過去の話…イヨ
「私の両親は、まだ私が幼い時に亡くなりました。今思うと、他殺だったような気がします。それから私はこの街を宛もなくさ迷い、みるみる弱っていきました。同時にその頃から周りからの攻撃にあい、精神的にも、身体的にも参っていきました……。1ヶ月後くらいでしょうか、ある日目が覚めると、私の世界は暗くなったままになってしまったんです」
自分の目を抑え、こみ上げる感情を押し上げながら話を続けるイヨ。その隣で話を聞くハクリの拳が震える。悔しさで歯ぎしりを立て、怒りがこみ上げてくる。
「怖かった…ただその闇が怖くてたまりませんでした。何も見えない中で生活する事はとても不安で、何も見えないという虚無感が私の心を覆い尽くしました。いくら耳をすませても、辺りを見渡しても何も分からない。この恐怖を誰に向けたものか…次第に私の心までも、闇に染まっていったんです……」
イヨが生きてきた世界は、とても残酷で冷酷だった。自分と立場の違う人間を攻撃し、満足する。対象がどうなろうと知ったことではないということだ。多種族が行き交うこの街で、イヨの目を見えなくした人物が居るのかさえ定かではないが、それまでのイヨに対する攻撃がそれを物語るようにも思える。そう言った曖昧な状況下の中で、イヨはとある結論に至った…。
「私はこの街の人達が憎い…。私を、私と同じ境遇の人達に酷い扱いをする人達が嫌いです。皆……皆ーー」
「分かった。もうそれ以上言わなくてもいい。ありがとうイヨ」
イヨの言葉を遮るように、ハクリが口を抑える。これ以上彼女の口からものを言わせておくと、思いが強くなってしまうから…。ハクリの仕事はイヨの考えを改めさせる事。でも、それは相当に難しい。1度根付いた強い憎悪は、簡単に消し去りはしない。でも、ハクリは諦めなかった。
「イヨはやっぱり強い子だな」
「……私がですか?」
意外な言葉を言われ、呆気に取られたような顔をするイヨ。
「普通攻撃されたら逃げるものだろ?イヨは違う。必死に抵抗している。その考えがあったから、俺はここに来たんだ」
「……お兄さんは私の考えを受け入れてくれるんですか?」
真っ直ぐな、それも信頼を語ってほしそうな目でハクリをイヨは見つめる。出来る事ならイヨの考えを共用したい。しかし、ハクリの目的故、それは出来なかった。
「俺はイヨに考えを改めて欲しい」
「…………無理ですよ。今更私が考えを改めるなんて…私は十分に苦しんだ。そういった考えをするくらいは許してもらえるはずなんです」
「そうはいかない。よく言うだろ?争いは悲しみしか生まないって。イヨの考えは理解出来る。そんな考えをしてしまうのも仕方が無いのかも知れない。けど、俺はイヨにそんな考えをして欲しくないんだ。イヨには、前向きに、挫けずに生きてほしい」
イヨに非がある訳では無い。イヨがその考えに至った原因が全ての元凶だ。だから、イヨがこのまま殺されるのはどう考えてもおかしい。イヨが悪い訳では無いのに、イヨが世界を脅かした訳でもないのに、殺すなんてのは筋が通らない。だから、イヨには生きてほしい。ハクリは心からそう思っている。
しかし、イヨの表情はまたしても暗くなってきている。また、拒絶されるかもしれない。
「私にはもう未来はありません。どうせこのまま死ぬんだったら、せめて…せめて私の願いを叶えてください」
「…イヨは絶対に死なせない。俺が何としても……絶対に守る」
「お兄さん………なら、お願いしてもいいですか?」
「………最後の願いって理由以外なら何でも」
「そうですか……ならーー」
立ち上がり、そばに居るであろうハクリの方を見下ろすイヨ。その口からはーー
「今日は一緒に過ごしましょう」




