愛の手前
イヨと二人きりの部屋の中。2回目にしてやはり慣れないハクリである。フィーレは気を使って近くを散歩すると言って出ていったので、今日は本当に誰もいないし誰も来ない。
「お兄さん…」
「お、おう……何でしょうか」
前回よりもさらに気まずいと感じるのはどうやらハクリだけではないらしい。もじもじと指を絡めながら頬を染め、何を考えているのか緊張気味である。思わず丁寧口調になるハクリの方を向き、イヨは口を開く。
「私は……変われたのでしょうか?」
「……」
そんな何分ない言うことは決まっている質問に、ハクリはこの時瞬時に言葉を飲んだ。
安易にうんと頷いていいものなのか。そんなことが頭を過ぎる。
「……ごめんなさい。お兄さんにこんな事聞いても、分からないですよね…」
「変わったよ…」
ピクリと反応し、即座にハクリの顔を見上げるイヨ。包帯越しにでもわかるイヨの感情。目は感情を示す時に口や顔ほどではないがそれなりに察せる部位だ。イヨの今の考えはーー
「イヨは変わった。俺が見違えるほどに…最初の頃とは全然違うよ」
「自分では分からないんです…。唯一分かることと言えば、私はーー」
勢い任せにハクリに抱きつくイヨ。小さな肢体を受け止めたハクリだったが、今は落ち着いている。
「私はお兄さんが好きです。初めてあった頃から…ずっと……嘘じゃないんです」
「……イヨ」
背中に腕を回され、愛情のこもった言葉を受け止める。本心で言えば嬉しかった。イヨの事は好きだし、素直になれば自分も何かしら似たような言葉をイヨに返していたであろう……でも、今のハクリの脳裏には、ある人物の顔が浮かび上がった。イヨとは別の…異性がーー
「ごめんなイヨ……俺はイヨの期待に応えられそうにない」
「…………」
ハクリの胸に顔をうずめたままのイヨは、その体制のまま暫く固まった。地肌に伝わる温かさが僅かながらあった。
「…知ってます。お兄さんはそう答えるって………イヨは知ってますよ」
満面の笑みでハクリの顔を見上げるイヨに、ハクリにはこみ上げるものがあった。必死で抑え込むだけで精一杯である。背中に回していた手を離し、ハクリから離れるイヨ。その表情は落ち着いていて、かつやりきった顔だった。
「私は変わりました。誰よりも、お兄さんのおかげで…。何となくもうお兄さんには会えないって…分かっていますけど……お別れは……寂しい……けどーー」
我慢していた涙を目尻に、頬に伝えながら、イヨは自身の言葉をハクリに訴える。今までの感謝を、愛を……。
「私は…イヨはそれでもお兄さんが大好きです」
作戦開始から約1週間、反種族主義思想保持者の思想変化を確認。任務発令条件を満たさない為、この任務を破棄します。




