取引
オブティーン。間人族だけが栄え、主に魔力を持つ人間と持たない人間で別れる世界で、魔法だけでなく、『機巧法』という機械化が行われている事が特徴である。この世界の人間によって作られた機械が代わりに働くという興味深い印象が強い世界でもあり、何よりヤヨイやミナヅキ、ウェイリィが住む世界には、まずこんな技術はない。
効率は人間そのものが向上し、させるものであり、今いる世界のような効率を上げるものを『作る』という発想にはまだ至っていないのが現実である。
と、簡潔に語られた説明に、ハクリとルリを除くメンバーが絶句する。
常識を大きく上回ったこの世界の常識に、出す言葉が見つからないのである。
「…とまぁこれが私のいる世界の説明だね。他に気になる事はある?」
と言っても、ハクリ達はここに来てロクに街歩きをした訳でもないので、これと言って気になる点はない。
それを沈黙が代弁し、青年は次の話へと切り替える。
「なら次の話へ移ろうか。私はリラン・ウィング。ジ・アースに暮らしている…そうだね、彼が定めた名称では間人族をまとめる会長を務めている者だ。以後お見知りおきを…それで君達を呼んだ理由なんだが……イタチに大体聞いてるかな?」
リランがそう問いかけた所で、全員の目線がイタチへ指し向かれる。
「…言ってない」
「…お前そこ大事なことだろ…」
ハクリの一言にイタチはバツが悪そうに口元を横に伸ばす。
「ははっ。イタチは忘れん坊だから仕方ないな。昔からそこをカバーするのが兄であるハクリの仕事だったよね?」
リランが平然とそう応える。ハクリはぎこち悪さを残しながらも頷いた。
ーー自分がこの場で口にしていない事を、この男は知っているーー
それが単に自分に合わせてくれているのか否かは不詳だが、ハクリとルリの素性はバレずに済みそうだ……この時のハクリは、そんな謎の安心感に包まれていた。
「なら、私から説明させてもらうよ。あなた達をここへ呼んだのは、勿論我々の存在を明かす事にあるのだが、同時に2人の良からぬ噂を絶つきっかけにもなる。今の今まで存在を隠して来た理由はこれから話すとして、この世界の住人は全くの無害だ。これは私の命を代償に言い切っても構わない」
リランの口から出て来た来た『命』と言う言葉。そこまでする必要はないと思った一同だが、これにより、多少不審に思っていた心情は改善されたようだ。
「…それで、ここに呼んだ理由なんだが…ヤヨイさん、ミナヅキさんに頼みたいことがあってね」
「頼みたい事…ですか」
「…はっ!ま、まさか私とヤヨイを調べつくすとかなんかじゃ…ッ!?」
「アホか!お前は緊張感というものを持て!この状況でそんな事を堂々と口にするんじゃないっ!」
「あはは…別に構いませんよ。安心して下さい。お二人には魔法を教えて欲しいだけなんですから」
その言葉に、ヤヨイはピクリと眉を動かす。
「そうですか…お聞きしますが、一体何の為に?」
急に声のトーンが真面目なものになり、それを察知した一同は緊張の色を浮かべる。
かくいうリランは、相変わらず陽気な顔で対応する。
「なに、今のこの世界は口先だけは魔法を使っていますが、外の世界とは違い、機甲法の方が発展しております。更なる効率向上を図る為にも、お二人にご協力して欲しいと思いましてね。その対価と言っては何ですが、この世界の機甲法をお教えしようと思っていますが…どうでしょう?」
「なるほど…悪い『取引』ではないですね…」
そこでハクリは実感する。今2人は取引を行なっているという事を…。それがリランがここに呼んだ唯一無二の理由なのだと。
「いいんじゃないヤヨイ。私たちにも得はあるんだし、この世界の人達は無害らしいしさ…」
いつもの陽気さと重なって、今のミナヅキの発言には後押しの他に何か別の感情が込められているような気がした。
それを聞いたリランはニヤッと不敵な笑みを浮かべる。
そして、ヤヨイの出した回答は…
「……良いでしょう。こちらの世界の技術と私達の世界の技術、お互いいい条件ですしね」
交渉成立…。満足気な顔をするリランに劣らず、ヤヨイも不敵な笑みを浮かべる。
「…さて、最後にこのタイミングで呼んだ理由を教えてから、ヤヨイさん達にはこの世界を楽しんでもらうと致しましょう」
切り替えたリランがそう告げる。
「私達が外の世界の住民を拒んできた事はご存知ですね?」
「…私達の評判の悪さ…でしたよね?」
ウェイリィが前日の記憶から辿り、そう伝える。リランはご名答と言わんばかりに頷いた。
「その通り。長年私たちの先祖達は外の世界にいい考えを持っていなかった。それが故に魔法の発展が遅れ、今の今まで機巧法に頼ってきたわけですが、私の代でその考えを一変してみようと、その考えに至った訳です。しかし、見ず知らずの世界に大勢でけしかけるのは横暴ということで、ある2人を送り込む事にしました…それがーー」
ニヤッと笑みを零し、ハクリとルリを指さす。
「ハクリとルリ、この2人の記憶を消去しての偵察…という事ですね」
「……え?」
「な……」
リランの言葉に、一同は目を見開き、驚愕の表情をとる。
突如伝えられた驚くべき真実……。
当然の事ながらハクリとルリは、周りよりショックが大きかった。
「ちょっと待ってください!御2人は自身の素性は明かしておりましたし、記憶の消去はそんなに簡単なことではありません!それに、この世界の事だって知っていました!」
「…それは、イタチが現れてから明かしていったんじゃないかな?それも曖昧に、なるべく詮索されないように回答をしていたと思うんだがね…そうじゃないかな?」
「ッ!そ、それは……」
リランの回答に、ウェイリィは言葉を詰まらせる。指摘されて初めて気付かされたのだ。
「…もしそうだとして、何故そこまでする必要があるのか…聞いても良いだろうか?」
真剣な眼差しをリランに向けながら、ヤヨイはそう問いかける。
「さっきも言ったように、これはあくまで偵察であり、部外者にバレてはならない事だ。それを効率よく隠すためには、本人の情報以外の記憶を消す事が一番効率がいい。そう判断した上の行動ですよ」
「…そんな。私達が…記憶を……」
「……」
ルリが顔を青くしている中、ハクリはじっと考え込んでいた。
結論を出せば、まず自分は記憶を消されていないと思える。
実際自分は昔いた世界の住人であり、その記憶は確かなものだ。話を聞くに、記憶の消去は行っていても、改ざんは行われていないように思える。ならば、今はその自分なりの真実を、信じるしかない。
リランが何を企んでこんな事を言っているのかは、半ば理解しつつも、今はこの場に流される訳にはいかない。
「…大丈夫。ハクリとルリの記憶はこの世界にいれば戻るから、数日間はこの世界に居るといいよ。出発をきっかけに我々も外世界へと進展を検討する。今日から3日間、歓迎を兼ねた祭りを開くから、それを楽しんで行ってくれ…皆様も、それで宜しいかな?」
リランの言葉を聞き、ルリはほっと胸をなでおろす。
「…それを聞いて安心したよぉ!私このまま2人が不安を抱えたまま一生を過ごしちゃうのかと思っちゃった!」
「…あぁ。本当に、肝が冷える話だ。記憶の消去などな」
「驚くのも仕方ありません…とりあえず今日はごゆっくりお休みください。また明日、使いの者を送ります」
リランの言葉を最後に、一同は部屋を後にする。ただ一人、ハクリだけを除いて。
「……?マスター。どうかしましたか?」
「少し話があるから、ルリは皆と先に行っててくれ」
「……そうですか。分かりました」
少し不安気な顔をしながらも、ルリは深く問いかけることはせず、大人しく部屋を後にした。
 




