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合成姫  作者: ラーの迫真龍
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変わり果てた姫様

 

 生々しく濡れたピンクの肌に土色の斑点。

 

 ブヨブヨした身体から不規則に伸び、せわしなく動き続ける無数の細長い脚。


 時々聞こえる排泄音のような汚らしい呼吸の音。


 

 俺たちが仕え、敬い、愛した姫様の変わり果てた姿を、救出隊の筆頭である僕はしばし呼吸すら忘れて見つめていた。


 こんなはずではなかった。


 人類の憎き敵魔王に姫様がさらわれてから1週間。隊のみんなは寝る間も惜しんで姫を探した。

 剣士であり神託の勇者である俺と、それぞれが王都随一腕を持つ武闘家、魔法使い、僧侶、パラディンの5人。瞬く間に行く手を阻むモンスターをなぎ倒し、最短で姫様がさらわれた魔王城を目指した。

 互いに助け合い、鼓舞しながら一気に城の頂上まで上り詰めた。

 

魔王城到達までの道のりは、国を挙げて募った精鋭5人組にとって取るに足らないものだった。


だがしかし、門番の魔物、城の各部で待ち受ける魔王軍幹部、途中の階で現れた魔王軍四天王、徐々に敵は強くなりパーティーの進行速度は格段に下がった。

 そこで我が隊はパーティー1の実力者であり、魔王に対する唯一の攻撃手段である聖剣を持つ俺だけを力づくで城の最上階にねじ込むことにした。


 かくして単騎で最上階へとたどり着いた俺は玉座の部屋の扉を蹴破って中へ入った。

 

 「姫様!!ご無事ですか!?」


 しかし、最上階には魔王も姫様もいなかった。

 薄暗く繊細な装飾が施され、ねっとりと体にまとわりつくような不気味さを醸し出す室内にしばし静寂が訪れる。



 代わりにそこにいたのはスライムと虫系モンスターを混ぜたような、小さく醜い明らかに場違いな下級モンスター1匹。



 僕は混乱した。その魔物は身体の各所から不規則に生えた脚を高速でカサカサと動かしながらこちらへ接近しようとしているが、虫のような脚の爪は魔王城のフローリングをひっかくだけで全く移動できていない。

 

なんだこの魔物は・・・。

 既に魔王は姫とともに城を脱出しており、今頃になって到着したマヌケな僕らをバカにするためにこんな失敗作みたいな魔物の出来損ないを残していったのだろうか。

 こいつを見てるとこれまでの行動はすべて無駄だったと魔王から目の前で指を刺されて笑われているように思われ、腸が煮えくり返るような怒りが押し寄せた。


「クソっ!!バカにしやがって…。」


 僕はそれらの怒りを吐き出すように吐き捨て、

 そんな中未だに視界の端でカサカサとせわしなく脚を動かし続ける気色の悪い生物。

 

 お前まで僕を嗤うか。


 僕は怒りのままにその生き物を叩き潰そうと近づいて聖剣を振り上げた。



 その時信じられないことが起こる。



 「待って勇者!!」



 かなり小さいが姫様の声が聞こえた。

 しばらくの間思考を空白が埋め尽くしたが、次の瞬間僕は歓喜した。


 「姫様!ご無事でしたか!!どこです!!どこから声をかけているのですか!?すぐに参りますッ!!その場を動かないでください!!」


 辺りを見渡すが姫様らしき姿は見えない。 

 僕は耳を澄ませて姫様の次の声を待った。

 



 だがその声は絶対に聞こえてはいけない方向から発せられた。


 

「ここです!・・・あなたの目の前の・・・この醜い化け物が今の私です・・・っ!!」


 



 先ほどとは違い今度は完全に思考が凍った。


 5秒ほどの沈黙の後、震え声で僕は叫んだ。




 「ふざけるな!冒涜にも限度がある!!お前のような醜い下級モンスターが姫様?証拠があるなら見せてみやがれ!!」


 目の前の生物は俺が声を荒げるごとに小刻みに震えている。

 そしてひとしきり俺がまくし立てた後、グチャリと音を立てて身体の表面の裂けめのようなものが開く。その中には淡い光を放つ幾何学文様のようなものが記されていた。


 「見えますか。王家の紋章です。」


「…。」


 できることなら嘘だと言って少しでも信じそうになった僕を笑い飛ばしてほしかった。

 だがもう逃げ道はない。目の前のモンスターの体内に刻まれているのは代々王家で継承される唯一無二の紋章。他の者がこれをまねたものを絵の具かなにかで体に描こうとすると王国そのものが持つ魔法が発動し、全身の皮膚ごと焼き切れる。

 現在この紋章を持つのは世界でただ一人姫様だけである。


 「姫・・・さま・・・?姫様なのですか・・・?姫様・・・?」


 状況が理解できない。気が狂いそうだ。並の者がこの状況に遭遇したら絶対におかしくなってる。


 我が国の国民は皆美しく高貴で才覚溢れる姫様のことを尊敬し、またそれだけの美点を持ち合わせながらも決して驕らないどころか親しさを感じさせるような振る舞いの姫様を愛していた。

 

 それが今はこんな醜い化け物。元の姿と比べることすら冒涜に値するほどの変貌であった。


 「ごめんなさい・・・。こんな見苦しい姿であなたと会いたくなかった・・・。」


 変わり果てた姫様はブスブスと空気の漏れるような音を立てながら語り掛ける。

 

「…姫…さま…?…そんな…。」


お願いだ・・・。もうその姿で・・・その声で喋らないでくれ・・・。

 感情はどんどん思考を現実から引き離そうとしてくる。

 そんな俺の心の中を、聡明な姫様は既に察していた。


 「勇者・・・。殺してください。私を。あなたの手で。これ以上あなたが苦しむ姿を見ていたくない。そして同じ苦しみを国の人々に味わって欲しくない。」


「…。」


 「私を殺して、姫は既に魔王に殺されていたと伝えるのです。次期王女である私が魔王の手にかかったとあらば王国は混乱するでしょう。ですが私には優秀な妹がいます。あの子は民を導く器を持っている。今の私が国へ戻るのではなく、あの子に愛すべき民を守って導いてもらいたい。」


 姫様は続ける。


 「私が死ねばあの子に王位は引き継がれます…。最後に少しだけ顔を見てから逝きたかったなぁ…。」


 「姫様・・・。」


姫さまも辛いんだ。俺がウジウジしててどうする。


 「これまでの数々の無礼をお許しください・・・。今最も苦しんでいるのは貴女のはずなのに・・・そこまで我々のことを想ってくださって・・・。それに比べて僕のなんと弱いことか・・・。」


 「気にしていませんよ。誰だってそうなります。それより早く。じきにあなたの仲間たちがここに到着するのではないですか?」


 僕はあまりの衝撃に床へ落としてしまった聖剣を拾い上げる。


 「では・・。最期に言い残すことはありますか?」


 震える手で剣を握りしめる。


 「ありがとう勇者。これまで幾多の敵から私たちを守ってきたあなたのことを私は尊敬していましたよ・・・。ふふっ・・・この姿でこんなことを言っても滑稽なだけですね・・・。今回の件もこんなに早くに助けに来てくれるとは思っていませんでした。」


 「…。」


これから自国のために自ら死を選ぶ姫様の最後の労いの言葉を俺は噛みしめるように聞いていた。


「これからは自由に生きてください。私の死をもって神託の勇者としての務めからあなたは解放されます。新たな女王の誕生とともに新しい勇者が選出されるはずです。」


姫さまは続ける。本当に殺すのか。今からこの人を。


「これまで本当にありがとう。さぁ、最後の務めです。その聖剣で私を天に導いてくださいな。」


姫様は言い終えると細長い脚を折りたたみ、それ以上動くことをやめた。

見た目には表情も分からないが、死の覚悟を決めたのだろう。

室内からは再び音が消え、二人をしばしの静寂が包む。


 そして俺は剣を素早くしまい、小さい姫様を抱き上げた。


 「ゆ、勇者?」


 「申し訳ございません姫様。」

 

突然の俺の行動に驚きの声を上げる姫様。


「最後の務めは俺には果たせそうにありません。」


「何を…」


狼狽する姫様に俺は続けた。




「旅をしましょう。」


「へ?」




突然の俺の提案に姫様は素っ頓狂な声を上げる。


「姫様は殺害され勇者も戦死。そういうことにして誰も知らないところを二人で巡るんです。やっぱりあなたはこんなところで死んじゃいけない人だ。」


「でもそれでは…」


「王国の人々を騙すことになるのは、優しい姫様は気に病むかもしれないけど、あなたはもう十分国のために尽くした。最後くらい自由に生きて見ませんか?俺の務めも同時に終わるんだ。どこまででも付き合いますよ。」


彼女はこれまで国のために寝る間も惜しんで働き続けた。それがある日魔王にさらわれこんな姿にされた挙句、国のことを思って自ら命を絶つなんてあんまりだ。


「でも良いのですか?私はこんなんですよ?見た目も醜ければ自らの足で歩くことすらままならないのです。あなたにこれ以上の苦労をかけるのは…」


「どうせ勇者をやめてもやることが無いんです。これから故郷の村に帰って無気力に生き続けるよりはいくらか楽しい人生が送れそうじゃあないですか?」


遠慮がちな姫様に気を使わせないように軽い口調で口説きにかかる。


「二人で…知らない世界…自由な旅…。」


姫様も少し考え始めたようだ。もう一押しか。


「世界は広いんです。もしかしたら姫様を元に戻す方法だってあるかもしれないんですよ?ここで死を選ぶより、少しでも希望のある方へ進みませんか?」



「希望…」


最後の言葉に反応した姫様。もう心は決まりつつあるようだ。



「もう隊のみんなが来ちまいますね。んじゃ!いきますよ!ワープ!」



最後はちょいと強引に。

ワープスキルの光が二人を魔王城から消し去った。


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