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18.

 今日は二千リンス全てを食べ物に費やすぞ! と決めた私は、さて今日のオヤツは何にしようかとターゲットを探し出すため、城下町をブラブラと散策することにした。


 大通り沿いにはチラホラと露店が並び、チュロスやポップコーン、焼き栗といった片手でも食べられる、比較的安価なお菓子が並ぶ。


 それと対照的に店を構えている焼き菓子屋さんは露店よりも値段は上がるものの、ラッピングがしっかりとなされており、屋敷に持ち帰って食べることも可能だ。


 そして喫茶店というのに入れば、ゆっくりとケーキとお茶が楽しめるらしい。

 露店で買えば何種類か楽しめ、焼き菓子屋さんで買えばミランダへのお土産ができ、喫茶店に至っては城下町に来られる今しか入ることはできないだろう。


 どうしたものかと空を仰いで、自問自答を繰り返す。そしてよし決めた! と前を向くと前方からやって来た男と目が合う。


「ユリアンナ、奇遇だな!」

「ええ、本当に」


  エリオットだ。なぜこうも城下に出向く度に会うのかと疑問に思う。が、その疑問はすぐに解決した。彼の手には露店で買ったであろうお菓子が数種類握られているのだ。


 何より、今日の彼の外見は以前会った時とまるで違った。今日のエリオットの服装はいつも身につけている騎士団服と比べれば随分とラフな格好である。


 けれども貴族らしくいい生地で仕立てられている服はシンプルながらも品を感じさせるものだ。それに合わせてか、髪型もいつもとは違い、ワックスで撫でつけられておらず、サラッととした髪がそよそよと風に吹かれている。


 普段が『紳士』と例えられるのならば今は『爽やかな好青年』と言ったところだろうか。もしもこの場に彼に想いを寄せているご令嬢がいれば頬を桃色に染め上げてしまうことだろう。


「よかったら一緒に食べないか? クレープを食べて以来、色々食べたいものが増えて……それで久々の休日だと思ったら抑えきれなくて、買いすぎた」

「いいの?」

「さすがにこの量を一人じゃ食べきれないから、ユリアンナさえよければ食べるのを手伝ってくれると助かる」

「じゃあ、お言葉に甘えることにするわ!」


 子どものようにくしゃりと笑うエリオットは服装や髪型と相まって、いつもとはまるで別人に見える。だが私からすればただの同士である。彼の後に続いてベンチを目指す。するとドリンクスタンドが目の端に留まった。


 今日の気候は比較的暖かくて過ごしやすい。だがそれでもお菓子ばかりじゃきっと喉が渇いてしまうことだろう。大きく数歩踏み出して、エリオットよりも前に前に出る。


「飲み物を買って来るわ。何がいい?」

「え?」

「お菓子を分けてもらうお返し、には足りないだろうけど……」

「気にしなくてもいい」

「気にするわよ。それで何がいい? 希望がないなら適当に買っちゃうけど?」

「……そうか。ならコーヒーを頼む」

「分かった」


 先にベンチの方へと進もうとはしないエリオットに「先に席取っておいて」と声をかけてから、彼の分のコーヒーと、私の分のミルクティーを注文する。


「はい、コーヒー」

「女性に奢ってもらうなんて……悪いことをした気分だ」

「悪いことなんて何もしていないでしょう? 第一、お菓子を分けてもらうのに何もお返しできなかったら、身体がむず痒くなるわ」

「君は……面白い女性だな」

「そうかしら?」

「ああ。少なくとも私は君みたいな女性とは初めて会ったよ」

「そう……」


 エリオットは全く気づいてはいないが、城下町でクレープを踏まれた時が彼との初対面ではないのだ。それに私みたいな女は少なかろうが他にも何人かはいるはずだ。


 おそらくは貴族の中でも探せば一人くらいはいるはずだ。…………社交界ではボロが出ないように隠しているだけで。


 面白い女性だと言ったその表情に嫌悪は含まれていないようにも見えた。というよりそもそも嫌いな女ならベンチにすら誘わないだろう。


 だが貴族というものは外から見えるものだけが全てではない。いつだって水面下では何事も計算し尽くすものである。


「ユリアンナ、これはチュロスというらしい。チョコレート味とプレーン味があるのだが、どちらがいい?」

「……それは半分に折ってどちらも食べてみるのはどうかしら? どちらかではなく、どちらも食べれるわ」

「それは名案だ!」


 だがチュロスを折って、短くなったそれを満面の笑みで差し出して来る目の前の男と、それを受け取る私の関係は、公爵令息と公爵令嬢ではない。甘いものが好きな騎士とただの町娘なのだ。


「「……美味しい」」

 だから二人は自分の立場などはひとまずベンチにでも置いて、たくさんあるお菓子を半分に分けて、食べていくのだった。



 それ以来、城下町に行くと必ずといっていいほど何かしら甘いものを手に持っているエリオットと遭遇するようになった。

「ユリアンナ!」


 今日もドレスの採寸やら、新しいポンチョの製作やらで、数日ぶりに城下町に遊びに来た、もといお母様におつかいを頼まれたのだが、本屋さんから出て数分としない間にエリオットと鉢合わせることとなった。


 会う度に違う店のお菓子を手にしているあたり、クレープを食べて以来、相当甘いものにハマったのだろう。


 実際、お菓子を食べている時のエリオットは本当にいい笑顔を浮かべる。

 社交界のご令嬢方がこの顔を見たらきっと、意外な一面を見たと今まで以上に惚れ込みそうなほどに可愛らしい。成人を過ぎた男性にこのような感想を抱くのは失礼かもしれないが、口にしなければ大丈夫だろう。


 それにきっと、エリオットは社交界ではこんな表情を浮かべることはない。あくまで社交界とは関係のない (と思っている) ユリアンナの前だからこそ見せられるのだろう。彼も私もお互いをオヤツ友達と見ている節があるというのも大きい。


「ユリアンナ! 今日はあの店に入ってみよう! チョコレートケーキが美味しいらしい!」

「美味しいチョコレートケーキですって!? それは是非一度食べてみたいわ」


 城下町にいる時は、こうしてユリアンナとしてエリオットと対峙する時はお互いの身分を忘れられる。


 けれどタイムリミットが迫っているのも確かなのだ。

 ここに来る前だって、お針子に夜会に着て行くためのドレスの最終調整をしてもらっている。そして一週間後には頼んだものが全て完成する。


 限りあるからこそ、大切なこの時間を噛み締めるように口いっぱいに頬張ったチョコレートケーキは、甘いものばかりを食べている私には少しだけほろ苦かった。


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