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20.

「彼とはただの、オヤツ仲間ですよ?」

 確かに私はエリオット=ブラントンに好意を持っている。だがそれはリガードの心配するようなものとは違う『好意』である。


 恋愛ではなく、友愛に近い。

 それに素性もわからない女、ユリアンナに恋愛感情を抱かれたとしてもエリオットは受け入れることはないことぐらいわかっている。


 エリオットもまた貴族なのだから。

 それに貴族として、ユタリア=ハリンストンとして恋情を抱いたとしても、受け入れられることは難しいだろう。


 なにせ結婚の誘いを速攻で断ったのだ。

 その後で夜会の誘いが来たわけだが、それはハリンストン家と交流を持つことで、何かしらの利益があると考えたからに他ならないだろう。


 ブラントン家がとったのはなんとも貴族らしい行動だ。そして彼らはこれからも貴族であり続けることだろう。間違った道など選ぶことは到底あり得ない。


「オヤツ、仲間?」

「はい。今日も美味しいケーキを出す店に一緒にいこうと思って探していたのですが……いないなら仕方ありませんね。一人で行きます」


 最後にお礼くらいはしたかったのだが、会えないのなら仕方がない。


 今まで何度も遭遇しているが、エリオットもまた貴族なのだ。忙しくて会えなくとも仕方がないことだろう。そもそも私達は約束をしたことなど一度だってないのだから、こんな日が今までなかったことの方が奇跡だった。


 ……だがエリオットに会えなかったからといって、その計画を曲げるつもりは微塵もない。行くと決めたからには行くし、たとえ一人だろうがケーキは食べたい。


「……一人、で?」

 リガードは信じられないといった様子で、頬をヒクヒクと痙攣させる。


 喫茶店というものに入るのは今回が初めてではあるが、何度かその店を利用する客を見たことはある。その中には一人で入って行く者もいた。


 私が見た一人客は皆、男性ではあったものの、女性のみのグループで入る客もいたから断られることはないだろう。


「はい、そうですが……何か問題でもありますか?」


 もしや喫茶店は女性の一人客は受け入れないのかと首を傾げて、リガードの様子を窺う。けれどそういうわけではないらしく、ウンウンと唸りだしてしまう。


「問題があるわけではない、が……だが、一人で……か。……その店にモンブランはあるのか?」

「へ?」


 なぜここのタイミングでモンブラン?

 喫茶店のルールが分かっていないから浮かび上がる疑問なのか、それともリガードが唐突にモンブランの有る無しを問うことが変なのか。


 どちらがおかしいのか分からず、彼の瞳をじいっと見つめる。すると赤くなった顔で地面を見つめながら小さく呟いた。


「モンブランは出してんのかって、聞いてんだよ」

 やはりモンブラン登場の意味はわからないまま、とりあえず以前見かけたメニュー看板を思い起こす。


「あった、と思います」

 緑色のボードには確か白地で『モンブラン』と書かれていたはずだ。そのことを伝えるとリガードはぱぁっと嬉しそうな顔を上げる。


「ならエリオットの代わりに俺が行ってやる。あいつがただのオヤツ仲間ってなら一緒に行くのは俺でもいいだろう?」

「リガード様は……お優しいんですね」

「そんなんじゃねぇよ。そんなことより、敬語なんてやめろ。後、リガード様ってのも。気持ちが悪りぃ」

「わかったわ!」

「そんであんた、名前は?」

「ユリアンナよ」

「そうか、今日だけの付き合いだとは思うが、よろしくな、ユリアンナ」


 目つきは相変わらず悪いリガードが子犬のように見えるのは、きっと私だけではないはずだ。



 リガードは店内へと入ると、店いっぱいに広がる甘い香りにクンクンと鼻をヒクつかせて頬をほころばせた。さすが今日だけとはいえ、オヤツのお供を名乗りでるだけあって、彼も甘いものが好きなようだ。


 リガードがモンブラン、そして私がガトーショコラを注文した。そしてケーキが出来上がるまでの間、彼は少しだけ自分のことを打ち明けてくれた。


 甘いものが好きだが、家族が過保護気味でなかなかこうして食べに来ることはできないのだ、とか。


 エリオットとは昔からの付き合いなのだ、とか。


 女性の付ける香水などの強い匂いがあまり好きではないのだ、とか。


 貴族のユタリア相手には口が裂けても言いそうもないことばかりである。


 やはりリガードもユリアンナ=ユタリアとは辿り着かないらしい。

 確かにお化粧はしていないし、地味な顔である。それに服装は完全に平民に擬態できている自信がある。


 だからこそこんなに呑気に城下町に足を運べるわけだが、こんなにも知り合いにすら気づかれないものかと我ながら感心してしまう。


 まぁ目の前の男の場合、ユタリア=ハリンストンの顔を覚えていないだけという可能性は捨てきれないのだが。それはそれで好都合だと、大人しく彼の話に耳を傾ける。



「ユリアンナはあんまりそういう匂いはしないのな。女って大体なんか付けてるんじゃないのか?」


 お待ちかねの、頭にマロングラッセが乗った黄色いモンブランを口いっぱいに頬張って、顔一面を幸せ一色に塗り替えると、機嫌をよくしたリガードはこてんと首を傾げた。


 女性にそういう質問をするのはあまりよくないとは思うのだが、いかんせん私にはもうリガードが子犬にしか見えない。


 気を抜くとすぐに彼の頭に伸びそうになる手を押さえながら、彼の純粋な質問に答えることにする。


「確かにいつも付けている人もいるけど……。私は大事なお出かけの時とかには付けるけど、普段は香水とか付けてないわ」

「そうなのか?」

「だってお菓子の香りが鈍るでしょう?」


 ユタリア=ハリンストンがそう答えれば、貴族の淑女としてそれはどうなのかと眉をひそめられるだろうが、今の私はユリアンナである。街中でのリガードの言葉から察するに、私が貴族の、それも公爵家の令嬢だなんて考えもしていないだろう。


 いいところで商家の娘程度。だからどんなに変わった答えを返したところで、変な町娘だとしか思わないはずだ。ハリンストン家にダメージはない。ならばと正直に答えてみた。


「やっぱりあんた、変な女だな」

 すると予想通り、リガードはこんな私をそう表す。


 モンブランをたんまりと詰め込んだ、幸せそうな笑顔で笑いながら。


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