戦いを経て……
「…そうか。とうとう動き出したか」
「ヤヨイ先生は知ってたんですか?」
シャーマックとスライクが去った後、何事も無かったかのように霧が晴れ、炎天下に晒される。イタチとハクリはいち早くこの出来事を伝えようと、支度を整えてヤヨイ達の元へと訪れていた。
「あぁ。君やルリ君が新しい種族だと認められた今、君たちの身柄を狙う組織は少なくない…これは大六種の時に議論されていた内容だ」
「俺やルリが…狙われる」
その言葉はハクリの背筋を凍らせる。身柄を狙う意図は、考えたくもないような現実が殆どだからだ。捕まれば何をされるか分からない…語らずしもヤヨイはそう訴えているようだった。
「…とりあえず何も無かったんだし、ひと安心だね」
ミナヅキが場の空気を改善させるように呟く。隣にいるルリは、重苦しい顔をしている。
「…マスターが大変な時に私は……」
「気にするなルリ。別にお前が悪いってわけじゃないさ」
「そうですわ。あの霧じゃハクリ君の元へは辿り着かなかったでしょうし、そう気を落とさないで下さいまし」
目尻に涙を浮かべるルリを慰めるが、次第に嗚咽を漏らしてしまう。
その光景を見たヤヨイは、ある決断を求める。
「一旦引き返すべきか…こんな事があった後だ。また日を改めるべきだと思うのだが」
「……」
ヤヨイの言葉を最後に、一同に沈黙が訪れる。
元々ハクリとルリ、イタチにとっては、変な疑いをかけないための遠征なのだが、別の脅威が近づいていると知った今、次いつ何が起きるか分からない。対策を練って、準備を整えてからも遅くないというヤヨイの良心からの提案だった。
しかしーー
「ま、待ってください…」
涙を浮かべたルリが、その沈黙を破る。
「私は…大丈夫です。だから、行きましょう。私達の故郷に…」
「しかしだな、今後いつ君達に先程みたいな危険がーー」
「俺達は大丈夫ですよ。それに、こんなに心強い味方が居るんです。返り討ちにだって出来ますよ…それに、この遠征はそんな理由で引き返しちゃいけない。そうですよね?」
ハクリの熱意の籠った言葉は、ヤヨイの表情を困らせる。2人を思っての行動だったのだが、その2人からこう言われると、どんな反応をすればいいのか分からないといったところだ。
「……ヤヨイ。2人もこう言ってるんだし」
ミナヅキの言葉で、ヤヨイは緊張した顔を解き、深くため息を零す。
「はぁ…どうなっても知らないとは言い切れないのが、教師の面倒なところだな」
「…ありがとうございます。ヤヨイ先生」
目に浮かべる涙を拭い、頭を下げるルリ。
「良いんだ。私は君達のためなら命だって張れる。君達が幸せになれるのならな」
「ヤヨイ先生……」
「はいはい!しんみりした空気はおしまい!早く向かっちゃおう!日が暮れちゃうよ!」
気を取り直し、出発の支度をする。既に済ませているハクリは、一人ぼーっとしているイタチの元へ向かう
「……」
「どうかしたのか?」
目先に拡がるヨウロストレアの森をじっと見つめるイタチは、ハクリの問いかけに動じず、未だぼーっとしている。
「……悔しかったのか?」
ピクッと肩が震える。
図星らしい。
颯爽と切り込んだ挙句、無様にも罠にハマってしまう。イタチにとってこの現実は悔しかったのであろう。何も出来ないように足を縛られ、ただ相手の様子を見ることしか出来なかった自分が歯がゆくて仕方ないのだ。
「…私は、ハクリを守れてる?」
「あぁ。十分すぎるほどにな」
「……私は、ハクリの邪魔になってない?」
「邪魔だなんてこのかた思ったことないぞ」
「………そう」
と、そこで再び黙り込むイタチ。先程よりも気が楽になったのか、言葉に感情がこもってきている。
そんなイタチの頭を、ハクリの手がワシャワシャと撫でる。
「気にすんな。俺はイタチの事を邪魔だなんて思わないし、第一イタチは俺や皆にとって大事な存在だ。そんなに気に病むことなんざねぇよ」
「……ん。気にしない」
「さて、そろそろ向かおうぜ。俺達の故郷とやらにさ」
ヤヨイ達と合流するために向かうハクリの後を付いて行くイタチは、どこか安心したような、そんな顔をしていた。
これがどんな感情なのか、彼女自身知る由もないのだが、これが彼女の成長の第1歩だということを、逆にハクリは知らなかった。




