名前を決めよう。そんな急に言われても…
「私とハクリ君は席を外すよ。今しか出来ないガールズトークというものをしていてくれ。あとで私も参加する」
「ヤヨイちゃんとハクリ何か用事でもあるの?」
そう問いかけたのはミャンだった。夜が近くなるにつれて瞳が真紅に染まっていく様子はあたかも吸血鬼を想像させる。
「私は彼とデートをしてくる。私は抜け駆けさせてもらうよ」
「ち、ちょっとヤヨイ先生!それだと皆に変な誤解をされちゃうでしょ!?」
「ほう…ハクリ君がヤヨイ先生とデートか…」
そう呟きながら何かにメモるミル。
「私の次はヤヨイ先生を手篭めにしよってこったぁ…」
「おい!メモるんじゃない!リリィ!変なことを想像するな!」
「そんな教師と生徒の恋愛なんて認められませんっ!」
「そ、そうよ!第一ハクリは大事な時に何も出来ない腰抜けなんだから!」
「なんでそうお前達はこんな事に易々と騙されるかなぁ…」
ふとヤヨイの方を見ると、ヤヨイは腹部と口を手で抑え、肩を震わせていた。
「ヤヨイ先生…どうにかして下さいよ……」
数秒後、ハクリはヤヨイに説得を頼んだことを後悔した。あまりにも彼女達にする説明が面倒くさく感じ、投げやりで頼んだ形になるのだが、この判断が自分の墓穴を掘ることになるのだ。
……それでは聞いて下さい。
「大丈夫だ。むしろ私は自分から攻める方だからな。多少腰抜けの方がそそるというものだ」
「ったく…もうあんな冗談やめてください。皆真面目に受け取るんで…」
「悪かったよ。私もたまには彼女達とああいう事がしたくてな。悪気はないんだ」
あの後当然説得しきる事など出来るわけもなく、半ば無理やりヤヨイを連れ出したハクリ。自分の部屋なのに帰るのが怖いというのはどこか理不尽である。
夜が近くなってきた辺りは、生徒やら教師やらが各自室へと向かっていた。ハクリとヤヨイが居るのは、校舎の屋上だった。
「まぁ話がしたかったという点では、これもデートではないか?」
「話……ですか。俺そんなに話弾まないですよ?」
元引きこもりを舐めるでない。ネットでなければ人と会うことは出来ても、向こうから話しかけてこない限り、ハクリは無を極める。
「まぁ君の場合慣れたら良いとかそういう問題だろうな…私は君と話していると何処か新鮮味を感じるから結構楽しいよ」
そんな相手をこの前殺めようとしていたのか…と内心静かに思ったハクリ。
「えっと…話ってなんですか?」
仕切りの上で腕を組み、屋上からの風景を眺めるヤヨイ。夜風と言うべきなのか、心地の良い風が肌を撫でる。
「君に礼が言いたくてな…」
しんみりした顔でヤヨイにそう言われると、どうも調子が狂うハクリである。照れくさそうに頬を掻く。
「……まぁ俺のためでもあったし…」
「君はいい人だな。君に任せて正解だったと今でも思うよ」
屋上からの風景を背後に、ハクリの方を振り返るヤヨイ。大人びた容姿がより魅力的になり、ハクリは目を逸らしてしまう。
そんなハクリの様子を見ながら、ヤヨイは薄く微笑んだ。
「それと…君の種族名の事なんだが…名前は決まったのかい?」
「……全く」
人生で二度とない自分の種族の名前を決めるという大仕事。人に見られて恥ずかしくない名前にしたい。子供に名をつける親の気分だ。
ハクリの回答を聞き、ヤヨイは一枚の書類を懐から取り出す。
「種族名は明日までに決定するとし、アマタハクリは明日の午後、協議会に出席することを命ず…とある」
「…………は?」
「ん?聞き取れなかったか…もう一回言うぞ―」
「いや聞き取れましたよ!俺が気になるのは締切が明日って所です!」
明日って24時間後の事だよね!?しかも午後ってことは24時間もないよね!?
「まぁ急な事だが許してやってくれ。【大七種】は忙しいからな」
ニコッと満面の笑みでそう言ったヤヨイ。ハクリはこの一言で、自分がいる種族の代表になったのだと実感した。
「……とりあえず名前考えます」
不服そうな顔をするハクリを見て、ヤヨイは微笑ましく思うのであった。




