アマタハクリ(童貞)
「よし、今日はここまでだ。皆明日に備えてゆっくり休息をとるように。ウェイリィ君とルリ君はあまり広く取らずに第五聖系魔法で防壁を張ってくれ。私とイタチ君は辺りの捜索、ハクリ君とミナヅキは夕飯の支度を頼む」
ヤヨイの指示を聞き、それぞれがその通りに行動を始める。辺りは僅かに暗がりに包まれ始め、魔物がより活発になる時間帯だ。ハクリ達が野宿する場所は、辺りに岩草があるものの、樹木などは少ない数でまばらに位置しているため、見晴らしが良い。明日から半日かけて抜けるヨウロストレアの森ほどでは無いが、魔物が生息すると分かっている以上、油断は出来ない。自体は万全を必要としているのだ。
「さて、今晩は何にしようかな」
食料がまとめられて鞄から食材を取り出すミナヅキ。山菜、道中で取れたきのこ、持参した動物の肉、この世界ならではの食材がこれでもかと出てくる。
ちなみにこの荷物を運んできたのは、他でも無いハクリなわけで、その本人は顔を青ざめながら地に手膝をついていた。
「新種族ハクリ君。サボってないで手伝ってよ」
不満げな顔をしながらハクリに声をかけるミナヅキを、大汗をかいた思春期男子は恨めしそうに睨んだ。
「ミナヅキさんは良いかもしれませんが、俺魔法なしでここまで来たんすよ?少しは休ませてくれてもバチは当たらないと思います…」
「そんな事が言えるならまだ活動限界じゃ無いよ童貞!ほら、頑張れ童貞!」
「童貞童貞言うな!童貞で何が悪い!そもそも童貞と言うのはだな!ーー」
「こんな場所で卑猥な単語を連呼するなっ!」
ミナヅキのやすい挑発に乗ったハクリ。童貞の何たるかを教えてやろうと口走った所、後方からヤヨイの第十八風系魔法が炸裂。当てた対象を吹き飛ばす効果を持つ集中された風の砲弾は、ハクリの疲れ切った体を意図も容易く吹き飛ばした。
数秒間空中散歩を堪能した後、物理法則に従って落下、着地と言う名の落下を経てーー
「いってぇぇ!鼻!鼻ぶつけたっ!誰かティッシュ!これはやばいって!」
自らの鼻を押さえた手からポタポタと鼻血が溢れ出る。顔面から着地すればこうなる事を、ハクリは身をもって学んだ。
そんなハクリを子供のようにお腹を抱えながら大笑いするミナヅキと、呆れた顔をしながら額に手を当てるヤヨイ。
「全く…君は私を期待させていつもそうやって裏切ってくれるな…この展開前にもあったぞ」
「い、いや、これはそもそもミナヅキさんが原因でーー」
「あれぇ?新種族ハクリ君は全部私のせいにしちゃうのかなぁ?」
未だ出血が止まらない鼻を押さえながら、対峙するように睨み合う両者。どちらが悪いと言うか、結局のところちょっかいをかけたミナヅキも悪ければ、それを買ったハクリも悪い…すなわちどちらも悪いということになる。
「2人とも止めんか!ったく…この手のちょっかいはミナヅキのペースに持っていかれた時点でハクリ君の負けだ。そして年下の彼に子供じみたちょっかいをかけたミナヅキ、貴様は後で話がある。ちょっと来い」
マジおこの表情で重苦しく発せられた声を聞き、両者硬直。ミナヅキは顔を真っ青にしていた。
「ち、ちょっとヤヨイ!?何で私だけなのさ!ハクリ君だってーー」
「彼はさっき私の制裁を受けただろう…それでも何か?お前は私の命令が聞けないと言うのか?安心しろ。教師は皆に平等がモットーだからな。それ以上はしないし、【それ以下】もない…」
一ミリのゆるい感情もなく、100パーセントおこの表情のヤヨイ。
ーーまずい、やられる…ッ!?ーー
「現隊長は私だ。それぞれ【協力して】夕飯の支度を済ませろ…いいな?」
「「は、はひっ!」」
恐怖のあまり裏声になる両者。何も返さぬまま、ヤヨイはサイド捜索に戻っていった。取り残された2人は…しばしそんなヤヨイの後ろ姿を見えなくなるなで見送った後ーー
「…やりましょうか。ミナヅキさん」
「うん。何作ろうか…」
自らの鼻の出血をバックから取り出した紙切れで応急処置を施し、静かに準備を始めた2人。誰もそれを不審に思うことはなく、当然の事ながら作業は捗った。
喋ったら殺される。
そう心に釘打って…。




