ミャン・リヴァン
「ここか……」
ヤヨイの話の後、ハクリ早速資料の家へ足を運んだ。
ルリは提供された寮の手続きでハクリと一緒にはいない。ハクリにもそのうち寮が提供されるらしい。
ちなみに今は貸し出されたテントで野宿生活である。いきなり無理やり転校したせいらしい。
「…………」
ハクリの来た家は豪華ではあるものの、シル〇ニアファミ〇ーのような西洋的な家ではなかった。
洋館と呼ぶにふさわしいその家とは、不気味さを纏った家だった。一応ヤヨイがハクリが向かう事を伝えているらしいが、果たして帰ってこれるのだろうか。
喉をゴクリと鳴らし、洋館の扉を叩く。
「………………あれ、誰もいないのかな?」
何度かノックをしたが、やはり反応がない。
それでも絶えずノックし続けると。
「なんや聞こえとるさかい。そんなに叩かんどくれや……」
扉が微かに開かれ、中から姿を見せたのは、いかつい大男。
大きな体に伸びた爪と牙。存在だけでこの男が吸血種である事がハクリには分かった。
吸血種。ハクリの世界では吸血鬼と言われる存在。高い戦闘力と長寿で知られているが、太陽に弱いというものではあるが、この世界では太陽には弱くないらしい。裏切られた気分である。
「あ、その……アマタハクリと言います……ヤヨイ先生から話は伺ってますでしょうか…」
威圧感で結構戸惑っているご様子のハクリ。大男は「あぁ……」と察したように声を出した。
「聞いとるで……なんやわしの娘と話するようじゃの……まぁ入りんさい」
「は、はい……」
大男に案内された場所はリビングのような部屋。ハクリは対面するように腰掛ける。
相変わらずの威圧感で気まずさが尋常ではない。
「………………」
「……自己紹介がまだやったのぉ」
「あ、はい。僕は―」
「違う違う。わしのや」
口を挟まれるとより怖いのは気のせいだろうか。
「わしはオルド・リヴァンや。よろしゅうな」
そう言ってオルドは手を差し出す。
ハクリは恐る恐るその手を握った。
「わしの娘の事やったな……」
オルドがそう呟く。
ハクリには「はい」と言う事しかもはや出来ない。
オルドはどこか悲しげな表情でこう言った。
「あの子は興味がある事しかせぇへんのや。わしが男で一つで育ててきたからのぉ。少々甘やかしすぎたんや。学校も行かせなあかんとは思おとってもなんや言いきらん始末でのぉ……だから―」
オルドはバッとその場に立ち上がった。
ビクッと体を震わせるハクリを見下ろし、両肩を掴む。
「わしは新種族のあんさんには期待しとるんや…………うちの娘の事、よろしゅう頼むで……」
「は、はひ……」
「ほいなら部屋に行こか……それと……」
ハクリの肩から手を離し、これから部屋に連れて行こうとハクリを先導しようと前に出たその時だった……何故かオルドの周りに殺気めいたものが漂う。
「わしの娘に手ぇ出したら……その生き血吸い尽くしたるけぇのぉ……」
「っ!?は、はい!」
これまでの威圧感が比じゃないくらい。下手したら殺されそうなくらい。
オルドはハクリの返事を聞いて歩み始めた。
階段を上り、長い廊下の奥にある、とある1室。
「ミャン……お友達が来たぞ……」
オルドがそう言っても、言葉一つ帰っては来ない。深くため息をつく。
「鍵開けたるから後は任せた……くれぐれも血迷った事はするなよ……」
「は、はい……」
部屋の扉が開かれ、ハクリは恐る恐る入室した。なんともまぁど広い部屋なのだが、置いてある家具類は少なかった。
テーブルと椅子とベッド。必要最低限の家具しか置いていない。
「…………誰?」
ベッドがもぞもぞと動き、1人の少女が姿を現した。
頭の両サイドに小さな黒い羽を付け、オルドと同じく鋭い牙をちょこんと口元から見せた、金長髪の少女。
「は、初めまして……お、俺は最近転校してきたアマタハクリって言うんだけど……」
「アマタ……ハクリ?」
不思議そうな顔をする少女。それもそうだろう。起きたらいきなり見ず知らずの異性がいたのだから。
「そう……ハクリ」
自分の名前を呟く少女に答える。
「ハクリ……私に何か用?」
「ええっと……」
学校に連れてこいと言われたとは言えないハクリ。
試行錯誤の末に思いついたのは……
「君と仲良くなりたくてさ……」
言った後で恥ずかしい事を言ったと後悔した。
「私と……?」
「そう。君と……」
照れくさそうに返すハクリ。少女はそんハクリに手招きをした。
「……??」
何も分からずに少女の元へ歩み寄る。
ベッドの横から足を出した状態で腰掛けている少女の目の前に立つ形になる。
「…………ふ〜ん……へぇ……ほうほう……」
体をジロジロと見られ、くすぐったい感じに見舞われる。
「えっと……なにしてんの?」
「ミャン……」
「え?」
「私、ミャン・リヴァンって言うんだ。宜しくね!」
無邪気な笑みを浮かべながらそういうのがミャンにハクリはドキッとした。
気付けばハクリは女の子の部屋に居るのだ。もう一生拝見する事は無いだろうと思っていた女の子の部屋に。
そう実感したのはミャンの笑顔を見てからである。
「お、おう……分かった……」
普通の引き篭もりならこの一撃で気絶したであろう一撃をハクリは精神的瀕死状態で耐え抜いた。
「…………?」
ふとミャンの手元を見ると、ミャンは自身の真横を手でポンポンと叩いていた。
まさか…………
「横に座ってよ。あたしと仲良くしたいんでしょ?」
「なっ……!」
ミャンの立て続けに来る精神的攻撃にハクリの脳内容量はパンクMAXドンガラガッシャーンである(要はやばいということ)
「……嫌?」
や、やめろ!そんな悲しげな表情で首を傾げないでくれ!
↑ハクリの心情である。
「……分かったよ」
心臓の鼓動を早めながら恐る恐る横に座る。肩と肩がぶつかりそうな距離で、ハクリは気を失いそうだった。
女の子の香りがハクリの鼻腔をくすぐる。
「私に学園に来て欲しいんだよね?」
「………どうしてそう思ったんだ?」
バツが悪そうに苦笑するハクリ。
「お父さんが私の所に来る時は大体その話だもん…」
バツが悪そうな顔をするが、もうここまで知られているのなら誤魔化しも効かないだろう。
「……学園は面白くないから行かない」
「……そっか」
「止めないの?」
不思議そうな顔をしながらハクリを見るミャン。顔を見ず、ただ目先のものだけを視界に入れながらハクリは口を開いた。
「俺も昔は学校なんて意味が無いと思ってたからな……正直ミャンが言う事の意味も分かる……。別に今日絶対に連れて行くって訳じゃないんだ……。でも、絶対に連れて行く…だってさ―」
話している途中でハクリは立ち上がった。ミャンはそんなハクリを見上げ、そんなミャンにハクリは上からニカッと笑いながら最後にこう言った。
「俺は来て良かったって思えたからさ!」
 




