第5話 もう一つの異能
夜の帳が降りた頃、リオとダイキは疲れた体を引き摺りながら街灯すらない暗い夜道を歩いていた。
周囲には廃墟か住居か分からないような建物が並んでいる。アスファルトの地面はボロボロで、無数の亀裂が入っており、所々隆起したり陥没したりもしている。光を灯さない街灯は、蜘蛛の巣がかかっていたり、半ばからへし折れたりしているものばかりだ。
道にはゴミや瓦礫が散乱していて、動物の死骸も転がっている。弾痕も至る所に見られ、爆破でもされたように崩壊している建物や抉れた地面もあった。黒ずんだ壁の染みは、きっと、誰かが流した命の痕だろう。その人物の生死を考えることは、きっと既に意味のないことだ。
まさに、映画などに出てくる廃都市そのもの。
ふと見上げた標識には、ほとんど掠れて見えないが宮城県は仙台市にある、とある交差点の名前が記載されていた。
この荒廃した世界における日本には、五大都市と呼ばれる際立って人が集っている都市がある。
北から【釧路エリア】【仙台エリア】【富士エリア】【琵琶湖エリア】【北九州エリア】がそれだ。もちろん他にも人が集まる都市はいくつか存在するが、七割近い人口が、この五大都市に集中している。原因は単純で、大規模な【生産工場】や【生産農場】が存在するのが、この五大都市だけだからである。
リオ達がいるのは、この内の【仙台エリア】だ。今や公共交通機関など存在していないし、電車関係も過去の遺物ではあるが、仙台駅周辺を【中央区】として、海側や山側を【生産区】【貧民区】として人々が住んでいる。
【中央区】とは、都市の中心街のことだ。主に富裕層の人間が住居を構えており、【交易死場】や各商店、宿場、歓楽街などもここに集まっている。ちなみに、【交易死場】があるのは、旧世界における某スタジアムだったりする。
【生産区】は言わずもがな、【生産工場】や【生産農場】が存在する東側の湾岸区域や西側の山林区域のこと。
【貧民区】は、【中央区】の外側、【生産区域】の周辺に散らばって存在する貧民層の人々が住まう場所のことだ。【北貧民区】【西貧民区】というように東西南北で分ける呼び方をすることもある。ほとんどの人間が明日食う飯にも困る有様で、大抵、【生産工場】や【生産農場】で奴隷同然の低賃金、劣悪環境で働いている。
人とは思えない扱いがなされていることから、“人の枠外にいる者”という意味で、【外人】という蔑称がいつの間にか付けられた。これに合わせて【貧民区】を【外区】と呼ぶ者も多い。
なお、長い荒廃時代は、日本人の名前に対しても影響を及ぼしており、外人は基本的に名前しか持たず、富裕層の人々だけが苗字を持っている。ファンタジー世界などによくある、苗字を持っているのは貴族だけ、というのとスタンスは同じだ。一種の身分や社会的地位を示すステータスである。
苗字を持つ者――苗字を得られるだけの富を得た者は、基本的に苗字だけを名乗るようになる。荒廃日本の新たな風習というやつだ。血縁関係があっても独自に苗字を付ける者もいるほど、苗字はステータスなのだ。
リオとダイキは、オウダが罵ったように外区(西貧民区)に住む外人だ。旧世界で学校だった建物を住居に、捨てられたり、グリムリーパーに親を殺されたりして行き場を失った多くの子供達と家族として一緒に暮らしている。孤児院モドキだ。
「リオ、肩を貸そうか?」
月明かりだけを頼りに慣れた道を歩いていると、おもむろにダイキがリオに提案した。ダイキの隣を歩くリオの顔色は大分ましになったとはいえ未だ少し悪い。灰色世界の弊害である倦怠感と筋肉痛。腕の骨に入ったヒビを原因とする発熱が体を蝕んでいるのだ。
「いや、大丈夫、と言っても誤魔化せないか。確かにちょっときつい。怠さだけなら大したことはないんだけどな」
「ちゃんとアイリに申告しろ。骨と発熱はどうとでも出来る」
「……分かってる」
渋い表情をしながらそっぽを向くリオに、ダイキは失笑した。時々、驚くほど大人っぽい表情を見せるくせに、こういう時は逆に驚くほど子供っぽくなるリオは本当に見ていて飽きない。
「今日は大人しくアイリの言うことを聞いて休め。一日休みを貰ったとは言え “漁り”はするんだろう? なら、万全でないと、な」
「ぅ……正論だなぁ」
ダイキの言う【漁り】とは、文字通り、ゴミ漁りをすることだ。但し、残飯や粗大ゴミを漁るわけではなく、その対象はグリムリーパーや銃火器類の残骸である。
損壊が酷く、解体や運搬の手間を考慮すると割に合わないと打ち捨てられたグリムリーパーや、壊れて捨てられた銃火器、撒き散らされた薬莢など、戦闘跡から回収するのである。二束三文ではあるが、金にはなる。貧民区の人間にとっては貴重な収入源だ。
但し、昼間は基本的に工場か農場で働かなければならないので、【漁り】が出来るのは、夜ということになる。闇夜に視界を閉ざされる中、町中から出てグリムリーパーがうろつく場所をほぼ丸腰で徘徊しなければならない。当然、グリムリーパーにとって暗闇は意味をなさないという中で、だ。
つまり、非常にリスクが高いのである。体調が万全でなければならない理由だ。
リオは、家に帰ってからのことを憂い、溜息を吐いた。
それから数十分。
二人はようやく我が家に到着した。
主に玄関として使用している校舎の裏口の扉を、体調の悪いリオに代わってダイキが開ける。
すると、まるでリオ達の帰宅を知っていたかのようなタイミングで、奥からパタパタと可愛らしい足音が響いてきた。
廊下の角を曲がって現れたのは、身長百五十センチメートルくらい、黒髪セミショートの美少女だ。
貧民区にあってどこか気品すら感じさせる大和撫子然とした雰囲気を纏っており、可愛らしいというより美人という言葉がよく当てはまる。蝶が甘い蜜に誘われるように、自然と人を惹き付ける不思議な魅力があった。
年齢は十四歳ほど。可憐ではあるのだが、儚さとは無縁で芯の強そうな印象を受ける。それはきっと、アーモンド型の瞳の奥に、煌く光が幻視できてしまうから。それ程に、その女の子の瞳は生命力と優しさで満ち溢れていた。
「兄さん、ダイキ兄さん、お帰りなさい!」
透き通るような声音。聴く者に例外なく安心を与えるような心地よさがある。嬉しさが滲み出ており、それはほわりと緩んだ表情からも一目瞭然だった。
「ただいま、アイリ」
「あぁ、ただいま」
リオとダイキも頬を緩めて可愛い妹に帰宅の挨拶を返した。
彼女の名前はアイリ。この孤児院におけるリオ達の妹だ。八年程前に、リオが見つけて連れ帰ってきた。親はグリムリーパーに殺され、一人で彷徨っているところを保護したのである。
そのせいか、アイリにとって兄とは基本的にリオを指しているようで、リオのことは単に“兄さん”と呼ぶのに対し、他の兄は名前を加えて呼び分けている。
ちなみに、アイリにとってリオが特別であるという事実は、孤児院の家族だけでなく、ご近所の知り合い達も周知の事実だったりする。アイリは基本的に誰に対しても優しく穏やかなのだが、纏う雰囲気からしてリオだけは明らかに異なるのだ。
「それにしても、毎回、よく帰ってくるタイミングが分かるなぁ」
その例の一つをリオが少し呆れ気味に呟く。
それに対するアイリの答えは決まっている。
「う~ん、私も何故かは分からないのだけど……兄さんのことだもの。何となく分かるのよ」
そういうことらしい。ふんわりと微笑みながら、真っ直ぐにリオを見つめてそんなことを言われては、もう何とも言えない。
と、ニコニコと笑みを浮かべていたアイリの表情が、急に真面目なものになった。スっと細められた眼差しが、ぴったりとリオの頬をロックオンし、次いでススッと流れて右腕を捉える。
「兄さん?」
「……はい。怪我しました。すみません」
一瞬で妹に対し敬語になるリオ。ダイキは顔を背けて肩を震わせる。
「昨日も骨にヒビが入るような怪我をしていたのに……また同じ場所なの? 頬にも傷がついているし、よく見れば顔色も悪いわ」
アイリの表情が悲しげに歪む。リオが、なるべくアイリに怪我を報告したくなかった理由の一つだ。アイリは、リオが傷つくと決まって悲しげに表情を歪めてしまうのである。
アイリには笑っていて欲しい。そんなリオの願いは、大抵リオ自身によって破られてしまう。
「何があったの? 全部話して?」
「いや、これはまぁ、何と言うかだな……」
「兄さん?」
「えっと……その……」
「……話しなさい。兄さん」
「……はい」
リオは一度だって可愛い妹に勝てたことはないのだ。特に、口調がお母さんモードになったときのアイリには。
今回もあっさり敗北し、グリムリーパーの再起動やら自分の反抗的な態度がもたらしたトラブルを洗いざらい白状していく。
その間に、アイリはそのたおやかな手をそっとリオの傷ついた頬に添えた。まるで、恋人同士のように至近距離で寄り添い合う二人に、ダイキは「馬に蹴られる前に退散」と、さっさと奥へと入っていってしまった。
もっとも、アイリの行動は、何も兄に対する特別な感情から甘い時間を過ごしたいというものではなく(その気持ちは心の奥底に押し込めて)、単に治療の必要からである。
それを証明するように、アイリの添えた掌が淡い光を纏う。純白の、温かな光。
事の次第を話しながらも、その包み込まれるような心地よさに、リオはスっと目を閉じて感じ入った。
その光は、孤児院の家族とごく一部の知り合いしか知らない、アイリに許された【異能】だ。リオの、火事場の馬鹿力的な一応の説明がつきそうなものとは異なる明らかな異常。この世界の人間が本来持っているはずのない、物理や科学といった理の埒外にある力。
“癒しの光”である。
数分後。純白の光が収まると同時に、アイリの手がそっと離された。リオの頬には薄く新しい皮膚が張られている。抉られたような傷口はどこにもない。後は、その異様さを誤魔化す為にガーゼでも貼っておけば問題ない。
自分の頬を指で確かめながら、リオは申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「ありがとう、アイリ。いつも悪いな」
「……そう思うのなら、あまり無茶はしないで」
アイリは、片手でリオの右腕の治癒を始めながら、一度は離したもう片方の手を再度、そっとリオの頬に触れさせ優しく愛撫した。
「人の為に行動できる兄さんを、私は心から尊敬している。でも、私の力は、原因不明の、いつ失うか分からない不安定なものよ。もしそのときに、兄さんが取り返しのつかない怪我をしていたらと思うと……」
アイリは、触れ合いそうな至近距離からリオの瞳を真っ直ぐ見つめる。その心根と行動力こそ兄の魅力だと思いつつも、それが故に傷ついていくことに心は軋む。
そんな感情が隠されることもなくさらけ出され、信頼と心配が綯交ぜになって潤んだ瞳。並みの男なら、それだけで虜になってしまうかもしれない深さを湛えている。
リオが、捕らわれたようにアイリの瞳を見つめ返していると、アイリはおもむろに苦笑いを浮かべながら頭を振った。そして、気を取り直したように微笑みながら口を開く。
「まぁ、私が何か言ったところ、どうせ兄さんは止まらないものね。私は私で、この力をもっと使いこなせるように頑張るから、だから、遠慮だけはしないで欲しいわ。兄さんが怪我をするよりも、それが一番悲しいから」
「アイリ……」
健気と言える言葉を受けて、リオもまた苦笑いを浮かべる。この出来た妹には心配ばかりかけると苦い気持ちがわき上がると同時に、それでも自分の行動を縛ろうとしないいじらしさに何とも言えない温かなものが込み上げた。
思わず、このまま激しく抱き締めてしまいそうになったリオは、咄嗟にとぼけた表情で肩を竦めることで気を逸らした。
「ありがとうな、アイリ。でも、遠慮ってなんだ? いつも遠慮なんてしてないと思うけど」
「そう? 私が心配するからとか、悲しむからとか、そんな理由で隠し事したりしてない? 例えば、今も不調なのに筋肉痛くらい別にいいか、とか思っていないかしら?」
「……」
ダイキの言う通り、見事に見抜かれていた。
「いや、でも、アイリ。その力を使い過ぎると倦怠感に襲われたり、しばらく動けなくなったりするじゃないか。だからだな……」
「兄さん? これは私の役目よ。私から役目を奪うの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「兄さん?」
「だから……」
「に・い・さ・ん?」
「……治療、お願いします」
「はいっ。任せて!」
再びほんわりと微笑む妹に、リオは「敵わないなぁ」と困ったような笑みを零しながら、治癒の終わった右手でアイリの髪を優しく撫でた。それに嬉しそうな笑みを深めるアイリ。頬もほんのりと幸せ色に染まっている。
誰が見ても「兄妹?」と言いたくなる光景だ。
そこへ、うんざりしたような、呆れたような声がかかった。
「はいはい。玄関でイチャイチャしない。さっさと入りなさいよ、このシスコン」
「あはは、デジャヴュですね。昨日も寸分違わない光景を見た気がしますよ?」
リオとアイリが視線を転じれば、そこには同い年くらいの少女と少年がいた。
「あら、カンナ姉さん、レン兄さん。お帰りなさい」
「カンナ、レン、お帰り」
何事もなかったように出迎えの言葉を送るリオとアイリに、カンナは頭の痛そうな表情になり、レンは呆れたような笑いを漏らした。
カンナはリオと同じ十六歳、身長百六十二センチメートル、茶髪をツインテールにした少し釣り目の女の子だ。勝気でサバサバした性格だが情はとても深い。アイリを溺愛しており最高のお姉ちゃんを自負しているのだが……
実際は何かとアイリに世話を焼かれており、家族からはアイリの方が姉らしいと思われている。普段は【生産農場】で働いていて、目と勘が異様な程いいので、監督官の目を盗んでこっそり作物を持って帰り家族の食生活を助けたりしている。
レンは十五歳。身長百七十センチメートル、優顔のイケメンだ。髪を後ろで結っており、家族の前以外では常に張り付いたような笑みを浮かべている腹黒少年である。中央区のお姉様方やご婦人方に人気があり、男妾として色々と掻払ってくる。ある意味、一番の稼ぎ頭である。
人ごみに紛れたり、気配を隠して潜んだりすることが得意で、情報屋の真似事もしていたりする。
年齢が近いこともあり、リオとダイキに、この二人を加えた四人は特に仲がいい。アイリは妹枠なので少し別だ。
「アイリ~、ただいまぁ! お姉ちゃんにギュッてさせて!」
そう言うや否やリオからアイリを引き離しつつ、むぎゅっと抱きつくカンナ。「あらあら、カンナ姉さんったら」と言った様子で優しく微笑みながら、アイリはカンナの頭を撫でる。
カンナは一瞬で蕩けた。滅茶苦茶癒されている。どう見ても、姉に甘える妹の姿だった。
「それで、リオ兄。今日は、どんなトラブルで遊んだのですか?」
アイリとカンナの仲睦まじい姿を横目に、レンが面白げな表情でリオに話をふる。はだけた首筋にキスマークがついているのはご愛嬌。
「遊んだって言わないでくれよ。丸腰でワンコと殺り合ったんだ。肝が冷えたぞ」
「あははっ、それで普通に生きて帰ってくるんだから流石ですよね~。後で詳しく聞かせて下さい」
「後でな。取り敢えず、飯だ飯。早くエネルギー補給したい。力も使ったし、明日にでも漁りに行かないといけないし」
「付き合いますよ。ちょうど今日、結構な数のワンコが廃棄されたみたいです。場所も客から聞き出したので案内できますよ」
「おぉ、それは助かるなぁ。レンこそ流石だよ」
和気あいあいと話しながらリオ達は部屋の奥へと入っていった。
元調理実習室を改造したダイニングルームに入ると、孤児院の幼年組、年少組が一斉にリオ達の元へ駆け寄ってくる。現在の家族の数は二十三人。上は十九歳のダイキから、下は二歳まで男女半々といったところ。
キャッキャッと騒ぐちびっ子達を構いながらリオが調理場に顔を覗かせる。それに気がついたようで、白髪を後ろで一本に結った六十半ば程の女性が、穏やかに微笑みながら振り返った。
「リオ、カンナ、レン、お帰り。今日も大変やったやろ? もうすぐご飯できるから、ゆっくりしとき」
「サクラばあちゃん、ただいま。手伝うよ」
「なに言うてんの。これはおチビ達の仕事やで。ええから、向こうで待っときなさい」
ヒラヒラと手を振る彼女の名前は“サクラ”。
この孤児院の母にして祖母だ。生まれも育ちも琵琶湖エリア近辺らしいのだが、討伐者として活躍していたおり、仕事で仙台エリアにやって来てそのまま引退したらしい。本人は、それほど腕のいい討伐者ではなかった為に苗字も持たず貧民区にいるのだと言っているが、リオ達は貧民区の子供達の為に敢えてここに居を構えているのだろうと確信している。
サクラの言葉に従って年少組がせっせとお手伝いしている姿を眺めながら、リオ達は席についた。
その間に、アイリが後ろからリオに抱きつくようにして異能を使い、負担をかけたリオの体を全体的に癒していく。
幼年組が、面白がって「僕も僕も~」「私も私も~」とリオに群がっていく。中々刺激的だ。背中越しに伝わる年齢の割に立派すぎる妹のお胸様が、ではなく、主に筋肉痛的に、という意味で。
ぷるぷると震えながら、弟妹の可愛い襲撃に耐えるリオに、カンナ達が笑いを堪えている。見かねたダイキが、ひょいひょいとちびっ子達をつまみ上げ自分の肩に下ろしていく。百九十センチの高所は彼等の特等席だ。再びキャッキャッと楽しそうにはしゃぐ声が響く。
貧民区の人々は、大抵、疲れきったような表情で影のある雰囲気を背負っているものなのだが、この孤児院や関わりのある近隣住民は割と笑顔を見せる。東や南といった他の貧民区や、別の都市ではまず見られない光景だ。
それはひとえに、率先して笑顔と活力を振りまくリオ達がいるからだろう。自分が生きるだけでも大変なこの時代に、“助け合い”や“お裾分け”なんてことを本気でやるのだ。自然と、明るい気持ちも伝播してしまうのだろう。
そういう意味で、貧民区ではリオ達は割と有名だったりする。
リオ達が幼年組を構っていると、遂に夕食が運ばれてきた。献立は質素な野菜スープと硬いパンだ。肉類は滅多に食べられない。
それでも日々の食事にありつけるリオ達は、貧民区の人間としては恵まれている方だった。リオ達年長組があの手この手で糧を仕入れてくるからである。
全員が席について、これだけは荒廃しても続いた食事時の挨拶――「いただきます」を合唱する。
はむはむ、むぐむぐと口を忙しく動かす幼年組と年少組。
それを優しく見守りながら、ゆっくり食事する年長組。
その全てを慈愛の微笑みを以て包み込む母にして祖母。
貧しくとも、明日をも知れぬ生活であっても、そこには確かに、家族の幸福が満ちていた。
「あ、兄さん。夕食が終わったら説教だから覚悟してね」
「えっ」
どうやら単に短気を起こして無用の怪我を負ったことに関しては見逃すつもりはなかったらしい。団欒の幸せの後は、可愛い妹による素晴らしき説教というメインデッシュが待っているようだった。
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