現実
「隊長のバカ…あんなに怒んなくてもいいのに…」
頬を膨らませて不機嫌な顔をするユア。目元が赤くなり、何度も擦ったせいでヒリヒリしている。人気のないところを探して走り、今はこの建物の裏口で一人孤独な時間を過ごしていた。走っている最中も、今のこの時もずっとハクリの顔が頭を過る。疲労を感じ始め、急な眠気のせいで目が虚ろになり始める。
「眠い…」
眠気と奮闘するが、さすがは三大欲求の一つである。ユアの意識は深い夢の世界へとーー
「や、やめて下さい!」
「っ!」
すぐ近くで女性の叫び声が耳に響く。そのせいでユアの目は覚め、声がした方へ目線を向ける。
「終わりだ…ここまで逃げられた事を褒めてやろう」
「やめて…やめて…」
足音から察するに三人以上。会話からして複数の人物から女性が襲われているのだろう。危機感を感じたユアは、何も考えず駆け出した。
「さぁ渡せ…持っているんだろう?」
「妹が、妹がお腹を空かせて待っているんです…だからお願いします。このお金だけは…このお金だけはっ!」
「お前に渡さない権限はないんだよ!大人しく渡さないんなら…」
腰に携えた刀の柄を掴む男達。それを目の当たりにし、少女の顔色は一気に青ざめる。手足にとどまらず、体全体で恐怖を表現している。
「い、いや……やめて…」
弱々しいかすれ声はもはや自我を保っておらず、ただ目の前の恐怖を避けようと必死だった。抜刀した男達の瞳には慈悲がなく、手にした刀を振り上げる。
「お前みたいな貧乏ものの子供に人権なんてないんだよ…大人しく死ね」
「あ……あぁ…」
瞳の光を失い、言葉を忘れ、本能だけで目の前の恐怖を恐れる…。今の少女にはそんな事しか出来ない。振り上げられた刀が、無慈悲に少女の頭めがけて振り下ろされた…。
「待って!」
そして、触れようとしたところで止められる。ユアの声が、意識を引いたのだった。確認できる人数は三人
全員男の竜人族で、見た限りはこの国の者だった。しかし襲われている小人族の少女の服装はこの地域のものではなく、どう見ても他の国の者のように思える。状況がつかめないユアを見た男達は、その険しい目を向ける。
「誰だお前は…俺達に楯突こうってのか?」
「理由は知らないけどその子は嫌がってる。やめてあげなよ」
「刃向かうというのか。タダでは済まねぇよ?」
手にした刀をユアに向ける男達。この場でやり合う気満々の態度にユアは動揺しながらも、手上に魔法陣を形成する。それを見た男達は目を見開き、驚きの表情をあらわにする。
「お前、間人族か」
「そういうあなた達は竜人族だね…どうしてこんな事するの?」
「どうして?この貧乏ものから金をとって何が悪い。どうせこの先長くないんだ。今死のうが近々死のうが変わんねぇだろ」
「それ、本気で言ってるの?」
ユアの声質が重苦しくなる。睨みつけるように男達を見つめ、怒りを隠せずにいた。
「最近姿を現した新種族が俺達の事に口出ししてんじゃねぇよ。よく覚えとけ。今更出てきたところでお前達を認める奴なんてこの世界にはいないんだよ」
ユアの手が震える。怒りと悲しみが入り混じったつらく重いものが胸の中で渦を巻く。自分達には自分達なりの理由があった。だから最近になるまで姿を現さなかった。それを知らない者達は考えもなしに文句を垂らし、間人族を否定する。不確定なものを否定するのは人間として当然だとは思うが、真っ向から認めないというのとは話が違うとユアは思った。
「間人族はこの世界の脅威じゃない。少なくとも私はそう思ってる」
「そう思っているのはお前達だけだ。身の程を知るんだな不審種族」
「………」
「その子の言う通りだ」
おし黙るユアの後方から、聞き覚えのある声が聞こえる。ハクリが、怒りを露わにした顔で男達を睨みつけていた。




