君にしか……
「はぁ…緊張するなぁ」
あれからというもの、何故か気になるあの人の存在。好意とか、恋心だという感情ではない。それは心のどこかの自分が自覚していた。だから、隊長に恋をしているだなんて事は絶対にありえない……というかーー
「ツバメちゃんに悪いことしちゃったなぁ…絶対隊長の事好きだもんなぁ……」
「俺がどうかしたか?」
「ひぇっ!た、隊長!?いつからそこに!?」
気づけばハクリが自身の後ろに立っていた。部屋の中にいるものと思い扉の前に立ってブツブツと呟いていたが、今の話を聞かれてはしないだろうか…、
「も、もしかして私の独り言聞いてました?」
「……なんの事か分かり兼ねる…」
そういうハクリの曖昧な対応を目の前にし、ユアは自分がやらかしたと実感する。
「ち、違うんだよ隊長!こ、こここれは別に違くて……!」
「大丈夫だ。ツバメが云々とかしか聞いてないからーー」
「それがアウトなのっ!」
「ま、まぁ立ち話もなんだし…入ってくれ」
「むぅ……」
どこか不満気なユアを部屋の中に招いたハクリ。ユアをベッドに座らせ、自分は椅子に腰掛ける。
「えっと…さっきも言ったが、ユアには俺の補佐を頼むことになったわけで……」
「うん」
「それでだな、あらかじめ言っておくこととかあるだろうと思ってここに呼んだんだ…」
「うん」
「それでだな……」
「……うん」
気まずい。一言で言えば死ぬほど気まずい。自己紹介の時は寝ぼけていたこともあり、そこまで気にする事はなかった。改めて考えてみると、異性を自分の部屋に呼ぶこと自体まだ慣れていないことに気付かされる。
「え、えぇっと…」
ユアの素っ気ない対応にハクリは戸惑いを隠せない。ここまで淡々と返されると次の会話に持ってきていいものなのか疑問が生じる。ユアの顔を見ると、ハクリと同じように気まずそうな顔をしていた。そこまで意識するとは思わなかったので、何故か後悔してしまう。
「……はぁ。そんなに強張らないでくれ。こっちが気まずくなる」
「ご、ごめんなさい…男の人の部屋に入るの…初めてで」
「「………」」
「……はぁ。何でそうあなた達は話が進まないのですか…」
そこでタイミングよくアオイが登場する。前回からの事もあり、驚く者はいない。
「いや…流れで誘っちゃったけど…なんか気まずくて」
「あなたがその様では隊員に示しがつきません。隊長は隊長らしく、要件を隊員に的確にお伝えして下さい」
「ぉ、ぉぅ…」
威圧感に押され、ハクリの声は自然と小さくなっていく。ため息をこぼしたアオイは部屋に入り、ユアの隣に腰掛けた。
「ユアさんもユアさんです。あなたがそんなんじゃ隊長も話しにくいではありませんか」
「は、はひ…」
「お2人とも気を確かにして下さい。明日には出発なのですから」
「肝に銘じてぉくよ…ぅん」
言いたい事を言うだけ言ったアオイはその場に立ち上がり、早々に部屋を後にする。まさかそれだけを言いにここに来たのだろうか…。
「…」
「……まぁ、なんだ。俺が言いたいのは当日あまり離れるなという事だけだから」
「だ、大丈夫です!私、隊長から絶対離れません!」
無意識なのだろうが、恥ずかしい言葉を堂々と口にするユア。恥ずかしみを感じながら苦笑するハクリを見て、ユアもそれを自覚し、顔を赤らめる。
「ははっ…ありがとうユア。君になら任せられそうだ」
「あぅ…は、はぃ…」
「さて、俺の用も終わったし、準備に戻っていいぞ?わざわざありがとう」
「あ、あのっ隊長!」
ハクリがドアノブに手をかけた時、不意にユアがハクリを呼び止める。
「どうした?」
「私、頑張りますから!隊長のためになれるように…頑張りますから!」
精一杯の思いを告げたユア。ハクリの口が自然と緩む。
「…あぁ。頼むよユア。君にしか頼めない」




