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転生荘~おまけの60日間~  作者: 紫乃櫻士
3/5

3.布告

  講義のある一週間はあっという間に過ぎた。


 よく行方不明になる支援課の和の担当の女の子は慧奈(けいな)という名前の持ち主であることもわかった。


 「来世、決めた?」


 慧奈はどっかりとラウンジのソファに腰を掛けた。この頃はよく悠李と慧奈と一緒に過ごすことが多かった。悠李は小さな頭を振る。


 「僕、全然決まらないよ」

 「なんで?簡単でしょ。好きなところに行けばいいんだよ」

 「それが難しいんだよ」


 悠李は頬を膨らませた。そんな二人をみて葵はくすっと笑った。


 「葵お姉ちゃんは?」

 「私も決まらない。自分以外の人間になるなんて考えられない」

 「そう?私は、今の私のままでいることの方が違和感があるけどね」


 慧奈は不思議そうに眉を上げた。


 「慧奈お姉ちゃんは、前はどんな人だったの?」


 んー、と顎に手を当て、少し考える。


 「簡単に言えばお金持ちかな。お金のことしか考えてないバカな両親に育てられた。嫌気がさして家出までしたよ。周りにはたくさん人がくっついてきたけど、みんなお金目当てで誰も私の中身なんか見てくれてなかったと思う。寂しかった。でもここはとっても居心地がいいよ」


 少女はとても大人びた表情で微笑んだ。


 「悠李は?」

 「僕は(ともえ)ちゃんと二人で暮らしてたよ。あ、巴ちゃんは僕のお母さんのことね。若くてかわいくて僕、大好きだったんだ。お父さんは僕が小さいころに亡くなったんだって。巴ちゃんは一人で僕を育ててくれたけど、僕、身体が弱くっていっつも心配ばっかりかけてたの」


 うつむく悠李になんと言っていいかわからない年長者たちは顔を見合わせ、慧奈が元気づけるように悠李の肩をたたいた。


 「じゃあさ、今度は身体が丈夫な人になればいいんだよ」

 「そんな決め方でいいのかな」

 「こういうのはきっと、どこに行ってもおんなじなのよ。私たちの魂が死んだことから浄化するための場所なんじゃないかな、ここ」




 慧奈の言葉が気にかかりつつも来世をどういう人にするかいくつか考えてはみたが、決定的な案も候補もないまま月日が過ぎ、いよいよ明日は三〇日目だという日の朝、久しぶりに講義があった。


教室には緊張した空気が漂っている。なんとなくうやむやにしてきてしまった人たちも、死んだ理由を聞いてはっきり決めなくてはならない。


 「はい、皆さんお久しぶりです。これまでいろいろと考えてきたかと思いますが、明日はいよいよ中間地点です。皆さんのお亡くなりになった理由をお伝えします」

 「そっか、みんな同じ理由で死んじゃったんだよね」

 「そう。その通り」


 紫月がぱちんと指を鳴らす。表情はあまり動かないのに身体の動きは割とアクティブである。


 「なあなあにしてここで自由に過ごしてきた人も、しっかり将来を見据えてくださいね。何か不安があれば支援課か相談課の人にどしどし聞いてください」


 講義が終わり、旭と部屋まで戻る道々、紫月が言っていたことを胸で転がしながら歩く。


 「別に不安があるわけでも、なりたい来世がいないってわけでもないんです」

 「それはよく知っている。今まで何人か候補を挙げていたな」

 「でも、それのどれも嘘くさい感じがするんです。どれも私じゃない。私の魂は私のもので、次の誰かのものではないという気持ちが抜けないんです」

 「君の前にも、君の魂の持ち主はいたんだぞ」

 「わかってますよ」


 葵はちょっと腹が立ってぷいとそっぽを向いた。



 次の日の朝、教室に行っていつもの隅の席に座ると、悠李と慧奈がやってきた。挨拶を交わす。友だちってもしかしてこういうものなのだろうか。葵は毎朝そう思う。顔を見ると安心して嬉しくなる。自然とおはようと言う。ほとんど中身のない雑談をし、お腹の底から笑って、時にはとても真剣な話をする。


 「緊張するね」

 「僕、せっかく考えたのに、理由を聞いて心が変わっちゃったらどうしよう」

 「そのためにまた三〇日あるんでしょ」


 ざわつく教室に、時間通りに紫月が入ってきた。


 「はい。今日でこの家に来てもらってから三〇日が経ちました。皆さんの死因をお知らせする日ですね」


 すううううと深呼吸する音が部屋に静かに沁みた。


 「まあ、そう気負わないでください」


 紫月の言葉に、そんなこと言われても、と慧奈が小さくこぼす。


 「さて、こういうことはじらしても仕方がないので、早速ですが、皆さんが亡くなった原因をお知らせします」


 紫月は初めて講義を受けた日から持っていた分厚い資料をめくった(紫月の細い腕のどこにこんな重量のあるものを持ち歩く力があるのか、講義生の間では時たま話題の種になっていた)。


 「皆さんは、皆さんの親御さんによって、命を絶たれました。お父様であったりお母様であったり、皆さん自身に命を与えた人たちにより命を奪われたのです」


 一瞬、泣く子も黙るほど部屋の温度が冷えきり、次の一瞬でハチの巣をつついたような騒ぎになった。


 「父さまだ。私を殺したのは父さまだ」


 青ざめた顔でつぶやくのは慧奈だ。


 「ぼ、僕は巴ちゃんに殺されたの?そんなはずないよ!だって巴ちゃん、僕のこと世界で一番大事だって言ってたよ!」


 周りがそれぞれに驚いているのを冷静に耳で捕らえながら、葵は他人の夢を見ているような気持ちでただ座っていた。


 顎から舌がこわばっていくような感じがする。身体が全く動かない。目はよく見えるし頭も動くのに何一つ掴めない。


 そう、私は親に殺されたのだ。紫月さんが言うのだから本当のことだろう。親だって。親。親に殺された?親なんて母さん以外にだれがいる。きっと喧嘩したはずみで怪我をし、打ち所が悪かったかなんかで死んでしまったのだ。


 それがおっちょこちょいの神の間違い?ふざけんな、こんなことが神のせいでたまるか。私と母さんの間にあったことは私と母さんの責任で、二人のものだ。神が間違えたから起こったことなんかじゃない。


 「なぜ、僕が殺されたことが神の間違いなんですか?」


 葵が思ったことと同じことをいつもの男の子が聞いた。確か、(ゆず)()といった。


 「いまから説明します」


 紫月はお得意のイラストをさらさらと黒板に描いてから向き直った。


 「共食い、という言葉を聞いたことがありますか」


 教室内の人間の多数がぱらぱらとうなずく。


 「同じ人種同士で食べ合うことですね。残酷なようですが、これはその種が生き延びていくための一つの手段です。人間の場合は、基本的にはこのようなことをしなくても生きていくことができます。それはほかの種よりも生き延びていける確率が格段に高いからです。しかし、この原理を人間に応用してしまったのがここの神です。人間にこの仕組みがなくとも、生き延びて行けると考えていなかった神はこの<共食いの成分>とでもいいましょうか。これを人間に与えすぎてしまったのです。そのせいで、人を殺す人が出てきてしまいました。しかし、その中でも親が子を殺すというのは起こらないことのようで頻繁に起こり、とても残忍なことです」


 「そんなの、ただ神が馬鹿だっただけじゃない」

 慧奈はハッと鼻で笑った。


 「ええ、全くその通りです。ですから、神はせめてもの償いにと白い家の制度を創ったのです。神の世界でも親が子に過ちを犯してしまうことはあります。とある経緯でそれを経験した神は、自身が犯した過ちの大きさに気づき、親に殺された子に、せめて次は幸せに生きていけるようにと考えました」



 「信じられない」


 迎えに来てくれた旭の顔が見られず、葵はうつむいて自分の靴を見つめた。おしゃれが好きだった母さんが買ってくれた靴。もうボロボロだけど、新しい靴を買う気にはならなかった。


 「ショックだったろう」

 「それはもう。ますます神を殴ってやりたくなりました」


 半分ば泣き笑いで答える葵の肩を、旭は迷いながらも手を伸ばし、ぎこちない仕草でポンと叩いた。


 「来世を選べば、次は幸せに生きていけるぞ」

 「なんですか、それ」

 「ん?」

 「次は幸せにってみんな言いますけど、それじゃあ、今までの私の人生はまるで不幸だったみたいじゃないですか。まるで神のせいで不幸だったね、かわいそうだねって言われているみたいです」

 「実際そうだからな」

 「違いますよ!」


  葵は初めて旭に怒鳴った。周りも何事かとこちらをうかがう。


 「私は父さんと母さんと生きていけて幸せでした!確かに、母さんが忙しくなってからは楽しいとは言えない毎日だったけど、それは私にも責任のあることで、そんな、母さんばかりが悪いわけじゃないんです!」


 何を言っているのかわからない、という顔で、旭は葵を見る。戸惑ったその眸に、葵は行き場のない怒りをぶつける。


 「私、来世なんて選びたくありません」


 旭が困ったように前髪をわしわしと撫でた。綺麗に後ろに回されていた前髪が崩れて額に垂れる。


 「場所を変えようか。相談課の個室を借りよう」



 相談課までお互い黙ったまま歩き、個室に入り飲み物を淹れて向き合って座ってから旭がようやく口を開いた。


 「来世を選びたくないなんて、どうしたんだ?あんなに一生懸命に考えていたじゃないか」

 「次の私を選んだら、私は母に殺された不幸な女の子、って納得したことになりますよね?来世を選ばずここで働くことも可能だって紫月さんがおっしゃってました」


 葵が食い下がると、旭は眉間を指で揉んだ。


 「まあ、できんことはないが・・・」

 「そういえば、旭さんたちはどうしてここで働いているんですか?来世を選ばなかった人たちじゃないんですか?」

 「ああ、いや、俺たちはちょっと違う。赤ん坊の時やまだ物事の分別がつかないときに親に殺されたんだ」


 葵は驚くが、考えてみれば当たり前のことである。旭はストレートティーに蜂蜜を少し垂らして飲んだ。


 「そういう人は教育課によって育てられて、名前ももらって、そのままここで働いているんだ」

 「でも、なかには来世を選ばなかった人もいるんですよね?」

 「いるらしいが、俺はあまりお勧めはしない。神が創ったこの家に反するし、なにより魂のためにならない」


 葵はなおも粘る。旭を納得させられずに何ができるというんだ。


 「神に反するとおっしゃいましたが、神は罪滅ぼしのためにこんな回りくどいことをしているんですよね?」

 「まあ、そうだが」

 「だったら、来世を選ばないことの方が私にとっては利益です」

 「なぜそうなる」


 伝わらないもどかしさから、思わずまた声を荒げてしまいそうになったとき、部屋のドアがキィと開いた。


 「おいこら、個室の意味を知らんのか」


 旭がむっとした顔で振り向く。


 「だって、そんな言い方してたら葵さんかわいそうでしょうが」

 「そんな言い方って、俺は普通に話しているつもりだが。だいたい、盗み聞きはやめろと言っているだろう」


 珍しく旭を困らせているのは、少し癖のある髪を肩のあたりまで伸ばした三十代前半くらいに見える女性である。いかにも気の強そうな太い眉がよく似合う。少し太り気味だが、かわいらしい顔立ちをしている。

 

 葵はなんとなく商店街の肉屋のおばさんを思い出した。「葵ちゃん、内緒ね」とさくさくほかほかの揚げたてコロッケをおまけしてくれたあのおばさん。元気かな。


 物思いにふけった葵を引き戻したのは、相談課の女性の声だった。


 「旭はやっぱり支援課は向いてないよ。大人しく管制課に戻ることをお勧めするわ」

 「よしてくれよ。せっかく現世に降りて資格をとったんだぞ」

 「そんなの葵さんを傷つけていい理由になんかならないわ」


 ね、と目を合わせて笑いかけてきた女性に、葵は戸惑う。なぜこの人は自分の名前を知っているのだろう。


 「ああ、そっか。初めましてよね。私は相談課の風音(かざね)といいます。この家にいる人のことは資料を読んで知っているの」


 葵は納得した。


 「馬見新葵です」

 「はい、よろしくお願いします。なにかお悩みがあるようね」


 風音はぱらぱらと資料を取り出した。旭も眼鏡を取り出して風音の横から資料を覗く(彼は軽い乱視で細かい資料などを読むときは眼鏡をかける)。


 「さっきの会話から察するに、葵さんは来世を選びたくないようだけれど、それはどうして?」


 やわらかい声に、葵は少しづつ口を開く。


 「私は、どうしてもほかの誰かになることが想像できないんです。旭さんといろいろ考えても見たんですけど、さっき自分が死んだ理由を聞いて・・・」


 葵は言葉を探して目を泳がす。この人と旭さんにはなんとかこの気持ちを理解してほしい。


 「私は母に殺されたらしいんですけど、それは神がうっかりつくってしまった不幸だと言われて、納得がいきませんでした。母がその神とやらのせいで私を殺したとは思えないし、第一、私は不幸なんかじゃありません。この白い家に来て、来世を選ぶのは神の償いなのだと紫月さんから教わりました。もし私が来世を選んだら、この納得がいかないことを納得がいったと認めてしまうことになる気がするんです」


 風音はふぅむ、と唸ったあと、なるほど、とつぶやいて足を組んだ。


 「あなたのなかで、葛藤があるのね。矛盾があるんだわ」

 「矛盾?」


 旭が眼鏡を押し上げて聞く。


 「私たちが神に言われて定義している幸せと、あなたの幸せが違うみたいなの。葵さんにとっての幸せってなに?私たちはあなたを幸せにするためにいるのよ。その方法が来世の選択肢を与える、というものだっただけ。でもあなたにはそれは合わなかった。じゃあ、あなたの幸せってなあに?」


 幸せ。私の幸せってなんだ。母さんと楽しく暮らすこと?でも死んでしまった。それならば、来世で来世の母と仲良く暮らせばいいのだろうか。本当にそれが幸せなのだろうか。


 「すみません、混乱してきました」

 「いいのよ。じっくり考えて。まだ三〇日あるわ」


 風音は資料に何か書きこんで微笑んだ。

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