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荒廃世界のワンダーワーカー  作者: 厨二好き/白米良
26/26

第26話 エピローグ

俺たちの旅はこれからだ!


「なんだか、最近こんなのばっかりだな……」


 見慣れない天井を見つめながら目を覚ましたリオの第一声は、自分に対する呆れが多分に含まれていた。


 リオのいる場所は、清潔な白いベッドが置かれた、これまた清潔感のあるこじんまりした部屋だった。


 もっとも、小さな部屋だからといって貧しさを感じるような雰囲気は欠片もない。なにせ、ベッドのスプリングがそれはもう心地良い反発をくれるのだ。それだけでも、ここが中央区にある富裕層の家であることが察せられる。


 何故、リオはそんな場所で寝ているのか……


 実は、【大喰らい】との決戦の後、開いた傷口やら蓄積した疲労、最上位階の魔法である【滅神顕現】を行使したことにより絞りかすも残らないほど力尽き、意識が闇に沈む寸前で駆けつけてきたサカキ達に後事を託したリオは気絶したのだ。その後、サカキ達が中央区にある彼等御用達の病院に、リオをかつぎ込んだというわけである。


 リオの第一声も、その辺りの事情を察したが故のものだった。


「っ」


 体を起こしたリオが息を詰め、顔を僅かにしかめた。はだけたシーツから現れたのは包帯でぐるぐる巻きにされた自身の体。骨は軋み、傷口はジンジンと疼痛を訴え、体の芯にヘドロの如くこびり付く倦怠感がある。


 魔力の回復量は六割といったところ。一度ぐっすり眠ったにしては回復が遅い。魔力が生命活動から生まれるエネルギーであることを考えれば、リオは生命力という根本からして相当の疲弊をしていたということだろう。


 それでも状況を知りたいリオは、自身の体が訴える「頼むから、ちょっと休ませてぇ」という悲痛な声を無視してベッドから這い出した。


 ベッドサイドから立ち上がった瞬間、くらりと目眩が襲ってきたが頭を振って追い払う。しかし、現実問題として体は中々言うことを聞いてくれないので溜息を吐きながら呟いた。


「――【身体強化クラスⅠ】【癒しの天光】」


 魔力による身体強化と下位階の回復魔法を自身にかける。一応、傷口が塞がり止血された状態となっている幾つもの銃創だが、先の戦闘のように激しく動いたりすれば直ぐに開いてしまうだろう。


 生まれ直しても変わらない己の回復魔法の適性の低さに、思わず憮然とした表情になるリオ。


「……アイリのありがたみが分かるという話だな」


 ここにはいない大切な人を想い溜息を吐く。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかないので、リオは軋む体を気にしながら部屋から出ていった。


 少しくすんだ白い壁紙の廊下をノロノロと進んでいると、曲がり角から書類の束を抱えた若い女性が現れた。ガタのきている身体の維持に力を注いでいたため、気が付くのが遅れたリオはついその女性と軽くぶつかってしまう。


 もっとも相手も少しふらついただけで大したこともなかったので、誰か知り合いはいないかと探していたリオは謝罪ついでにそれを彼女に尋ねようとして……


「あ、すまない。ちょっと尋ねたいんだが――」

「ひっ!?」


 悲鳴を上げられた。


 バサバサと書類の束が落ちる。しかし、女性はそのことにも気がつかない様子でぷるぷると震えると、いきなり跪いて平伏し始めた。


「ちょっ、なにやって――」

「ももももも、申し訳ありませんっ。起きていらっしゃるとは思わず、不注意でした! 御身とぶつかるなど、とんだご無礼をっ」

「は? え? いや、え?」


 まるで現人神に無礼を働いてしまった信者の如き平伏っぷり。貧民であるリオにはとんと経験のない扱いであり、前世の騎士団総長だった頃も、敬意はともかくこのような信仰じみた念は受けた覚えがない。なので、混乱して思わず間抜けな声が漏れ出してしまった。


 するとそこへ女性の大声を聞きつけたのか更に数人の男女がやって来た。そして、散らばった書類の束と平伏する女性、加えてリオの姿を見て自己完結気味に事情を理解したようである。


 すなわち、曲がり角で女性がリオにぶつかったのだと。


 途端、一斉に表情を青褪めさせて、その数人の男女はダッと一気に駆け出した。かと思うと、それはもう見事なスライディング土下座を敢行。


 呆気に取られるリオの前で額を冷たい廊下に擦りつけると、彼等は一斉に謝罪の言葉を口にし始めた。


「申し訳ございませんっ、御使い様! どうかっ、どうか平にご容赦をっ」

「あぁ、なんてこと。ただでさえ大怪我をしていらしいるのにぶつかるなんて……御使い様。どうか罰するなら私をっ!」

「いえっ、それなら自分に罰をお与え下さい! そして、どうか寛容を示されますよう! どうか人類を見捨てないで下さいぃ!」

「いやいやいやいや、ちょっと待てっ。なんだ、いったい、なにが起きてる!? 状況が意味不明すぎてなんか怖いんだが!?」


 わたわたと手を振りながら平伏する彼等を起こそうとするリオと、「赦しをもらうまではっ」と土下座を続ける彼等。


 カオスだった。わたわたしすぎて傷口が開きそう。


 と、そこへ救世主が降り立った。呆れたような声音と共に。


「あんた、なにやってんのよ」

「カンナ?」


 そう、それは包帯やら濡れタオルやら消毒液やらを抱えたカンナだった。おそらく寝ているはずのリオの看病に行く途中だったのだろう。


 そんなカンナの常の変わらない口調や態度に、リオは光明を見たような表情となり思わず身体の痛みも忘れて飛び出した。


「カンナ! 俺の救世主!」

「はい? って、ちょっ、なんで抱きつくの!? ば、馬鹿、どこ触ってんの! あっ、こらっ、離しなさいってば!」


 いきなり正面から抱き締められたカンナは、一瞬呆けるものの直ぐにカッと赤面すると片手でリオの頭をポカポカと叩いて抗議する。


しかし、目覚めたら、中央区の人間が豹変していたリオにとって普段と変わらない家族の姿は、まさに暗闇に見えた光。


 離したら再び知らない世界にでも放り出されるのでは、などと阿呆なことを思い、更に抱きつく力を強める。「離してなるものかっ」と。それにますます赤くなるカンナ。


「おぉ、御使い様とあんなに親しく抱擁を……」

「あの方は御使い様がずっとお守りなさっていたご家族のカンナ様だろう。まだ、力に目覚めていなかった御使い様を、幼いころから影に日向にと支えていたらしい」

「どうりで……羨ましくもあるけど、恐れ多いわ」

「あぁ、照れて赤くなっているカンナ様……なんて愛らしい……天使のようね」


 じゃれる? リオとカンナの耳にそんな呟きが入ってくる。リオの抱きつく力が更に強まり、カンナは「もう、どうしろってのよ……」と脱力した。


 そんなカオスな状態は、騒ぎに駆けつけたサカキ達が収拾を図るまでしばらくの間続くのだった。





「それで、いったい、あの後、なにがあったんだ」


 リオが疲れた表情で疑問の声を上げた。


 その視線の先にはサカキやウエスギの他、カンナ達孤児院の年長組やアキナガ、エリカなどお馴染みの面子と、リオの知らない顔ぶれが十数人ほどいる。


 場所は中央区にある大きな邸宅のリビングルーム。ここはリオの治療をした医者であるイジュウインの病院が併設された自宅であり、集まっている顔ぶれはいずれも仙台エリアで財力、権力、武力などにおいて大きな力を持った者達である。


 ここに通されるまでの間、すれ違った人達全員に畏怖と敬意の混じった信仰じみた眼差しを向けられた挙句、頭を下げられ続けたリオはげんなりした様子を見せている。冷静さを取り戻した頭が理由を察しているというのもあるのだろうが。


「まぁまぁ、大将。そんな顔しなさんなって。誰にとっても、大将は既に“希望”そのものなんだからよ。あの白い太陽と白炎の巨人を見て、胸を撃ち抜かれなかった奴はそうはいねぇさ」


 ケラケラと笑いながら自身の胸をトントンと叩くサカキに、「やっぱりか……」と呟くリオ。


 アキナガが咳払いを一つし、場の空気を引き締める。そして、まずこの場にいる者の紹介から始めた。


「リオ。まずは面識のない者達の紹介をしておく。右からお前の治療をしたエリア一の医者――イジュウイン殿。【交易死場】の顔役――ナナクサ殿。【生産工場】のナンバーツー――クラオカ殿。【生産農場】の管理者――ジュウモンジ殿。元第一級討伐者で今は旧文明の研究者――ホウジョウ。歓楽街の裏の顔役――オオグロ殿……」


 主なVIPはこの六名。【生産工場】のクラオカはナンバーツーだが、筆頭が行方知れずなので実質はトップである。これに、元第一級討伐者にして、かつて中央区にて“政府”を発足しようとし有名を流したアキナガと、最大武力勢力であるウエスギ、それにそれぞれの幹部が一、二人付いて全員だ。


 リオの傍付きは言わずもがな、ダイキやレン、カンナ、それにサカキ達である。エリカやジュウゴもこの場にいるが、リオと付き合いの深い者ということで同席させられている。二人共、割と名が知られた人物であることも理由の一つだろう。


 彼等は紹介を受けると同時にリオに目礼、あるいは値踏みするような眼差しを向け、リオもまた目礼を以て返した。肥満気味の身体に白衣を纏った六十代くらいの男―イジュウインにだけは言葉にして礼を述べたが。


 紹介が終わった後、アキナガが、リオが気絶してから――およそ二日の間に起きた出来事を説明する。アイリが攫われてから合計三日も経ってしまったことに内心忸怩たる思いを抱きながらも、リオは心を静めて話を聞いた。


 それによると、リオが気絶をした後、パニックに陥っていた人々は余りの出来事に茫然自失とし、幸いというべきか混乱は収まったのだという。自分の今見た光景が現実なのか、脳と精神の安定を図るのに時間がかかったのだろう。


 その間に、サカキ達はリオをイジュウインの元へ連れて行き、ウエスギ達は中央区へと向かった。


 リオの状態は酷いもので、複数の銃創はもちろんのこと、無茶をした代償に体中がダメージを受けており体の芯から衰弱した状態だった。サカキはイジュウインに治療を任せつつ、ソウシ達に連絡をとって孤児院の家族を呼び寄せ、リオの回復を祈った。


 その間に、ウエスギは中央区にて演説の準備を進めた。この奇跡の余韻が残る時代の節目というチャンスを逃すつもりはなかったのだ。それは、身命を賭して有言実行したリオへの敬意故の行動でもあった。


 最大戦力が続々と、人が逃げ出してすっからかんとなった【交易死場】のある旧スタジアムへ入っていくのを見て取った人々は、何がなにやらわからないという不安を解消するために親鳥を追うカルガモの雛の如くスタジアムへと集結していった。


 そこでウエスギが語った内容。それは


「たった今、時代が変わった。人類が死神に蹂躙される世界は終わりを告げた。あのお方が終わらせたのだ。そう、天が遣わせし御使い様が」


 この話を聞いた瞬間、リオの頬が盛大に引き攣ったが皆スルーした。


「これより始まるのは秩序に支えられた文明の世界。暴力と支配だけが蔓延る世界は御使い様が決して許さない。皆も見ただろう。御使い様が創造した白き太陽を。神罰をもたらす白炎の神を。そして遍く降り注ぐ希望の光を。全ては御使い様の我等人類への救済であり、そして場合によっては神罰となる御力だ」


 ウエスギの狙いはリオを現人神のような存在に仕立て上げること。どれだけの奇跡を目の当たりにしても百数十年に渡って荒み続けて堕落した人類の魂はそう簡単には立ち直れない。


 だからこそ、より大きな、理解することさえ難しい超常の存在に見守られ、あるいは悪行を見られているのだと心の底に認識させる必要があった。少なくとも、ある程度でも“社会”を形成し終えるその時まで。


 その狙い通り、一心にウエスギの演説を聞いていた人々の心にはリオに対する絶大な畏怖と敬意、そして降り注ぐ光の雨に見た希望が根付いていったようだった。瞳が、表情が、震える体が、何より雄弁にそのことを物語っていたのだ。


「喜べ。私達は今日、顕現した奇跡が世界を変える、その瞬間に立ち会ったのだ」


 その言葉が止めとなった。滅びの危機から逃れ、それが演説通りとしか思えない奇跡によってなされたのだ。どうして心震えずにいられるだろうか。


 そして、ウエスギから数百にも及ぶグリムリーパーの群れと、【対都市級】グリムリーパー【大喰らい】が完全に討滅されたことが告げられると、直後、仙台エリアは凄まじい歓声に包まれた。


 そうなれば、御使い様に会わせて欲しいという声が上がるのは必然だった。どうにか人々に対しては現在療養中であると伝えて近いうちに顔見せをすると約束し日常へと戻ってもらったが、仙台エリアの重鎮達はそうもいかない。


 リオが療養中であることは本当のことだが、目を覚まし次第直接面会する約束をすることになった。これは避けては通れないことでもある。なにせ、これから仙台エリアは旧時代と同等以上の文明社会への道を進まなければならないのだ。


 政治力と求心力に長けているとはいえ貧民区に追いやられたアキナガや、最高戦力を保持していても武力以外門外漢のウエスギでは到底“統治”など出来はしない。都市全体の情報を統括し、経済の基盤を整え、過去を踏まえて最適な社会システムを構築しなければならない。


 それには当然、情報に精通している者や都市経済の中枢にいる者、過去の統治制度などについて深い見識を持った者達の協力が必要だ。


 ここにいるメンバーはその担い手となる者達なのである。


「なるほど。大体のところは理解できました。ここにいるメンバーは、旧時代の再生を望んで集まった者達……そういうことなんですね」

「うむ。新たな時代の先導者として信用できる者達だ。一度は裏切られて地に堕ちた私が言うのだから間違いないぞ? ふはははっ」

「いや、あんまり笑えませんよ、アキナガさん」


 カラカラと笑うアキナガにリオが困ったような笑みを向ける。


 そんなリオへ、エリカが所属する大娼館【桜花楼】のトップ、退廃的な雰囲気を漂わせているくせに瞳の奥に炯々とした光を宿す豊満な四十代の女性――オオグロがタバコを吹かせながらリオに細めた目を向けた。


「一応、初めましてだね、少年。と言っても、あたしとしてはエリカから耳にタコができるくらい聞かされているから初対面って感じがしないのだけどね」

「オオグロ殿。こちらこそ、始めまして。エリカさんを通して、いろいろと情報面でお世話になりました」


 リオの後ろにいたエリカが恥ずかしげに頬を染めてそっぽを向く。


 そんなエリカに面白げな表情を向けつつ、オオグロはリオへ疑いを含んだ声音で尋ねた。


「あたしはね、というかここにいるメンバーもだけれど、正直、未だに戸惑っているというのが正直なところさ。……いきなり世界は変わったなんていわれても、はいそうですかとはいかないさね」

「でしょうね」


 オオグロがタバコの火を揉み消す。


 彼女の言葉はこの場にいる者達の代弁だ。奇跡を見た、希望を抱いた、未来に展望を描いた……でも、起きた出来事が余りに大きすぎて心がついていかない。


 当然だろう。今までの当たり前を全て塗り替えようというのだ。人の心はそんなに簡単に切り替えが出来るほど機械的ではない。


 それでも、


「でもね。実際にこの目であの奇跡を見た以上、あんたの存在や力、そしてここが転換点だということを無視するなんてことは出来ない。実感なんてなくても、こんなクソみたいな世界を変えられるってんなら、今、動き始めなきゃならない」


 そう。人々の胸の内に熱がある内に、非情な現実に再び冷めてしまう前に、“変わった”ということを目に見える形、心に感じる形であらわさなければならない。


 オオグロが核心を言葉にして放つ。他のメンバーもその眼光を鋭くした。


「あたし達が聞きたいのは一つさね。……リオ。あんたはあたしらをどうしたいのさ?」


 それは世界を変える力を持った者に対する敬意と警戒の両方を孕んだ言葉。


 リオの力は文字通り世界を変えられる。それは言い換えれば、リオが望めばリオが支配する世界にもできるということ。人類の宿敵が討滅され、生き残れたことに熱狂して気がついている者は少ないが、【大喰らい】を滅した力が人類に向けられないという保障はどこにもないのだ。


 だからこそ、今、聞いた。今、聞きたかったのだ。まだ足を踏み出していない今。自分達の未来は、リオという強大な存在の掌の上で進むのか、それとも自分達の作る未来と共に歩んでくれるのか。


 部屋の中に静寂が降りる。この場にいる全ての者の視線がリオに集中した。自分達の未来の在り方が決まる瞬間なのだ。緊張感は否応なく高まる。


 そんな中、リオは静かな瞳を巡らせて、やはり静かな声音で言葉を紡いだ。


「俺は言った。時代が変わる。暴力と支配が当たり前の世界は終わるのだと」


 言外に伝わる。魔法の力を以て人々に何かを強制することはないのだと。無闇に人へ向けられることはないのだと。


「俺は“導く者”じゃない。俺に出来るのはせいぜい“斬り開く”ことだけ。襲いかかる理不尽を、悪意や悪辣な運命を。誠意と覚悟を以て未来へ進もうとする者の手助けをするのが本分だ。……俺があなた達に望むことは一つだけ」


 リオが心の底から望むもの。それをこの場にいる者達へ託すように、心の底へと刻み込むように熱と重みを孕んだ声音で伝える。


「優しさと温かさを人々に」


 それを実現してくれるなら、喜んで身命を賭そう。この場にいる者達が作る未来に寄り添おう。


 リオは為政者ではない。騎士だ。誰かを守ることこそが本分であり、理想を人々に押し付けて力を以て従わせることは領分違いである。だが、それでも、世界はもっと優しくていいはずだと、温かくていいはずだと、そう信じているから導く者達へ託すのだ。そして、そんな彼等を守るのだ。


「……なるほどね。今、実感したよ。あんたは確かにこの世界の人間じゃない」


 オオグロが呆れたような眼差しで、しかし、その口元に少しの笑みを湛えてそんなことを言った。


「あなたに願われたとあっては、応えないわけにはいかない。尽力しましょう」


 リオが姿を見せてから、一番好意的な眼差しを向けていたクラオカが微笑みながら頷いた。


「普通なら胡散臭いと切って捨てるところなんですけどねぇ。なぜでしょう、考えるより先に心が受け入れてしまっている。まさか魔法じゃないでしょうね?」


 軽口を叩きながらも、その瞳には決意の色が宿っているナナクサも応えた。


「俺は例えあんたが従えと言ってもついていくつもりだったがな。だが……悪くない気分だ」


 元々、弱肉強食を地でいく世界だ。リオが支配するといっても何の文句もなかったジュウモンジだったが、リオの答えに何かを感じ入ったように瞑目した。


「ま、私は自分の知識で社会システムを作れるというだけで満足だがね。それが出来るのも君のおかげだ。出来るだけその願いに沿おうじゃないか」


 ホウジョウがどこかウキウキとした表情で言った。アキナガの友人である彼は既に六十を超えている年齢だが、まるで少年のように生気に溢れている。未来を紡ぐ者に相応しい活力だ。


 リオが視線を向ければアキナガやウエスギも力強く頷いた。


「リオよ。この“始まり”を我等は決して無駄にはせん。至難ではあるだろうが、必ず法と秩序に支えられた都市にしてみせよう。……だから、もう気兼ねなくあの子の後を追うといい」

「アキナガさん……」


 アキナガの気遣いと任せて欲しいという信頼を求める言葉に、リオは胸の内に燻っているアイリへの心配と焦燥を改めて実感しギュッと胸元を握り締めた。


 アキナガの言う通り、既得権益を守ろうとする輩や単純に政府たらんとするアキナガ達に反発する者達は掃いて捨てるほど出てくるだろう。社会システムを一から構築し、それを住民に浸透させるのは並大抵のことではない。


 ましてグリムリーパーの脅威は全く去っていない。周囲一帯のグリムリーパーは片付いただろうが、彼等を生み出している場所の所在が不明な以上どこから湧き出すか分からないのだ。


 故に、直ぐにでもアイリを追いたいという気持ちと、どこまでこの都市に対策を残していくかという狭間でリオは凄まじく葛藤していたのだ。


 それを、アキナガは察していたのだろう。


「そう言えば、女を奪われたんだってね。だったらこんなところ油を売ってる場合じゃないさね。さっさと行きな。確か、アイリといったね。その子と帰ってくる頃には幾分マシな都市にしといてあげるよ」


 同じくアキナガ達から事情を聞いていたオオグロがぶっきら棒ながらも、仙台エリアのことは気にせず行けと後押しをしてくれる。それは他のメンバーも同じようだ。


 確かに、アキナガの言う通り信頼のおける人達らしい。“こういう荒んだ世界なのだ”という諦観から脱却したことが、彼らの内に眠っていた人の持つ善意や良心を蘇らせたのかもしれない。そして、それはきっと彼等だけはないはずだ。


「お前が寝ている間に準備は済ませてある。いつでも出られるぞ」


 リオの傍に控えていたダイキが伝える。視線を向ければレンやカンナも力強く頷いた。どうやらリオの心情は皆に筒抜けらしい。


 リオは苦笑いしながら、ただ「ありがとう」と感謝の言葉を返すのだった。





 その後、出発前に住人への顔見せと、今後の統治をやりやすくするための演説だけはしていけと言われ、リオはほぼ全住民が集まっていると思しきスタジアムへと趣いた。


 そこでリオは、御使い様の言葉に固唾を呑む人々の前で【再生議会】なる統治機構の樹立を宣言した。それは人類の本質的平等と基本的人権を基本理念とした、法と秩序に支えられた旧文明の再生を掲げる組織だ。


 御使いを名乗ることに抵抗はあったものの、劇的な変化をもたらすには仕方のないことだと割り切って、アキナガやウエスギを筆頭にした議会メンバーを御使いに選定された者といて紹介した。


 同時に、彼等が人々に理不尽を働けば、断罪の太陽と白炎の神が再び降臨するだろうと宣言し、アキナガ達の統治に狂信が混じらないよう保険もかけた。廊下で平伏した先の男女がリオの家族であるカンナまで“様”づけで呼んだことから一応念のためのだ。


 そして、自分自身はもう一人の御使いを探すために都市を離れることも宣言した。途端に不安そうにざわめく人々だったが、もう一人の御使いを連れて必ず帰ってくること、そして帰ってくる頃にはより良い都市になっていることを皆に期待すると伝えると、少なくない人々がまるで使命を授けられたかのような決然とした表情で納得した。


「己の魂に耳を傾けて欲しい。人の内に存在するものは本当に自己保身だけか? 諦観と不信だけか? 違う。そんなものだけではない。もっと温かくて柔らかいものがあるはずだ。あなた達全員に人を人足らしめるそれがあるはずだ。私はそう信じている」


 欲望のまま生きることを当然と思わないで欲しい。手を取り合うことを無意味と切り捨てないで欲しい。正しくあろうとすることを、誰かに善意を向けることを馬鹿馬鹿しいと嗤わないで欲しい。


 リオが心の底から信じていることが、言外の願いと共に人々の心へと浸透していく。


「今日この日から、人は獣の如き生から脱却し、“人間”に返り咲くのだ」


 演説の終わりに残されたその言葉は、まるで寝起きにきつい平手打ちでも受けたように人々の荒んでいた心に衝撃を与えた。


 御使いから見れば、自分達の在り方は獣と変わらないのだと理解したのだ。同時に、再び“人間”になれるのだと信じられていることに心が滾る。


 その時、リオの魔法によって再び光の雨が降り注いだ。最上位階魔法の余韻ではない。正真正銘の光属性の下位階魔法で、ただ光球を生み出すだけの魔法だ。


 だが、再び顕現した神秘に人々の心の堤防はあっさりと決壊した。さながら、暗く澱んだ負の感情が作り出した殻を内に眠っていた光が打ち破るように。


「あなた達に祝福あれ」


 その言葉が波紋を打つように人々へと伝わった瞬間、仙台エリアは凄まじい歓声と共に大きく揺れた。それはまるで人という種族そのものが生まれ直した産声のようだった。


 ちなみに、光の雨の演出は、アキナガの指示だったりする。「せっかくだからとことん御使いで行け。その方が後々、面倒が少なくなっていい」と。流石、荒廃世界で政治をしようとした男だ。


 ちなみに、リオは終始、慈愛と人々への信頼を示す微笑みを浮かべていたのだが、熱狂する人々を前に、もしや新興宗教の教祖に祭り上げられはしないだろうな、と内心では冷や汗を流していた。


……そんなリオに対しカンナ達家族は、いろんな意味で既に手遅れだとこれまた内心でツッコミを入れるのだった。





 演説の後、人々の送り出しの言葉を貰いながら退場したリオは、早速、カンナ達と共に旅の準備がされている場所へと向かった。


 そこには立派な装甲車が鎮座しており、確かに食料や武器弾薬がふんだんに詰め込まれていた。どれもこれも最高品質のものだ。


 なんでも、ウエスギからの選別らしい。宿敵であった【大喰らい】討滅の礼とのことだ。


「野垂れ死になど許さん。お前が俺に死ぬことを許さなかったように、お前も死ぬことは許されん。……必ず、帰ってこい」


 わざわざ見送りに来たウエスギは、相変わらずの冷徹そうな眼差しでそんなことを言った。ぶっきらぼうと言うか、不器用な男である。だが、その心根は伝わった。


「ありがとう。ここは俺達の故郷だ。必ず戻る。それまで、仙台エリアの守りは頼んだぞ。自衛軍最高司令官殿?」

「ふん、言われるまでもない」


 新たな役職名で呼ばれたウエスギは、特に反応することもなく言いたいことは言ったとばかりに踵を返した。


 そんなウエスギの背中に笑みを向けながら、リオは同じく見送りに来たアキナガ、ジュウゴ、エリカに視線を向けた。


「アキナガさん……いや、再生議会最高議長殿。この都市と人々を頼みます」

「うむ。一度は諦めた未来への挑戦権、決して無駄にはせん。お前は心置きなくアイリと共に帰ってくるがいい」

「はい、ありがとうございます。エリカさん、色々ありがとう。あなたの情報にはいつも助けられていた」

「止めなさいよ。今生の別れでもないんだから。まぁ、孤児院の子達や都市のことは任せておいて。情報局局長の筆頭補佐なんて大役もらっちゃったわけだけど、しっかり全うしてみせるから」


 エリカがそう言ってにっこり笑うとリオを一度ギュッと抱き締めた。その後、カンナやダイキ、レンのことも一時の別れを惜しむように抱き締める。


「師匠もお元気で。ナナクサ殿とは色々ありそうですけど、まぁ、師匠なら大丈夫ですよね」

「おい、俺だけ何かぞんざいじゃないか? まぁ、せっかく中央に戻れたんだ。お前らに救われたこの命、お前達が望んだ世界のために使ってやらぁ」


 相変わらず照れくさそうな頬を掻きながらそっぽを向くジュウゴ。


 それにやはり笑みを浮かべながら、リオは最後の見送り人達に視線を向けた。


「お兄ちゃん……」

「リオにぃ」


 そう、孤児院の家族である。キキョウに連れられた子供達が少し寂しそうな表情でジッとリオ達を見つめていた。


 リオは膝をついて視線の高さを合わせる。その後ろにカンナ、ダイキ、レンも集まった。


「必ずアイリを助けて戻ってくる。皆、それまで家のことは頼んだぞ」

「帰ってきたら、ちゃんとお掃除やお料理が出来ているか確かめるからね。さぼってたら承知しないわよ!」

「……何かあればアキナガさん達を頼れ」

「まぁ、きっと直ぐに戻ってきますよ」


 年長組の言葉に真剣な表情で耳を傾ける子供達。


「うん、ヒナがお家をまもるよ! お掃除もお料理も頑張る!」

「ぼくもっ。ぜったい皆、まもるから!」


 ヒナやミナトを筆頭に子供達が口々に決意を言葉にした。そして、皆最後にアイリお姉ちゃんと帰ってくるのを待っていると口にした。


 リオは幼くも力強く輝く眼差しを向ける子供達一人一人の頭を、手の平に信頼を乗せて撫でた。


「キキョウ姉さん……」

「みなまで言う必要ないわ。任せなさい。私も、アイリのこと任せるから」

「ああ。任せた。そして、任された」


 家の長女と信頼を預け合う。多くの言葉は必要なかった。


 リオが踵を返し、装甲車の扉を開ける。ダイキ達もそれぞれ座席に乗り込んだ。


 と、その時、道路の向こうから埃を巻き上げながら、三台の装甲車と一台の中型武装トラックが爆走してくるのが見えた。


 何事かと目を丸くするリオ達の前で先頭を走ってきた装甲車がリオの眼前に横付けする。その窓から顔を覗かせたのは見知った顔だった。


「いや~、間に合ってよかったぜぇ。危うく、先に出発した大将を慌てて後から追うなんて小っ恥ずかしい事態になるところだった」

「サカキ、さん?」


 そう、それは【黄金蜘蛛】のリーダー、サカキだった。他の車両からも見知った者達が顔を覗かせる。


「サカキでいいぜ、大将。【大喰らい】とやりあっているときは呼び捨てにしてただろう?今更、さん付けなんてされちゃあ背筋が痒くなるって」

「あ、ああ。そうか? ならそうさせてもらうが……全部隊引き連れて、いったい、どうしたんだ?」


 リオが尋ねるとサカキは何でもないように返した。


「どうしたもこうしたも、大将の旅について行かせてもらうのさ」

「……それは……なんでまた」

「俺は曲がりなりにも討伐部隊のリーダーだぜ? それが他人を“大将”と呼ぶ意味、考えなかったかい? あの時から、俺は大将についていくって決めていたんだ」


 どうやら、サカキはあの時、ただ共に死線をくぐるということ以上の覚悟を以てリオに応えたらしい。


「だが、他のメンバーは?」

「既に話し合い済み。あの奇跡を見た後だ。俺じゃあなくても魅せられるのは仕方ないだろうよ。満場一致で大将について行くってよ」


 リオがその言葉を確かめるように視線を巡らせれば、顔を覗かせていた【黄金蜘蛛】のメンバーが実にいい笑顔でサムズアップした。


「奇跡の男が、もう一人の奇跡を取り戻す旅に出る。それを聞いて黙ってるわけにゃあいかねぇよ。ソウシ達なんか、戦場を共に出来た俺等に随分と嫉妬してくれやがるし……」

「そ、そうなのか?」

「おう。それに、大将は都市外に出るのは初めてだろう? 俺等は琵琶湖エリアまで言った経験もある。役に立つと思うぜ? 少なくとも、足手纏いにはならねぇよ」

「それは分かるが……」


 リオは困ったように頬を掻いた。アイリ救出の旅は、未知の危険と遭遇する可能性が非常に高い。正体不明の兵力を持ち、航空機すら何機も所持し、【対都市級】の動向すら把握し、何故か人々を誘拐している不気味で巨大な組織が背景にあるのだ。


 果たして、そんな危険にサカキ達を巻き込んでいいのか。自分達の命がかかった先の【大喰らい】との戦いとはわけが違うのだ。これは完全にリオ達の事情なのである。


 だが、そんな迷いを見透かしたようにサカキはいつもの飄々とした態度を改めて真剣な表情で口を開いた。


「大将。あんたは時代を変えると言った。たかが一都市を変えたくらいで、まさか満足してんじゃねぇだろう? 大事な片割れを取り戻したなら、大将はきっと世界へ飛び出す。その時、戦場を共にする栄誉を俺達は賜りたいのさ」

「サカキ……」

「俺達を魅せた責任、取ってくれよ。ただ一都市だけじゃない。世界が変わっていく瞬間を俺達は見たいんだ」


 もはや言葉は必要なかった。サカキ達の瞳に宿る決意の炎を鎮める方法をリオは知らない。そして、実際に都市外に出たことのないリオにとってサカキ達の提案はありがたいものだった。


 リオが肩を竦める。


「俺とゆく戦場を栄誉と言ってくれるなら……ついてくるといい。但し、半端は許さん。地獄の底、世界の果てまでも付き合ってもらうぞ」

「ははっ、上等だぜ。大将!」


 リオが振り返り、勝手に決めて済まないとカンナ達に視線で謝る。カンナ達は肩を竦めて了承を示した。


 と、その時、カイトがサカキにサムズアップしながら言葉を投げかけた。


「よかったな、リーダー。“いずれ世界で一番の有名人なるだろう大将についていけば、将来的に俺達【黄金蜘蛛】も超有名になってがっぽがっぽだぜ☆作戦”の第一段階成功だな!」

「ちょっ、馬鹿野郎! 今、言うことじゃねぇだろう! 空気読めよ!」


 どうやら本音の何割かは将来への投資という面があったらしい。流石、蜘蛛の糸を巡らして黄金を手繰り寄せるという名を冠する討伐部隊だ。


「いろいろ台無しだろう……」


 誤魔化し笑いをしながら視線を泳がせるサカキに、リオは苦笑いしながら溜息を吐いた。


 何だが、出発前のいい雰囲気がぶち壊しだった。


 それでも明るい雰囲気はそのまま、否、サカキ達のとやりとりで更に明るい出発になった。


 ダイキが装甲車のアクセルを踏む。その隣の助手席でリオは顔を出して背後を振り返った。


 そこには大切な人達が、帰りを待ってくれる人達が、大きく手を振り大声で旅の無事を祈ってくれている姿がある。


 リオ達はそれに応えながら、次第に小さくなっていく故郷と彼等からやがて視線を外した。


 旅立ち日和というべきか。


 数日前の危機が嘘のように空は快晴だ。


 その蒼穹の空を見上げながら、リオは決意と想いを乗せて呟いた。


「必ず、君のもとへ行く」


 その声は詠唱よりも鮮やかに世界へと広がっていった。





その後、リオ達がどうなったのかは……


数十年後、この荒廃した世界に、多くの国と文明が咲き誇ったことが、なにより雄弁に物語っているだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] つ、続きが読みたい、、、!!笑 なろうを読みあさり始めてから4年経ってようやく出会った作品ですが一、二を争うレベルで面白いと感じました。 続きはないそうなのでとても残念に思いますが、ここまで…
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