Scene.02
定時に設定されているアラーム。この家を空けていた二日間もシッカリ機能していたのであろうそれは、今日も朝になったことを告げる。電子音を止めるために頭の上に手を伸ばす。昨日の雨で身体が相当冷えていた為か、単純なストレスからのダルさなのか、今はその両方だろう。二度寝しようにもどうにも落ち着けず眠れない。動こうにもダルさに負けて動きたくない、ジレンマに悶えていると唐突にチャイムが1LDKに響いた。何かを注文した覚えはない、というかこのマンションはオートロック式で荷物などの類は1階の大家さんの居る所に預けられるわけで。つまりこのマンションの住人の訪問という事になるが、顔は知っていても知人と呼べる人は2人程度だろう。一体何だろうか。重だるい身体、雨で湿って生乾きの服、さらに背中には大量の寝汗という最悪のコンディションの状態で起き上がりドアまで歩く。丁度ドアの前まで来たタイミングで再びドア前のチャイムがなり、もうここまで来ているのに少し急かされているようで苛立つ。冷たい手でドアノブを右に捻り華奢な身体で重いドアを押し開けた。今の私の状態を見ると誰しも驚愕の表情を浮かべるはずだった。
しかし、そこにあったのはピエタの様な微笑みにも嘆きにも似た、けれども優しい表情だった。
ふと視界の中で何かが落ちた気がして下を向く。その時無意識に手が前に出ていた。するとまたその手に何かが落ちた。そしてまた1滴、2滴とドンドン手の平のあちこちに小さな水溜りができていく。泣いているのだ。私は今泣いているのだ。無意識だったために理解するのに時間がかかった。上を向くと先程まで手のひらに水溜りを作っていた水源から今度は川のように頬を伝い顎の先端に流れていく。温かい川だ。私の表情はさぞ絶望、喪失感でグチャグチャに崩れているであろう。けれどもその表情は崩れる事なく私が落ち着くのを只々待っているようだった。何を思ったのか私はその表情で目の前に立っている女性の胸に顔をうずめ背中に手を回し、私は人生初人前で声を出しながら泣き続けた。その時もその女性は何も言わず私の頭を優しく包み込むように抱き締め、そして子供でもあやすかのように撫でてくれた…