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6.

 ある日、私に一通の手紙が届いた。リーゼロット=ペシャワール様からだ。

 

 何の用だろうと開けて見ると、そこに書かれていたのはリーゼロット様だけではなく、ライボルトの字も混ざっていた。二人が書いているのはどれも私を心配する言葉だった。

 

 二人はミランダ伝いに、エリオットに全て本が没収されたことを聞いたらしい。

 そのことをずっと心配していたらしく、夜会で見かけた時に声でもかけようと思ったのだと言う。けれど私は声をかけられないほどに弱ってみえたから断念して、こうして手紙を送ってみたのだという。

 さすが我が同士。

 他の方には気づかれてはいないだろうが、二人はすぐに私が弱っていることを察したようだ。

 

 そして手紙の最後には、よければまた三人でお茶会をしないかとの誘いがあった。

 

 心配をかけてしまうようなことはしたくなかったのだが、それは今の私にとってありがたい誘いだった。ペシャワール家のご令嬢からの誘いであれば、どんなに私を嫌っているエリオットであろうとも、拒むことなどできないはずだ。

 日が沈む頃には帰ってきたエリオットに、リーゼロット様からの誘いがあったことを告げる。

 

「ペシャワールのご令嬢か……」

 そう呟き、少しだけ顔を歪めはしたものの、許しを得ることができた。

 

「ありがとうございます!」

 その日、久々に私はこんなに明るい声を出した。まだこんな声が出たのかと自分でも驚いてしまうほど。

 手紙に書かれていた日付はまだもう少しだけ先だが、それでもあの二人に会えることが、ゆっくりと本の話をできることが嬉しくてたまらなかった。

 

 それが気に食わなかったのか、エリオットは眉をひそめて、私に大きな背中を向けた。

 

  ――私の部屋にシングルベッドが設置されたのはその翌日のことだった。

 



「本日はお招きいただきありがとうございます」

「ようこそ、ユタリア様。お待ちしておりましたわ」

「久しぶりだな」

 

 今日で二度目となるペシャワール邸への訪問は、以前と同様に優しく出迎えてもらえた。

 ライボルトが大人しいのは、おそらくここがハイゲンシュタイン屋敷ではないからだろう。

 こうして対峙するライボルトは夜会の姿そのもので、本来の性格さえ知らなければ好青年だと錯覚しそうになる。……あくまで普段の彼を知らなければの話であるが。

 

「本日はユタリア様がいらっしゃるということで、美味しいお菓子とお茶を用意しておりますわ」

 早速、客間へと通された私の前にはすぐにお茶とお菓子が用意された。

 口ではお菓子とお茶をオススメているリーゼロット様だが、本命はそちらではないのだろう。ニコニコと笑いながらも、彼女とライボルトは一向にそれらに手をつけはしない。

 

 するとすぐに数冊の本が運び込まれた――本命は明らかにこちらだ。

 

 

「ユタリア様、私も、エリオット様のお気持ちがわからないわけではありませんわ。彼の気持ちが分かっていて、この様な態度をとるのはどうかともお手紙を送る際、とても悩みましたわ。……けれど、けれど私は本を取り上げるなんてあんまりだと思います! ですから、どうかこの場だけでも、久々の読書を楽しんでいただけませんか? そして是非! 私達に感想を教えていただきたく……!」

 

 初めの方こそ落ち着いた言葉を紡いでいたリーゼロット様であったが、後半は明らかに欲望が爆発している。

 本当にこの一年でリーゼロット様は変わった。隣でウンウンと彼女の意見に賛同するように頷いているライボルトの影響だろう。以前の彼女なら、たとえ親しい者しかこの場にいなかったとしても、こんなに興奮状態にはならなかったはずだ。

 

「ありがとうございます。是非、読ませていただきますわ」

 

 その好意に甘えて、美味しいお菓子とお菓子に合わせて甘さを控えたお茶、そして二人のオススメする本を存分に堪能することにした。

 

 

 

「いかが、でしたか?」

 本を閉じるとリーゼロット様は恐々と私の顔を覗き込む。その隣のライボルトは私との付き合いが長いだけあって、私の顔を見ただけで全てを悟ったらしく、勝ち誇った表情を浮かべている。

 

 

 このストーリーは家族を失い孤児となった少年は養父に引き取られるところから始まる。

 けれど少年が青年へと変わる頃、養父は老衰でこの世を去るのだ。そしてその別れを境に、青年は旅に出る。

 養父に引き取られてからというもの、村から出たことのなかった青年はたくさんの人と出会い、そして別れる。

 

 ラストシーンでは道中にできた親友とも別れ、青年はまた一人っきりになってしまうのだ。

 

 けれど青年は再び歩き出すことを決めた。

 

 ――と大まかな内容はこんなところで、もっと簡単に言えば、一人の男が成長していくストーリーである。

 

「登場人物達の行動が荒々しいのとは対照的に空の描写が繊細で……とても感動しましたわ!」

 作中で何度も出てくる空の描写は、まるで今まさに自分が空を見上げているのではないかと錯覚しそうなほどに、読者を引き込むものだった。読み終わってパタリと本を閉じた今も、作中に出てきた空を思い出すことができるほどだ。

 

 すると、リーゼロット様もまたその描写に引き込まれた一人だったようで、嬉しそうに息を飲んでは身体を前にのめらせた。

 

「……私もですわ!! どのシーンが一番感動しましたか? 私は、親友との決闘後の……晴れた空がお気に入りで」

「俺は養父との死別のシーンだな。曇天でも、嵐でもなく、虹がかかった空とは……一本取られたって感じだな」

「どれもよかったのですが……私はラストの、暗闇に染まった空が徐々に開けていくシーンが好きです」

「いいですよね!」

「確かにラストは泣けるな……!」

 

 ああ、こういうの久しぶりだな。

 手紙では何度となく繰り返してきていたが、やっぱりこうして対面で話し合えるのが一番だ。最近は本にも、誰かの感想にも飢えていたから、余計にその嬉しさが身体に染み込んでいくのだ。

 

 リーゼロット様のオススメの本を持ち帰れない代わりに、私のオススメの本をいくつか紹介することにした。

 どの本も今は手元にはないが、ハリンストンに置いたままにしてある。

 

 

「なら今度、俺がハリンストン屋敷に取りに行ってくる」

「ライボルト様、お願いしますわ。ユタリア様、読み終わったら、絶対に感想をお送りしますから!」

「楽しみにしておりますわ」

 

 

 二人の同胞の熱い視線を受けながらペシャワール邸を去った。

 久々の温かい雰囲気に浸かった私は、エリオットが待つ、ブラントン屋敷に帰る足取りが少しだけ重く感じた。

 

 馬車で揺られる間、浮かんだのはリーゼロット様の言葉だった。

 

『私も、エリオット様のお気持ちがわからないわけではありませんわ』

 あの時はつい聞くタイミングを逃してしまったのだが、彼女はエリオットが何を思ってあの行動をとったかわかるのだろうか?

 

 一年も共に暮らしてきて、彼に嫌われているのだと気づいたのはつい最近のことだ。

 夜会でしか顔を合わせる機会のないリーゼロット様が気づくことに私が気づくまでこんなにも時間を要した。それほどまでに私が鈍感だということか。

 

 人の悪意には敏感であったはずだったのに。

 

「はぁ……どうしよ……」

 貴族として鈍感なフリをすることはあれど、実際にそうとなれば、欠点にしかなり得ない。

 いつのまにか付け込まれて、気づいた時にはもう手遅れ……なんてことになるのだから。

 

 冷たい空気に触れた私は、目の当たりにした自分の欠点に頭を抱えるのだった。



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