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15.

「ユタリア、どうしたんだい?」

「え?」

「目が真っ赤じゃないか!」


 結局一睡もせずに朝を迎えた私は、いつもよりも早い時間に朝食を食べようとダイニングルームへと向かった。お腹はギュルギュルと訴えている。


 今日のご飯は何かしら〜なんて呑気なことを考えていると、その場に一番に着席していたお父様が私の泣き腫らした目に驚いたようだった。


 私の元まで駆け寄ってきて「何か嫌なことでもあったのかい?」と心配してくれるお父様。だが特に嫌なことがあったわけではない。むしろその逆なのである。


「ああ、これはね」

 私がことの顛末を語ろうと口を開くと、お父様は結末を聞くよりも早く、私の背後に立つ人物を捉えた。そして目を見開いて身体を大きく震わせる。


「ミランダに、アシュレイまで……」

「ミランダ、お母様、おはよう」

 ああとお父様が驚く理由を納得しながら、ゆっくりと振り向いて同士へと挨拶をする。ミランダもお母様も徹夜で読んで涙した私ほどではないが、その目はほのかに赤らんでいる。あの傑作を前にしてしまえば当然のことだといえよう。


「おはようございます」

「おはようございます、お父様、お姉様」

 お互いに泣き腫らした顔を眺め、当然だと言わんばかりに軽く頷きあう。そして何事もなかったかのように席に着く。相変わらず目を見開いたまま私達を凝視するお父様の目が干からびてしまわないうちに理由を打ち明けた。


「本を読んだのよ」

 それだけ伝えればお父様も「そうか」と全てを理解したようだ。


「私の知らないうちに何か、あったのではないのだな……」

 頬を掻きながら、心底安心したといった様子で小さく呟くお父様。するとミランダがお父様の顔をじいっと見つめてから首を傾げた。


「お父様はまだお姉様が城下町で何かあったんじゃないか、って心配しているの?」

「え?」

「こう、頻繁に出かけていると、な……。ほら、ユタリアも一応年頃の娘なわけだし……」

「本を買いに行っているだけよ。そうよね、ユタリア?」

「まぁ、クレープとかお菓子もいろいろと食べてるけど……」

「そうか……。それなら、いいんだ」


 その言葉にお父様だけではなく、お母様も安心したように息を吐いた。


「ユタリア、少しいいか?」

 朝食を終えた私が部屋へ戻ろうとすると、お父様は自分の後をついてくるようにと手招きをした。そしてそのまま着いていくと、お父様の書斎には束になった手紙が三束ほど鎮座していた。


 そのうちの一つを私の両手の真ん中に上に載せて、残りの二つに視線をやる。


「とりあえず、これから目を通してくれ」

「これってもしかして、全部私との結婚を望む手紙?」

「ああ、それは全部婚姻希望の手紙だな。あっちに夜会の招待状は避けてあるから、後で使用人に運ばせよう」


 ハリンストン家宛と私個人宛、合わせて何通かは来ると予想はしていた。だがあれから数日しか経っていないというのに、私の手で掴めるのがやっとほどの量の手紙があるのだ。


「……これ、まだお父様が目を通す前のものも含まれているの?」

 目の前が揺らぐほどの衝撃を何とか緩和しようと、少しだけ現実的ではない質問を投げかける。するとやはりというべきか、お父様からは呆れたような返答が返ってくる。


「もちろんハリンストンの家柄に合わないものは抜けいている」

「……そうよね」


 お父様が全てを私に渡すわけがないのだ。だが家柄の釣り合いが取れているものだけを選りすぐっているにも関わらず、この量ともなれば現実逃避をしたくなるのも仕方がないだろう。私は大量の手紙を手に、スゴスゴと部屋へと戻る。


 椅子に腰を下ろすとすぐに手紙を束ねている紐を解く。バラバラにしたそれは量に変化はなくとも、私の気持ちを一層憂鬱にさせていく。


 思わずはぁとため息を溢れてしまう。けれどそんなことをしたところで一枚たりとも数を減らすことはない。


 そう、減らすためには手と目を動かすしかないのである。早々に諦めることにした私は上から順に手にとっては開封していく。そしてご機嫌伺いが八割を占めるその文章、全てに目を通す。


 今の気持ちを率直に述べるならば『辛い』の一言に尽きる。

 どれを開けても似たような言葉が並んでばかりで、もっと個性を出していけよとうっすらと頭に浮かぶ差出人相手に毒づいてしまうほど。


 いくら釣り合いが取れるとは言え、先日挨拶をした時に残った特徴も少なく、手紙でさえも定型文をツラツラと並べるような相手に興味はない。


 そうして弾いたものは山をなし、最終的には一つの大きな山が完成した。

 順番は逆さになってしまったものの、紐でくくればお父様の部屋から持ってきたものと同じである。


「はぁ……」


 私だって初めから全ての手紙で『お断り』の山を築こうとしたわけではない。前回の夜会で少しはいい印象に残った何人かいた。だがそんな相手に限って手紙を送って来なかったのだ。


 まだ初日だ。仕方ないことだ――そう自分に言い聞かせ、できてしまった山をポンポンと叩いた。


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