最初の壁
「ミャンはいつ頃から学園に行かなくなったんだ?」
もうすぐ校舎に到着するというところでふとハクリが問いかける。ミャンは「んー」と言いながら頬に指を当てる。
「……4ヶ月前かな」
「案外短いんだな……」
1、2年学校に行ってなかったハクリと比べればミャンの学園に行っていない期間は天と地の差くらいである。
「面白くなかったからなぁ…学校つまんないし」
元の世界だったらハクリはミャンの意見に激しく同意していたのだが、今この状況でそんなことをしてしまう事は、ハクリの都合上出来なかった。
「……ま、まぁなんだ。面白そうなものを見つけたから戻ってきたんだし…楽しんでこーぜ」
苦笑混じりの笑みをミャンに向けながらハクリはそう言った。
「そうだね。前に比べて興味深い事が起こりそうだし!」
ミャンは安心したように笑みで返し、2人はそのまま教室へと向かったのであった。
「おはようございますハクリ君…ってミャンさん!?」
朝、まだ投稿時間には少し早めに来たというのに、シノアは既に机についていた。ハクリの後ろに続くミャンを見て、驚きを隠せないシノア。
「お、おはよ…」
気まずいのか、少し引け目のミャン。シノアは表情をぱあっと明るくして駆け寄った。
「お久しぶりです!もう来ないかと心配していましたよ!」
そう言いながらミャンに抱きつくシノア。顔が双丘に埋もれ、少々苦しそうだった。
「ご、ごめんね…でももう大丈夫だから」
「あっちでお話しましょう!立ち話もなんですし!」
やけにテンションが高いシノアの対応に、ミャンは少し戸惑いながらも、嫌がることは無かった。
「う、うん…」
シノアに腕を掴まれながらハクリの元を離れるミャンは、振り向きざまにハクリに笑みを見せていた。
ハクリもほっと胸をなで下ろすようにため息をこぼす。
「流石マスターですね…」
「おぉ……ルリか。驚かすなよ」
いつの間にか後ろに立っていたルリ。
「やっぱりマスターは私のマスターですね!」
「?それって一体―」
「シノアさーん!私も混ぜてくださーい!」
ルリの一言に疑問を生じたハクリだが、ルリはハクリが問いかけるよりも前にシノアの元へと駆けて行った。
「……まぁいっか」
ハクリは特に気に止める事もなく、自分の席へと向かった。
「そうそうそれでさ―」
「ミャンちゃん相変わらずだね」
「あ、それ聞いたことある!」
授業の合間。ハクリのいた世界でも必ず見られるガールズトークの時間である。今回はミャンが登校再開という事もあって、ミャンの周りにはハクリのクラスのほとんど(人数は少ないが)が集まっていた。ルリも早速仲良くなったようで、輪に入って楽しそうに話をしている。ハクリはもちろん入る事が出来ずにいた。
「…………孤独だ」
「そんなに暇なら入ってくれば良いじゃない」
ぼーっとどでかい黒板を眺めていると、横からハクリに声がかけられた。
妖精族のユリ・クライヤ。金髪セミロングで、容姿はリリィとまではいかないが幼いものとなっている。
「なんだユリか……」
ボソッとハクリがそう言うと、ユリは額に#を作ってムキになる。
「なによ!私じゃご不満でもあるっての!」
「冗談だって。そんなにムキになるなよ」
「冗談に聞こえないのよ!」
ムキになるユリを見てハクリは笑いをこらえきれなくなった。声に出して笑うハクリを見てユリは更にムキになる。
しかし、それも無駄と感じたのか、落ち着いたような呆れたようなため息をこぼし、何気なくハクリの隣の席に腰掛ける。
「……ここに来てどう?」
「んー。どうって言われてもな……楽しいかな」
「……そう」
ハクリの回答にユリはほのかに頬を赤く染めた。
「…………あの―」
「さぁ私の可愛い生徒達、みんな席につけー授業という名のHRを始めるぞー」
ユリが何かを言おうとした所で、ヤヨイの声がかかる。名残惜しそうな顔をするユリ。
「何かあったか?」
「……いやいいわ。授業始まるみたいだし」
そう言い残すと、ユリは自席へと向かっていった。ユリの後ろ姿を見ながらハクリは不思議そうな顔をしていた。
「よし。全員席についたな…いきなりだが、君達にはチームを作ってもらう」
ヤヨイの唐突すぎる言葉に、クラス全員が目を丸くしていた。ごく少数がぽけーっと口を開けていたが……。
「ちょっとおねぇ…ヤヨイ先生!話の趣旨が全く見えないんですが……」
机を勢いよく叩きながらそう言うシノアに、ヤヨイは真剣な顔で返した。
……チームを作ることがそんなに嫌なのだろうか。そもそもそのチームとやらを作る理由は……。
「君達が知っている通り、ハクリ君とルリ君は新種族だ。しかし、六種協会で研究が進められ、2人は全くの無害だという事が先日報告された」
ハクリ達でさえ初めて聞いたことで、驚きを隠せなかった。
「そこで私を含める大六種で検討した結果、『種族競技会』で一定の成績を残した場合のみハクリ君とルリ君には種族名を与え、ハクリ君には大七種として種族の主を役してもらうという事になった」
「ちょっと待ってよ。僕達はそれぞれ種族がバラバラなんだよ?それなのにハクリ君のチームに入る事なんて許されるの?」
「特例として許された……私はあまり乗り気ではなかったが…」
「そ、それって……」
ミルに続き、ハクリとルリ以外の女子達は顔を青くしていた。何が何だか分からない2人を除いて、クラスの雰囲気は体感出来るほどの重苦しいものになる。
「……君達の気持ちもよく分かる…しかしハクリ君が大七種として論会に参加すれば君達が種族チームに戻れる日も必ず来るはずなんだ……。だから……我慢してくれ」
明らかに言葉を探していたヤヨイの声は悲しみを帯びているようだった。全く話が見えないハクリとルリはただ呆然と見ている事しか出来ない。
「……職員室に忘れ物をした。自習しててくれ」
その言葉を最後に、ヤヨイは教室を後にした。
「私だってこんな事したくないんだ……」
目尻に涙を浮かべながら、ヤヨイは廊下を歩んでいった。
「…………」
「…………」
ヤヨイが出て行ったあとも、重苦しい空気は変わらない。
「あ、あの……私達全く話が分からないんですが…」
恐る恐るルリが挙手しながらそう言う。
「……チームっていうのは各種族が同じ種族同士で組むギルドみたいなものよ…。私達のクラス以外は各種族別にクラス分けられていて、各種族チームに入っているの。さっきヤヨイ先生が言っていたのはつまり…………」
ユリは涙を堪えていた。この後自分が言う言葉がどれだけ辛い事かを実感出来ていたからだ。
「つまり私達は自身の種族チームには入れないって事」
「……は?」
「え……」
ユリの衝撃的な言葉に、ハクリとルリはやっと現状を理解した。
つまり、ハクリとルリのためにシノア達は種族別チームを脱退しなければならないのだ。
「私達は各種族に属していて、その事に誇りを持って生きています……。その種族を捨てるような事は……」
「は、はは。僕もとうとう……」
「…………」
シノア、ミル、ヒノン、リリィはそれぞれ悩み苦しんでいた。当たり前である。ハクリのいた世界で言うと、人間として見られなくなるようなものであろう。それもこの現状を作ったのが自分自身となると、それ相当の責任がハクリとルリに覆い被さる。教室が沈黙に包まれ、いつ誰が逃げ出してもおかしくないと思っていた……
「……私はいいよ?」
その言葉とともに、全員がミャンの方を向く。
ミャンはきょとんとした顔でこう言った。
「私が戻ってきたのはハクリのおかげだし、ハクリと同じチームで居られるならそれでいいと思うんだよねぇ。それに……」
何故かそこで顔を赤くするミャン。
「同じチームなら結婚もありだよね?それにハクリが大七種になったら戻れるらしいし……。一生続くわけじゃないんでしょ?」
ミャンは何も考えていない訳ではなかった。全員がミャンの言葉を真剣に聞き、ミャンはそれに応えるような真剣味を帯びた言葉を放ったのだった。
「ミャンさん……分かりました」
ミャンの言葉にシノアは意を決したように立ち上がった。凛としたやる気に満ちた表情でこう言った。
「私やります。どうせろくな道しか残っていない私にはこれはチャンスだと思うんです。全力でハクリ君を応援して、ハクリ君を大七種にしてみせます!」
ハクリのいるクラスには、普通の人達とはどこか欠けている人材が集まっている。彼らは『欠陥種』と呼ばれ、社会から見放される存在となった。職につけず、ろくな人生を送ることは出来ないと、ハクリとルリはヤヨイから説明を受けていた。しかし、チームに入れば、様々な依頼やサポートを受けられる。ある意味これは大六種が仕組んだ対策なのかもしれない。言い方は悪いが、自分の種族を捨てる事でその後の生活を保証される。彼女達には厳しい二択かもしれない。
「……シノアがそう言うんなら僕もやってみるよ…非力だけど全力でサポートさせてもらうよ……ハクリ君」
シノアの決意が響いたのか、続いてミルも賛同した。
「…………なら…………私も……」
続いてヒノンが、静かに手を挙げる。
「わ、私は……私は……うぅ……あぁもうじれってぇです!私もやるですよ!やってやろうじゃねぇですか!」
リリィも吹っ切れたようにそう言った。皆自分の立場を考えての行動か、ハクリの為を思っての行動かは分からないが、ハクリとルリは嬉しさでいっぱいだった。
「皆……ありがとう」
「ありがとうございます……」
「待って―」
感謝の言葉を述べていたルリとハクリに口を挟むようにユリが言葉を遮った。
「……もう少し…待って」
静かにそう言ったユリの方に自然と視線が集まる。
「……そうですね。まだ決めるには早いですし、明日また話しましょう…今日はもう帰りましょうか」
シノアの言葉を最後にその日は解散した。




