接触
ーー俺達は無駄な殺生をせず、俺達なりのやり方で世界の調和を保つーー
その言葉を胸に秘め、ユアは隣にいる自分の上司に当たる存在と…異性と行動を共にする。操作を始めてからもう夕方になろうとしていた。手掛かりはハクリが掴んだと言う。
「多分だけど、心当たりがあるんだ。アオイさんやツバメ達の報告を聞くに、多分ここに反種族主義思想保持者がいる」
「いつの間にこんな手掛かりを……はぁ。隊長ってたまに凄いんだから…」
「たまには余計だ。俺だって隊長だから少しは何かしないと示しが……」
そこで深々とため息をこぼすハクリ。その横で苦笑いをするユアだったが、まだ少し表情は暗かった。この国の現状を目の当たりにしたのは数時間前の事、すぐに立ち直る方がおかしな話である。現にハクリでさえ未だ引きずっているのだから、ユアのショックはそれ以上だったであろう。しかしユアは諦めていなかった。自分の任務を放棄せず、今もこうして行動を共にしている。そこがユアの強さなのだと、ハクリは気付かされた。
「よし、ここからは俺がひとりで行く。ユアはもしものために、この近辺で調査を続けていてくれ」
「………大丈夫なんだよね?」
どこか不安気な顔をしながらハクリを心配するユアだった。最悪戦闘になるかも知れないのだ、案じるのは分からないこともない。しかし、ハクリはそれだけでは動じなかった。
「あぁ。ここで死んでちゃ、みんなに申し訳ないからな!」
満面の笑みでそう答えた、ハクリに、ユアは安心したように笑みを返した。
内心に緊張を宿しながら、ハクリは入口であろう扉の前に立つ。会っただけで殺されてしまうかもしれない。全くもって何が起こるか分からないその領域は、街の空気に溶け込みながらも、異様な空気を放っていた。それを察知できるのは、外の世界からやってきたハクリ達だけだろう。そして、多分ハクリはこれから衝撃な事実を知ることになる。何となくだが、自覚していた。
「…………」
ユアが周囲の捜査に動いてから数分後、やっとの事で扉を開く。中は薄暗く、多くの人数は入れないような広さだ。一軒家とでも言うのか、外見は周りの家に似ていたが、内装は明らかに別世界のものだ。それはまるで、中世を象った様なもの。
「…………」
そんな異様な空間を、ハクリは忍び足で進んでいく。心臓の鼓動が早まり、聞こえてくるのは隙間から入ってくる風の音とーー
「……誰かいるのか…」
小声だが、確かに誰かが何かを呟いている。よく聞き取ることが出来ず、ハクリの興味はそっちに言ってしまった。
「なんだ…何を言っているんだ……」
足を進める毎にハッキリとしてくる声。近い……多分、もう数メートルの範囲にいるだろう。
「〜〜…〜……〜〜〜」
声は止むことはない。近くにある壁に手を置く。この壁の向こうに、対象かもしれない人物がいる。ハクリはそう確信した……。
耳を壁につけ、声を壁越しに聞き取る。それは、歌のようで…綺麗でか細い声が……一つの………………呪文の詠唱を行っていたーー
「っ!?」
壁が突き破られる。氷の鋭い刃が、ハクリの横腹を貫いていた。
アオイから叩き込まれた身体能力でも、今の不意打ちは回避することは不可能だった。
「あぐ……っ!」
床に叩きつけられ、激痛が走る横腹を抑える。氷の刃が横腹で固まったことにより、出血はしていないが、凍傷による痛みが内部から伝わる。
「くそっ…」
「……私に何か用ですか。不法侵入なので、正当防衛ですよ…」
その声の主は、ハクリにこの傷を負わせたであろう人物。薄暗い部屋の中で、霞む視界の中ハクリはその人物の顔を見る……。
「やっぱり……な……イヨ」
「あなたは…お兄さんですか」
イヨ。ハクリが昼頃に出会った盲目の少女が、ハクリの目の前に立っていた。驚いているイヨの目は見開き、自分がしてしまった事の重大さを後悔するように後ずさりする。
「嘘……なんでお兄さんが…」
「………はぁ…はぁ」
「……今、治しますから」
そう言うとイヨは、ハクリに近づき横腹に両手を当てる。
「………第二十聖系魔法」
イヨの両手が神々しい光を放ち、ハクリの横腹へと伝える。次第に引いていく痛みと凍傷。数秒後には、傷さえも埋まっていた。
「……ありがとうイヨ」
「いえ、元はと言えば私がお兄さんに傷を負わせたので……それより、どうしてお兄さんがここに?」
「…………落ち着いて聞いてくれ」
そして、ハクリは事の顛末をイヨに語った。自分の目的を、やり方を…。イヨの表情は話していく中で段々と俯いていく。この反応を見るに、イヨが反種族主義思想保持者で間違いなさそうだ。
「…俺達は無駄な殺生はしない…イヨには、そんな無駄な考えは捨ててほしいんだ」
「……お兄さんの言い分は分かりました……けど、それなら何で…………私にそれを向けているのですか?」
そう言いながら、イヨは自分に銃口を向けているハクリを警戒した。
「…見えるんだな」
「これでも私は別の意味で目がいいんです。そうでないと生活すらできませんから」
「……俺は無駄な殺生はしない。でもな、俺が死んだら意味が無いんだ。俺がこれを向ける前にその魔法陣を形成したのはイヨ、君だ」
「…………すみませんがこれが私の答えです。今日のところはお帰りください。お兄さんを…殺したくはありません」
「どうしてだ!何が君の心をよごすんだ!」
「私の心は汚れてなんかいないっ!」
イヨの怒鳴る姿を初めて見た。物静かで、自分より他の人のことを第一に考える。そんな印象だったイヨが自分に怒鳴る。多少のショックはあったものの、今はそんなものに気を取られている暇はない。
「私の心は汚れてなんかない…汚れてるのは……汚れてるのは……」
肩を震わせているイヨ。しかし涙らしきものは見えず、その姿は怒りを表しているようだった。
「…帰って下さい」
「…………また来るからな」
これ以上は話しても無駄だと判断したハクリは、その場に立ち上がり、イヨに背を向ける。背中に感じる憎悪が、この家を出るまで背中の悪寒を離してはくれなかった。




