If 〜もしもの話〜シノアと薬物実験(仮)その3
「はぁ…つぅ…」
「ごめんなさいハクリ君!大丈夫ですか!?」
心配するくらいなら、はなから飛ばさないでいてほしいものである…。ハクリにも非がある故、何も言い返すことが出来ない。全身打撲を受けた体をなんとか起こし、大丈夫だと告げる。安心したように胸に手を当てるシノア。その周りには、先程飲まされそうになった液体と、それが入っていたビーカーの破片が飛び散っていた。
「とりあえず片付けよう。手伝うからさ」
「あ、ありがとう…ございます」
用具箱からほうきとちりとりを取り出し、シノアに渡す。制服が丈夫なこともあり、特に怪我をした様子は無かった。手際よく2人で破片を集め、ゴミ箱へ放り込む。
「ふぅ…ありがとうございますハクリ君……それと、ごめんなさい」
「大丈夫大丈夫。特に怪我をした訳でもないし。それより喉が渇いたな」
「あ、それならそこのビーカーの水を飲んで下さい。私が実験で作った『スポーツ飲料水』です」
それを何故ビーカーに入れた……。そう思ったハクリだった。しかしまぁ、スポーツ飲料水なら特に支障はないだろう……多分
「……貰おう」
多少気は進まなかったが、喉もかわいていたため、一気に飲み干す。程よく甘く、酸味、塩味も備わっているシノア自作のスポーツ飲料水は、コ〇コ〇ラのあのスポーツ飲料水の味がした。
「……ふぅ。これは問題なさそうだな」
手に持ったビーカーをそばのテーブルに置き、息を漏らす。色々あったせいで疲れが出てきていた。今日はこのまま寮に戻ろう。
「じゃあ俺はこれで帰るよ…………シノア?」
「…………」
無反応。ハクリの呼びかけに応じることもなく、じーっとハクリを見つめるシノア。頬が段々と火照っていき、甘い吐息を吐き出す……。
「ハクリ君……」
「な、何だよ…」
今のシノアはどこかおかしい…。間違いなく何かが起きている。一見すれば間違いなくそれが理解できる状況。虚ろな瞳で頬を火照らせ、色っぽさを醸し出しながらハクリに近づいてくるシノア。後ずさりをするがすぐ後ろはあいにくの壁、逃げる場所を完全に失ったハクリ。それでもなおシノアは接近し、遂には壁ドンされるという情けない有様である。
「し、シノアさん?何かヤバイですよね…?」
「はぁ……はぁ…ハクリ君…私、今とっても体が暑いんです…」
自らの制服のリボンを解き、胸元が露わになるシノアから目をそらし、ハクリは必死の抵抗をする。暑い吐息がハクリの鼻腔をくすぐり、早くも再起不能寸前である。
「ちょっと待てシノア!とりあえず落ち着けって!」
両肩を掴み、シノアとの距離を開けるべく突き放す。弱々しい肢体は簡単に後ろに行き、力が抜けたように地に尻餅をついた。肩を揺らしながら息をし、熱があるのか頬が赤く火照るシノアを目前にし、ハクリは自分の精神を落ち着かせ、思考を巡らせる。
間違いなく問題があったのは俺がさっき飲んだ飲料水だな。でも俺ではなくてシノアに効果が出た…。こればっかりはシノアに聞かないとどうにもならないな…。
そう結論づけたハクリは、早速シノアに問いかける。
「シノア。質問していいか?」
「んぅ?なんれすかぁ?」
呂律が回っていないシノアは、虚ろだがハクリとの会話は成り立っている。この調子で聞き出せるかもしれない。
「俺がさっき飲んだ飲料水、どんな効果があるんだ?」
「いんりょーすいれすかぁ?なにもしてましぇんよぉ?」
「いやいや、現にシノアがおかしくなってるんだから何か起こってるんだよ…なにか思い当たる事はないか?」
「んぅ~……ハクリ君はせっかちれふねぇ…」
頬に指を当て、数秒間無言の時間が経過していく。最初は考えている様だったシノアも、だんだんと目を閉じていき……
「すー…」
「寝るなぁ!お前が寝たらどうしようもないだろうがぁ!」
「はっ!ここはどこ?わらしはだれ?」
「こいつ…(怒)」
訳の分からないことを呟く、千鳥足、火照った体と顔……これじゃあまるでーー
「酔っ払いか…なぁシノア」
なにかに閃いたハクリは、再度シノアに問いかける。頭をコクンとさせながら、シノアは眠たげな目をこちらに向ける。
「アルコールか何か使ったか?お前の症状は多分アルコールを含んだ時に出る酔いだ」
「わらし、お酒なんて飲んれませんよぉ?みせいねんれすしぃ………あ」
ハクリのヒントが頼りになり、なにかに気がついたシノア。机にしがみつきながらやっとの事で立ち上がり、側にあったビーカーを手に取る。そして、おぼつかない足つきで向かった先はシノア愛用の薬品庫だ。
ゴソゴソと中を漁り、試験管に入った液体を混ぜ始めた。
「おいシノア?」
「………………れきまひた!!」
顔は真剣だがどうも決まらないシノアが作った薬。それをビーカーに入れ、水を混ぜる。大体1:1位になったところで水を止めると……。
「…………」
「お前まさか……それを飲むんじゃーー」
「ぬっ!(シノアが液体を飲む直前に放った言葉)」
謎の液体を一気に飲み干したシノア。ハクリが心配そうに見つめていると…
「うぅ…私ったらなんて事を…」
どうやら元のシノアに戻った様だ。先程とは違い、今は別の意味で顔を紅潮させている様だった。
「あの…シノア?恥ずかしいだろうけど、今は状況の整理からやらないか?」
「はい。多分ハクリ君が飲んだ飲料水の中に、私が先程作った薬品が混ざって、何かしらの反応を起こしたんだと想います」
ハクリが思い返したのは、先程シノアがハクリに嫌というほど押し付けてきたあの薬品である。確か『人が集ってくる薬品』だったはずだ。それがシノア直伝のスポーツ飲料水と混ざって何かしらの反応を起こしてしまったらしい。その効果が効果なだけに、対処する必要がある。
「まずは効き目だけど、今のところはシノアしか出てないな……というか、飲んだ本人じゃなくて、その周りが反応するなんてな」
「混ざった薬品が飲んだ人の周りに人が集ってくるっていうものですから……それが変な形になったんですよきっと」
「なるほど…でもあれはちょっとな……」
脳裏に過ぎるあの色っぽいシノア。もう少で一線を越えそうだったから怖い。
「あ、あれは本当にごめんなさい……なんかその…急にーー」
「分かった。分かったからそれ以上言うな。思い出したらこっちも恥ずかしくなる」
「あぅ……ごめんなさい……」
「とりあえず、今は薬の効力を消すことからだな」
「……分かりました。やってみます」
シノアとの薬品実験は、まだ終わりそうになかった。




