目的の場所へ……
辺りを鬱蒼とした木々に囲まれ、イタチの先導で森の中を進んでいく。森に入って既に数時間が経過し、イタチの話ではもう少しで到着するとの事だ。これまで魔物の類に遭遇することも無く、ことは順調に進んでいく。
……不気味な程に……。
「……おかしい」
「うん。何だか様子が変だね。さっきから動物の気配も魔物の気配も感じられない。私の耳と鼻にも虫1匹引っかかってないよ」
誇り高き獣人属の頭が不満気に呟く。事実先程からハクリ達の足音はするものの、風一つ吹かない。流石にこの状況は、ここにいる全員が奇妙に思っていた。
「うぅ…気味が悪いですわ」
「何か出そうです…お、お化けとか……」
「ち、ちょっとルリさん!変な事言わないで下さいな!」
「あほか。出るとしたらそんなチャッチィもんじゃねぇよ……もっとこうーー」
「待って。何か来る…」
耳をピクピクっと動かし、何かを察知したミナヅキ。足を止め、目を閉じて意識を集中させる。
僅かな草木の揺れた音から察知した何者かの動き。それは本当に微かなものながら、現にこちらに近づいてきている。
しかし、奇妙な事に、ハッキリとした位置が分からない。近づいてきている事は確かなのだが、それを察知できる距離感が掴めないでいた。
「…どうだミナヅキ」
「おかしい。何かこっちに来てるんだけど、全然分からない……多分これはーー」
「……おい、俺の腕つかむなよ」
「え?私ですか?」
あまりの怖さにルリは前にいるハクリの足を掴んでいるのであろう。ハクリは動きにくいと言わんばかりにそう訴える。
「……ルリ以外に後ろから腕掴める人いないだろ?」
「……え?私今寒気がしてるので腕組んでますよ?それに、後ろって言っても横に並んで歩いているじゃないですか」
「いやいや、現に今俺は腕を掴まれているわけで…あれ?」
明らかにおかしいと思いながらルリの方を見ると、確かにルリは腕を組んでいた。
しかし、ハクリは腕を掴まれている。先頭をきっているイタチ。ことがおかしい事に他の3人はハクリとルリの目線の先でミナヅキを心配そうに見つめている。
つまり、ハクリの腕を後ろからつかめる人物は、今の所存在しない。そのはずなのにハクリは腕を掴まれている。
この現状を理解した途端、ハクリとルリに大量の冷や汗が流れ始める。鳥肌が立ち、体温が一気に奪われた感覚に見舞われる。
「な、なぁルリ。ちょっと後ろ見てくれないか?」
「い、嫌ですよ。ま、マスターこそどうぞ…」
「あ、あぁそう?な、なら遠慮なく…」
「あ、分かった。この感じはあれだよ…」
と、そこで丁度何かを思い出したミナヅキ。それと同時に、ハクリは意を決して後ろを振り向く…。
「この感じは魂の狩人だ」
「……」
ハクリの腕を掴んでいたのは、地を這い蹲る死者らしき者。肉や皮が中途半端に残っており、それはもうおびただしい光景を目の当たりにしている。体の所々から骨が見えており、目にするのも痛いくらいだ…。そして、それを見たハクリは勿論ーー
「ぎぃやぁぁぁぁぁあ!出たぁぁぁぁぁあ!」
「え!え!ま、マスタぁ一体っていやぁぁぁあ!ゾンビぃいぃい!」
「あ、あがっ…うごがぁぁがががぁ」
「ハクリ君、ルリ君、そいつから離れろっ!」
咄嗟の判断でヤヨイがそう指示を下す。半ば我を失いながらも、ハクリは腕を振り払い、2人はそのおぞましい物体と距離をとった。
ゆっくりと立ち上がり、魔法陣を形成、召喚術によって大鎌を取り出したその物体…魔物の名前は魂の狩人。動物や魔物の魂のなかに存在するエネルギーを行動源とし、それを狩りとる魔物である。
「こいつの移動方法は浮遊、しかも実態がないから草木が僅かにしか動かない。だから私の耳や嗅覚でも気づかずにここまで来れたんだね」
「この様子だと他の魔物や動物達はあらかたこいつに狩られたようだな」
「……こいつの撃退法は何ですの?」
実態がない魔物に物理的な攻撃は無駄の一択である。聖系魔法や闇系魔法にある、対象のエネルギー、霊体に直接ダメージを与える魔法でないと倒せない。
故に、今この状況で負ける訳は無いのである……しかし、ヤヨイとミナヅキは、顔をひきつらせていた。
「聖系魔法や闇系魔法の類でならこいつを倒せる…しかしだな、ここまで魂を食らってきた魔物だ。浄化し尽くす前にこちらの魂を狩られかねない…つまり」
「……まぁ、あっちはそう足も早くないし…うん。行けるよ。ハクリ君が心配だけど」
「え?俺?何で俺が不安要素扱いなんですか!?」
ヤヨイとミナヅキが考えている一つの考えは、ほとんどの動物が誰しも出来ること…人間がやる事は勿論のこと、小さな子供なら好んでやりそうな事だ。
「あはは…いい皆。まずは片足を後ろに下げる。次に体重をその足にかけて……」
ミナヅキが言った通りの行動を、それぞれが行う。目の前の魔物はゆっくりと、近づいてくるがもう遅い……何せ獲物はこれからーー
「逃げろぉぉぉぉ!」
走って逃げるからである。
「ちょ、皆早い!魔法ずるいっ!?」
「早くハクリ君!君に構ってる暇なんてないんだからね!」
「……これがいい作戦……なの?」
先頭を走り抜けるミナヅキと並んで、呼吸を全く乱していないイタチが問いかける。
「あそこまで大きくなっちゃうと私たちの魔法でも先にやられちゃうんだよねー。だからあの時はこれが良策かな……それより道あってる?」
「ん…このまま真っ直ぐ行けばすぐに着く」
「おっけー。後はハクリ君次第だね」
そう呟きながら後方に耳を傾ける。
「早い!早いですよヤヨイ先生!落ちる!落ちちゃう!」
「ええいうるさい喚くな!大体普通これは君が私にやるものだろう!少しは恥を知れ!」
「…この分なら大丈夫かな」
苦笑しながら走り抜ける。既にあの魔物とは距離が開けたようで、こちらを追ってくるような気配は今のところ感じられない。とりあえずは窮地を脱したようだ。
「…それにしても、あんなのが居るなんて知りませんでしたわ」
先頭に追いついたウェイリィが、胸を撫で下ろすように口を開く。
「あいつは森の中や洞窟の中にしか姿を現さないからね。そんな所に行く生徒は滅多にいないよ」
と、そこで周りを覆っていた木々が無くなり、さっきまでいた草原に似たような場所に出る。
森の中にある草原は、どこか不自然に木々が避けられていて、その中心には一つの魔法陣が自動的に作動していた。
「……ついた。ここが目的地」
「と言っても、あるのはあの魔法陣だけだよ?」
「大丈夫。これから分かるから」
そう言いながらすたすたと魔法陣へ向かうイタチ。
「…ついたのか?」
追いついてきたヤヨイとルリ、ハクリがも交えて、その光景を後ろから見守る。
「とりあえずはイタチちゃんに任せて良いみたい。私達はここで待機ってとこだね」
「新大陸と言うからにはもっとこう見慣れないものを期待していたんだが…どうも殺風景だな」
「何だか狐につままれた気分ですわ。本当にここがハクリ君やルリさんの故郷ですの?」
「あ、おう。うんそうだ……多分」
「ちょ、マスター。そこはもうちょっと自身持って下さいよ」
コソコソと耳打ちする2人を気にする様子もなく、一同は魔法陣へと向かうイタチの姿を眺めていた。
「……これでいい。集まって」
「…気が進まないが行ってみよう」
準備を整えたイタチが呼ぶ中、不安気な顔をしながら魔法陣へと向かう。
「…マスター。大丈夫なんでしょうか…」
「大丈夫だ。イタチを信じろ」
昨晩イタチが言っていた事。ハクリがよく知る人物や風景が、今から向かう先にはあるらしい。
一体その言葉にどういう意味が込められているのかは定かではないが、今のハクリは、そんなことを気にしている暇はなかった。
「……よし。全員揃ったな」
全員が魔法陣の上に乗った所で眩い光を放ち始める。一気に目を閉じてしまうまでに輝きを放つ中、ハクリの脳裏に浮かんだある思い出。
「……これは」
前の世界…。ハクリが元いた世界での記憶。それが何故か走馬灯のように一気に流れ込んでくる。
何故このタイミングでかは分からないが、とりあえず今は、この眩しい光を受けない為に…目を閉じよう。
そう思った所で、全員の意識は飛ばされて行った。




