If~もしもの話~リリィは名前で呼ばないの?
「ルリってハクリの事マスターって呼んでるよね?」
「ええ、マスターは私のマスターですから!」
学園が終わり、珍しく2人で教室に残り、話していた。その話題というのも、周りのハクリに対する呼び方である。手始めにルリのハクリに対する呼び方が指摘された。
「マスターってバーだったり所持者だったりのマスターよね?つまりルリって……」
ユリが顔を赤くしながらそんなことを口走る。ルリはすかさず両手を横に振った。
「いえいえ!違いますよ!……んーなんて言うか…まぁ間違ってもないような…と、とにかくユリさんの思っているような事ではありませんから!」
「そ、そうよね…ルリに限ってそんな事ないよね…うん」
ユリの解釈に、ルリはほっと胸をなでおろす。
「皆さん大体マスターを君付けで呼びますね…ユリさんとミャンちゃんは呼び捨てでしたっけ」
「そうね…あ、リリィは?あの子がハクリのことなんて呼んでるか聞いたことある?」
「あ、そういえばないですね」
ユリとルリ以外誰もいない教室で、頭を悩ませる2人。
「リリィの性格からして、お前とかそんな感じだと思うのよね…」
「そうですか?私はリリィさんがそんな乱暴な人には見えないのですが」
「あのてやんでぃ口調聞いてそう思うかな…まぁリリィは優しい子なのは知ってるけどね…ハクリにはツンツンしてるけど」
そりゃお前もだよ…と誰もがそう思ったであろう。
「あはは…まぁリリィさんに聞いてみるのが手っ取り早いですね……と、噂をすればなんとやらですよ」
ルリの目線がよそを向き、ユリもつられてその方向を見る。すると、扉の前にリリィが立っていた。
「あ、リリィ!ちょうど良かった。今あなたの話をしてたのよ」
「私の話ですか…いってぇ、どんな話でやがりますか…」
「リリィがハクリの事なんて呼んでるのかなぁって話になったのよ」
「うっ…」
何故か顔をしかめるリリィ。ルリに手招きをされ、ここで帰るわけにもいかず、気は進まないが話の輪に入ることになった。
「皆マスターの事は君付けとか呼び捨て等で呼んでるんですけど、リリィさんだけ分からなくって。リリィさんはマスターの事なんて呼んでるんですか?」
「わ、私でやがりますか!?…えぇと…」
モゴモゴと口ごもるリリィを不思議そうに見つめる2人。リリィがここでハッキリと言えないのは仕方が無いことなのだが、2人はそんな事を知る訳がなかった。
「ほら、早く言いなさいよ!」
「うぅ…私は……」
何を期待しているのか、ルリとユリはニヤニヤとしながらそう問いかけてくる。
「呼んだことねぇ……です」
「……ん?今なんて?」
小さく、か細い声で放たれた言葉は、2人の耳には届かない。
「だ、だから…まだ1度も呼んだことねぇです……」
このリリィの反応に、2人は首を傾げる。ハクリとルリが来て結構経つのだが、それまでに名前を呼んでないとなると…
「も、もしかしてリリィさんってマスターの事嫌いですか?」
恐る恐るルリが問いかける。
「…嫌いじゃねぇです。好きでもねぇです」
「そっか。リリィって結構恥ずかしがり屋だったっけ」
ユリの出した結論に、リリィは恥ずかしいのか頬を染める。
「…同性同士ならわけねぇんですけど、どうも異性となると不慣れで…」
「んー。つまりリリィさんはマスターを異性として気にしている……とか?」
その瞬間、ボッと音が鳴りそうな程一気に顔を真っ赤に染めるリリィ。
「な、ななっ。そ、そんな訳ねぇですよ!何で私があんなヤローの事なんてーー」
「ふぅん。ならリリィもハクリの事、名前で呼べるんじゃないの?」
悪意のこもった笑みを浮かべながらそう問い掛けるユリ。
「………」
「……??どうかしたんですか?」
「さぁさぁリリィ。これを機に呼んでみなさいよ。一回呼べば楽になるから」
どこかの刑事ドラマのような展開に陥る教室。2人はそれぞれ不敵な笑みを浮かべる中、リリィは恥ずかしさのあまり黙ってしまった。
「…リリィさん?」
「……リリィ?」
流石に心配になった2人がそう問いかけるとーー
「だぁぁぁ!」
「あっ逃げたッ!」
一目散に駆け抜けるリリィ。なんの躊躇もなく教室を去っていってしまった。
「……やりすぎましたね」
「そうね。まぁリリィも少しは慣れることを覚えなきゃね」
残った2人は互いに苦笑し合いながらも、どこかリリィの幼さに楽しまされている様子だった。
「うぅ…ひでぇ目にあったです」
勢い余って教室を飛び出した事を後悔しながら帰路につく。
ハクリの事は別に嫌いではない。しかし、初めての異性となるとどこか不慣れで、対面すると鼓動が早くなってしまう。顔に熱がこもり、それがバレるんじゃないかと思うと、つい強気になってしまう。
何度も言うが、別に嫌いではない。
自分だって出来る事なら名前で呼びたい。名前で呼び合える仲というのはかなり距離が縮まった証だと思うし、名前で呼ばれている以上、相手の事を『ヤロー』や『コノヤロー』なんて呼ぶのは失礼だと重々承知している。
初な14歳、異性と初めて接して間もない女の子は、まだこの感情の詳しくは知らないのであった。
 




