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22.

 あのライボルトが一方的に置いて帰るだけあって、どの本もページをめくる手を止めることはできなかった。


 もしかしたら六年間、ずっと私に渡す本を選び続けていたのかもしれない。

 妹のユラに嫉妬して、興味のないジャンルにまで手を伸ばし始めるほどに本への愛情が増幅した、今のライボルトならやりかねない。


 それにしてもどれもこれも名作だった……。さすがライボルトである。


 早速、有り余るこの感情をライボルトの代わりに便せんへとぶつける。

 言葉の代わりに走るのは万年筆。昔のように遠慮なく、彼と対面している時のように走り続ける。一枚、また一枚と増えていく便せんの中にはきっと、省略できる言葉も多いだろう。けれどそれもライボルトに送る手紙ならば無駄にはならないのだ。


「……あ」

 ライボルトが六年間、私にオススメする本をため続けていたのなら、私もまた彼の選ぶ本に飢えていたのだ。ユラにオススメしてもらってロマンス小説を読んでも、感想を伝えあっても、ライボルトと語るのは別物なのだ。


 だからだろう。これだけあれば大丈夫だろうとタカをくくっていた便せんが足りなくなるまで気づかなかったほどに、私は感想を書くことに熱中していた。


 一旦手を止め、万年筆にキャップを被せて一時休憩を取らせる。そして部屋から顔を出して初めに会った使用人に尋ねる。


「ねぇ、便せんってある?」

「便せんですね。持ってまいりますのでしばしお待ちください」

「よろしく」


 部屋に戻り、椅子に深く腰かけると読み終わった本の山を眺める。ライボルトが持ってきた本は全部で十五冊だ。


 シリーズものが二種類で、短編集が三冊、その他は一冊で完結のもの。同じファンタジー小説と冒険小説というジャンルでありながら、見事に全く違うものを選ばれていたため、四日ほど毎日読み続けていても全く飽きることはなかった。


 城下に繰り出せる貴重な日々の、一か月のうち四日間を屋敷に閉じこもって過ごすことに費やしたが後悔は全くない。


 それに…………もう、やりたいことは一通り終わった。

 まだ本は読み足りないし、編み物もしたいけど……それは結婚からも変わらずできることだから。窓の外の鳥を眺めながら、城下町に繰り出した日々を思い返して頬を緩める。


 あの日々がなければ私は今頃、エリオットと結婚していただろう。

 一番早く婚姻の申し込みがあったというのもあるけど、ブラントン家は家柄も申し分ないし、エリオット自身の悪い噂も聞かない。


 ユタリア=ハリンストンが嫁ぐには絶好の男性だ。だけどあんなことがあって、断って……。けれどエリオット=ブラントンの甘いもの好きという意外な一面も垣間見ることができた。


 まさかリガード=ブラッドに、エリオットに惚れているのだと勘違いされるとは思わなかったが。


 それにライボルトとも昔のように感想を送れるほどの仲になれた。

 だからもう心残りなどない。


 コンコンコンとテンポよくドアをノックされ、はいと返事と共に迎え入れるとそこには先ほど声をかけた使用人が申し訳なさそうな表情を浮かべて立っていた。


「ユタリア様、申し訳ありません。ちょうど便せんを切らしておりまして。すぐに買ってまいりますので、しばらくお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

「最近お手紙書くこと多いものね」


 通常の手紙に加え、ユラから送られた本の感想を書き連ねる。それに最近はハリンストン家に送られてくる手紙の量は平年の倍以上だ。もちろん、その分返す手紙も消費する便せんも比例するように増える。だから切らしてしまっても仕方のないことだろう。


「なら私が……」

 城下町に行ってお菓子を食べるついでに買ってくる、と言いかけて止めた。


 早くライボルトに感想を書いて送りつけたいし、城下町に出るならまた、あのクレープが食べたい。


 けれどあの日、私は気持ちに区切りをつけて『最後』にしたのだ。

 今またあの場所へ向かったら、私はきっとそれと同じように結婚するまでの期間を延ばしてしまうだろう。


 あくまでこの期間はお父様の好意でもらった、自由時間なのだ。

 貴族として、ハリンストン家の娘として、一つの役割を果たしたからこそ得られた期間限定の、夢のような時間。


「ごめんなさい、お願いできるかしら?」

「お待たせして申し訳ありません。すぐに買いに行ってまいります」


 だから私は進まなければいけないのだ。拳をギュッと握り締め、お願いねと繰り返して使用人を見送ることにした。


 それからさほど時間はかからずに再びその使用人は私の部屋を訪れると、大量の便せんを補充した。これでしばらくは便せんに困ることはないだろう。


 買ってきたばかりの便せんは心なしか万年筆の滑りがよく、結果的に中断する前よりも多く消費したのだった。


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