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16.

 翌朝、朝食を済ませた私は昨日と同様に、使用人が運んで来てくれた大量の手紙に目を通す。……とはいえ今日は夜会の招待状である。


 つまりこれは全てお断りできないものだ。こちらは婚姻の申し出とは違い、幅広い爵位から送られてきている。


 今、ちょうど手の中にある招待状なんて、伯爵家から送られてきたもので、日時は半年以上も先のものだ。


 おそらく、その時には決まっているだろう婚約者と共に来ることを見越してのことだろう。婚姻は見込めずとも、この機会に少しでも顔を売っとこうというのだ。


 そのガッツは貴族として褒められたものではあるのだが、昨日の手紙の山と同じくらいの高さのある手紙に、こちらの都合も考えずに送ってくるなとついつい突っ込みたくなる。


 すぐに忘れてしまうからと、カレンダー上に次々に書き込んでいくと、あっという間に一か月後からの予定は埋まっていく。


 城下町へ行く時間が全くないじゃないか! と顔の血の色が一気に引くほどに。


 だが部屋で硬直していても何も変わらない。

 とりあえず昨日の手紙の束を持って、私が出した結論をお父様へ伝えるために書斎へと向かった。


 あわよくば、そのままお小遣いをもらって城下町で何か甘いものを食べたいという願望もある。


 一か月もすればそうやすやすと行けなくなると分かった以上、行けるうちに行っておきたいと思うのは仕方ないことだろう。


 もちろん、お父様から許可が下りなければ行けないけれど。約束は約束なのだから、それは仕方のないこと。


 それよりも目先の目標は、どうやってこの手元にある手紙の束をそのまま返却するかである。そのミッションが達成できなければ、頭に次々と浮かぶ城下町のお菓子にはありつけはしない。


 エリオット=ブラントンとの婚姻を望む手紙が来た時は頭に血が上っていて、即お断りを入れたわけだが、よくよく考えれば彼は、ハリンストン家にとってなかなか好条件の人材であった。


 そして冷静になった、クレープ事件に区切りをつけた今から思えば、あの時お父様が簡単に引いたのは少しだけ気になる。


 昨日、目を通した手紙の差出人のほとんどが、エリオットとは違ってすでに婚約者がいる。それはそうだろう。ミランダやユラと同じように十を過ぎたあたりから、またはそれよりも前に婚約者を用意しておくのが常識だ。そしてすでに婚約者がいる方と婚姻を結ぶ場合にはそれ相応のリスクが存在する。


 今回は駆け落ちとかではないので、話し合いにてよって解決するのだろうが、それにしても相手側に納得してもらえるように何かを差し出すものだ。


 お金であることが多いらしいが、そうするとお父様が当初計算していたものとは多少なりとも外れてしまうだろう。中にはハリンストンと縁を結べるのなら安いものだと、大金を払ってでも婚約破棄をしだす者もいるだろう。


 それだけの価値が今のハリンストンには、八年間の役目を終えた私にはあるのだ。

 だが大幅に資産を減らしたその家と縁を結ぶことがハリンストンにとっていいこととは言えない。借財なんて作っていたら目も当てられない。


 私の頭だけで考えうる範囲を網羅していくと、なぜあの時、無理にでもブラントンとの婚姻を進めなかったのかが気になって仕方がない。私だってお父様にそうしろと言われれば、断りはしないのだ。そしてそのことはお父様がよくわかっているはずだ。


「お父様、手紙のことなんだけど……」

「ああ、いい人はいなかったのかい?」

「…………はい」


 こんなに量があって、その中で一人でさえも、候補ですらも選び出せなかったのだと認めるのは、少しだけ後ろ暗いものがある。けれどお父様はそんなことなど気に留める様子もなく、あっけらんかんと「そうか」と言ってのけた。


「それで夜会の誘いの方は全部日時と主催者は把握したかい?」

「え、あ、はい。……って、私がこれ、全て断るって言っているのに、お父様は止めないの? 結構いい家柄も揃ってたけど……」


 ブラントン家のことといい、今回といい、この調子で私が端から来るものを拒み続けたらどうするつもりなのかと首を傾げる。


「ん? ああ、それより条件のいいものがあるから、もし送られてきた手紙の全てをユタリアが断ったとしても困らないよ」

「え? それは初耳なんだけど?」


 お父様のこの様子からして、その条件のいいものという名の切り札は元々用意されていたようだ。ブラントン家の夜会くらいしか糸口を見つけられない私は、脳をフル回転させて選ばれる可能性がある者の捜索を開始する。


 けれどそんな相手なんているかしら?

 その正体になかなか辿り着かない私の眉間には次第にシワが寄っていく。


 するとお父様はまるで宝物を自慢する子どものようにふふふと笑う。そして勿体つけてからやっと教えてくれたその名前はまさかの人物であった。


「ライボルトだよ」

「へ?」


 あまりにも意外すぎて思わず呆けたような声が出てしまう。だってまさかライボルトが相手なんて、そんな選択肢は一瞬たりとも私の頭に浮かびはしなかったのだから。


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