私と少しだけ距離を取った。

 そしてその手に収まっていた大きな花束を私へと差し出した。

「ユタリア、受け取ってほしい」

 全て白百合で構成された花束だ。それを包み込む包装も、リボンでさえも全て真っ白い。

 

「白百合、ですか? ……私には似合わないでしょう?」

『窓際の白百合』としての私しか知らなかった頃ならともかく、エリオットはユリアンナとしての、素の私のことも知っているのだ。

 それなのに白百合を差し出すなんて……まさかエリオットは未だに白百合としての私に幻想でも抱いているのだろうか?

 憧れていてくれたのなら、信じたくないという気持ちがあったとしてもおかしくはないだろう。

 それに、名家ブラントンの妻となるのなら、『窓際の白百合』と称されていた姿でい続けた方が体裁がいいはずだ。

 

「私は、『窓際の白百合』と呼ばれた君に憧れて、けれど城下町で会ったユリアンナにも惹かれた……。どちらも私にとって大事な女性で……その、だから、ユタリアにはこれからも私の隣にいてほしい」

「ええ、もちろんです。私はブラントンに嫁入りをしたのですから。これからもユタリア=ブラントンとしてお役目を果たさせてもらいます」

「いや、まぁ、そう、なんだが……貴族の令嬢としてではなく、一人の女性として共にいてほしいという意味で……」

「分かっております」

「本当か!?」

「子ども、早くできるといいですね……」

 

 私には似合わない白百合の花束を抱えながら、まだ見ぬ我が子をこの手に抱く日を思いを馳せる。


 それはあまりにも早すぎる想像だったからか、エリオットは「そうだな」と弱弱しく私の意見に賛同した。



 女の子ならミランダに似た、可愛らしい子がいい。地味顔の私に似るよりもミランダに似た方が、その子の未来も明るかろう。大丈夫、これでも私とミランダは同じ遺伝子を継いでいるのだ。無理な話ではないはずだ。

 

 男の子ならエリオットに似た、顔が整った子が生まれるといい。ブラントン家に産まれたからにはきっと剣の腕が立つことだろう。


 ――けれどそうでなくとも、私の元に産まれてきた子を愛すことができるはずだ。


 エリオットに本当に愛する女性ができるまでの間、私は彼の隣を任されたのだから。


 今もまだ、私には白百合なんて似合わない。

 けれどエリオットのためならそれを演じることくらい、苦ではないのだ。

登場人物


*ユタリア=ハリンストン(ユリアンナ)

外見の特徴:くすんだ金髪と深い青色の瞳。地味顔。

今作の主人公。社交界ではヤマトナデシコタイプを貫くが、実際は真逆の性格である。家族曰く、ユタリアは屋敷を一歩出ると鉄の仮面を身につけるのだという。

甘味と本には目がない。趣味は読書と編み物。

『窓際の白百合』と呼ばれているが、ミランダの例えたサボテンの方がお気に入り。

悪意には敏感だが、自分に向けられる好意には驚くほど鈍感である。それは従姉妹のユラも呆れるほどで、試しにロマンス小説を貸したところ、数年経過しても改善することはなかった。その代わり、ロマンス小説にどハマりした。

自覚がないだけで、彼女に思いを寄せていた男性は数多く存在する。


2章の途中からエリオットに対する行為は恋愛要素の含まれたものになっていたのだが、自覚症状はない。


*エリオット=ブラントン

騎士貴族ブラントン家の次男。ずっと『窓際の白百合』と呼ばれるユタリアに憧れに似た恋心を抱いていた。ずっと恋い焦がれていたユタリアと結婚したはいいが、城下町で出会ったユリアンナのことが忘れられずにいた。

かなり嫉妬深く、独占欲も強い。

ユタリアへの思いは結婚するよりもずっと前から周囲には駄々漏れだが、それは悲しいほどにユタリア本人には伝わらない。


*リガード=ブラッド:リガード家三男。

外見の特徴:赤い瞳

出来のいい兄と、在学中に陛下に剣の腕を認められた兄がいる。2人にコンプレックスを抱いているのだと、勘違いされているが、そうではない。

過保護な彼らに反抗したいがために平民のような口調を使ってみたものの、あまり効果はない。

昔は身体が弱く、今も鼻が良すぎるあまり頻繁に匂い酔いする。そのため学校や夜会にはあまり顔を出さないし、出席はしても途中で離脱することが多い。

モンブランには目がなく、ユリアンナと訪れた喫茶店『リオン』のモンブランが特にお気に入り。家を抜け出して頻繁に城下町に繰り出していることが父親にバレ、説得の末、『リオン』にテイクアウトメニューを出させ、それを屋敷で食べることで納得した。


*ミランダ=ハリンストン:ユタリアの妹。極度のシスコン。3つ年上の婚約者がいる。


*アシュレイ=ハリンストン:ユタリアの母


*リーゼロット=ペシャワール

外見の特徴:紅い瞳

責任感が強く、貴族意識も高い。通称『社交界の赤薔薇』。王子の妃として選ばれなかったことでショックを受けて一時は寝込むが、ライボルトという同士兼婚約者を得たことにより、一気に明るくなる。


*クシャーラ=プラント

外見の特徴:アーモンドみたいな瞳。

ユグラド王子の寵愛を一身に受ける、どこかフワフワとした女性。


*ユグラド=リットラー

リットラー王国第1王子。実はずっとユタリアに思いを寄せていたが、学園入学と同時にユタリアが距離を置き始めたことを決定打に、身を引くことに決めた。そしてそれより以前から思いを打ち明けられていたクシャーラを王子妃に選ぶ。婚姻者発表当初は己の選択を少しだけ後悔をしたものの、今ではクシャーラを愛している。


*ユラ=ハイゲンシュタイン

ユタリアとミランダの従姉妹にあたる。ユタリアにロマンス小説を教えた張本人でもある。年はユタリアの1つ下。


*ライボルト=ハイゲンシュタイン

ユタリアの従兄弟で、リーゼロットの婚約者。読書が趣味。興味のないものには義務以上の行動は起こさない。ユタリアの3つ年上。一時はユタリアの婚約者候補にも名前が挙がった。


*ニコ=スミス:作家

*リラ=フランソワ:作家

*シェリー=ブロット:作家


*アドルフ=シュタイナー:公爵家令息、仲のいい婚約者あり

*タイロン=ファラデー:公爵家令息。ペシャワールに婚姻を申し出るが断られる。


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