第25話 荒廃世界のワンダーワーカー
次話、ラストです。
大気を震わせる無数の轟音。
それは死神が標的に贈る死の咆哮だ。正体は、たとえ装甲車といえど当たり所が悪ければ一撃で粉砕されかねない凶悪な数多の弾頭。ロケット、ミサイル、ガトリング、スラッグとバリエーション豊かな死神の鎌が一斉に一点目掛けて放たれる。
だが、当の標的である装甲車は、まるでタイミングが分かっていたかのように急発進し、辛うじて狙いを外して嵐の如き弾幕を切り抜けることに成功した。
更に、逃げ道を塞ぐように回り込んだグリムライノ目掛けて、これまた絶妙なタイミングでお返しと言わんばかりにロケット弾が放たれる。火線を伸ばしながら直進した弾頭は、狙い通り、突進しかけていたグリムライノの足元に突き刺さり、盛大な爆炎と衝撃を以てその巨体を横転させた。
その脇を掠めるようにしてカイトの操る装甲車が駆け抜ける。
「やっべ……リーダーっ」
「突っ込めっ!」
包囲網を狭めて道という道を全て塞いだグリムリーパー達から再び弾頭の暴風が叩きつけられる。サカキ達も積み込んだ弾薬をこの二分の間に使い切るつもりで湯水の如く放っていくが、圧倒的な物量に包囲網に穴を開けることが出来ない。
これがリオによる【光堅の纏衣】の加護なしであったなら、既に装甲車はスクラップへの道に片タイヤを突っ込んでいたことだろう。
もっとも、普通なら数百のグリムリーパーから一斉砲撃を受けて瞬殺されない方がどうかしているのだが……
カイトの巧みなドライビングテクニックとサカキ達の射撃が、装甲車の装甲が耐え切れない高威力の攻撃だけを選別して対応していること、装甲を破壊するのに時間のかかる比較的軽い攻撃は無視するという凄まじいまでの胆力と判断力に基づいていることが、未だほとんどダメージなしという驚愕すべき現実を紡いでいるのだ。
それでも、限界というものは当然存在する。防御魔法の効果を目の当たりにしたカイトが「いけるっ」と踏んで包囲網を強行突破しようとしたその時、不意に曇天に覆われたが如く周囲から光が消え失せた。
その原因は考えるまでもない。【大喰らい】だ。
【大喰らい】はそのまま渦を巻くように装甲車の前面に降り立つと凄まじい勢で強襲してきた。グワリと大きく包み込むように変形する万の死神で構成された黒煙。このまま突っ込めば、いくらリオの加護があるとはいえただで済まないことは明白だ。
だが、バックしている余裕などなく、左右の通路も既に重量級グリムリーパーで埋め尽くされている。
「ええいっ、突貫だっ。ぶち抜けぇっ」
「アイサッ!!」
故に、カイトはサカキの叫びに即応して突っ込んだ。廃ビルの壁に。
「うおぉっ、危ねぇ!」
装甲車の屋根から上半身を出して機関砲から排莢の豪雨を降らせていたヤマトが、目前に迫るコンクリートの壁に気がき慌てて体を引っ込める。
それとほぼ同時に、光を纏う装甲車はまるで紙を破るような容易さで廃ビルの壁を粉砕し、そのまま中へ侵入した。衝撃はほとんどない。装甲車の速度と鉄筋コンクリートの硬さを考慮すれば相当な衝撃が来ると思われたが、それも光の防御膜が緩和してくれたようだ。
「大将さまさまだねぇ!」
サカキが粉砕されたビルの壁から、黒煙が侵入してくるのを確認してロケットランチャーの引き金を引いた。盛大な爆炎が薄暗い廃ビルの中を夕日色に染め上げる。【大喰らい】は正面から吹き飛ばされたことで一時的に大穴から外へと吹き飛ばされた。
だが、それは本当に一時的なこと。
次の瞬間には……
ボバッ!
そんな音をさせて廃ビルの壁が綺麗さっぱり消滅した。【大喰らい】が廃ビルの側面そのものを塵にしてしまったのだ。そのまま障害物の一切を粉塵よりもなお小さな欠片にまで分解しながらサカキ達へと迫る。
ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ
大量のバッタが羽ばたく音が黒煙と共に迫る。装甲車のエンジンが対抗するように唸りを上げる。そして部屋の仕切りである壁を次々と粉砕していく。
サカキもヤマトもヒビキも、出し惜しみなど一切せずに高火力・広範囲の火器を使い続けるが、【大喰らい】相手では、まるで超重量級ダンプカーにエアガンで立ち向かっているような気分だった。
「大した度胸」
リオを挟んでサカキの反対側で、触手のように伸びてきた黒煙にショットガンを放って凌いでいたヒビキが口元を歪めながら叫ぶ。額からは止めどなく冷や汗が流れ、表情には普段のクール系美人な彼女には余り見られない獰猛な笑みが浮かんでいる。
その言葉が誰に向けられた者か。サカキには言葉にせずともよく分かった。底が見え始めたロケット弾を放ちながら、同じように冷や汗と必死さと、そして猛々しさに彩られた表情で「全くだ」と呟く。
その言葉の相手はリオだ。
リオは戦闘が始まってからというもの瞑目したまま微動だにしていない。己に迫る激発の音を聞いたはずだ。装甲車に被弾する硬質な音が響いたはずだ。【大喰らい】のもたらす死の気配を感じたはずだ。だが、ただの一度も目を開くことはなかった。
それどころか傍らの二人にはリオの全く乱れる様子もない鼓動が感じられた。規則正しく一定のリズムを刻んだまま何事にも揺らぐことのないそれ。
光の加護を受けているから感じるのか……それは分からない。だが、そんなリオの泰然とした姿にどうしようもないほど安心感を覚える。まるでずっと大きな存在に守られているかのようで。
そして何より、
「ここまで信頼されちゃあ、応えられないなんて嘘ってもんだ」
「同意」
それが信頼の証であると分かるから。絶体絶命だというのに戦意は際限なく高まっていく。
直後、【大喰らい】の顎門に食いつかれる寸前で、装甲車は最後の壁を突き破って廃ビルの反対側に飛び出した。カイトが芸術的なドリフトを決めながら、頭の中に叩き込んである地図に従って人が少なく中央区からなるべく離れた場所へ進路を決め爆進する。
その後を、廃ビルを跡形もなく消滅させた黒煙が猛烈な勢いで追い立てた。
「あと一分っ。気を抜くんじゃねぇぞ!」
「分かってるよぉ」
心なし、光の加護が弱まってきているようだ。比較的低威力の攻撃とはいえ、防御力に任せてスルーしたこと、鉄筋コンクリートを力任せに突き破って来たことが魔法効果を弱らせたのだ。
だが、それでも死神で出来た台風の目から脱出できた。そして、目標時間の半分を生き残ったのだ。サカキ達は二分という約定の後にリオが何をするつもりかなど分からない。魔法という言葉すら知らないのだ。ただ不思議で絶大な力を振るう未知の少年を信じただけ。
それでも“終わらせてくれる”と信じて死力を尽くす。
サカキが残り数発となったロケット弾を【大喰らい】に放つ。周囲の通路や廃ビルの壁を粉砕して急迫するグリムリーパーをヤマトとヒビキが迎撃する。カイトがまるで手足のように装甲車を操って瓦礫で埋め尽くされた道路を驚愕すべき速度で突き進む。
しかし、逃げの一手とはいえ【対都市級】の攻勢から逃れるのは、やはり容易いことではなかった。
「カイトっ、速度を上げろ!」
「無理だってっ! もうとっくに限界だっ」
突如、黒煙を二つに分けて上空へと舞い上がった【大喰らい】は、そのまま装甲車を迂回すると前方の廃ビルに食らいついた。それも先のように全体を覆うような形ではなく、ビルの下方へ纏わりつくように。
その意図を察したサカキがカイトに速度を上げるように指示するが、返ってきたのは不可能の言葉。
本来の【大喰らい】は飛行型のグリムリーパーであり、当然、その移動速度は瓦礫の道を走る装甲車などとは比べ物にならない。【大喰らい】が付かず離れずの距離で密度を高めずにヒット&アウェイとも言える攻撃を繰り返していたのは、ひとえにリオに対する警戒故だ。
それが【対都市級】を前にしてサカキ達が生き残れた最大の理由でもあるわけだが……その辺りを考慮すれば、直接的な全力での攻勢に出ない【大喰らい】が先回りする理由も自ずと知れるというものだ。
サカキの予想通り、装甲車の進路が遮られた。根元を分解され倒壊した廃ビルの瓦礫によって。
「っ」
カイトがもうもうと迫る前方の粉塵に歯噛みしながら咄嗟にハンドルを切る。そして、どこか手前の通路に逃げ込もうとして、そこからグリムワームが噴き上がってくるのを視界の端に収めた。
逃げ場がない。最大火力のロケット弾は既に撃ち尽くした。
ならば、と、カイトは再び廃ビルの壁を突き破る作戦に出る。廃ビルの壁目掛けてアクセルをこれでもかと踏み込む。
だが、それは結果的に悪手だった。
突き破るはずの壁が爆破でもされたように粉砕されて消失する。そこから飛び出したのはずんぐりとした鋼鉄のボディと朱色の瞳。そして頭部に生えた回転する巨大な角。
そう、正面から出現したのはサイ型グリムリーパー“グリムライノ”。果たして、読まれていたのか、それともただの偶然か。いずれにしろ、二つの超重量級かつ存分に勢いを高めた鋼鉄の塊は正面から激突した。
凄まじい衝撃が発生する。その衝撃波だけで周囲の瓦礫が放射状に吹き飛び、ビルの壁面に巨大な亀裂が入った。
装甲車はフロントを波打つようにひしゃげさせ後輪を浮かせてしまう。グリムライノを吹き飛ばしきれなかったのだ。代わりに吹き飛んだのは衝撃に耐え切れなかった搭乗者達。
サカキもヒビキもヤマトも、盛大に前方へと投げ出され亀裂だらけのビル壁面へと叩きつけられた。呻き声を上げられるのは幸いか。光の加護がなければ確実に壁面を真っ赤な命の色で凄惨に彩っていたはずだ。
サカキ達を守っていた光の加護が限界だというように明滅した後、ふっと霧散してしまった。遂に、耐久限度を超えたのだ。
「ぐっ、がはっ、げほっ……」
息が詰まり言葉を出せないサカキは苦悶に顔をしかめながらも視線を装甲車へと向ける。
そこには、口元から排熱の白煙を吹き上げながら朱色の瞳を輝かせるグリムライノと、その角にフロントを貫かれてほとんど浮き上がっている装甲車があった。装甲車の中にはフロントガラスに頭を打ち付けたのか額から僅かに血を流し、焦点の定まらない眼差しをボーと眼前のグリムライノに向けるカイトの姿もある。
サカキ達と同じく、装甲車にもカイトにも光の加護は見当たらない。
グリムライノの背中からガシュン! と音を立ててミサイルポッドが出現した。照準は当然、正面の装甲車と運転席のカイト。
カイトが、脳震盪を起こして朦朧としながらも離脱しようとしているのか、空回りするタイヤの音がやけに響く。
声にならない悲鳴がサカキ達の口から漏れた。衝撃で体が動かない。言葉も出ない。足掻くことすらままならない。
それでも仲間の死を目の前で見ているだけなど真っ平御免で……
だから、気が付けば絶叫していた。心の中で。奇跡の担い手に。
(頼む、大将っ!)
奇跡とは応えるから奇跡なのだ。
「任せろ」
次の瞬間、空か落ちてきた蒼穹の剣閃が、まるで処刑台のギロチンの如くグリムライノの首を薙いだ。
途端、ズシンッと音を立てて地面に着地する装甲車。運転席のカイトが僅かに笑っている様子が見える。
リオは既に役目を終えたとばかりにエンジンを止めた装甲車からカイトを引っ張り出すとサカキ達の傍に横たわらせた。
そして、リオが唯一使える回復魔法を発動する。
「降り注ぐ陽に満たされよ、輝く月に抱かれよ。この手に光を、生命の輝きを――【癒しの天光】」
淡い光がサカキ達を包み込む。途端、息苦しさが抜けて体が動くようになった。体のダメージまでは完全に抜けきっていないようだが、元々光の加護によって骨折などの重傷は負っていないので戦闘に支障はない。
――回復系統下位階光属性魔法 【癒しの天光】
回復系統に適性のないリオが使える唯一の回復系統魔法だ。打ち身や余り深くない切り傷なら直ぐに直せるが、骨折くらいになると半日は時間が必要になる程度のもの。深い傷も即効性が期待できるのは止血くらいが関の山、というものだ。
「大将、助かったぜ。けど、すまねぇな。約束の二分には届かなかった。切り札はきれそうかい?」
「気にするな、サカキ。とは言っても、まだ少し足りない。……後は、死力を尽くすしかないだろう。悪いが、最後まで付き合ってもらうぞ」
「あいよ。元よりそのつもりさ」
リオは視線を巡らせる。上空にはオーロラのように薄い黒のベールがかかり、地上にはリオ達を囲んで溢れんばかりグリムリーパー共がひしめき合っている。
装甲車は完全にスクラップと化した。逃げ足はない。
リオの顔色は青を通り越して白くなり始めており、いよいよ出血量が致死量に達しつつあることを示していた。どれだけ回復魔法を使っても、激しく動く度に傷口が開くのだろう。
しかも、魔力の回復は目標値までは未だ足りない。極力魔力を使わずに回復させながら眼前の大群を凌がなければならない。
(昔を思い出す。死がヒタヒタと足音を響かせながら擦り寄ってくるようなこの感覚。アイリス、いや、アイリ。君が今ここにいないことが凄く寂しい)
かつての戦場で、リオは幾度も生死の境目を行き来した。まるで薄氷の上でタップダンスを踊るような、あるいは奈落の上を細い糸のような足場を頼りに渡るような、そんな戦場を駆け抜けてきた。
例外なく、死の気配が纏わりつくギリギリの戦場。そんな時は常にアイリスが隣にいた。リオは隣に彼女がいただけで、死を感じながらもにじり寄る死神の鎌が届くことだけは決してないと確信したものだ。
その愛しい彼女がいない戦場。
ジャキッ
と、銃火器の奏でる覚悟の音が響く。
リオが視線を向ければ、そこにはアサルトライフルを構えてリオの周囲に集まる【黄金蜘蛛】の姿がある。誰一人、その瞳に諦めの色は宿していない。何とも頼もしく、こんな場所まで得体の知れない自分についてきた大馬鹿者達だ。かつてを思い出さずにはいられない最高の馬鹿野郎共だ。
リオも大剣を構える。その身から身体強化魔法の証である蒼穹の燐光が舞う。
「戦場を共に出来たこと、光栄に思う」
リオの口から溢れでた本心。
それにサカキ達は視線を逸らすことなく軽い感じでお返しする。
「最期みたいな言い方しなさんな。大将、これが終わったら美味い酒が待ってるぜ」
「美味いメシもな」
「温かいベッドもね」
「ヒビキ、俺が一緒に温めてやるよ?」
「なら前に出れば? グレネードの熱があんたを温めてくれるだろうから」
「……こんな時でも辛辣だぜ」
「こんな時に口説くなよ」
単純に、物量で迫られればその時点で詰むだろう絶望的な状況でも軽口を忘れない。リオの口元に笑みが浮かぶ。こんな気のいい奴らを死なせてなるものかと決意が高まる。
そして……
満身創痍のリオ達に向かって、【大喰らい】が分散しながら空から降り注ぎ、グリムリーパー達が一斉に飛び出した。
その瞬間、
ズドォ!
ドォオオオオンンッ
ダララララララララララララッ
そんな凄まじい連続した轟音と共に紅蓮の華が乱れ咲いた。
空を覆っていた【大喰らい】へおびただしい数のミサイルが次々と突き刺さりその進軍を止めてしまう。駆け出したグリムリーパー共にも横合いから圧倒的な物量の弾幕が、まるで濁流が全てを呑み込むように殺到する。
「おいおい、こいつは……」
サカキが思わず銃口を下げながら目の前の一斉砲火を見つめる。
「来たか。もう少し早く来てくれても良かったと思うけどな」
「大将? この状況、わかんのかい?」
「ああ。“小さな巨人”だ」
「っ、あいつら逃げ出したんじゃなかったのかよ」
サカキ達が首をひねる。その背後から突如声がかかった。
「ふん。奇襲と大火力による一気殲滅は、対グリムリーパー戦における鉄則だろう」
「ウエスギ。やっぱり来たな」
グリムライノの開けたビルの大穴から現れたのはウエスギ。第一級討伐団“小さな巨人”のリーダーにして、仙台エリアの最高戦力司令官だ。
ウエスギ達は逃げ出したわけではなかったのだ。西に抜けて大きく迂回し、リオ達と相対するグリムリーパー共を逆に包囲すべく動いていたのである。
「随分と情けない面をしている。そんな有様で、あの怪物をどうにか出来るのか?」
ウエスギが冷徹な表情と眼差しをリオに向ける。その瞳は、言外に「出来ないというなら即時撤退する」と物語っていた。彼とて、総数六百人もの部下を犬死させるつもりはないのだ。だから、蒼白となって血を流し続けるリオに誤魔化しは許さんと眼光を突き刺しながら尋ねた。
「ウエスギの決断、後悔はさせない。言っただろう。今日この日、この場所から時代を変えると。立ち会え、ウエスギ。その目に新たな時代の幕開けを焼き付けろ」
「……いいだろう。しばらくは私達が死守してやる。だが、そう長くは保たんぞ」
ウエスギは真っ直ぐにリオを見たあとそう言うと、直ぐに無線機を通して全隊に向けて指示を与え始めた。
「ははぁ、あのウエスギを既に懐柔してるたぁなぁ。流石、大将だぜ」
どこか呆れたような表情でそんなことをいうサカキ。視線の先では、グリムリーパーが後背を突かれては堪らないと、リオ達に対する包囲網を一時的に解いて“小さな巨人”に相対し始めた。
それを機と見たウエスギの指示で道路に数々の武装車両が雪崩込んでくる。どれもこれも搭載型の超大型兵器が積まれており、それらが一斉に【大喰らい】に向けて発射された。
更にそれらの車両を盾にしながら、何十ものガトリング砲や榴弾砲、迫撃砲、ロケットランチャーが地上のグリムリーパーに向けて叩きつけられる。中には戦車砲まであるようだ。
正面道路に陣取った部隊だけではない。距離のあるビルの屋上などからも次々と強力なミサイルや対物ライフルによる狙撃がなされる。
そんな中でも、グリムリーパー達はリオという脅威を忘れていないようで弾幕を掻い潜って強襲をしかけてくる。
「サカキ、ウエスギ、頼んだぞ」
「あいよ、大将!」
「ふん。さっさとしろ」
サカキは威勢良く返しながらウエスギの部下より貰い受けた新しい武器と弾薬で迫る死神に応戦する。ウエスギも辛辣な物の言いながら部下と共にリオを守るような防衛陣を敷いて応戦を始めた。
【大喰らい】が、何百という数のミサイル攻撃に業を煮やしたのかリオに対する警戒を捨てて暴れ始めた。濃密な黒煙となって周囲のビル郡を次々と呑み込んでいく。ビルを基点にミサイルの発射台を設置していた“小さな巨人”の団員達が悲鳴を上げながら肉片すら残さず消えていく。
何より絶望を誘うのは、それだけのミサイルを撃ち込んでも、最初にリオが削った分にくらべれば微々たる量しか駆逐できていないことだ。掌大のグリムリーパーの集合体には銃火器は余りに相性が悪いのである。
それでも、三十年前に【大喰らい】の理不尽を目の当たりにしたウエスギが組織した集団である。改良を加えたミサイルはなるべく広範囲に衝撃と爆炎を撒き散らすように設計されており、一発では倒しきれないグリムホッパー達も二度三度と衝撃を受けるうちに機能不全を起こして地に落ちていった。
だが、それでも届かない、圧倒的な理不尽であるからこそ【対都市級】なのだ。標的を、周囲を囲む団員達から正面の防衛線に切り替えた【大喰らい】は、損害も無視して一気に襲いかかった。
「ッ、総員、装甲車の中に引っ込め!」
ウエスギからの号令がかかる。団員達が一斉に装甲車の中へ身を隠した。
そこへ黒煙が到達し防衛線を覆い尽くす。【大喰らい】の掘削機能は例え鋼鉄であってもものの数秒で粉砕して塵に返してしまうレベルだ。防衛線はこの一撃で壊滅するかと思われた。
「人間を舐めるなよ」
ウエスギが冷徹さの中に強烈な殺意を宿した眼光で部下達を襲う【大喰らい】を射抜いた。同時に、黒煙の内側から盛大に爆音が響き、黒煙が膨れ上がるようにして宙へと吹き飛んだ。
「おいおい、ウエスギの旦那。随分と無茶な装備つけてんじゃないの。下手したら搭載火器に誘爆するぞ」
「元々、あれに食いつかれては終わりなのだ。その程度のリスク、背負わずしてまともに戦えるか」
「はは。流石、“小さな巨人”ってか」
呆れたような感心したようなサカキの視線の先、そこにはボロボロになった各車両から這い出して直ぐに攻撃を再開する団員達の姿があった。
【小さな巨人】が【大喰らい】の攻勢を凌いだ方法。それはいわゆる“反応装甲”というやつである。全ての車両の外部装甲には大量の爆発物が中に仕込まれており、掘削を受けて発生した火花が引火すると外への指向性を持った“装甲爆弾”が爆発するのである。
もちろん、外付けの搭載火器が満載なわけであるから、その爆発によってミサイルなどが誘爆すればそれだけで彼等は死出の旅に出ることになってしまう。今回は運良く、どれも誘爆はしなかったようだ。
もっとも、ほんの数秒呑み込まれただけで、どの車両も既にボロボロだった。大型のミサイルポッドなども発射台が壊されてしまい碌に使えない状況だ。
たった一度。たった一度攻勢に出られただけで仙台エリア最高討伐団は戦力を大幅に削られてしまった。対策をとっていたにもかかわらず、だ。
「これが、都市級……」
呟いたのは誰か。
“小さな巨人”の団員達はよく戦っている。圧倒的な攻勢を受けても誰一人怯まず持てる力を振り絞って死に物狂いの攻撃を続ける。
だが、そんな彼等に世界は更なる絶望を叩きつけた。
ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛……
戦場の爆音の紛れて微かな羽音が響く。それは【大喰らい】の発する音。されど今も空を舞い、周囲の建物ごと破壊を撒き散らしている【大喰らい】の発する音よりずっと小さい。
『うそ、だろう……』
声を詰まらせたのはウエスギの部下の一人。おそらく、最初に【大喰らい】の襲来を発見したのと同じ人物だろう。無線機から響いてきた声は焦燥、というよりも愕然を感じさせるものだった。
半ば内容を予想しながらウエスギは銃撃の手を緩めずに聞き返す。
「どうした?」
『……北より、【大喰らい】の追加です。消費した分の補充ですかね? ははっ、ちくしょう……そんなに俺達を滅ぼしたいのかよ』
その言葉通り、北から迫っていたのは更なる黒煙。
どうやら【大喰らい】には予備戦力があったらしい。否、それを予備戦力というのは少し苦しい。なにせ、黒煙の規模はリオが削る前の【大喰らい】よりも明らかに上なのだ。むしろ、あれこそ本体と言われても疑うことは出来ない。
リオに削られた方の【大喰らい】こそが、本体から分離した尖兵だったのだ。直ぐにリオ達を襲わなかったのも、未知の敵を前に本陣の到着を待つという意味があったに違いない。
【大喰らい】はザァアアアアアーと音を響かせながら上空に舞い上がると、竜巻のように渦を巻き始めた。そこへ続々と合流していく黒煙。
仙台エリアの上空に発生した都市全てを呑み込みそうなほど巨大な黒の竜巻は、まさに人の身で抗うこと敵わない天災を具現化したかのよう。未だ中央区で混乱の坩堝にいた者達も、仙台エリアの中心から逃れ振り返った人達も、誰もが一様に理解する。
――あぁ、滅びがやって来た
それは、防衛線を張る【小さな巨人】の団員達や遠くで貧民区の住人達を逃がしていた【黄金蜘蛛】の残りメンバー達も同じ気持ちだった。
ただ、そんな滅びそのものを天に見上げながら、それでも瞳に諦めを宿さない者達もいた。
「頑張れ、リオ……」
「お前はしくじらない男だ」
「リオ兄……頼みますよ」
孤児院の子供達と共に多くの貧民区を纏めて避難誘導させたカンナ、ダイキ、レン。その周りには同じように祈りとエールを捧げる子供達、そしてリオを知る大人達の姿がある。
「さぁ、見せくれ。時代が変わる瞬間を」
「やってやれよ、馬鹿弟子」
「リオ……あなたの奇跡を皆に見せて」
当然、そこにはアキナガ、ジュウゴ、エリカの姿もある。
「リオさん……」
「やっておくれよ、リオ」
運良く合流できたメイとハナが、北区の住民達が確信にも満ちた眼差しで【大喰らい】を見つめる。そこに映るのは未来だ。
「何故だろうね。こんな状況なのに、大丈夫だと思えてしまうのは。君がそこにいるような気がするのは……」
「……奇遇ですね。君が想像している人物を、私も思い浮かべています。いずれにしろ、答えは直ぐに出るでしょう」
混乱し、中には火事場泥棒に精を出す欲深い者もいる中で、生産工場の屋上から滅びを見つめていたのは、リオ達の手助けをしたマヒロだ。そして、そんなマヒロの傍らにいつの間にかいて、メガネを押し上げているのは監督官のイズミである。
ギョッとしたマヒロだったが、イズミの苦笑いを見ると同じような苦笑いしながら共にこの都市の、否、きっとこの先の未来が示される瞬間を待った。共に、一人の少年を思い浮かべながら。
そんな声が届いたのか。
どんな喧騒の中でも片膝立ちで瞑目したまま動かなかった少年がスッと目を開いた。重傷を負っているとは思えない力強さで立ち上がり大剣を切り払う。風を切る澄んだ音色が響き、グリムリーパー共の接近を必死にせき止めていた傍らの者達がそれに気が付く。
「待ちわびたぜ、大将。いっちょ、俺達に奇跡ってのをみせくれよ」
「ふん。大言を吐いたのだ。半端をしてみろ。【大喰らい】に殺られる前に私が後ろから撃ち抜いてやる」
スッと、リオがサカキとウエスギの間を通り抜ける。その背中は少年のくせにやたらと大きく、この都市でも屈指の実力者である二人をして安らぎを感じるほどだった。まるで、大樹を前に枝葉の腕に抱かれているような、そんな気さえする。
リオは答えなかった。代わりに背を見せたまま軽く手を振り、同時に言の葉を紡ぐ。
――伏して御身に乞い願う
また一歩。リオが前進する。その度に、リオの纏う蒼穹の燐光が波紋を広げる。
――其は、悠久の輝きにて闇夜を切り裂き、紅蓮の雨となりて恵みをもたらす者
サカキ達とウエスギ達を完全に背後にして、銃弾と砲弾、殺意と怒号が飛び交う戦場へと踏み出す。
――万物の根源たる聖焔にして、赫灼たる浄化の陽炎よ
リオの姿に気がついた団員達が瞠目する。戦場へ、無骨で古めかしい鉄剣一本だけを携えて、無人の野を行くが如く、ゆったりと歩みを進めるその姿は、まるで戦場を支配する王のよう。
――願いに応え、降臨し給え。矮小なる我等を救い給え
紡がれる詠は何者かへの願い。かつての世界で信じられていた大きな存在への助力の嘆願。届けと言わんばかりに、リオの体から蒼穹の螺旋が噴き上がる。蒼き御柱は、そびえる滅びの竜巻と並び立った。
――その威光を以て災禍を払い、灼熱を以て邪悪に裁きを
脅威を感じたのだろうか。グリムリーパーがリオへと飛びかかる。思わず「しまったっ」と思う団員達。非現実的な光景に思わず引き金を引く指から力が抜けていた。
しかし、それは杞憂だった。
詠は世界へ浸透した。リオの意志が理を押しのけて現実へと示される。
「――【滅神顕現】」
静かな声音だった。されど音叉を叩いたように美しく響く言の葉だった。
だが、顕現した奇跡は、その美しさとは裏腹に凄絶にして凄惨だった。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
戦場を一瞬にして白が舐め尽くした。
それは炎。リオを中止に天を衝いて大気すら焼き焦がす莫大な熱量を孕んだ巨大な白炎の渦。
リオへと飛び掛ったグリムリーパー達は自ら炎の海に飛び込むことになり、そして二度と出てくることはなかった。
突如として生み出された炎は、そのまま生きているかのようにグリムリーパー達に襲い掛かり、容赦なく熱い抱擁によって融解していく。しかし、思わず悲鳴を上げて退避しようとしていた【小さな巨人】の団員達やリオの背後にいたサカキ達は、炎の海に呑まれても何の痛痒も感じなかった。
せいぜいがぬるま湯に浸かった程度の、むしろ心地よさする感じる熱量なのだ。周囲の建物や地面も同じ。鋼鉄すら一瞬で融解するほどの熱量があるはずなのに、炭化するどころか焦げ跡一つ見られない。
「これが……魔法……」
「魔法?」
ウエスギが、自分の手を舐める白の炎を見ながらポツリと呟くと、隣でツンツンと眼前の炎をつついていたサカキが首を傾げて尋ね返した。
「あの男が言っていた、この不可思議な力の名前だ。遠い昔の物語に出てくる力だ」
「ふ~ん。まぁ、魔法でも奇跡でも、不思議パワーでも、なんでもいいさ。それより、ほれ。大将が動くぜ」
サカキがキラキラと瞳を輝かせながら前方に視線を移す。強大で理解不能な力に対する警戒心とか恐怖というものはないらしい。文字通り、御伽噺に出てくる英雄に瞳を輝かせる少年のような表情を浮かべている。
周囲の炎に気を取られていた他のメンバーも、その声でハッと我を取り戻した。その視線の先で、炎は徐々に形を作っていき一つ姿となった。
「……炎の巨人」
その通り、リオが居た場所に轟然と立つのは炎そのもので出来た巨人だった。体長五十メートルはありそうな偉丈夫で逆だった髪を模した姿は猛々しく神々しい。
――攻撃系統最上位階炎属性魔法 【滅神顕現】
鋼鉄をも瞬時に消滅させるほど熱量を持ちながら、術者の意思一つで対象を選別し、敵と定めた相手の尽くを滅する白炎の魔法。炎そのものに物理性を持たせたり、縦横無尽に操ることもできる。莫大な魔力を消費する代わりに、戦略をひっくり返すことの出来る絶大な殲滅魔法だ。
かつての世界でも使えたものは片手の指で数える程しかいない。間違いなく、世界最高峰を示す魔法の一つ。
白炎の巨人――滅びの化身と相対するそれを見て、仙台エリアの者達は何を思うのか。
その炎で出来た巨人の中心に、宙に浮いた状態でリオの姿が垣間見えた。
「さぁ、終わりの時だ。多くの戦士が命を捧げた新たな時代がやってくる。【大喰らい】。お前が最初だ。人類が再び光の中を歩みだす、その踏み台となれ」
リオの言葉が聞こえたわけではないのだろうが、まるでそれを否定するように黒い竜巻は一斉にリオへ、炎の巨人へと襲いかかった。
「無駄だ。この場にお前が砕けるものはない。今の俺はお前の天敵だぞ?」
その通りだった。
強襲していきた黒の竜巻は迎え入れるように両腕を広げた白炎の巨人に衝突するや否や、その特性を発揮することもできずに体内へと引き込まれ、そのまま塵も残さず消滅させられていく。
リオがおもむろに大剣を掲げた。すると、連動するように白炎の巨人も手を掲げ、その掌に炎で出来た大剣を生み出した。
黒煙がザァアアアアアーと動いて回避行動を取る。密度を下げて全滅だけはさせられまいと霧散していく。
しかし、
「許すものか。お前も、死が忍び寄ってくる気配を感じ取るといい」
リオが反対の手を握り込むような仕草をした。途端、周囲で燃え盛っていた白炎が、まるで津波のように上空へとせり上がり、巨大な炎の壁となって【大喰らい】を包み込んだ。白炎の牢獄に、【大喰らい】が逃げ道を探して右往左往する。その姿は、ともすれば恐慌に陥っているかのようだ。
あるいは、機械と言えど、あり得べからざる脅威の顕現に恐怖を覚えているのか。
仙台エリアの上空に出来た白炎の檻は、そのまま球体状となって【大喰らい】を捕えた。最後に閉じていく白炎の穴から、必死に脱出を試みて黒煙を伸ばす【大喰らい】の見た外の光景、それがこの世で最後に見た光景となった。
リオを中心に白炎の巨人は飛び上がると、まるで太陽のように仙台エリアを照らす白炎の手前で大きく剣を振りかぶる。
同じく、その中心で剣を振りかぶったリオが言葉を紡いだ。
「その身を焼いて光となれ。今度は、人々の心を照らす光に!」
そして、
仙台エリアの全ての人々が瞬きも忘れて見守る中、
白炎の大剣は死神を包み込んだ第二の太陽を真っ二つに切り裂き、次の瞬間、世界の全てに伝播しそうな巨大な波紋を広げながら大爆発を起こした。
幾重にも重なる光の波。
世界から音が消えて、光の雨が地上へと降り注ぐ。それらは白炎の残滓。それでも十二分に鋼鉄を貫く威力を秘めており、地上にいたグリムリーパー達の尽くを滅ぼしていった。
相変わらず、降り注ぐ光の雨は人々に何の害も与えない。
「ははっ、本当にやっちまいやがった……」
「時代が……変わったか」
二人のリーダーが、その身に光を浴びながら天を仰ぐ。生き残った者達も二人と同じだ。
仙台エリア遍く広がった波紋は、戦場から離れた場所にいた者達にも等しく光の雨を降らせた。
「温かい……リオと同じ」
カンナが呟く。差し出した掌にふわりと落ちた光を、カンナは何となく胸元に抱き締める。しばらくゆらゆら揺れながら淡い光を放っていた白炎の欠片は、雪の結晶のようにスッと溶けて消えていった。
ダイキやレン、孤児院の子供達、貧民区の住人、それにアキナガ達もその手に揺らめく光の雨を掴み取る。自然と優しい笑顔が溢れ出した。
至る所で、同じような光景が広がっている。リオを知らない人々も、白き光の雨に触れた途端、何となしに理解した。
人が死神に勝利したことを。それが自分達を守りたいという善意故であることを。この光を降らせた者が、心の底から信じていることを。人はもっと優しいはずだと。もっと温かいはずだと。
そして、秩序や善意というものを信じられる世界を取り戻せると。
光の波紋の中心。
そこに浮かぶ人影がゆっくりと地上に降りていく。
それを見て、多くの者が思い、口にした。
「……あぁ、奇跡だ」
と。
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