表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒廃世界のワンダーワーカー  作者: 厨二好き/白米良
24/26

第24話 ターニングポイント

あと2話です。

 北区の一角を覆い尽くした黒煙――と見紛うおびただしい数のバッタ型グリムリーパー――【大喰らい】。


 その巨大な影は遠くからでも視認できたことと、都市に侵入したグルムリーパー達と早々に【黄金蜘蛛】のメンバーが遭遇戦を始めたおかげで、ただでさえ危険に敏感な貧民区の人間は大方逃げ出すことができていた。今まさに呑み込まれ場所にも、ほとんど人はいない。


 逃げていないのは、【対都市級】の威容にすっぱりと自分の人生を諦めた無気力な者達くらいだろう。


 だが、そんな軽度な被害も時間の問題だ。車両があっても逃げ切れる保証など皆無であるのに、走る程度のことで空を飛ぶ死神の魔手から逃れることなど出来ようはずもない。


 事実、巨大な黒煙の一部が分離し、標的を見つけたと言わんばかり迫る速度は驚異的で、人間の足ではもうどう足掻いても逃げ切れることはなかった。


 後は、脆い人間の肉体が、鋼鉄すら粉砕してしまうグリムホッパーの掘削機によってただの塵芥となるのみである。


 この場に、奇跡の担い手がいなければ。


「破潰せよ――【天雷の砲渦】」


 そんな言の葉が世界に伝播する。と、同時に、リオが突き出した手の先で蒼き雷がスパークする。そして次の瞬間、渦巻く巨大な雷の砲撃が真っ直ぐに空へと撃ち放たれた。


 その射線上には、今まさにリオを含め周囲で固まるサカキや逃げ出してきたメイを始めとする北区の貧民達を喰らい尽くそうとしていた黒煙の一部が。


 轟ッと唸りを上げて空気すら焼き焦がしながら直進した雷はそのまま黒煙を呑み込み蒼天へと突き抜けた。


 バラバラと黒い塊が雨のように地上へ降り注ぐ。それは紛れもなく、グリムホッパーの残骸だった。


「……夢でも見てんのかな、俺」


 その言葉はいったい誰のものだったのか。分からないが少なくとも、この場の全員の気持ちを代弁していることは確かだった。


 グリムホッパーの巨大な影が一瞬動きを止める。そして、触手如き一部を伸ばすのではなく、本体ごと移動してきた。それは未知の攻撃に対する警戒故。


 様子見か牽制か、小さなグリムホッパーを張り付かせた他のグリムリーパーが廃墟の壁を突き破ってリオ達の前方に集結した。


 サカキ達に緊張が走り、非現実的な出来事の連続に停止していた思考を叱咤して銃を構える。


 だが、それより早くリオが前に出た。幾度目かの奇跡を顕現させる言葉共に。


「――【風刃の纏剣】」


 リオが持つ大剣に風が集束する。淡い蒼を纏う大剣はこんな状況にもかかわらず人の目を奪う美しさを湛えている。


 グリムウルフやグリムマンティスが絶妙にタイミングをずらしながら一斉にリオへと飛び掛った。サカキ達が反撃しようと引き金を引きかけるが……


 やはり、それより速くリオの大剣が振られ、宙に美しい剣閃が描かれる。腕の振りと手首の返しで円陣を描き、遠心力をもって刹那ごとに加速させる。


 蒼の光芒は彼等の目に焼き付き、まるでリオが無数の線で出来た円の中に閉じ込められたように見えた。


 飛びかかった数体のグリムリーパーが、大剣の結界に侵入した瞬間、その咎を受けたかのように細切れになった。


 同時に、未だリオに到達していなかったはずの、大剣が届くはずもない位置にいたグリムリーパーが冗談のように寸断される。破片が撒き散らされることもなく、合わせればそのままくっつくのではないかと思われるほど滑らかな断面を晒しながら。


 リオが円を描くように大剣を振る度に、前方から迫る死神達は同じ運命を辿ることになった。目を凝らして見れば、僅かに空気の歪みが確認できる。


――加纏・補助複合系統中位階風属性魔法 【風刃の纏剣】


 リオの最も得意とする、剣に魔法効果を付与する魔法の一つ。集束した風を不可視の刃として飛ばしたり、風の刃を伸長させて間合いを惑わす剣戟を放つことが出来る。


 もっとも、本来風属性の【纏剣】は鋼鉄を切り裂く程の威力はない。それを可能としているのはひとえにリオの技が洗練の極地にあるから。前世でも風で斬鉄をするなどといった無茶苦茶を実現できたのはリオくらいのものである。世界最高最強の魔法剣士と言わしめた理由の一端だ。


 グリムリーパー達は内蔵した火器によって散開しながら銃撃しようとする。


 しかし、その目論見もリオがただ一瞥するだけで阻止されてしまった。突如として、リオの周囲に浮かび上がったピンポン玉くらいの小さな炎塊が弾丸の如く撃ち放たれ、グリムリーパー達が展開した火器の銃口に飛び込み中の弾薬を誘爆させたからだ。


――攻撃系統下位階炎属性無詠唱魔法 【炎の礫】


 前世でももっともポピュラーで魔法を使う者が最初に覚える攻撃魔法。いわゆる、“ファイヤーボール”等といったRPG定番の炎の塊を飛ばす攻撃魔法である。


 但し、これまた、本来は鋼鉄を融解したり瞬時に中に詰め込まれた火薬に引火させたりする程の火力はない。大きさもサッカーボールくらいの大きさが普通なのだが……


 リオの【炎の礫】は極限まで圧縮されており、貫通力と熱量を数倍にまで高めているので鋼鉄を貫通するくらいわけないのである。


 ちなみに、今の一瞬でリオが放った【炎の礫】の数は十二。それを小さな銃口目掛けて全弾狙い違わず命中させた。無詠唱で。これは前世においても絶技を通り越した神業と言うべきレベル。


 周囲で誘爆させられたグリムリーパー達による爆炎の華が咲き乱れる中、リオはおもむろにダンスでも踊るかのように体を動かしながら、大剣を縦横無尽に振り回し始めた。


 何をしているのか訝しむサカキ達の視線の先で、リオの周囲に金属の残骸が散らばる。その正体はグリムホッパーだった。どうやらどさくさに紛れて個体が死角から接近していたようだ。


「対都市級という割には、やることが一々せこいな」


 リオが鼻を鳴らす。その視線の先では進撃を止めている【大喰らい】の姿があった。より人が集まっている中央へ行くべきか、解析不能の標的に全力を傾けるべきか判断に迷っているようだ。


「ならば、その迷い。俺が断ち切ってやろう。ただの一匹たりとて俺を無視することは許さん」


 リオが少年とは思えない覇気を、蒼穹の魔力と共に放ちながら宣言する。そうして、大剣をまるで天を衝くかのように頭上へと掲げた。


「来たれ、劫火の化身。煉獄の担い手。真紅の断罪者よ。求めに応え、顕現せよ。その憤怒の一撃を以て、万物に滅びをもたらせ。――【炎帝の鉄槌】ッ!」


 生み出されるは紅蓮に輝く太陽。先程の【炎の礫】がイミテーションに思える程の圧倒的な熱量が凄まじい勢いで収束されていく。掲げた大剣の先、その二十メートルは上空にあるというのに、地上のサカキ達は戦闘により流した汗が一瞬で蒸発するのを感じた。


――攻撃系統上位階炎属性魔法 【炎帝の鉄槌】


 莫大な熱量を持った直径十メートルはある炎を生み出し操る魔法だ。炎の球体自体を単純にぶつけるだけでも、ただの一撃で半径五十メートルを焦土に変え巨大なクレーターを生み出すほどの威力がある。当然、そこにあるのが巨岩だろうが鋼鉄だろうが関係なく融解させてしまう。


 このままでは、ここにいるだけ干上がり、あるいは焼け死ぬかもしれない。顕現した神秘に驚愕するよりも、そんな危機感に焦燥を覚えるサカキ達。だが、それは杞憂だった。突如、清涼な風がサカキ達全員を包み込み熱から彼等を守ったからだ。


 これも当然、リオの魔法だ。風属性の初級も初級。ただ清涼な風を吹かせるだけの魔法である。


「さぁ、受けてみろ。お前が味わったことのない人の牙を」


 リオの大剣が、タクトの如く振り下ろされる。それに呼応して、真紅に輝く太陽は唸りを上げながら死神の黒煙へと突き進んだ。


 【大喰らい】は、急迫する真紅の太陽に危機感を覚えたのか黒煙を散開させて回避しようとする。まるで空に出来た巨大なアーチのように太陽の通り道が作り出された。


 撃ち放たれた太陽はそのまま【大喰らい】の中央を素通りしてしまうかに思われた、が、


「未知の攻撃を前にそれは悪手だ」


 リオが呟く。同時に、太陽がフレアを放った。四方八方、否、全方位に向けて高熱の炎が蛇のようにのたうちながら【大喰らい】へと食らいつく。拡散する炎に【大喰らい】もまた拡散することでどうにか逃れようとする。


 しかし、その試みは少し遅かった。


ドォオオオオオオオオオオオオッ


 太陽が爆発したからだ。それはまるで超新星爆発の如く。凄まじい光輝を放ちながら世界が光で染め上げられる。爆風が瓦礫を吹き飛ばし、ただでさえダメージ過多で倒壊しかかっていた廃ビルは軒並み薙ぎ倒される。


「うぉおおおっ」

「ひぃいいい」

「きゃあああああっ」


 【黄金蜘蛛】のメンバーやメイ達貧民区の住人達から次々と悲鳴が上がった。誰も彼もが立っていられず地面に伏せながら顔を庇う。それ故に、彼の前に魔法陣が浮いていて大抵の爆風や熱波から守っていることには気がつかなかった。


 やがてICBMでも打ち込まれたのかと錯覚しそうな衝撃が収まり、耳にキィイイと小さな耳鳴りを残しながらも静かさが戻った頃、恐る恐る顔を上げたサカキ達の耳に僅かな苦さを含んだリオの呟きが響いた。


「チッ。今ので仕留めきれなかったのか……」


 威風堂々と立ちサカキ達に背を見せるリオ。その視線は真っ直ぐに前を向いている。サカキ達が自然とその先を辿れば、そこには健在する黒煙の姿が。


「マジか……いや、あの暖簾に腕押しみたいな回避能力こそが【大喰らい】の厄介さだったか」

「で、でも、結構小さくなってるような……」


 サカキが苦虫を噛み潰したような表情で呟く。その言葉通り、【大喰らい】の厄介なところは無数の小型グリムリーパーの集合体であるという点であり、それ故に一気に殲滅することが頗る付きで難しいというところ――つまり、回避能力が半端ないのである。


 もっとも、メイが同じくあわあわしながら口にしたように【大喰らい】はその黒煙の大きさを目視で分かるほどに小さくしていた。おそらく今の【炎帝の鉄槌】による爆撃で全体の三分の一は消滅したのだろう。


 その事実に、【黄金蜘蛛】や住人達の表情が僅かに綻ぶ。希望が見えたのだ。絶望しかないと思っていた状況に奇跡のように顕現した勝利の可能性。心が湧き立たずにはいられない。


 だが、そんな彼等の希望とは裏腹に、リオの声音は極めて厳しかった。


「サカキ。すまないが、メイ達を連れて急いで退避してくれないか?」


 せっかく勝利の可能性がそこにあるのに、今更なにを言っているのかとサカキが訝しむ。


 あと少なくとも三回同じ攻撃をすればラストウォー以降、人類初となる【対都市級】グリムリーパーの討伐成功という偉業がなされるのだ。たとえ、滅しきれなくとも三十年前のように追い払うことは可能である。それもほとんどの犠牲を出さずに。


 それを指摘しようとして、しかし、サカキは気がついた。リオの肩が微妙に上下していることに。手に持つ大剣の鋒が微妙にカタカタと震えていることに。そして、仁王立ちするリオの足元に……いつの間にか血溜りが出来ていることに。


「坊主……お前さん」

「悪いな。ここから先は死線を潜ることになる。皆を庇いながら、というのは少し厳しい。頼まれてくれないか?」


 何が“少し”だ、とサカキは内心で悪態を吐いた。


 今、この瞬間もリオはポタポタと血を滴らせているのだ。今までの戦いで負傷したような様子が見受けられなかった以上、戦う前から既に満身創痍状態だったということは明白だ。流れ出ている出血量は看過できるレベルではない。


「さっきの攻撃なら直ぐにカタがつきそうだが?」

「周囲から続々とグリムリーパーが集まってきている。詠唱をしている暇はくれなさそうだ。それに、魔力……あれを三度も放つ余力がない」

「集まってきてるって、それじゃあどっちみち逃げ切れないだろうよ」

「いや、おそらく俺以外には見向きもしないだろう。そんな余裕が奴等にあるとは思えない。全力で、脇目も振らず俺を殺しに来るはずだ」


 “そうなるように仕向けたのだから”とリオは肩越しに僅かに振り返って不敵な口元を歪めた。事実、中央区にまで入り込んできたグリムリーパー達は、潮が引くように現場を離脱、唖然としている応戦者達を置いてリオただ一人を狙って集まって来ていた。


「……死ぬ気か?」

「まさか。俺が死んだら誰がこの仙台エリアを守るんだ? 奴は滅する。都市の人々は守る。大丈夫さ。切り札は残してある」

「何故だ。何故そこまで……関係ねぇだろう、お前さんには。それとも不思議少年は価値観まで不思議くんかよ」


 【大喰らい】は、リオから少し距離をとったまま動かない。警戒しているようだ。チェスにおいて一斉攻撃の為に駒を配置していくが如く、周囲のグリムリーパーが完全包囲するのを待っているらしい。


 それを確認しながら、サカキの質問に、リオは答える。


「取り戻したいからだ」

「取り戻す? いったい、何を」

「かつての世界を」


 リオの揺るぎない宣言に、その場の誰もが首を傾げる。


「人が人を助け、支え合い、善意が御伽噺でない世界を。秩序と文明が人々の心と体を守り、悪意を悪だと断じて裁ける世界を」

「お前さん……」

「俺も、彼女も、こんな無秩序な世界は認めない。暴力と支配が当然の世界なんて許さない。人の世界はもっと優しくていいはずだ。もっと温かくてもいいはずだ。多くの理不尽や悪意がなくなることは有り得ないだろうが、それでも善意や良心というものを信じられる世界であっていいはずだ」


 かつて前世の世界で、リオンとアイリスはそう信じて戦ってきたのだ。生まれ直した世界が人の心も文明も荒廃した世界だというなら、再び立ち上がるだけの話。ここにアイリはいないけれど、それでもこれまでの彼女の言動から判断すれば魂が変わったなんてことはないだろう。きっと、この場にいれば、顔も知らない誰かの為にと彼女は躊躇いなく立ち上がったはずだ。


 その余りに理想的で、余りに甘くて、それ故に非現実的な言葉を、しかし、この場の誰も嗤うことは出来なかった。普段ならいざ知らず、今目の前にいる満身創痍の少年がどこまでも本気だと否応なく理解させられてしまったから。そして、それを実現できるかもしれないと思わせられたから。


 見せられて魅せられた奇跡の一端と、疲労と怪我で青白い顔のくせに揺ぎもせずやたらと大きく見える背中が、そう思わせるのだ。


「うん。私、信じるよ。リオさんと、そしてアイリさんならそんな世界を取り戻せるって。だって二人は私にとって、ううん、貧民区の人達にとって、もう奇跡そのものだもの」


 メイがそう言えば、周囲の人々も同意するように目元を緩めながら頷いた。それにリオも嬉しそうに頬を緩める。


 と、その時、リオ達の背後の道から一台の装甲車と大型武装トレーラーが埃を巻き上げながら爆走してくる音が響いてきた。瞬く間に距離を詰めた二台の車両はドリフトしながら方向転換し来た道に頭を向けると、同時に窓から眼鏡をかけた青年が勢いよく顔を出した。


「リーダーっ! まだ生きてます!?」

「ソウシっ」


 サカキがメガネ青年の名を呼ぶ。彼の名前はソウシ。【黄金蜘蛛】の副リーダーだ。


「なんか妙な状況になってますけど、さっさと逃げますよ! 早く乗って下さい! さっきの見たでしょう? でかい火の玉とか、空に飛ぶ雷とか、マジでヤバイことになってますよ! 新手のグリムリーパーかもしれない!」

「あぁ、うん。まぁ、普通はそう思うよな……」


 その新手のグリムリーパーが、まさか目の前の少年であるなどと言っても信じられないだろうなぁと頭を掻くサカキ。他の者達も何となしリオに視線を向ける。


 死神扱いされたリオは少し苦笑いしつつフィンガースナップをした。途端、サカキ達が乗っていた装甲車の下が一瞬蒼く輝き、次の瞬間には勢いよく石柱が飛び出してひっくり返っていた車両を元に戻す。


 更に、地面に向けて掌を向けて小さく呟けば、地面が同じく蒼穹色に輝きながら変形し大型のリヤカーのようなものが幾台も出来上がった。ご丁寧に前部には頑丈そうな鎖までついており、詰めれば数百人単位で乗れそうである。普通の車なら無理だろうが、軍用車の馬力なら速度は余り出せないだろうが運べないことはないだろう。


 突然の有り得ない事態に目を丸くするソウシ達迎えに来た【黄金蜘蛛】のメンバーだったが、サカキは疑問が溢れ出す前にと機先を制するようにリオへ尋ねた。


「連れて行けってか?」

「頼む」


 リオの言葉は短い。だが、サカキの心は何故か湧き立つ。今まで感じたことのない高揚が胸中を満たしていくのが分かった。


 だからだろうか。気が付けば、自然と口にしていた。


「カイトっ、車両が動くか確かめろ! 他はリヤカーを繋げ! おら、嬢ちゃん達もボケっとしてねぇで動け動け!」


 それに驚いたのはソウシだ。目を丸くして、この余裕のない状況で貧民区の住人達を護送する気なのかと。


 だが、もっと驚いたのはサカキ以外の他のメンバーが、特に驚くでもなく迅速に行動を開始したことだ。彼等の胸中にもまたサカキと同じく溢れ出す何かがあったのだ。熱く滾る何か。期待と希望で輝く、リオにくべられた何かだ。


 カイトから装甲車は二台とも動くと伝えられる。酷くダメージは受けているが幸いなことに駆動周りは無事だったらしい。


「よしっ。なら一台にはリヤカーを繋げ。もう一台は俺が乗る。悪ぃがカイト、ヒビキ、ヤマトは付き合ってもらうぞ。高火力の武器を詰み込め! テツ達は嬢ちゃん達の護衛とソウシ達に事情説明だ!」

「「「「アイサー!」」」」

「了解!」


 そのサカキの号令に、今度はリオが驚いたように目を丸くする。今の号令ではまるで……


「へっ、坊主……悪いが拒否権はねぇぞ。付き合わせてもらうからな」

「……だが」

「だがもクソもねぇ。ここはきっとターニングポイントなんだろうよ。俺達にとっても、世界にとっても。そんな面白ぇ場所から逃げ出せるかってんだ。それに、お前さんの言う切り札ってぇのを切るにはさっき以上に時間がかかるんじゃねぇのか? 【大喰らい】を前に、数百体の死神を相手にしながら切れるのかよ?」

「できるさ。やってみせる」

「だが、困難であることに違いはねぇ。そうだろう? そのボロボロの体じゃあ尚更な。……時間稼ぎくらいしてやんよ?」

「……」


 ニヤリと不敵に笑うサカキ。名指しされたカイトやヒビキ、ヤマトまで同じような表情を浮かべている。


 リオはそんな彼等を見て前世での部下や仲間を思い出した。絶体絶命、死地と言う他ない戦場で、それでも共に行こうと離れなかった戦友達。


 濃厚な死の気配を突きつけられながら、まるで瞳を翳らせない勇を示す者。


 そんな者達に対して相応しい態度というものをリオは知っている。それは心配や気遣いではない。背中に隠すことではない。


 信頼すること。並び立つこと。己の身命を預けることだ。


 故に、


「サカキ、お前に、お前達に、俺の命を預ける」

「っ、応よ。任せな!」


 サカキ達の笑みが深まった。次ぐ行動は迅速だ。わけが分からないといった困惑の表情を見せるソウシ達を半ば強引に送り出し自らはロケットランチャーを肩に担ぐ。


「坊主、いや……今から大将と呼ばせてもらうぜ。切り札ってのを切るのに、どれくらい時間が必要だ?」

「本当は戦闘しながら魔力の回復を図るつもりだったが、回復に集中させてもらえるなら……二分。二分だけ俺の邪魔をさせないでくれ」

「二分、ね。集まってきてる死神共は数百……【大喰らい】も黙ってはいないはず。それで二分ねぇ。おう、楽勝だな」


 サカキの言葉にカイト、ヒビキ、ヤマトも頷く。普通ならまず間違いなく死ぬと覚悟を決めるところだが、何故かそんな気は微塵も起きなかった。


 と、まるで図ったようなタイミングで倒壊した建物の影から次から次へと死神達が顔をのぞかせ始める。包囲網は着々と進んでいるようで朱色の光を放つ眼光が鬼火のようにリオ達を取り囲み始めた。


 幸いなのは、リオの予想通り未知の戦力であるリオを警戒し、更に全力で排除するために、撤退していくソウシや貧民区の住人達は完全にスルーしていることだ。それだけ、ただの一撃で己の存在を三分の一も削り取ったリオは脅威なのだろう。


 現に、【大喰らい】自身も決して無闇に襲いかかることなく距離を取り、更に密集度を下げて、いつでも拡散回避できるように備えている。


 リオは装甲車の後部についている荷台に飛び乗った。そして片膝立ちとなり大剣を荷台に突き刺して固定し支えとする。


 同じく荷台にサカキとヒビキが乗り込みリオを守るように両サイドに陣取る。装甲車の屋根からはヤマトが上半身を出して機関砲の銃座につき、運転席にはカイトが入った。


 【大喰らい】は依然動かない。周囲からグリムリーパーの鳴き声ともいうべき金属音が刻一刻と数を増やしていく。


 奇妙な間が戦場をぬるりと撫でていった。緊張が高まり、銃火器を握るサカキの手が汗ばむ。ゴクリと、生唾を飲み込んだのはヒビキ。その手は愛用の狙撃銃の代わりに散弾銃が握られている。ワンショットキルよりも、飛びかかってきた相手を吹き飛ばすことを狙っているのだろう。


 そんな彼等に、リオの静かな声音が届く。


「魂の輝きは淡く儚く、されど消えること無き不滅を示す。意志ある限り光輝を放ち、何者にも犯せぬ聖域を創造する――【光堅の纏衣】」


 言葉通り、儚さと力強さの両方を感じる光が、装甲車ごとサカキ達を優しく包み込んだ。


――加纏・防御複合系統中位階光属性魔法 【光堅の纏衣】


 リオが使える最高の防御魔法であり、纏っている者に堅牢な光の加護を与えることができる。その防御力は装甲車の装甲を二枚重ねにしたレベル。二度までならロケットランチャーの直撃でもさほどダメージは受けないだろうというもの。


「気負うな。相手は魂も意志も持たないただの人形だ。俺達の方が遥かに強い。ここは、俺達の(・・・)戦場だ」


 瞑目したまま、まるで深い森の奥のような静謐な雰囲気を湛えて断言するリオに、自らを包み込む光に瞠目していたサカキ達は自然と心が落ち着いていくのが分かった。


 戦力差は五対百以上。しかも、敵大将は【対都市級】――滅びの化身。


 だというのに……


「はっ、なんだってんだ、ちくしょうめ。この場にいられことが嬉しくてしょうがねぇじゃねぇか」

「リーダー、ガキっぽい。でも、同意するわ。負ける気がしない」


 不敵である。ヤマトとカイトも同じ。


 それを不遜と取ったか。


 遂に、死神達がその大鎌を大きく振り落とした。


 数百のグリムリーパー達から一斉にミサイルやらスラッグ弾やら放たれる。同時に、カイトがアクセルをベタ踏みにして装甲車を急発進させる。


 幻想と現実、奇跡と非情、人と機械の戦いの火蓋が今、切られたのだった。


お読みいただきありがとうございました。


次話の更新は、明日の18時の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ