ちょっと休憩
長い夢を見たような感覚。誰かが自分の体を揺すっている。多分ルリだろう。
なんの夢を見たかは分からないが、とても懐かしい記憶で、かつ思い出したくない事だったような…そんな夢だ。
「…ここは?」
「ま、マスター。ここって…」
何故か不安気な顔をしているルリ。既に他のメンバーは起きているのか、声が聞こえていた。
「…ここが、新大陸……」
「イタチさん、ルリさん、ハクリ君の故郷……」
「全然文化が違うんだね」
眩しい光を直に受けたせいで、視力が戻るのに少しの時間を必要とした。目を擦りながら、徐々視力を戻していく。
「…よく見えないな…ってか、ここ見覚えがーー」
少しずつ、少しずつ戻っていく視力。
そして気付かされる…ここはーー
「…ここは」
幼いころから見慣れた通学路。昔からある家々が並びこんだ住宅街。
ーーハクリが居た世界にそっくりな町並みが、視界の先で繰り広げられていたーー
「嘘…だろ。ここは…俺がいた……」
「大丈夫ですか?マスター」
呆然と立ち尽くすハクリを前にして、ルリは心配そうに声をかける。
どこからどう見ても、何度見直しても映る景色は変わらない。長年見続けてきた風景は、いつしか脳に焼き付いていたようだ。どう見ても元いた世界そのままだ。
「何でこの街がここに…だってあそこは、こことは別世界で……」
「とりあえず落ち着いて下さいマスター。今は状況整理が第一です。まだここがマスターが元いた世界とは限らないじゃないですか」
とりあえず落ち着けと、そう耳打ちされ、やっとの事で平常心を取り戻すハクリ。まだ脳裏ではこの現実が受け止められていないが、判断力は鈍っていない。
焦ることは無い…落ち着け。
そう心に念じる。
「…そうだな。まだ確実にあの世界だと決まったわけじゃないんだ。今は状況整理が大切だな。ありがとうルリ」
「…皆準備はいい?今から会って欲しい人がいるの…だから、もう少しついてきて」
「その会って欲しい人というのは、この世界の上位者…と言った所かな?」
ヤヨイの問いかけに、イタチは静かに頷く。
このまま立ち尽くすわけにもいかないので、再びイタチのナビゲートの元、行動を再開した。
「…先程から人を見ないな」
「そうですね。少し不審ですわ」
「今はまだ皆寝てる…ここと向こうは時間の流れが違うから……この世界ではまだ朝方」
淡々とそう告げられ、納得せざる負えないヤヨイとウェイリィ。
見慣れた街を、イタチに連れられながら感づいた点がいくつかあった。
まず一つ目は、ここがハクリの住んでいた家がある場所に近い事。
二つ目は、今から向かう場所についてだ。
そこで推測なのだが、ハクリの住んでいる街の中には、市役所が建てられていた。もしその市役所に向かっているとすれば、この世界では市役所の長が重要人物ということになる……そう思った。
そしてこの道のりは、間違いなく市役所に向けて進んでいる。
あくまで推測が正しければの事なのだが、今は運に身を委ねるしかない。本当にこの世界が、元いた世界だとすれば、こんな天人や獣人を見て、パニックにならない訳が無い。
……さて、どう出るかな。
家々の中を歩んで行くと、流石にチラホラと人を見かけた。当たり前のようにこちらを凝視したり、ヒソヒソと耳打ちし合う姿を目にするのは、正直痛かった。
「…あれは」
「あの子本当に帰ってきたのねぇ…」
こんな感じで周りからの視線を浴びまくりながらも、ハクリ達はイタチを先頭に進み続けた。
「…流石と言うべきか、ハクリ君は有名だな」
「まぁ大七種なっちゃったんだしね。嫌でも有名にはなるよね」
「……それにしても周りの目が痛いですわ…」
「耐えろ……耐えろ俺…やっと慣れてきたコミュ障だ……耐えろ俺」
「ま、マスター大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」
ヤヨイ、ミナヅキ、ウェイリィが話す中、ハクリは持ち前のコミュ障により持続的にダメージを受けていた。早くもノックダウン寸前である。
「だ、大丈夫だ…問題ない」
どこかで聞いたことがある名言を吐きながらも、ハクリの様態は悪化していくようだった。
「…少し休む?」
それを心配に思ったのか、珍しくイタチがそんな提案をする。朝方から休み無しで来たがために、ハクリ以外にも、皆少し疲れているようだった。
「そうだな。どこか休める場所はあるかな?」
水分を口に含んだヤヨイがそう問いかけると、イタチはある一方を指さす。
「……近くに公園がある」
「公園か…」
と、ヤヨイは底で顎に指を当て、何やら考え込む。
ーー公園といけば朝方とはいえこの世界の住人がチラホラいる可能性があるな。まだ私達が来た事であまり大事にされたくはないし…ここはーー
そう頭のなかで結論ずけ、再び口を開く。
「…あまり人目につかない場所はないかな?私達がこの世界の人達の目に当たるのは、極力避けたいんだ」
「人の…居ないところ…」
思い当たる場所が無いのか、考え込んだままフリーズしてしまうイタチ。
流石に困り果てた一同の空気を打破したのがーー
「……ありますよ。人の目につかない所」
ヤヨイやイタチの後方から聞こえた病人のような声質で、恐る恐る挙げられた手。ハクリだった。
「それは本当かい?」
ヤヨイの問いかけに、ハクリは死にそうな声で答える。
「はい。俺の予想が正しければ今は誰もいません」
「……決まりだね!よし行こう!すぐ行こう!」
「ふぅ。やっと一息つけますわ」
と、行き先が決まったのだが、正直提案したハクリ自身、正直いって気が進まなかった事は、周りの疲れを表している彼女達を前にして言うことは出来なかった。




