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If.七種目の召喚者(イレギュラー)  作者: 石原レノ
今からが振り出し
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斬撃者

一瞬で両手に短剣を生成し、自身の射程内へと潜り込む。

鋭い刃を、ウェイリィに向けて振りかざす。死の一閃が脇腹に届こうとした刹那、ウェイリィはギリギリの距離で体を後ろに後退させ、回避する。

一瞬の間で距離を取り合う2人、ハクリには何が起きたのか、状況の整理が追いつかなかった。

「錬金術…あの速度でその剣を作り出すとは…相当熟練していますね…」

この世界の錬金術というものは、先程説明した魔法陣にそれ専用の呪文を唱えることで生成する。普通に唱えればそれに合った物質がそのままの状態で出てくるが、熟練した者はさらに形まで作り出してしまう。

しかし、そこに至るまでは至難の訓練をくぐり抜けなければならない。

それをわずかな時間でやってのけたイタチは、即ち凄いということである。

「別に…私はこんなもの練習しなくたって出来るから」

「ご冗談がお下手ですね。ではこちらもお答えして…」

胸の前で合掌し、自身の真下に魔法陣を形成するウェイリィ。対してイタチは何もせず、ただじっとその光景を見つめていた。

「おい、何か来るぞ!構えなくていいのか!?」

「大丈夫…私は強いから」

ここに来てまだ余裕なのか、表情一つ崩さない。ハクリはやっと落ち着きを取り戻しつつある足腰を起こし、立ち上がった。

「あなたにこの私は止められません…第三聖系魔法(キャリオン)

ウェイリィが唱えた魔法は自身の身体能力を向上させるもの。文字通り力、速さ、防御が向上する。どうやら肉弾戦に持ち込むらしい。

「……」

無言のままいきなり走り出したイタチ。その行く先は自身の体を神々しく光らせているウェイリィの元だ。

地面を蹴り、ウェイリィの頭上に跳躍。そのまま首元を目掛けて短剣を切り込もうと体ごと回転させる……が

「遅い」

耳をつんざくような金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。見ると、ウェイリィは錬金術によって鋼の壁を生成し、イタチの斬撃を受け止めていた。

それはあまりに小規模で、まるでイタチの動きが正確に見通せていたかのようなもの。これには流石のイタチも無表情ながら目を見開いた。

「一つ言い忘れていましたが、私が使った魔法は決して身体能力だけを向上させるものではありません。詠唱処理能力、脳内容量、更には個人の集中力さえも向上させるものでして、それを使えばあなたのような熟練された錬金術を使うことはそう難しくありません」

そう淡々と告げるウェイリィの言葉は、どこまでも相手の心をえぐるような冷たい目と声質で告げられる。もし今ハクリがウェイリィと対峙していたならば、間違いなく心が折れていただろう。そのあまりに強すぎる相手に、屈服せざるおえない。

しかし、イタチは違った。

すぐさま鋼の壁を踏み台にし、後方に跳躍、距離を取って心を落ち着かせる。

…大丈夫。私はまだやれる。別に殺さなくてもいいって【マスター】は言っていたから…。

そう心に念じ、自分が次にすべき事を頭のなかでシュミレーションする。王道な攻撃手段は今のウェイリィには効かない。肉弾戦も魔法も自分より格上の相手に、自分が次にするべき判断は……

「……っ!」

空気を大きく吸い、一気に加速する。まずは今踏んでいる地面を蹴って相手の頭上に跳躍。そのまま通り過ぎて後方へ回り込み畳み掛けるように短剣を投げ放つ。

「そんな手が通じるなんて思わないで下さい!」

その短剣をウェイリィは意図も容易く交わしてのける…。

ーここでストックしておいた殺人魔法(キルマジック)を放てば私の勝ち…ー

ウェイリィ本人しか知らない特技、心理詠唱(サイレントスペル)。口には出さず、心に念じて魔法の詠唱をする魔道士の一つの技術だ。敵にバレないように魔法が出せる裏面、凄まじい集中力を必要とするため、対人戦では不向きな技術だが、第三聖系魔法(キャリオン)を使った今のウェイリィなら不可能ではない。

このまま行けば自分の勝ち。そう油断した事が仇となった。

「ッ…そんな!?」

短剣をかわし、ほんの一瞬イタチから目線を外しただけだった。イタチはその一瞬でウェイリィとの距離を詰めたのである。

が、しかしだ―

(今は素手、ここで無理矢理でも放てば勝てる!)

距離を詰めたのは良いが、今のイタチは素手でである。更に言えば、ウェイリィは既に詠唱を終えているわけで、魔法陣を形成すれば瞬く間に相手の胴体に風穴を開けることは容易い。否、あの小柄な少女ならば風穴ではなく、間違いなく体を真っ二つに出来るであろう。

「速さで決着をつけようとしたみたいですが、宛が外れましたね!これで終わりです!」

即座に形成された魔法陣には、既に殺人魔法(キルマジック)の記しが施されており、たった今放たれようとしている。そんな光景を見て、誰がウェイリィの敗北を感じたであろうか……それは、イタチだけである。

無謀なかけかと思われたイタチの右拳がウェイリィの魔法陣を目掛けて伸びる。

その刹那…

武装技能(ウェポンスキル)発動。名称(ネーム)斬撃者(スライサー)

ウェイリィの詠唱により、殺人魔法(キルマジック)第二対人滅魔法(オーバートール)が放たれようとした時だった。

イタチが小さな声量で放った言葉と同時に、彼女の拳のすぐ指先に紫色の魔法陣が形成される。その魔法陣を貫通した手、腕は―

「あれは…剣?」

イタチの形成した魔法陣を貫通した手と腕は、剣の刃となって姿を現す。驚く所はそこだけではなかった。

「私は断ち切る剣。何もかも、全てを切り裂く」

ウェイリィの形成した魔法陣へと伸びた手腕剣。

…触れた。イタチの剣と化した手腕が、ウェイリィの魔法陣を真っ二つに切り裂いた。

「ッ…そんな、魔法陣を消滅させた……!?」

切り裂かれた魔法陣は、細かい粒子となって散り散りになり、消える。その光景を、ハクリとウェイリィは驚愕する他なかった。

「嘘……だろ。魔法陣を強制的に消すなんて…」

「あなたの負け」

自分の首元に添えられる剣の刃。先程までの殺気も冷め、今度は自分が殺られるのだと汗が頬を伝う。

悔しい。そんな感情に溺れているのはウェイリィだけでは無かった。

「そん…な。私は…人として当然の事をしただけなのに……神は…神が私は見捨てたとでも言うの……」

未だ現実が受け入れられない様子のウェイリィに、ハクリは声をかける。

「だから俺は対全種族反対主義(アンドロイド)じゃない。そこにいる彼女もそうだ」

「なら…何だって言うんですか。あなたとルリと名乗る女生徒以外はまだ見つかっていないとお聞きしています…だったら彼女は何だって言うんですかっ!?」

怒号を放つウェイリィ。昨日イタチが言っていたことが本当の事なら、あの時言っていた『味方』という言葉はこうやってハクリを助ける事で証明されている。ならば、ハクリは信じざるおえない。

「……そいつは…」

……しかし、ここで一つ難問にぶち当たる。

この小柄で眠たそうな目をしている人形の様な少女を、一体どんな立場にするかだ。この容姿で親はおかしい。もちろん姉もだ。なるべく近い身内にしなければ、ここまで何故来たのか不安に思われるのは当然だ。

………………あまり考える時間が無いハクリ。

ふと、思いついたある家族関連の存在。

……上がダメなら下にすれば良いじゃない。

どこかの女王のような思いつきが頭をよぎる。

「妹だ!アマタイタチ。俺の妹!」

「い、妹?」

苦し紛れの家族設定が、ウェイリィに効いているようだ。まだ疑いをかけているような目をしているが、微小ながら驚きを表している。

そんなウェイリィを見てイタチは添えていた刃を離し、手腕剣を元の細い手腕へと戻す。

「…私って、あなたの妹だっk―」

「そう妹だ!こいつは正真正銘俺の妹!俺の事が心配で遥々やって来てくれたんだよな!な!?」

意見を合わせろと言わんばかりに繰り返すハクリ。この様子を見て、しばしぽけーっと停止するイタチだったが…

「…うん。私は妹。逢いたかったよ」

「な、なんだか納得いきませんわ……」

イタチが意見を合わせてくれた事もあり、段々と信じ込んでいくウェイリィ。

「…それよりさ、何で俺を疑ったんだ?殺しにかかるなんていきなり過ぎるだろ」

と、そこで事の発端から気になっていた内容を質問する。ウェイリィは、戦意が失せたのか、その場にぺたぁっと座り込む。

「まずあなた達が来たという大陸。あれがどうも嘘っぽく思えまして、地図にも載っていない、移動手段は徒歩でしか行けないなんて虫が良すぎると思いました。そしてその大陸までの移動手段や様子を聞かない学園や協議会側の気が知れません…だから私は私なりの判断をしようと決めたのです。全種族反対主義(アンドロイド)の拠点や発生地は未明となっている事から、あなたとルリさんを手にかけることを決定したまでです…」

洗いざらいハクリが気になっている内容を話したウェイリィ。いつかこんな事が起こるだろうと予想していた。でも、何故か【説得出来てしまう】のだ。こんなあからさまで、デタラメな説明でも、今まで疑ってきた人物は現れなかった。

おかしいと思いつつも、こんな現実を受け入れてしまったツケが今回ってきたのだと実感した。

だから…今回だけは……今回からは正直にならないといけないと思った。

「あの…俺の故郷はな―」

意を決して自分の事について話そう…。そう決めたハクリだったが―

「私の故郷なら行ける。連れていける」

「……それは(まこと)でして?」

ウェイリィの問いかけに、イタチは自信満々に頷いた。

ここでハクリが割って入らない訳が無い。

「お、おい。あれは俺が―」

「あ る の。私は嘘はつかない」

そう言い切ったイタチに、ハクリは不安を覚える。当たり前である。だってでっち上げだもん。今更『故郷は異世界です』なんて言えないもん。……だったら―

「は、はい。そうですはい」

そう答えるしかなかった。

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