謎の招待
「良かったわね。一緒に卒業出来て」
「あぁ。正直俺の未来は無いと思ってた」
「でもよく良く考えれば、ルリさんが卒業出来てハクリ君だけ残されるってのは、少々横暴な考えでしたね」
「全くだ……」
次の日の朝、HRが終わりヤヨイに呼び出されたハクリ。とうとう留年報告を受けることになるのかと神を恨んだが、どうやら杞憂だったらしい。
「君は特例で半年後卒業することになったから」と、いつものように特例が出たらしい。その通達を受けると、全身の体の力が抜け落ちる感覚に見舞われたのをよく覚えている。
「はぁ…一時はどうなる事かと思った…」
くたぁっと机に突っ伏し、気力を無くしたように言葉を述べるハクリ、ユリとシノアは微笑ましく見ていた。
「……しかし、リリィやミャンは年下なのに卒業出来るんだな」
「あのお2方は、それなりに成績はいい方ですからね…種族別テストはイマイチですが」
「ま、私達よりは優れてるってわけよ」
「そうか…特例で卒業する俺とは違うわけだ」
ちなみにルリは、ハクリと違い優秀な成績を収めている。【まだ】魔法が使えないハクリと違い、ルリは種類は少ないが魔法を駆使できる。
思えば種族競技会での最後、【シグレが雷の一撃を外しさえしなければ】負けていただろう。
「こうして卒業も決まったわけだし…俺はこのまま夢の世界へ……」
「高貴な天人族様が、僕達のクラスに何の用だい?」
廊下へと続く扉に立つミルとリリィに向き合うように、天人族の男女2、3人が訪れていた。別クラス同士の間で築かれた空気は、決していいものではない。
「外道共が…口をわきまえろ…」
「止めなさい…こちらから伺ってその態度は失礼でしょう…こちらの者の無礼をお許し下さい。私達はアマタハクリとルリという人達に用があって来たものです」
「何の用だか知らねぇですが、その言い草…気に入らねぇです」
「待ってリリィ。まだ敵対するには早すぎるよ……ハクリ君とルリちゃんに何の用かな?」
「生憎あなた方には言えない事情でして」
端的に告げられた言葉。敵対に近い視線を浴びたミルとリリィは、我慢の限界だと言わんばかりに拳を震わせていた。
「はぁ……ちょっと行ってくる」
「いいの?何言われるか分かったもんじゃないわよ?」
「そうですよ…関わらない方が」
「気に入らねぇんだよ。ははっ、今だけはリリィと同意見だな」
今にも争い事になりそうな不穏な空気に割って入ろうとするハクリ。その存在に気がついたのか女生徒の後ろに立つ男2人の痛い目線がチクチクと刺さる。
「あなたがアマタハクリさんで間違いないですね?」
「…あぁ」
背中から伸びた白翼。彼女の本質をそのまま表したような白髪とその白い肌は、見た者全てを魅了しそうだと思う程である。
そのお嬢様は、目の前に現れた目的の人物に対して、上品に礼をする。
「お初にお目にかかります。私、天人族クラスの長を務めております。ウェイリィと申します」
「…それで、俺に用ってのは?」
「詳しくは、あなたとルリさんにです…もう一方はいらっしゃいませんか?」
「お生憎様。ルリは今ヤヨイ先生と話している。用件があるなら俺だけにしてくれ」
ルリがいないことが、ウェイリィにとってあまり良くない事なのか、悩み込むように腕を組む。
後方に立つ男子生徒から耳打ちされ、頷くウェイリィを不審に思いながらも、ハクリは内容を耳に入れた。
「…この際あなただけでも構いません。少し、お時間いただけますか?」
ウェイリィの問いかけに、ハクリは不敵な笑みで返す。
「もうこの時点で俺の時間はかなり使ってるつもりだけどな」
精一杯の皮肉も、高貴な天人族には無効果だったようだ。薄く笑を浮かべるウェイリィの様子を見て、ハクリは自身の言動の無意味さを恥じた。
「さぁ、こちらへ」
どこへ向かうかは分からないが、今のハクリには付いていく以外の選択肢は無いものとなっていた。
「ハクリ君大丈夫でしょうか…」
「どうだろうね。あの天人族のクラスの長か直々に話に来たんだ。ただ事ではなさそうだね…」
「こりゃあまた事件の匂いがしやがります」
ハクリが去っていった教室で、残った生徒達は集まり、互いの思いを話していた。それほどまでにあのウェイリィが直接頼み事に来る事は大きな出来事なのだ。
高貴で神秘的な天人族は、高い知能と魔力を有し、戦術を組ませれば勝ち目なしとまで言われた存在である。そんな知能に冴えた種族の上位生徒が、ハクリに一体何を吹き込むのか…気がかりでならなかった。
「本校ベスト1位クラスの長…何をしでかすのやら…ね」
「話を聞かせてくれて助かる。今日はもう帰っていいぞ」
「……はい」
いつもならハクリが座っている個室の椅子に、珍しくルリが座り、ヤヨイと対面している。
ハクリ達のクラスであるミュードクラスと竜人族のクラスであるDクラスで行われた種族競技会。最後の最後の土壇場で繰り広げられた異常事態。本来なら使えないはずの上級魔法をルリが使ったことについての事情聴取をヤヨイが行っていた。重なるように有り得ないことがもう一つ…目撃者がヤヨイ以外にいないことである。
約数十分にわたって話し合ってきたものの、収穫は無に等しい。
しかし、何度も問いかけるうちにルリの心情がうっすらと見えたのも確かだ。
人には言わないこともあって、言いたくないことだってある。ヤヨイは教師として、無理に問いただすことまではしなかった。
「……ますます謎だ。なぜ真実を隠す。なぜ私にだけ知らせた…」
狭い個室で頭を抱えるヤヨイ。突然現れた新種族。思えばそこから運命は動いていたのかもしれない。ただ、今のヤヨイがそう思うことは無かった。




