勇者と魔王
「ようやく会えたな、魔王!」
「ふっ、ようやくここまでたどり着いたか、勇者よ」
魔王がゆっくりと、しかし雄大に玉座から立ち上がる。
そんな魔王の姿を見て、勇者の中で今までの旅の思い出が蘇る。決して楽しいだけの旅ではなかった。つらかったこと、苦しかったこと。たくさんの不幸があった。それでも、そんな困難を乗り越えられたのは、みんなが──頼れる仲間たちがいたからだった。
だからこそ、勇者は自ら前に出て、魔王に言葉をぶつけているのだ。
「お前は絶対に許せない。なんで、なんで……」
「いけ、勇者!」
「私たちがついてますよ」
「背中は任せろ」
これまでの旅の中で共に苦楽を共にした仲間たちが、勇者を励ます。そんな仲間たちのおかげで、勇者は声を出すことができたのだ。
「なんで俺を捨てたんだっ!」
『……はっ?』
剣士が、魔法使いが、僧侶が、揃ってすっとんきょうな声を上げた。それはそうであろう。聞こえてきた単語が、あまりにも勇者と魔王という関係からは想像できないようなたぐいのものだったからだ。
「どうしてあのとき、俺に街を見て来いだなんて言って、そのままここから閉め出したりなんかしたんだ! 答えろよ!」
それでも勇者は止まらない。仲間たちの困惑も置き去りにして、感情の赴くままに声を張り上げる。
そんな勇者に対して、魔王はゆっくりと口を開いた。
「そうだな。あのころの我は、お前をこのまま我のもとで育て続けたら、絶対に強くならないと感じた。だからお前を捨てたのだ」
「なんだとっ」
すぐに声を張り上げようとする勇者を手で制し、魔王は語り始める。
「そう、あのころのお前はちょっと転んだだけですぐに泣き出すくらい弱虫だった」
魔王はそう言って昔を懐かしむかのように微笑んだ。それは紛れもなく、子供を持つ親が見せる、優しい顔だった。
「それが今ではどうだ。ありとあらゆる困難を乗り越え、自らの力でこうして我が眼前に姿を現した! 我は感動してるんだよ、息子の成長を見ることができてな!」
「ふざけるなよ! 強くなれなくったっていいじゃないか! 俺はただ、魔王と……父さんと一緒に、暮らしたかっ……ただけ、なのに」
勇者の声に嗚咽が交じる。長年知りたかった理由が、『強くなれないと感じた』というたったそれだけのことだった事実に、感情が抑えられなくなってしまったのだ。
「弱くてはだめだ」
「どうして」
咄嗟にそう返した勇者に、魔王はたった一言、返した。
「弱くては、魔王は継げない」
その一言で、勇者はすべてを悟った。
「じゃあ、父さんは……」
「ああ、お前に我の跡を継いでほしかった」
「……なんだよ、たったそれだけのことだったのかよ……そんなのってあんまりじゃないかよ」
勇者は、自分の手で顔を覆い隠した。こぼれ落ちてくる涙を見せまいとするその姿は、数々の死線を乗り越えてきた勇者のものとは、とても思えないような弱々しさだった。
そんな勇者に対して、魔王は優しく、優しく語りかけた。
「もう、頑張らなくていい。もう十分に強くなった。だから、帰って来い──我が息子よ」
その言葉を聞いてもなお、勇者が溢れ出す自分の感情に逆らうことなど、できるはずがなかった。
「うっ、父さ、ん……父さん!!」
「まったく、泣き虫なところは変わってない」
自分の胸の内に飛び込んできた勇者を、魔王はとても優しく受け止めた。そうして、力強く抱きしめ、頭を撫でるのだった。
こうして勇者は魔王と仲直りをして、立派な魔王になりましたとさ。めでたしめでたし。
「俺たちは!?」
「私たちは!?」
「我々は!?」
蚊帳の外に置かれた勇者の仲間たちの声だけが、虚しく響いたのだった。
終われ