フィーレ
「なるほど。あなたがイヨを……」
「まぁ俺もそんなに時間があるわけじゃない。少し焦ってる」
「無駄だと思います。イヨが受けてきた屈辱と痛みは尋常じゃありません。そんな短い期間で直そうというのが無茶な話なのですよ」
イヨを抜いてハクリとフィーレの二人で話す。内容はもちろん自分の素性と目的だ。不審者と疑われた以上、信頼とまでは行かないが、多少の不安はなくしてほしいと思った末の行動だ。これまでフィーレは表情一つ変えずにハクリの話を聞いている。反論、質問も躊躇なくしてくる。警戒は解けたようだが、まだ信じてはくれていないみたいだ……当たり前だが。
「もし出来なかったら……どうするんですか?」
「……諦めて帰るよ。俺の目的はあくまでイヨの考えを改めさせる事だから」
「何故そこまでしてイヨに尽くすのですか?あながち好意を寄せているからでは無さそうですが…」
「まぁ俺にも色々あるんだよ。イヨを助けたいってのは本当だ」
「そうですか……まぁ、少しは信用してあげましょう。全ては無理ですが」
ハクリの曖昧な回答にどんな文句をつけて来るのかと思いきや、あっさりと受け入れてしまうフィーレ。逆に心配になったハクリだった。
「あなたには私を助けてもらった恩もありますし、ここは詮索しません」
「…俺がフィーレを助けた?」
「え、覚えてませんか?路地裏で……」
フィーレの言い分から、ハクリは記憶を巡らせる。路地裏と言えば、ここに始めてくる前にユアと居たような……
「……あ」
「あれ私です。あの時は本当にありがとうございました」
「いや、そこは別に良いんだけど……大丈夫?」
あの時のフィーレは恐怖のあまり腰を抜かしているようだった。それどころか自我を保っていないような、そんな感じだったように思える。しかし、自分の目の前にいるフィーレは、何事も無かったようにケロッとしているではないか。だから今の今まで気づかなかった。
「はい。私はこのとおりピンピンしてますよ。あんなの演技のうちです。ここで暮らすなら、あれくらいはしないと」
「そ、そう…強いんだね。色んな意味で」
「…お礼も言い終わったところで、私はお風呂に入ります。覗いたらぶん殴りますよ?」
「の、覗かない!…………その、ありがとう」
「??何であなたがお礼を?私は何もしてません。むしろしてもらった立場ですよ」
「あぁいや、別に気にしなくていいよ。今日泊めてもらうから言っただけだからさ」
「そうですか…まぁ良いでしょう。ごゆっくり」
「ありがとう。ゆっくりさせてもらうよ」
ハクリの言葉をあとに、フィーレは静かに立ち去って行く。風呂場で出くわした時とは別人と思えるくらいのおしとやかさだ。イヨもフィーレに似たのだろうか……
「ふふっ。フィーレちゃん無理してますね」
「…フィーレが?」
フィーレが風呂場に行ったことを確認したようにハクリのそばに歩み寄るイヨ。
「お兄さんがいるから無理してあんな態度をとっているんですよ。いつもはこんな感じじゃありません」
「そうか……フィーレがなぁ」
「きっとお兄さんの事を男性として見ているんだと思います。フィーレちゃん、男の方と話すのは滅多にありませんから」
「そう言えば、フィーレはイヨのお姉ちゃんなのか?」
「いえ、私は一人っ子です」
「そっか……」
ということは、あの時言っていた妹の存在も演技だったわけか……。そう結論づけたハクリ。未だにイヨはフィーレの事でクスクスと笑みを零している。
「……お兄さん」
「どうした?」
「私……私はーー」
意を決したようにハクリの方を向こうとしたイヨ。しかし、その姿は、魔法陣の出現と共に目の前から消えたのだった。




