ユアと特訓
「あ、きたきた!こっちだよ隊長!」
30分後、ユアに指定された訓練室へと向かったハクリ。だだっ広い会場に、ユアとハクリしか居ないのは、時間の割り振り上、この時間帯は情報班の時間だからだそうだ。
「…あれ?隊長服そのまんまだね…汗かくけど良いの?」
そう問いかけてきたユアの格好は、どこか和を感じさせる戦闘服だった。率直な感想としてはーー
「…似合ってるな」
「ふぇっ!?な、何急に!」
「ご、ごめん!ちょっと口が滑って…」
お互いに顔を染め合う。気を取り直したユアが、先導を切って訓練の内容を話し出す。
「ま、まぁいいや。今日はどんな訓練をやるの?」
「いや、俺はユアの訓練に参加するんだし、ユアに任せるよ」
ハクリがそう言うと、ユアは悩んだように顎に手を添える。
「…なら、私の訓練……見てみる?」
「そうだな。なら見せてもらおうか…」
とりあえず近くにいたら危ないので、ユアと距離を取り、見学する事にする。
気恥しいのか、僅かに頬を染めながらも、魔法陣を形成する。
目を閉じ、白紙の魔法陣に自身の声により用途を刻み込む。
「〜〜。〜〜〜」
一通り詠唱が終わると、ユアの魔法陣は赤く光り始める。詠唱を聞いていて思ったのだが…多分この魔法はーー
「……!」
魔法陣より発動された魔法は錬金術に似た魔法ーー
「召喚術か…」
素材から自分の望む形を見出す錬金術と違い、召喚術というのは、予め召喚する対象に術式を編み込んでおき、魔法陣経由でそれを召喚するというものだ。
これにより、いつどんな時でも、自分の召喚したいものが手元に置けるという利点がある。
そして、ユアが召喚したものは、立派に洗練された弓矢だった。背中にかけた矢筒の中には、同時に召喚された矢が収まっている。
「訓練…始めます」
ユアがそう言うと同時に、数十メートル先にいくつか的が設置される。
矢筒から矢を一本抜き取り、弦にかける。
集中した眼差しが、的一点を睨みつける。
「……っ!」
放つ。
一本の矢が、定めた的に向けて空を切る。
ハクリのような何も知らない者でも、ユアの姿勢は美しく見えた。
真っ直ぐに的へ向かう…。そして…的へーー
スカッ
「……あれ?」
「……んんん??」
率直に言うと外れた。それも右に数メートル程ずれて……。顔を真っ赤にしたユアが、恐る恐るこちらに顔を向ける。
「ち、違うんだよ…こ、これは……」
「いや俺は何も見てない。て言うか今何かしたの?」
「隊長違うんだよ!こ、これはその…手元が狂ったっていうかぁ…そのぉ…あぅ…」
今にも噴火しそうな程に顔を朱に染めているユアに、ハクリはどうしたもんかと顔をしかめる。
「い、いや…別に俺は気にしないからさ……次頼むよ」
「うぅ…では…次行きます」
何とか落ち着きを取り戻そうと、深呼吸を重ねるユア。よほど恥ずかしかったのか、未だに頬を染めている。
ーーそして、20分後ーー
「はぁ……はぁ……」
「お、おい…そろそろ切り上げた方がーー」
「ダメです!隊長のためになってませんから…」
狙いの的の周りに落ちている数々の矢達。矢筒の中身をすべて打ち終わっては拾いを何度も繰り返しても、矢が的に当たる事は無かった。しかし、ユアはめげずにこうして立っている。もうすぐ他のチームとの交代の時間だ。ユアの体力的にも限界が近い。
そして現在の矢筒の最後の矢を引く。
「……これでっ!」
力いっぱい放った矢は、大きく逸れてあさっての方向へと飛んでいった。それを目の当たりにしたユアは、力を失ったように膝をつく。
「はぁ…はぁ……こんなのじゃ…また……隊長の役になんて……」
自分の実力が無いことは承知している。しかしそれをどう改善すればいいのかが分からずにいた。努力を何度重ねても、重ねる度に自分の実力が無いことを気付かされる。
そんなこんなでこの今だ。隊長の前なら…誰かが見てくれれば出来ると思っていたのに…。そんな甘い考えで、この状況は打破できなかった。
「……私…もう駄目なのかな……」
「そんな事ないさ」
「え?」
一人地に手をつくユアに、ハクリが歩み寄る。汗で冷えた体に、サイズの大きい上着がかけられる。
顔をあげれば、優しい笑みをこぼしたハクリが、自分を見つめていた。
「確かに君の実力は半人前かもしれない。周りから見ればまだまだかもしれない…でもさ、人って努力をやめたらそこで終わりなんじゃないかな?俺は知らないけど、今見た限りじゃ君だって相当の努力をしてきたんだろう?今それを無駄にするのは、俺はその行為が無駄に見えるなぁ」
「………」
意外だった。
今まで誰にも言われたことのない言葉を…自分が一番かけて欲しかった言葉を…今日あったばかりの人が語ってくれた事が……。恥ずかしそうに頬をかく目の前の青年は、自分に優しい笑みを向けている。
……自然と頬が熱くなるのを感じた。
「まぁなんだ。俺が言えた口じゃあ無いけどさ。諦めずにやってみようよ。俺も、協力するからさ」
そう言いながら差し向けられた手。ユアは自然とその手を握っていた。
何故かは知らないが、鼓動が早くなる。
「…私、諦めません!」
何度失敗しても、何度くじけそうになっても諦めなかった。
それは、ユア自身も分からなかった強さで…ユアが持っている一つの強さなんだと。
ーー隊長のおかげで、初めて気づきましたーー




