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転生荘~おまけの60日間~  作者: 紫乃櫻士
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2.対峙

 翌日は、昼前から講義があり、来世を選ぶときのアドバイスなどをもらった。お昼は食堂でエビとカニのピラフにコンソメスープをいただく。ぱらぱらのお米にぷりぷりのエビと身がしっかりしてうま味のあるカニのピラフは頬が落ちるようである。サラダも付いているのは栄養バランスを考えてのことだろうか。もう死んでるのに変なの、と葵は少しひねくれる。


 「これ、おいしいね」


 昨日二つ隣に座っていた九歳くらいの男の子が、今日は隣にちょこんと座っていた。さらさらの髪に大きなくりっとした目が愛らしい。


 「うん」


 小さい子にどう接すればいいかわからない葵は下手な相槌を打つだけで精いっぱいである。


 「あのさ、お姉ちゃんはなんで死んじゃったか覚えてる?僕、忘れちゃったみたいなんだけど」

 「私もわからなくて困ってる」

 「そっか」


 残念そうな男の子の声に冷たくしすぎたかな、と葵は心配になったが当の本人は対して気にしていないようで、足をぶらぶらさせて、ねえ、とまたこちらを向いた。


 「ここのご飯食べてたら、大きくなれるかな?」

 「え?どうだろう」


 葵が首を傾げたとき、上から、あはは、と笑い声が降ってきた。見上げた先にいた男性の制服の胸には<支援課 陽向(ひゅうが)>と名札がかかっている。


 「それはないよ。君たちは魂の状態だから、それ以上変化のしようがないんだよ。ああ、でも例外はあるみたいだけどね。本当は食べることも寝ることもお風呂だって必要ないんだ」

 「そうなの?」

 「うん。こういうのは気持ちの問題なんだ。ここでは悠李(ゆうり)たちの快適さが一番優先されるからね」


 男の子が慣れている様子から察するにこの陽向という男性は、男の子の担当をしているようだ。歳は三〇代後半くらいで顎には無精ひげを蓄え、眉間にはしわが寄っている。道端ですれ違ったら目を合わせないようにしてしまうタイプだ。陽向が呼んだ悠李というのはこの男の子の名前なのだろう。


 「一番偉いのはここを創った神さまじゃないの?」


 陽向は鼻で笑った。


 「あんなやつが偉くなるなら世の中は偉人だらけで歴史を勉強する学生はてんてこまいだな」

 「僕はもう死んだから関係ないね」


 子どもというのは妙なところで考え方が冷めている。陽向はまるで自分の子供にするようにポンポン、と悠李の頭をなでた。そして、ふと葵の方を見る。


 「そういえば、君の担当はどこに行ったの?この後は教育課の講義があるんだけどねぇ」

 「えー、またあれやるの?僕もう飽きちゃったよ」

 「自分の将来のことくらいちょっとは考えてやれ。講義があるのは一週間だけだから」


 陽向が苦笑いしたところで、旭がやってきた。


 「お、噂をすれば何とやら」

 「すまん、この子の担当が行方不明で」


 旭が葵と同じくらいの歳の女の子を目だけで示した。明るく染めた髪に荒んだ眼をして明らかに不機嫌そうである。


 「ああ、やまとか。あいつは絶世の方向音痴だからな。あいつなんでまだ支援課にいるんだよ。仕事に支障が出るから変えろって言ってるのに。ああ、災難だったね。よかったらそこに座って。彼が救出されるのはまだかかると思うよ」

 「お邪魔します」


 そう言って座った女の子を、見た目の割に律儀だな、と葵はスープカップの隙間から観察する。


 「俺は引き続きこの子の担当の捜索にあたるから、悪いが待っていてくれ。もし時間になったら陽向と一緒に講義室に行ってくれ」

 「はい」


 慣れた様子で捜索する、などという旭に葵は目をしばたかせる。女の子がため息と一緒に言葉をはいた。


 「いっそ和さんにGPSでもつけたらいいんじゃないの」

 「ああ、だめだめ。あいつ機械類だめだから。触ったら壊れるんだよね」

 「そんな馬鹿な」

 「ほんとほんと」

 「いつも旭さんが探しているんですか?」


 葵の質問に、陽向は大きくうなずいて答える。


 「管制室の映像チェックは彼の得意分野だからね」


 なんとなく面倒事を押し付けられている感が否めないのは、旭の人柄の表れだろうか。




 その日の午後の講義は、作文だった。紫月は大量の紙をトントン、と机で整えながら言った。


 「あなたの今までの人生を振り返って自由に書いてください。楽しかったこと、悲しかったこと、家族や友人のことなどなんでもかまいません。もう一度考え直すことで来世を選ぶときのヒントにもなります」

 「作文は苦手なのですが」


 中学生くらいの男の子が手を挙げる。生真面目な性格なのだろう、紫月の講義の時は必ず何か質問をする。


 「大丈夫。上手に書こうとか思わなくていいから、心の赴くままに書いてみてください。絵を描いてもいいですよ。紙はたっぷりあります」


 葵は配られた真っ白な紙を見つめた。心のままに書いていいと紫月は言った。


 

 人生を振り返るって言ったってロクな人生じゃなかったと思う。


 楽しかったのは父さんがいたときまで。父さんがほかに女の人をつくって出て行ってからすべてが変わってしまった。優しかった母さんも働き始めて忙しくなって私のことなんかどうでもよくなってしまったみたいだった。


 三人で暮らしていたときが一番幸せだった。そのあとはひどいもんだ。


 学校でも対して楽しいことなんてなかった。友だちなんてうわべだけ。孤立したくないから寄ってくる人たちと適当に付き合い、クラスが別れればそれまでの関係。


 たまに帰ってくる母さんとは顔を見合わせれば喧嘩をしていた。憎まれているのは言われなくてもわかった。いつも、今日こそはちゃんと話しあって自分の気持ちを伝えるんだ。母さんのこともちゃんと聞くんだ、と思うのに口を開くと別のことばかり飛び出た。


 あんな母さんは嫌いだった。でも母さんの全部を嫌いになるなんてできなかった。振り向いてほしくて勉強も頑張ったし、いい子で居ようと思って掃除や洗濯、料理も覚えた。母さんも私の全部を嫌っているわけではないんだと思っていた。


 母さんが夜遅くまで出かけているのもきっと私たちの生活のためで、落ち着いたら心も戻ってきてくれる。おいしいご飯をつくって、一緒に食べて、その日あったたわいもない話をして笑いあえる日が来る。


 それが大きな過ちだと気付いたのはつい最近だ。母さんが酔っぱらって帰ってきた。しかも、男の人を連れてきた。そんなのは初めてだった。


 母さんね、この人と暮らすの。あんたなんかいらないの。邪魔だから出て行って。

 

 こんなひどい言葉、ドラマとか漫画とかの中だけだと思っていた。いらないと言われた。悲しかった。全てが無になった。今までため込んできたことのすべてがはじけた。それからのことは覚えていない。今までにないくらいの大喧嘩になったことは確かだ。



 そこまで書いて手が止まった。紙がふやけた。涙で湿気た。身体が火照って喉が張り付く。もう一度、ペンを握る。


 もし来世が選べるんだとしたら、あの頃の優しい母さんが死ぬまで優しいままの人のもとに生まれたい。


 来世を自由に選べるだなんてどんな死に方をしたんだかわからないけれど、せっかく選べるというのなら今度はもっといい子に生まれたい。


 ここまで書いたとき、紫月がパンと手を打った。静まり返っていた室内によく響いた。


 「はい、ここまでです。書き足りない人はここで書き続けても構いません。一応、私はここにいますので」


 講義が終わり、支援課の人たちが入ってきてそれぞれの担当の横に座った。旭も端に座っていた葵の横に立ち、ひょいっと原稿を覗き込んだ。


 「よう。書けたか?」

 「途中で泣いちゃいました」


 隠してもばれてしまうことなので、自分から言う。


 「そうか。心の整理をつけることは来世を選ぶ上では大事なことだから、いいことなんじゃないのか。いろいろ考えて涙が出たんだろう」

 「そうかもしれません」


 旭なりに気遣ってくれたのだろう。それが嬉しかった。ここにいる人たちは温かい人たちばかりだ。葵はぬくもりが胸にしみこむのと同じくらい悲しい気持ちになった。ただ、それがどうしてかはわからなかった。

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