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荒廃世界のワンダーワーカー  作者: 厨二好き/白米良
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第9話 漁り業


 視界を染め上げる白き閃光。


 一瞬、覚悟を決めたリオだったが……


「?」


 予想した轟音と衝撃がなく、咄嗟に顔を庇った両腕をゆっくり下げた。閃光は未だリオの顔に当たっているが、それが爆発の光でないことにようやく気が付く。


「減点だな。俺の住処だからといって少々気を抜きすぎじゃねぇか? 住人が死神に成り代わっている場合もあるだろうによ」

「し、師匠……脅かさないでくれよ」


 スっと下げられた光。それは入口に立つ中年の男――ジュウゴが持つマグライトの光だった。どうやら、手榴弾はブラフでリオを誤解させた光はマグライトだったらしい。冷静になれば、爆発の閃光とマグライトの光を間違えた挙句に硬直するなど酷い失態だ。


 呆れた表情を向けるジュウゴから顔を逸らして、羞恥を誤魔化すように頬を掻くリオ。二人の会話を聞いてダイキとレンもテーブルの後ろから顔を出す。


「ジュウゴ師匠。お久しぶりです~」

「どうも、師匠」


 苦笑いしながらも挨拶する二人に、やはりジュウゴは呆れた表情を向けた。


「お前等もだ。反応速度が化け物のリオを先頭にするのはいいがなぁ、殿を務めるならきっちり最後まで警戒しやがれ。本物の手榴弾だったらどうする気だ、ド阿呆」

「あはは……すみません」

「面目ない」


 素直に反省を示しつつも、バツ悪そうに顔を背けながら頭を掻くレン。ダイキは落ち込んだように眉を下げた。


「はぁ、前から言ってるだろが。お前等の弱点は、一度懐に入れた相手に対する警戒心が低すぎることだってよ。何でもかんでも疑えなんて言いはしねぇが、周囲の警戒くらいは絶対に怠るんじゃねぇ。世の中には絶対なんてありはしねぇんだからよぉ」

「「「はい……」」」


 今度こそ反省したように肩を下げるリオ達に、ジュウゴは、「あぁ~」と唸りながら頭を掻き毟った。これはジュウゴの癖で恥ずかしがっているときに出る。どうやら、説教が過ぎたと思ったようだ。


 ジュウゴは、所詮自分も貧民区で生きる底辺の人間だと思っているので、リオ達から師匠と呼ばれたり、あ~だこ~だと説教したりすると微妙に羞恥心に駆られるらしい。師匠呼びについては、何度言ってもリオ達が改めないのでもう諦めているが。


 それを誤魔化すように、ジュウゴはソファーに歩み寄るとドカッと腰を下ろし話題の転換を図った。


「それで、今日はどうした? 漁りか?」

「当たり。レンが美味そうな情報を仕入れたんで良かったら一緒にどうかな、と」


 リオがジュウゴの内心を察して直ぐに応答する。


「美味いならお前等だけで行けばいいじゃねぇか。さっきみたいな油断も外に出たらねぇだろう? もう、お前等に教えるようなことは何もねぇんだから……」

「仕込んでくれたお礼だよ」

「それこそいらねぇよ。むしろ、色々教えたことが俺からの礼じゃねぇか。礼に礼で返されたらエンドレスだろうが」


 ジュウゴが困ったような笑みを浮かべながら頭を掻く。


 彼は元々、第一級討伐団に所属して活躍していた経験と、その後、自らの意思で、交易死場でグリムリーパーのパーツ売買や武器の補修をメインとする商人に鞍替えし、交易死場でも一目置かれるほど成功を治めたという経験の両方を持っているという珍しい経歴の持ち主だ。普通は、どちらかの一流にしかなれるものではないし、そこから転落するときの結末は、大抵が死で結ばれる。


 故に、商売敵にはめられて死場を追い出され、そのまま貧民区で生き延びているという事実は、それ自体、珍しい経歴と言えた。


 そんな討伐者としても、商人としても一流レベルであったジュウゴであるから、たとえ貧民区に追放されたとはいえ、生き延びることはそれほど難しいことではなかった。


 ただ生き延びるだけなら、今までの経験が、自然と彼を生かしてくれるのだ。だが、やはり、転落人生というのは、今までの華々しさと、現在の苦しく惨めな生活と比較してしまうもので、否応なく心を腐らせるものだった。ジュウゴは、日に日に生きる気力を失っていった。


 貧民区から見える中央の夜景を廃ビルの屋上から眺めては、かつての栄光を想いながら、まだ生きているから生きているという惰性のような人生を送っていたのである。


 もっとも、いくら一流の経験が大量に蓄積されていたのだとしても、必死さが足りない生き方でずっと生き続けられるほど、この荒廃世界は甘くはない。死神の存在はヒタヒタとジュウゴに忍び寄っており、遂にその鎌が彼を切り裂いたのだ。


 グリムリーパーによる襲撃である。


 人間というのは不思議なもので、どれだけ生を諦めていても、いざ目の前に死を突きつけられると自然に、無意識に足掻くものだ。それはジュウゴも例外ではなく、彼はなけなしの手榴弾を使ってどうにかグリムリーパーから逃れることに成功した。


 だが、受けた傷は深く、治ったとしても後遺症は免れないことは明らかなほどの重傷だった。とてもではないが、これから先も漁り屋として生きていけるとは思えないほどだったのだ。


 意識が泥沼の底へと沈んでいく中、今度こそ生を諦めたジュウゴは……数日後、とある孤児院のベッドの上で目を覚ました。


 重傷を負ったジュウゴを、たまたま見かけたリオ達が孤児院に連れ帰り、アイリの癒しの異能まで使って救ったのである。


 目を覚ましたジュウゴは、孤児院の子供達に看病をされながら数日を過ごし愕然とした。


 この理不尽ばかりが溢れる時代に、見ず知らずの自分を助け甲斐甲斐しく癒してくれるその心根に。笑顔が絶えない子供達に。隣人を気遣う善意に。その善意に善意が返ってくるという非常識に。


 奇跡だと思った。


 この孤児院を中心とする貧民区の一角は、奇跡で出来ていると、本気でそう思ったのだ。


 後で知ったことだが、自分を癒した方法が“異能”という秘匿せねばならない方法だったと聞いた時は、異能の存在自体よりも、それを自分に使ってくれたという事実にこそ驚愕したものだ。


 ジュウゴは生きる気力を取り戻した。


 “貧民区に永久追放された”。ただそれだけのことで自暴自棄になっていた自分が酷く浅い人間のように思えて恥ずかしくなったのだ。人はどんな環境でも逞しく生きていけるのだと、困難も理不尽も笑い飛ばして前へ進んで行ける生き物なのだと教えられたのだ。


 それからというもの、ジュウゴは討伐者としての経験と、死場商人として培ったノウハウを最大限に利用して本気の【漁り屋】となった。


 そして、ぶっきらぼうではあるが何かと孤児院を気にかけつつ、恩返しとしてリオ達の頼みに応じて自分の技術や知識を教え込んだのである。


 “礼に礼で返されては……”というジュウゴの言葉は、つまりそういうことなのだ。


「それじゃあ手伝って貰いたいからってことで」

「それじゃあって何だ、それじゃあって……」


 困った表情のジュウゴに、レンとダイキが追撃をかける。


「いいじゃないですか、一緒に行きましょうよ」

「久しぶりだしな。たまにはいいと思う」

「あ~……わーったよ。行きゃあいいんだろう。ったく」


 再び、頭を掻くジュウゴ。照れているようだ。


 それを誤魔化すように勢いよくソファーから立ち上がったジュウゴは、必要な装備をパパッと整える。


 そして、


「おら、さっさと行くぞ! 案内しやがれ!」


 と、ぶっきらぼうに出発を促すのであった。





 中央区の南西、かつて仙台城跡があった近辺にリオ達はやって来た。


 レンが中央区の客から聞いた話では、その辺りで昼間に会ったあのウエスギ率いる討伐団【小さな巨人】が大量のワンコを仕留めたまま放置したらしい。というのも、ワンコを撃退して直ぐに対団級グリムリーパー――通称【轢き逃げ屋】と【カマ野郎】の群れに遭遇し、そちらの戦利品で十分だったからだそうだ。


 【轢き逃げ屋】というのは、サイ型のグリムリーパーをいう。その巨体と、突進によって並み居る障害をものともせず目標を轢殺することから、そのような俗称で呼ばれるようになった。【カマ野郎】は、カマキリ型のグリムリーパーのことだ。


「【小さな巨人】が戦闘したってんなら下手な場所でやるはずがねぇ。部隊を十全に活かせて、かつ、複数の退路を確保できる場所でやりあったはずだ。たとえ相手が最弱の死神であるワンコであってもな」


 森の木々に紛れながら周囲を探るジュウゴが、そっと呟いた。


 同じく、周囲に油断のない鋭い視線を巡らせていたリオが頷きながら答える。


「確かに。あいつらは車両移動が基本だから車道沿いだろうな」

「【轢き逃げ屋】とやりあったのは仙台城跡地の駐車場付近らしいですよ。ワンコの残骸は、それまでのどこかにあるんじゃないですかね」


 レンが同意するように続く。


 全員が頭の中に周辺マップを思い浮かべると、同時に頷いてスルスルと夜の森を車道目指して進み出した。


 しばらく進むと亀裂だらけの両端を森に囲まれた車道に出た。亀裂部分からは盛大に雑草が生えている。


 人数をいかせる大きな広場に出る方へ慎重に進んでいく。雲の隙間から月明かりが差し込み道路に対して保護色になっていたタイヤのスリップ痕があらわになる。近くによって確かめれば最近つけられたものだと分かった。


「……師匠」

「おう、見えてる」


 タイヤ痕を辿って行った先、少し開けた場所に残骸の山があった。森辺の木々に身を潜めながらリオが呼びかけるとジュウゴも頷く。視線を巡らせればレンとダイキも頷いた。


「ビンゴ。ワンコの山ですね」

「……だが、何故、一塊になっているんだ?」


 ダイキが疑問の声を上げて首を捻る。その言葉通り、狼型グリムリーパーの残骸は、何故か車道の端に山積みとなって一塊にされていた。


 【小さな巨人】の面々が、わざわざ手間暇かけて金にもならないことをするわけがない。リオ達の予想では車道全体に残骸が散らばっているはずだった。


「他の漁り屋に先を越された?」

「いや、リオ。ちゃんと見てみろ。かなり破壊されちゃあいるが使えそうなパーツが手付かずだ。漁り屋じゃねぇ」


 リオの推測をジュウゴがあっさりと却下する。確かに、遠目に見ても使えそうなパーツがごろごろしていた。正直、リオ達の目には宝の山に見える。誰かが漁りをする上で整理したとはとても思えなかった。


「不可解ではあるが逃す手もないだろう。警戒は当然、取り敢えず近くまで行ってみるか?」

「うん、師匠。要警戒ってことで進もう。もしかしたら、新人討伐者辺りが【小さな巨人】からおこぼれでも貰おうと付いて行ったのかもしれない」

「あ~、ありそうですね」

「……あるいは、あの直込みのワンコも、ここから持ってきたのかもしれないな」


 互いに意見を出し合い、結局、リオを先頭に残骸の山へと接近する。


 近くに来て確認してみれば、狼型グリムリーパーの残骸の数はざっと三十体といったところ。どれも大口径のライフルで打ち抜かれ風穴を空けている。


「……なんだこりゃ?」


 グリムリーパーの機能停止を確認しつつ、残骸の山を崩していたジュウゴが困惑したような声を上げた。


「師匠?」


 リオが訝しげジュウゴを見る。ジュウゴは、グリムリーパーから視線を逸らさないまま呟くように口を開いた。


「気がつかねぇか? こいつら全部、頭部と胸部だけ解体されてやがる。中のCPUと動力炉だけ持って行かれていやがるんだ」

「……」


 ジュウゴの言葉に、リオ達も困惑気味に残骸を見始めた。


 それも無理はない。CPUや動力炉はブラクボックスなので、現代の技術力では扱えない為にゴミ扱いなのだ。一部の好事家などが集めていたりするが、それでもワンコのCPUなど珍しくもない。他の有益なパーツを無視して、わざわざ回収するなど普通は考えられない。


「なんだか、嫌な感じだな。……師匠、ダイキ、レン。さっさと解体して撤収しよう」


 もちろん異論はない。得体の知れない不気味な風がぬるりと肌を撫でている気がして、表情を強ばらせながら全員で素早く解体に取り組んだ。


 しばらくの間、言葉もなく黙々と解体する。リオ達の解体速度は相変わらず驚異的ではあるが、師匠であるジュウゴはそれを凌駕する速度だ。この辺りは経験の差だろう。一つ一つの動作が実に合理的で洗練されている。


 ものの三十分。


 それだけの時間で、瞬く間に十五体のワンコが綺麗に解体されてしまった。しかも、売却値段の高い順に綺麗に仕分けられて。死場商人――その中でもグリムリーパーの解体関係を専門にしていた男とその弟子達の本領発揮である。


「本当に手付かずだったな。……半分は一撃で仕留めているから、これはいい値段がつきそうだ」

「昨日の分は補填できそうだな」


 状況の不気味さは以前感じるものの、流石に纏まった金が入ることに喜びを隠せないリオ。普段、余り表情の変わらないダイキすら薄らと口元を綻ばせている。


「でも、全部は持っていけませんよ。運搬車が一台でもあれば全然違うんですけど……もったいないですねぇ~」


 レンが値段の高い順にパーツを麻袋に詰め込みながら眉根を下げる。


「近くの地面にでも埋めておくか。バレるかも知れねぇが、運がよければまた明日にでも回収できんだろ」


 さっさと自分の麻袋にパーツを詰め込んだジュウゴが、破損していない上に弾薬が残っている内蔵型ライフルの調子を確かめながらそう提案した。


 貧乏人に、金に関することで「まぁ少しくらい構わないか」という考えはない。満場一致で近くの森の中に残りのパーツを埋めることにした。


 麻袋を背負いつつ、持てるだけ持って森の中へ戻ろうとリオ達が立ち上がる。


 と、そのとき、


「ん? ……誰だ?」


 車道の奥。今の今まで気が付かなかったが、三十メートルほど離れた場所に人影がポツンと佇んでいた。


 ちょうど雲の向こう側へ月が隠れていたために明かりが乏しかったとは言え、警戒を怠っていなかったリオ達どころか、経験豊富なジュウゴまでまるで気がつかなかったことは異常と言える。


 再び、雲の切れ目から月明かりが顔を覗かせる。


 その冴え冴えとした光が照らし出したのは、全身黒尽くめの戦闘服に、複数の、それも最高グレードの銃火器を装備したフルフェイス型ヘルメットを被った男。顔は見えないが体格から判断すると男だろう。


 ライフルを構えているわけではなく、両手はだらんと下げられたままだったが醸し出す雰囲気が何とも無機質で人間味を感じさせず、微動だにしないことから不気味なことこの上ない。


 先程まで感じていた不気味さが、まるで形を取って顕現したかのようだ。


「え~と、討伐者か、ですか? もしかして、このワンコを狙っていたとか?」


 リオが途中で敬語に変えながら声に緊張を滲ませつつ尋ねる。


 銃火器をフル装備できるのは金を持っている討伐者くらいだ。まして、その武器類のグレードが高ければ高いほど凄腕の強者ということになる。そんな相手がワンコの残骸に用事があるとは思えなかったが、リオ達を観察するように対峙している以上警戒しないわけにはいかない。


 まして、リオ達は貧民区の人間。討伐者の中には、と言うより中央区の人間は、意味もなく貧民区の人間を蔑みいたぶることもある。外人と呼ばれるように、人としての扱いをしないのだ。


 何より、昼間に聞いた仙台エリアで起きている異変が脳裏を過る。アキナガに話を聞いていたときにも感じた背筋を虫が這い回るような悪寒を感じる。


 リオ達は相手の出方を伺う。しかし、フルフェイスヘルメットの男はリオの呼びかけに全く答える気配がない。やはり、どこか人間味にかける。それが一層、不気味さを増幅させていた。夜風が更に生温くなったような気がする。


 傍らでゴクリと生唾を飲み込む音が響いた。レンか、ダイキか。それともジュウゴか。彼等の脳裏にも失踪事件のことが過ぎっているのかもしれない。


 リオの視線は、野生の獣が警戒心をあらわにするが如く、男から全く逸らされない。ジュウゴは、さりげなくリオ達を庇える位置にすり足で移動している。いざというときは、その身を盾にするつもりなのかもしれない。


 と、そのとき、おもむろにフルフェイスヘルメットの男が片手を上げた。


「ッ――」


 場に緊張が奔る。リオ達は、いつでも素早く森の中へ逃げ込めるように麻袋を地面に落とす。金は大切だが命あっての物種だ。


 だが、どちらにしろ既に退路は断たれていたらしい。


 それを証明するように周囲の森がにわかにざわつき、直後、


「なっ」

「くそったれ……」

「やばい、ねぇ」

「……」


 リオ達の周囲を囲むように、全く同じ姿の武装集団が姿を現した。


お読みいただきありがとうございます。


次話の更新は、明日の18時の予定です。

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