5.
※ここから話が分岐します。
こちらもユタリアらしい話にはなっているのですが、ハッピーエンド好きな方は後で追加された『二章5話からの分岐』をお読みになることをオススメします。分岐後の話は全て漢数字での表記になっています。
あの夜会である程度吹っ切れた私は、あれからあまりエリオットの行動が気にならなくなった。
結局、あの夜会中に信頼値を取り戻そうという試みは見事に失敗し、あれから頻繁にエリオットの視線を感じるようになったが、気にしたら負けである。やましいことがあるわけでもないため、エリオットが飽きるのを待つだけだ。
「はぁ〜、いい。やっぱりいつ読んでも、ニコ=スミスの本は最高だわ……」
今日は特にこれといった用事もなく、一人寂しく部屋に閉じこもっては、ミランダが持たせてくれた本と共に幸せな時を過ごしていた。
今回の本のヒロインは人質として隣国へ嫁いで行った設定だ。
お相手は軍事国家と呼ばれるほどの大国の王子。初めは彼に怯えて過ごすも、次第に二人は惹かれあっていき……とまぁよくあるような話なのだが、そこはさすがニコ=スミス。王道であろうとも彼女の手にかかれば大輪のブーケのように美しく彩られるのだ。
大事なのはテーマではない、どう登場人物を生かすかである! ――私はこの本で嫌という程にそれを理解させられた。
この本の中のように幸せな結婚生活は送れないが、作家達に紡がれた数多くのストーリーに浸れるのなら……。
――そう思っていた。まさかエリオットがその本を没収するとも知らずに。
「これらの本は没収する」
ある日唐突に私の部屋へと踏み込むと、エリオットは机に積んであった何冊もの本を使用人に撤去させた。
「なぜですか! せめて、せめて理由を教えてください」
もちろん私は抵抗した。
エリオットの服を握り締めて、私の数少ない楽しみを返してくれと。
けれどエリオットは今までに見たことがないほど冷たい目で、本を一瞥すると私の手を解いた。
そして私を見ることなく、冷酷な言葉を落としえ部屋を後にした。
「……必要ないだろう」――と。
その途端、私を繋いでいた細い糸がプツンと切れた。それほどまでに私にとって、本は重要なものなのだ。
ペンを持つのすらやっとなほどに力の抜けてしまった手で、ミランダに手紙を送った。
本を没収されてしまったことを申し訳なく思うと。
本を没収されてしまうほど、妻としての信頼が地ほどに落ちたことが何より情けなくて涙がこぼれ落ちては、ミランダへと送れなくなってしまった便せんが増えた。
愛人なら勝手に作ればいい。
私のことが嫌いなら、視線を合わせなくたって、家に帰らなくたって構わない。
けれどなぜエリオットは私の楽しみまで奪うのか。
城下町で優しかった彼はもう、どこにもいない。
やっと完成したその手紙さえも手でシワを作ってはダメにしてしまった。
それから数日後、ミランダは気にしないでほしいとの旨の手紙を送ってきてくれた。
そしてよければまたハリンストン家に帰ってきた時にでも、好きな本を持っていってほしいと。
けれど私はそれを見て、涙を浮かべることしかできずにいた。
私はあの日以来、一日のほとんどを部屋でぼうっとして過ごすようになった。お茶会には出るし、夜会にも出る。
……だがそれだけだ。
相変わらず机の籠の中で出番を待機し続ける糸が目に入っても、編み物をする気にはなれず、ただぼんやりと時間が過ぎるのを待つ毎日。
食事も喉を通らなくなり、楽しみだったブラントン家のシェフ特製のデザートにさえも手が伸びなくなっていた。
そして変わったのは私の気力がなくなったことだけではなく、エリオットも何かあったのか、私を毎晩抱くようになった。
家族から子を急かされでもしたのか、それとも相手に縁を切ろうと言われでもしたのか。
そんなこと、もう……どうだってよくなった。