理想と希望
会って何を言う?
取り繕った言葉か?
上目だけのいい言葉は、時に人を傷つけ兼ねない。そんな事は分かっている……でもーー
「…俺はツバメにどう言えば良いんだ」
駆け出した足も、次第に減速しだしていた。自分が今行った所で、ここに来たばかりの人間が…思いも知れぬ赤の他人がかける言葉ほど無責任なものは無い。
そんな事は分かっている…分かってはいても、減速しだしていた足は再び、加速を重ね始める。
「…はぁ。なんか俺にもこんな時があったような……」
思い浮かべるは、まだ自分がこの世界にいなかった時の事。確か今のツバメのような事態に陥った事が自分にあった。耐え難い現実は、昔の自分にはきつかった…。だから逃げた。人生というもの、現実に背を向け、自分の世界に引きこもった。
今思えば、自分は誰かに構って欲しかったのかもしれない。あの時の自分に届いた声も、今となっては助け舟だったのに…自分はそれをきつくあしらった。
あの時の自分の気持ちを…今になって実感させられた。
そしてーー
「………ツバメ、居るんだろ?」
無言の回答。しかし、ツバメはここにいる。そう実感できた。
「…………」
「ツバメ…」
何度か呼びかけてみたが、ツバメが応える様子はなかった。あまり追い詰めることも良くない。そう思いながらも、ハクリの心中には、どこか満足いかない気もする。
確かに追い詰める事はよくない。自身が考える事も、その時間が必要だ。しかし、あまり1人で思いつめていると、精神的に病んでしまう。
丁度いいタイミングで声をかけることは難しいが、今は1度引くべきなのだろうか?
でも、ここで引いてしまえば、次どんな顔をしてツバメの元を訪れればいい?
そんな二つの疑問が、ハクリの脳内をぐるぐると渦をまく。
「…………」
だから、ツバメの考えがまとまるまで、ここで待つことにした。
扉の先の壁に寄り、座り込む。そして考えた……。
あの時の自分を…。
「俺さ、昔家族の本当の事を知ったんだ」
思いを告げる相手は、自分の前にはいないが、構わない。
「その内容が結構きつい事でさ…俺はその後引きこもったよ。誰とも会わず、ずっと1人で時間を過ごしたんだ。つまらないとか楽しくないとかいう感情を捨ててさ、上っ面だけの人生を過ごしたよ」
返ってくるのは感嘆や相槌ではなく、ただただ静かな沈黙だけ。
それでもハクリは、口を止めることは無かった。
「今思えば、その現実に立ち向かえばいいと思ったんだ。逃げるのも一つの手ではあるけど、それはその場しのぎでしかない。いずれはその現実に立ち向かわなければならない」
カタっ……と、微量ながら物音が聞こえた。
間違いない。ツバメはここにいる。
自分の言葉が届かなくてもいい。冷たくあしらわれてもいい…。ただ、昔の自分のように、現実から背を向けることをして欲しくない。この思いだけは伝わって欲しかった。
「立ち向かい方はどんなものでもいい。抗っても、肯定してそれを貫いても。やり方は一つじゃない…ツバメは…どっちを望む?」
つい最近まで、自分が考えてもいなかった事。
世界の調和を保つために人を殺す。
善意的な事をするために、表舞台で悪とみなされる行為。それを分かっていながらも、この組織は動く。何を隠そう…世界のために。
そして、その事実を…憧れを抱いていた対象は、自分が悪と思っていた行為をこなすものと分かった時、自分はどう思うのであろうか。
結果はツバメと同じか、それ以上に深刻なものだっただろう…そう確信した。
「…………」
ハクリが質問を投げかけても、返ってきたのはやはり沈黙だった。さすがに苦笑を零したハクリは、その場に立ち上がる。
「…邪魔したな。また来るよツバメ」
そして、立ち去ろうとした………その時ーー
「……隊長」
半ば諦めていた気持ちが、この一瞬でかき消された。泣いていたのか、目を赤くし、小さく嗚咽を漏らすツバメを目の当たりにし、ハクリは絶句してしまう。
ーーやばい。ここでかける言葉が分からんーー
そんな事を考えていたハクリだったが、次の展開は、案外ツバメが作ってくれた。
「私……私」
「大丈夫だから…だから泣くな」
「でも…でもーー」
再び泣きそうなツバメの頭に、ハクリは優しく手を乗せる。驚いたのか、目を見開いたツバメだったが、次第に顔を赤く染め、涙をこぼす。
その姿を、ハクリは黙ったまま、優しく見守っていた。




