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荒廃世界のワンダーワーカー  作者: 厨二好き/白米良
7/26

第7話 貧民区の日常 後編


 太陽も中天を回り日差しが最も強くなる頃、リオ達はようやく目的地に到着した。


 道中、先の子供だけでなく老人や動物の死体が放置されているのを発見したり、既に食い散らかされた後と思しき人間の手足の一部が視界に入ったりもした。それだけでなく、飢えた獣の如くギラついた眼差しでリオ達を凝視する中年の男達に囲まれそうにもなったりした。


 前者については、ちょうど西貧民区とアキナガのいる北貧民区の一部との中間辺りの場所で危険度も高く、そんな場所に複数人の子供を連れている状態でいるべきではないと判断し、彼等の冥福を祈りつつ通り過ぎた。


 後者については、リオが見せびらかすように所持していたリボルバー式拳銃により追い払った。


 これは、“漁り稼業”の過程において、そのノウハウを教えてくれたリオの師匠的存在から譲り受けたものだ。劣悪な性能だし、弾丸も二発しか入っていないが威嚇にはなる。そもそも貧民区の人間がまともな銃火器を所持していることの方が珍しいので、文句は贅沢というものだろう。


 子供達は久しぶりに安全圏(絶対とは到底言えないが)から出て、ありふれていながら残酷で非情な現実に直面したことで少し疲れたような表情をしていた。


 それでも、ちらほらと顔見知りが増え、言葉を交わさないまでもほろりと緩んだ表情で会釈程度のことはし合えるので緊張は大分取れたようだ。


 そんな一行の視線の先に、廃墟の街中には少々似つか儂くない雑木林が見えてきた。その木々の向こう側には廃墟然とはしているもののある程度手入れされていることが見て取れる六階建ての建物がある。


 かつて大学の施設の一つだった場所で、そこが周辺施設と合わせてアキナガと彼を中心に身を寄せ合っている人々の居住区となっている。百人にも届かない程度だが、おそらく、貧民区においては最も大きな集まりだろう。小さな村と言ってもいいかもしれない。


「あらまぁ、サクラさんのところの子達じゃない。アキナガさんに会いに来たのかい?」


 雑木林のあぜ道をぞろぞろと進んでいると、不意に声がかけられた。視線を向ければ、そこには四十代くらいの細身の女性がおり、両手一杯に薪を持ちながら目を丸くしている姿があった。


「ハナさん、こんにちは。奇跡的に休みを貰えたもんだから、顔見せしに来たんだ。たまにはちびっ子達も色々見て回った方がいいしな」

「こんにちは、ハナさん。お久しぶりです。その後、具合はいかがですか?」


 リオとアイリが挨拶をすると子供達も揃って元気に挨拶をする。良好な人間関係は挨拶から。サクラやアイリの教育の賜物だ。


 そんな子供達に思わずといった様子で頬を綻ばせるハナと呼ばれた女性は、子供達に挨拶を返した後、アイリに答える。


「なんともないよ。アイリちゃんのおかげでね。メイもおかげさまだよ。あの子も会いたがってたんだけどねぇ。あたしが会えたと言ったら悔しがりそうだ」


 あっはっはと快活に笑うハナ。


 彼女は、娘のメイと共に【生産農場】で働く貧民区の住人だ。かつて、グリムリーパーと討伐者達との戦いに巻き込まれ母娘共々酷い怪我を負った際に、同じく農場で働くカンナに助けられてアイリのもとに駆け込み、治癒の異能を以て命を繋ぎ止めた経験があるのである。


「それは良かったです。私も久しぶりにメイと会いたいのですけど……帰ってくるのは日が沈んでからだろうから無理そうですね。ハナさんは夜勤だったのですか?」

「ああ、そうだよ。今日は夜から入って仕訳作業して、そのまま明日の日勤だよ。全く、中央の連中はあたしらをグリムリーパーか何かと勘違いしてんじゃないかねぇ。機械じゃないんだから、そんなに働けるかってんだ。まぁ、文句言っても始まらないんだけどね」


 “せめて人間扱いくらいはして欲しいもんだ”と苦笑いしながら肩を竦めるハナに、リオは苦笑いを返しつつ、ハナが抱えている枯れ木の束に視線を向けながら口を開いた。


「それなら、今の内にしっかり休んでおいた方がいいだろう。なんで、バリバリ働いているんだよ」

「ん? これかい? いや、自家製の芋がね、いい感じに収穫できたから焼き芋にしようって話になってね。皆で準備してるのに、あたしだけのんびりゴロゴロして食べる時だけ参加なんて気が引けるじゃないのさ。そしたらせっかくの焼き芋も味が落ちちまうだろう? 要は、労働という名の調味料の調達だよ」

「あぁ、なるほど……」


 納得顔で頷くリオ。その傍らでヒナ達がそわそ儂ている。焼き芋と聞いて腹の虫が騒ぎ出したようだ。


 リオ達の住んでいる西貧民区からここまで約六キロメートルの距離がある。いくら荒んだ世界故に子供とて運動不足などということはないとはいえ、年齢一桁の子供、それも瓦礫と危険に溢れた道中は多くの疲労を蓄積させる。当然、お腹の虫は「栄養をよこせ!」と盛大にがなり立てるのだ。


 そんな子供達の様子にしっかりと気が付いたハナは、くすりと笑みを零しながら「あんた達も食べていきな」と誘いの言葉をかけた。


 リオやアイリは遠慮の姿勢を見せたものの、ハナはそれを一蹴する。この居住区でリオ達を蔑ろにする者はいない、今があるのはリオ達のおかげなのだから遠慮などさせない、と。


 実際、この居住区はアキナガが纏めているものの、そのアキナガに纏める気にさせたのはリオ達だ。それにアイリの治療やお裾分けなど見返りを求めない善意を何度も受けたり、子供達の屈託のない笑顔や明るさに救われた者は多い。


 ここの住人にとってリオ達孤児院の子供達は、とても大切な存在なのである。


 あまり固辞するとハナのお叱りが飛んできそうなので、リオとアイリは厚意を受けることにした。ヒナ達が疲れを感じさせないぴょんぴょん飛びで嬉しさを精一杯表現する。


 その様子に微笑ましげに頬を緩めるハナは、しかし、何か思い出したように「あっ」と声を上げると僅かに眉根を寄せた。


 リオが訝しみながら尋ねる。


「ハナさん? どうしたんだ?」

「う~ん、それがね。今、ちょっと来客中なんだよね。……討伐者の連中だよ」


 ハナの言葉に、リオ達はギョッとしたような表情になった。貧民区に討伐者が集団でやって来るなど、大抵は碌なことではない。


「それは……ハナさんが落ち着いてるってことは襲撃じゃないんだよな?」

「そうだね。どうもアキナガさんに聞きたいことがあって来たみたいだよ。アキナガさんは元凄腕の討伐者だし、貧民区の中でも顔が広いからね」

「だが、討伐者が求める情報なんて中央でいくらでも手に入るだろう。わざわざアキナガさんのところに来るなんて……貧民区の“何か”に関する情報が欲しいのか?」


 リオは自分の推測に嫌なものを感じながら、その視線を傍らのアイリに移した。アキナガも知っている貧民区における公然の秘密に。


 それでアイリもリオと同じ推測に至ったようで僅かに表情を強ばらせた。もしかすると、自分の異能がばれて探しに来たのではないか、と。中央の連中に怪我を癒せる異能を持つ者がいるとばれた場合、碌なことにならないのは容易に想像できる。


 その辺りのことをリオ達の表情から察したハナは安心させるように力強い口調で口を開いた。


「安心しな。たとえそうでもアキナガさんが話すわけないし、私等だって絶対に漏らしたりしないよ。アイリちゃんだけじゃなくて、あんた達孤児院の子等は、皆あたしらの宝なんだからね」

「あはは、わかってるよ、ハナさん。そのことで疑ったことなんて一度もないって」


 ハナの言葉に照れくさそうにそう言うリオ。アイリもほわりと微笑みながら頷く。そこには嘘偽りない本音があらわれていた。


 こんな荒んだ時代に、信頼には信頼を、好意には好意を以て返すということを自然体で出来てしまうリオ達にハナは心配半分、嬉しさ半分の複雑な表情を見せた。


「全く、あんた達は……まぁ、そんなだから私等も放っておけないんだけどねぇ。おっと、ごめんよ。話が長くなるのはおばさんの悪い癖だね。子供達も休ませて上げなくちゃ。また長い道を帰らなきゃならないんだものね」


 話している途中でミナトのお腹が盛大に抗議の声を上げ、ハナは快活に笑いながら建物の方へ歩き出した。子供達も立ちっぱなしがそろそろ辛くなってきたことと、焼き芋が楽しみなようでトテトテとハナの後ろをカルガモの雛のように付いて行く。


「おいおい、兄と姉より焼き芋かよ」

「ふふふ、しょうがないわ。皆、一生懸命歩いて来たんだものね」


 リオが困ったような表情で頭を掻けば、アイリは微笑ましそうに目元を緩める。反応は異なるものの、二人に共通しているのはその瞳に慈愛の色を宿していること。


「……あんた達、本当に年齢を偽ってないだろうね。いつも思うけど、十代半ばが浮かべる表情じゃないよ。まるで長年連れ添った夫婦が孫を見ているみたいじゃないか」

「えっ。や、やだ、もう、ハナさんたら。私と兄さんがこれ以上ないくらいお似合いの熟年夫婦のようだなんて……私達、兄妹なんですよ?」

「いや、誰もそこまで言ってな――」

「で、でも、そう見えるなら仕方ないですね。うふふ……兄さんと夫婦。夫で妻……ふふふ」

「ああ、うん。アイリちゃんが幸せなら、おばさんはもう何でもいいよ」


 リンゴの如く真っ赤に染まった両頬に手を当ててイヤンイヤンするアイリに、ハナだけでなくヒナ達まで生暖かい眼差しを送る。隣のリオはアイリの奇行にキョトンとしている。ただの冗談に何をそこまで反応する必要があるのかと、そう思っている表情だ。そっちには呆れの視線が飛んだ。


 建物に近づくと、正面玄関の方に高機動装甲車が数台停まっているのが見えた。並みの討伐者では揃えられないくらい高品質の装甲車である。ご丁寧に改造された後部には重機関銃まで装備されている。


(……一流の装備だ。第一級の討伐者が、顔が広いとはいえ貧民区の住人であるアキナガさんに、いったいなんの用事なんだ……)


 内心で疑問を呟くリオ。しかし、わざわざ首を突っ込んで目をつけられるのも馬鹿らしいので頭を振って視線を逸らした。


 アキナガは酸いも甘いも噛み分けた男だ。たとえ、中央から完全追放を受けて入ることすらままならないのだとしても、その手腕が死んだわけではない。相手が現役の討伐者であっても純粋な戦闘以外で遅れをとることはない。その点、リオは確信しているのである。


 リオ達が建物の裏手に回ると、そこには十数人程の住人の姿があった。孤児院の子供達と同い年くらいの子達の他は、かなり年配で体のどこかに酷い傷を抱えた者達ばかりだ。


 彼等は、怪我の後遺症によりまともに中央で働くことが出来ないため徴用されることもなく、代わりに居住区の周囲で自家製の作物を育てたり、“漁り”をしたりして日々の生活を支えている者達でもある。


 相手の子供達はいち早くヒナ達の存在に気が付くと喜色を浮かべて手をブンブンと振り始めた。ヒナ達も久しぶりに会う友達にぴょんぴょんと跳ねながら駆け寄っていく。大人達も孤児院の子供達の姿に気が付いて表情を綻ばせた。


 アイリが、かつて治療した彼等の体調を気遣い、ハナが持ってきた薪に火をつける作業をリオが手伝い、子供達は立派に育ったサツマイモをキャッキャッと騒ぎながら洗う。


 そうして、いざ焼き芋を投入しようかというそのとき、おもむろに裏口の扉が開いた。他の住人がやって来たのかと視線を転じた面々は、現れた相手を見て表情を強ばらせる。


「……」


 その相手は大きかった。ダイキすら越える二メートル近い身長に、分厚い胸板。手足も丸太のように太く逞しい。機能性が高そうな灰色の戦闘服にタクティカルベストを羽織り、肩紐で吊るしたライフルやハンドガン、それに手榴弾やナイフなどを装備している。


 皺と傷に彩られた威厳を感じさせる四十代半ばくらいの容姿。その瞳は冬の湖を思わせる冷たさと静かさを宿しており、口元は寡黙そうな見た目を示すように真一文字に引き結ばれていた。


 明らかにアキナガを訪ねて来た討伐者だ。それもおそらくリーダーだろう。装甲車と装備を見た瞬間に並みの討伐者ではないとリオは予想していたが、その予想すら上回る“強者”のようだった。


 巨躯の男は黙ったまま静かに視線を巡らせる。敵意や悪意の色は見られない。それでも、自然と子供だけでなく大人達の身も強ばった。


 それは、彼が裏口から出てきたことも理由の一つだろう。アキナガとの話が終わったのなら普通に正面玄関から出て帰ればいいのだ。まさか素で道を間違えて小さな裏口に出てしまったなどという間抜けな間違いを犯したわけではないだろう。


 だとすれば、明確に目的を持ってこの場に来たのだ。それを察することの出来ない者はこの場にいない。アキナガが上手くやってくれると確信していたので、討伐者のことは頭の隅に追いやっていたリオ達にとっては少しばかり不意打ちだった。


「……綺麗なものだな」


 男が、自身の登場により凍りついていた空気を自身の言葉で打ち壊す。低めの、腹の奥に響くような声音に、子供達は言葉の意味に疑問を持つ余裕もなくビクリと体を震わせる。


「出口は向こう側ですよ」


 誰もが硬直したまま彫像となっている中、スッと自然な動作で子供達の正面に移動し、男の視線を遮ったリオが口を開いた。


 その物言いが、まるで「さっさと帰れ」と言っているようで、少し表情を引き攣らせたアイリが小声で「兄さんっ」と窘めの言葉を送る。


 巨躯の男はリオに向けた目をスッと細めた。まるで何かを見極めようとしているかのような眼差しだ。真っ直ぐに正面から視線を合わせ無言のまま睨み合いにも見える視線を交わす二人。


「……お前は特に綺麗だな」

「すみません、意味が分からないんですが。というか、鳥肌が立つんですが」

「とても貧民区の人間とは思えん」

「あの、話聞いてます?」

「始まりは……お前なのか?」

「……貧民にも分かる言語で喋って貰えませんか?」


 意味不明な男の言葉にリオの表情が引き攣る。その隣で、いつの間にか傍に寄って来ていたアイリが「兄さんっ、言い方が雑よ!」と耳を引っ張って自重を促す。


 内心ではアイリも、「この人、まさか男の人に興味が? 兄さんのお尻が狙われているのかしら!?」と戦慄を感じていたりしたのだが、中央の人間相手には合わせて受け流す方法がベストなので表情には出さない。


「ウエスギ殿、子供達が怯えておる。そのくらいにしてくれんかな?」


 緊張感がピンと張った糸のように張り詰める中、不意に男の背後から深みのある声音が響いた。


 男――ウエスギが振り返れば、そこにはたっぷりの白髪と白ひげを生やした老人の姿があった。もっとも、老人と言えどその体は衰え知らずかと思うほど逞しいものだ。ウエスギほどの巨躯ではないが、それでも大柄な体は筋肉の鎧で覆われている。


 そして、ウエスギ以上に深い皺と傷に塗れた顔は、怖さよりも深い歴史とそれに裏打ちされた経験を感じさせる。何より特徴的なのは金属製の右足だろう。スポーツ選手が付ける義足のように、平べったく曲線を描いた金属の板がそのまま露出している。


「アキナガ……」


 ウエスギが呟いた。


 そう、この老人こそ、貧民区の纏め役にして相談役であるアキナガなのだ。ウエスギを上回る威厳を湛えた眼差しがジッとウエスギを見つめている。


「お仲間はとっくに車へ乗り込んどるぞ?」


 アキナガが更に促す。ウエスギは感情の見えない眼差しで、リオにそうしたようにアキナガを少し見つめた後、くるりと踵を返した。建物を迂回して正面を回るつもりなのだろう。住民達が見つめる中、その巨躯が建物の角の向こう側へ消えようとする。


 が、その直前、ふと立ち止まると肩越しに振り返りながらリオに鋭い視線を向けつつ口を開いた。


「……お前、名は?」


 なぜ苗字を持つほどの討伐者が一介の貧民の名を知りたがるのか。リオは困惑するものの無視するわけにもいかず返答した。


「………………リオ」

「リオ……覚えておく」


 それだけ言うと今度こそウエスギは姿を消した。しばらくすると正面玄関の方から装甲車のエンジン音と走り去る音が聞こえ、それが遠ざかっていくのが分かった。


 そこでようやく、住人達も孤児院の子供達も緊張を解いてホッと安堵の息を吐いた。


「なんだったんだ……」


 終始、要領を得ないウエスギの言動にリオが困惑を隠さずポツリと呟く。


「奴のことはよく分からん。だが、意味のないことはせんよ。何せ、この仙台エリアで最も力ある男だ」

「アキナガさん……それって」

「うむ。奴こそ、仙台エリア最大の第一級討伐団“小さな巨人”のリーダー、ウエスギだ。本来は、自らこんな場所に来るような奴ではないのだがな」

「っ、あれが最高戦力を束ねる男……」


 第一級討伐団【小さな巨人】とは、仙台エリア最大規模の第一級討伐者集団のことである。構成人数約六百人。仙台エリアの正確な人口は誰も把握していないが、推定十万人に届くか届かないかというくらいなので如何に多いかが分かるだろう。


 ちなみに、討伐者は構成人数によって【討伐部隊】と【討伐団】というように呼び分けられることがある。そして、その実力によっても集団として、あるいは個人の実力として最高評価の【第一級】から最低評価の【第五級】に分けられるのだ。評価しているのは主に【交易死場】の商人達で、明確な基準があるわけではない。部隊の規模と過去の実績から自然と呼ばれるのである。


 リオが驚愕と納得を綯い交ぜにした表情となる。まさかこんなところで、ある意味、貧民にとっては天上人とも言える男に遭遇するとは思わなかったのだ。


 そうなると当然気なるのは何の用でアキナガを訪ねて来たのかということ。リオが視線に疑問を乗せてアキナガを見やる。


「焦るでない、リオ。落ち着きがないのはお前の悪いところだ。きちんと説明してやるから、ますは子供達に挨拶くらいさせんか」

「あ、ああ、悪い、アキナガさん」


 年長者からのお説教にバツ悪そうな表情になって視線を逸らすリオ。


 気を取り直して子供達を呼ぶ。子供達やアイリからの挨拶、サクラからの伝言とお裾分けに、アキナガは好々爺とした表情を見せた。


 やがて、ウエスギの登場により中断していた焼き芋が再開され、仕事に出ている者達の分を保存しつつホクホクと舌鼓を打つ。旧世界では、焼き芋の季節は秋の終わりから冬場が本番だろうが現在そんな慣習はない。


 それでもそろそろ秋に差し掛かかり涼しくなってきた今の時期に食べる焼き芋は格別おいしいものだった。それはとろんと蕩けた表情で焼き芋にかぶりつく子供達の表情が如実に証明していた。


 腹の虫も落ち着き、子供達は子供達同士で友好を深め合い始めた頃、遂にアキナガがウエスギを訪ねてきた理由を話し始めた。


「さて、ウエスギが訪ねてきた理由だが……どうやら最近、この仙台エリアに異常事態が起きているようでな、それに関することだった」

「異常事態?」


 不穏な言葉にアキナガの正面に座るリオとアイリは顔を見合わせる。もしかしたらアイリの異能のことかと思っていたのだが、アキナガの口ぶりからするとどうも別件のようだ。


「うむ。実は少し前から儂の元にも風の噂に聞こえていたのだがな、どうも行方不明者が相次いでいるらしい」

「それは……グリムリーパーに襲われたとかではなく?」

「そのようだ。貧民区か中央区かに関係なく、ある日突然人が消えて、それっきり行方が分からんらしい。貧民区で人が消えるのは珍しいことではないからな。儂もそれほど気にしておらんかったのだが……ウエスギ曰く、名のある討伐者や商人、小さな巨人のメンバーも何人か消えてしまったらしいのだ」


 貧民区の人間は、その過酷な環境や境遇から忽然と姿を消すことはままある。大抵は、グリムリーパーに襲われたか中央の人間に殺されたか捕まって売られたか、あるいは現実に耐えられなくなってどこかで自殺したとか、単純に食料を求めて彷徨った挙句、人目につかない場所で野垂れ死んだとか、そういう理由だ。


 しかし、それが中央の人間、それも名のある者達や最大戦力の討伐団団員となると不審も募ってくる。ウエスギが情報を求めてわざわざ自らアキナガの元を訪れたということは、既にありきたりな理由で済ませられるレベルではなくなって来ているのかもしれない。


「アキナガさん。消えてしまった方々に共通する点はあるのでしょうか?」

「良い質問だ、アイリ。確認されている者達だけだが、いずれも二十代を越えてはおらん。若い人間だけが消えておる。もっとも、中央の人間についてはその限りではないようでな、年齢が上の人間は、大抵は腕のある討伐者のようだ」

「そう、ですか……」


 アイリの表情に憂いが宿る。子供達のことが心配なのだろう。自分も十四歳の子供だという事実はすっかり彼方へと飛んでいってしまったらしい。


「ウエスギは儂に貧民区での被害の状況と何か情報はないか尋ねてきたのだがな、それは建前で、どうも最初は貧民区の人間が中央の人間を襲撃しているのではないかと疑っていたようだ。貧民区の人間には装備的にも精神的にもそんなこと出来るはずがないのだが……奴としては未だ疑いは晴れずといったところか」

「それで裏口から俺達の様子を見に来たのか。怪しいところはないかって」

「だろうな。結果、何やらお前さんは目をつけられたようだが?」

「い、いや、俺は何もしてないんだけど……」


 アキナガから呆れたような眼差しを向けられ、リオは視線を泳がせる。


「傍から見たら十分喧嘩腰だったわ。見ていて冷や冷やしたもの。兄さんはどうしてそうなのかしら。兄さんだけでなく、他の人達にも危険が及ぶかもしれないのよ? 大体、兄さんは――」

「ス、ストップ、ストップ! お説教は勘弁してくれ。反省するから」

「本当かしら? 兄さん、反省というのは自らを省みて次からは改めることをいうのよ? 何度言っても改めないのは反省とは言わないわ。……なにかあってからじゃ遅いのよ? 兄さんがいなくなったりしたら、私……」

「いや、ホント反省します! だからそんな泣きそうな表情しないでくれ。皆の視線が突き刺さってくるし、何より物凄く居た堪れないから!」


 話している内に不安がこみ上げたのか涙目になるアイリに、リオは慌てた様子で必死に宥めにかかった。そんなリオの服の裾をギュッと握り締め、潤む瞳で上目遣いに見つめてくるアイリの姿にはいろんな意味で心にくる。


 しかも、アイリの癖――無意識の内に、自然とリオとの距離が近くなるぅ――が発動して、既に二人の距離は息がかかるほど近い。


 さもすれば、このまま兄妹で背徳の世界に踏み込むのではと思わせる雰囲気すら感じる。心なし、空気の色が桃色に色づいているようで、流石に居た堪れなくなったアキナガがゴホンッと盛大に咳払いをして甘ったるい空気を払拭した。流石、元第一級討伐者だ。


「あはは、相変わらずリオはアイリちゃんには敵わないねぇ」

「っていうか既に尻に敷かれてんのな。しっかりしろよ、リオ!」

「アイリを泣かしてんじゃねぇぞぉ!」

「涙目のアイリちゃん……ハァハァ」


 ハナを筆頭に生暖かく様子を見ていていた大人達がリオに野次を飛ばす。一人、不穏なことを言っている奴がいたが、そいつは後で締めなければならないだろう。


「う、うっさいな! 俺だって泣かしたいわけじゃないし、欠点を治そうともしてんだよぉ」

「いやぁ、でもリオだしな」

「そうだな。無茶、無謀、無鉄砲こそがリオだしなぁ」

「まぁ、あと十年もしたら落ち着くんじゃないか? 子供でも作ったら自然と落ち着くだろう。相手は既にいるわけだしな」

「うらやましい奴だ。もげろ」

「グリムリーパーの群れに突撃してこい」

「むしろ、今すぐウエスギを追いかけて喧嘩売って来い」


 好き放題言う住民(主に男達)。リオが額に青筋を浮かべ、肩をぷるぷると震わせる。傍らのアイリが、顔に紅葉を散らして「こ、子供、兄さんとの子供……」と呟きながら若干トリップ――というより年齢に似合わない可憐極まる女の顔していることにも気が付いていない。


 全員ド突き回したいリオだったが、彼等の表情が一様に温かいものなのでグッと堪える。彼等の暴言もリオに対する親しみから来るものだ。どん底にいた彼等に生きる活力を与えたのは、見返りを求めず手を差し伸べたリオであり、その傷を癒したアイリであり、心に光を灯してくれた子供達なのだ。


 この場にいる彼等だけでなく、アキナガのもとに集う人々は総じてリオ達に対し多大な感謝の念と親愛の感情を抱いているのである。なので、大体こんな調子で遠慮なくリオをいじったりする。きっと愛情の裏返しというやつだ。


「さて、話はまだ途中だ。痴話喧嘩はそれくらいにしておけ」

「いや、アキナガさん。別に痴話喧嘩ってわけじゃ――」

「実は数日前に、エリカが訪ねて来てな」

「この爺、素で流しやがった……」


 アキナガの恨みがましい視線を向けるものの柳に風と受け流されたリオは嘆息しながら話を聞く。


「ホウジョウ――儂の友人で、歴史研究が趣味の変わった奴なんだが、そいつを紹介してくれと言ってきおった」

「歴史研究? 遺物の収集家か?」

「うむ。儂と同じ元第一級討伐者だった。今は引退して中央の屋敷で旧世界の歴史や神話関係の研究に没頭しておる」

「へぇ。でも何でエリカさんがその人を?」


 リオの脳裏に、長いウェーブのかかった黒髪をなびかせる妖艶な美女の姿が過る。エリカという名の彼女はリオの知り合いの情報屋だ。普段は娼館などで働いているが、それも情報収集のため。レンの師匠的存在と言える人だ。仕事上のトラブルで大ピンチだったところをリオが助けて以来の付き合いとなる。


「なんでも最近の異変に関することで、実在しない生き物について知りたかったらしいな。まだ調査中故に詳しいことは話さなんだが……おそらく今回の件で何か情報を掴んだのだろう。いつになく深刻な雰囲気だった」

「流石エリカさんだ。小さな巨人より早く情報を掴んでいるなんて」

「馬鹿者。注目すべきはそこではなかろう。儂はエリカが深刻な雰囲気だった(・・・・・・・・・)と言ったのだぞ? 刹那的で享楽的なあいつが、唯一本気なるものが何かわからんわけではあるまい」


 呑気な発言をするリオを叱るように視線を鋭くするアキナガ。リオは僅かな間、意味が分からないといった表情を浮かべたが直ぐに察し、表情を強ばらせる。それは隣のアイリも同じだったようでリオより先に口を開いた。


「私達、孤児院の子達に関すること、ですね。エリカさんは私達を大切に思ってくれているから……」

「だけど……ちょっと待ってくれ、アキナガさん。エリカさんが今回の集団失踪の件で情報を掴んで、それで真剣だったってことは……」

「あくまで推測の段階に過ぎん。エリカもまだ噂の信憑性を確認する段階のようだしな。今日、明日にでも何らかの情報を持ち帰ってくるだろう。おそらくエリカの方からお前達の方へ行くはずだ」


 もしかしたら今回の異変が自分達と関係するかもしれない。その可能性を示されたことでリオ達は言い様のない悪寒が背筋を這う感覚を覚えた。まるで目に見えない脅威が気配を押し殺しながら這い寄ってきているかのようだ。


「リオ、アイリ。気を付けよ。理不尽は生きる者にとっての隣人だ。それも極めて質の悪い、な。逃れることは出来ん。だが、対処はできる。難しいが、心構え一つでも随分と違うものだ。ゆめゆめ油断するなよ」

「分かってるよ、アキナガさん。ありがとう」

「ありがとうございます、アキナガさん」


 アキナガの忠告にリオとアイリは真剣な表情で頷いた。


 その後、余り暗くならない内にとアキナガのところを出て帰宅の途についたリオ達。帰りの道でも行きと同じく度々理不尽の残滓を目にする。彼等は過酷な生存競争に敗れて未来への道を閉ざされた者達だが、それでもこの荒廃した世界に存在した欠片は残る。たとえ、数ヶ月もすれば消えてしまう儚い残滓だとしても、生きて、死んだのだという証が残るのだ。


 では、何も残らなかった失踪者達は、いったいどこへ消えてしまったのだろうか。リオは、亡骸の一部を横目に不可解で不気味な今回の異変について考えを巡らせていた。


 そんなリオへ、アイリが声をかけた。


「兄さん、今夜の“漁り”は止めた方がいいんじゃないかしら」

「……確かに、さっきの話を聞いた後じゃあ何となく気が引けるけど……行くよ」

「でも……」

「レン曰く、結構な稼ぎになりそうなんだ。もう二ヶ月もすれば一気に冷え込んでくる。なるべく備えはしておきたい。それに師匠にも今回の件は伝えておきたい。もしかしたら何か情報も持っているかもしれないし」


 アイリは心配そうな表情でリオを見つめる。リオは、そんなアイリにニッと笑みを向けた。


「大丈夫だ。余り遅くならないようにするし、どっちにしろエリカさんが何か知らせてくれるまではどうしようもない。貧民区の人間が“危険かもしれない”程度のことで身動きとれなくなったら、それこそ生きていけないだろう?」

「……それはそうだけど。はぁ、分かったわ。くれぐれも気をつけてね」

「分かってる。あんまりアイリを泣かせていると本当にアキナガさんとことの連中に襲われかねないしな」

「もうっ、茶化さないで。……私は、兄さんが無事に帰って来てくれるなら、いくらだって泣かされていいわ」

「アイリ……」


 可愛い妹の献身的な言葉と気持ちに、リオは愛しそうに目を細めながらそっと手を伸ばした。リオの指が優しくアイリの髪を梳いていく。僅かに肌に触れるリオの指にアイリは心地よさそうに目を細める。


 日が大きく傾き影が東へと長く伸びる。二人の距離は近い。影は既に重なり合っている。


「ちゅうするのかな?」

「っていうか僕達のこと忘れてるよね」

「アイリお姉ちゃん頑張って! そこだよ!」

「リオ兄、男を見せるんだっ」

「わわわっ、ドキドキするよぉ」


 二人の背後から微妙に潜めた声が響いた。


「「……」」


 一瞬の硬直のあと、パッとリオから距離を取るアイリ。自分の頬をペチペチと叩きながら一生懸命取り繕うとする。リオに対して割とオープンでアグレッシブなアイリだが、流石にちびっ子達に応援やら実況をされながらというのは恥ずかしかったらしい。


 リオはリオで、僅かとはいえ周囲への注意を怠るほどアイリに心引き寄せられたことに内心で猛省していた。


 先程までシリアスな雰囲気だったというのに、子供達が生暖かい視線が突き刺さる中どこか甘酸っぱい雰囲気を醸し出す二人。


 影はますます長く色濃く伸びていく。


 ……リオ達を覆い隠さんとするかのように。


お読みいただきありがとうございました。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございました。


次話の更新は、明日の18時の予定です。

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