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荒廃世界のワンダーワーカー  作者: 厨二好き/白米良
22/26

第22話 世界への宣言

あと4話です。



 騒然とする現場。


「……『来る滅びに呑まれて果てるがいい』……そういうことか」


 ダイキ達孤児院のメンバーも、人生の酸いも甘い噛み分けたアキナガ達も、そして歴戦の戦士集団である“小さな巨人”の団員達も、誰もが呆然とする中、リオが険しい表情のまま呟いた。


 それは、あのキメラ隊の自害した男が今際の際に残した呪いの言葉。奴等は知っていたのだ。【大喰らい】が仙台エリアに滅びをもたらすことを。どういう方法かは分からないが【対都市級】の動向を把握していたのだろう。


 最近、急に仙台エリアに現れて人々を誘拐していたのも、あるいは間もなく滅びがもたらされることを知って奪えるものは奪っておこうという意図だったのかもしれない。


 リオが遠くの空に視線を向ければ、先程通り過ぎた奴等のヘリが遥か上空で旋回している姿が見える。彼等がグリムリーパーのブラックボックスである動力炉やCPUばかり回収していたことから推測すると、グリムリーパーについて研究しているのかもしれない。今回も、【対都市級】の観察に徹するつもりなのだろう。


 数が多いのは、自分達に牙が向かれたとき、少しでも情報を持ち帰れる可能性を増やすためか。いずれにしろ尋常でない在り方だ。


 リオは上空を睨みつけると共に、探査魔法に感知している滅びと同義の巨大な黒煙へと意識を向けた。


 【対都市級】は歴史上五体しか確認されておらず日本においては前回目撃されたのが十年前という超希少存在だ。半ば伝説と化して存在を疑っている者すらいる【神話級】の三体を除けば、実質的に最強の死神である。


 日本でも【大喰らい】が目撃されたのは三十年以上前だ。


 そのときは、東京や千葉を中心とした一大都市を軒並み壊滅させた。被害は数十万人に及んだと言われ、都市総力を以て死に物狂いの反撃を行い、黒煙を構成するグリムホッパーを三分の二ほど削ったときには、既に被害は数十万人、都市機能は喪失状態だったという。


 なお、残りのグリムホッパーはそのまま何処かに飛び去っていき、どうにか全滅を免れた関東圏の人々が寄り集まって出来たのが、今の富士エリアである。


 更に悪い報告は続く。


『っ、団長。【大喰らい】の足元から死神共が溢れ出てきます。目算で百数十。くそ、まるで【大喰らい】の奴が統率してるみたいだ。三十年前はこんなことなかったのにっ』

「対団級以下が呼応しているのか……」

『それに団長。【大喰らい】の大きさが三十年前のよりでかく見えます。野郎、規模を増してやがる』

「……どれくらいでエリアに入る?」

『到達までは、およそ五分。……団長、ご決断を』


 無線を通してウエスギへ団員の強ばった、否、もう悲愴とすら言える言葉が伝わる。廃ビルの屋上から急迫する【大喰らい】と、呼応するグリムリーパーの大群を見ているであろう部下の言葉の意味を、ウエスギは正確に読み取った。


 すなわち、仙台エリアを捨てて速攻で他の都市へ撤退する決断を、と。


 部下の進言は正しい。


 かつてグリムホッパーを辛くも退けた関東エリアの総戦力はおよそ二千人と言われている。対して、この仙台エリアの総戦力は“小さな巨人”の約六百人に他の討伐者達を加えても千五百人を超えるかどうかといったところ。まして、新人や十分な装備を揃えていない弱小討伐者を抜けば千人を割るかもしれない。


「……足りなかった。時間も、力も、このときのために蓄えてきたというのに。私はまた……蹂躙されねばならないのかっ。あのときのように。あの死神の暴威にっ。まだ私から奪い足りないというのかっ、大喰らいッ!!」


 ウエスギの食いしばった口元から血が滴り落ちる。


 その言葉から察するに、どうやらウエスギは三十年前の【大喰らい】による関東エリア壊滅の当事者らしい。ここまで大きな討伐者集団を纏めたのも、きっと何もかも奪われた悲劇を繰り返さないためだったのかもしれない。


 事実、襲撃してきたのが三十年前の【大喰らい】ならば仙台エリアの総戦力で対抗できた可能性が高かった。というのも、ウエスギが蓄えてきた装備と戦術には対【大喰らい】用とも言うべきものが用意されていたのだ。


 ところが、ウエスギの部下が見た【大喰らい】の黒煙の大きさは三十年前の倍の規模。そして、ダメ押しのようにグリムリーパーの大群……


 ウエスギが都市の総戦力の半数近くを掌握している驚異的な将であったとしても明るい未来は期待できそうになかった。


 歴史は繰り返す。


 かつて【ラストウォー】直後の時代に、復興を目指してリーダーシップを取る者は多くいた。希望の光を掲げながら人々を纏め、反撃と繁栄の意志を世界に示した者達。


 そんな彼等は、まるで運命に導かれるように強大な死神と相対し、例外なくその鎌によって命を刈り取られていった。


 ウエスギもまた、その内の一人なのかもしれない。何もかも怖いと言いながら、多くの人間を纏める彼という存在を、この荒廃世界は、パトリック・ゴールドバーグの遺志は、許さないのかもしれない。


 ならば、


「その運命は、俺が斬り裂こう」


 リオが静かな声音で決意を言葉にする。


 そして、おもむろに一歩を踏み出した。方角は北へ。言葉通り、パトリック・ゴールドバーグが遺した運命を、この荒廃世界にこびり付いた常識を、あらゆる理不尽を、斬り裂き断ち切るために。


「っ、動くな。いったい、何をするつもりだ」


 ウエスギが下がっていた銃口をハッとしたようにリオへと向けなおす。彼にとっては【大喰らい】も、【魔法】なんて未知を操るリオも、等しく排除すべき異常であり脅威なのだろう。


「そんなことをしている場合か? 銃口を向ける相手を間違えているだろう?」

「黙れ。私は、何をするつもりかと聞いている」

「そんなこと、決まっているだろう」


 その場の全員が注視する中、リオは何の気負いも感じさせず、されど絶対の意志を込めて口にした。


「死神を、討滅する」


 余りにあっさり吐かれた非常識な言葉に、一瞬、空気が凍る。それは相対するウエスギも例外ではなかったが直ぐに我を取り戻すと、この状況で戯言を吐いたリオに向かって引き金を引いた。


 パンッと乾いた音が響く。せめて目前に迫るグリムリーパーの脅威を前に後顧の憂いを断っておこうとしたのだろう。単純に、腹が立ったというのもあるかもしれない。


 しかし、そんなウエスギの意思を乗せた弾丸は、やはりリオの眼前で小さな魔法陣にせき止められる。


 リオの背後で、カンナ達が憤りの視線をウエスギへ叩きつけるのが分かった。リオは、手振りで抑えるように合図を送りながらウエスギに視線を合わせる。


 苦々しい表情のウエスギに、しかし、リオは撃たれたとは思えないほど穏やかで好意的な眼差しを向けた。


「ウエスギ。俺はお前を死なせはしない。お前は、これから先の未来に必要な存在だ」

「……何を言っている」


 僅かに困惑の感情を覗かせたウエスギへリオが続ける。


「お前だけじゃない」


 リオの視線が周囲を巡る。静謐な深林のような雰囲気。されど、その瞳の奥には轟々と燃え盛る意志の炎が垣間見える。


 誰もが視線を逸らせずリオを凝視するように見返す。目が合う度に心の内へ何か熱いものを送り込まれるような感覚を覚えながら。


 それは次に発せられた言葉によって、より顕著となった。


「この手が届く限り、誰かの悲鳴が聞こえる限り、俺は求める者の剣となり盾となろう。この地を、俺達の故郷を、滅ぼさせなどするものか」


 理解できない。ウエスギにも、その部下達にも、そしてきっとこの荒廃した世界に生きる人々の多くも“守護者たる者”の言葉は余りに非現実的過ぎた。数百年かけて荒んでいった世界と人の心からは、“顔も知らない人々を守る”なんて言葉は、それこそ御伽噺の中だけの存在なのだ。


 だが、それでも一つだけ理解できることがある。理解させられたことがある。


 それは、目の前の少年が本気で“大喰らい”に挑むつもりであること。


「……正気の沙汰とは思えん。あれは三十年前より更に規模を増している。たとえ、今の倍の戦力があっても――」

「勝算の話じゃないんだよ、ウエスギ。これは引いてはならない戦いだ。少なくとも俺にとっては。故に、勝てるか? ではなく、勝たなければならないんだ。どんなに絶望的でも勝利を引き寄せなければならない、そういう戦いなんだ」

「チッ、ただの子供か。理想と現実の区別もつかんらしいな」


 ウエスギの言葉にリオは苦笑いを零す。


「騎士とはそういうものなのさ。己の背後に守るべき者がいる限り、敵に背を向けることは許されない」


 騎士とは、ある意味、この世でもっとも馬鹿で面倒な上に至難の称号と言える。


 なぜなら、騎士に卑怯は許されないから。嘘は許されないから。正面から正々堂々という、戦場ではいっそ愚かとしか言えないような戦い方をせねばならないから。傭兵のように勝算を考慮して戦場は選べないから。ただ一人でも守るべき対象が背にいる限り、ただの一歩だって引くことは許されないから。


 騎士は美徳を尊び、正しさを示さなければならないのだ。その存在をもって規範を示し、理想を体現しなければならいのだ。


 半世紀以上を騎士として、それもそのトップとして生きてきたリオにとって理不尽に嘆く人々に、“助けてくれ”と叫ぶ誰かに、手を差し伸べることは既に生き方そのものになっている。それこそ、それに反すれば魂が先に死んでしまうと思えるほどに。


 わけがわからないといった様子のウエスギ達に、リオは、まるで世界そのものに宣言するかのように言葉を紡いだ。それはリオが自身に向けた誓いの言葉でもあったのかもしれない。


「……今日、この日、この場所から、時代は変わる。“ラストウォー”によって死神が跋扈し、人類が衰退するこの荒廃世界は終わりを告げる。――俺が終わらせる」


 誰も何も言えない。途轍もない危機が迫っているというのに、その場は驚くほどの静謐で満たされていた。まるで、リオの宣言であり、宣誓であり、挑戦状でもあるその言葉に世界そのものが息を潜めたかのようだ。


「お前は……」


 そんな中、ウエスギが何かを言おうと口を開きかける。


 しかし、その口は直ぐに閉じられた。何を言うべきか、彼自身にも分からなかったのだ。ただ、物理的な圧力さえ伴っていると錯覚してしまうほどの圧倒的な意志の発露に、こみ上げてくる感情を抑えきれなかったのである。


 と、その直後、リオから蒼穹の光が迸った。同時に、小さな呟きが世界へ伝播し何もないはずの地面から武骨な大剣が生み出される。


 ただの発光現象などではない。本物の魔法の発現にウエスギを含む団員達が瞠目する。


 螺旋を描いて天へと登る蒼穹の光の中で、リオは生成した大剣を手に取り、円を描くように回転させた。


 その抜剣姿は流麗の極地。宙に描かれた大剣の軌跡に誰もが思わず目を奪われる。


「皆、貧民区の人達の避難を頼む。北区は激戦になるだろうから、逃れた人達を誘導してくれ。指揮はアキナガさんに任せる」


 足元に無詠唱で魔法陣を展開しながらリオが言う。


 ウエスギ達とのやり取りを黙って見守っていたものの、【都市級】と戦うというリオの宣言には流石に度肝を抜かれたようで、瞠目していたダイキ達孤児院のメンバーやアキナガ達はハッと我を取り戻した。


「ば、馬鹿! あんた自分が何を言ってるか分かってんの!? いくらあんたが強くても、相手は都市を丸ごと消せる怪物よ? それに、あんた今自分の体がどうなってるか分かって――」

「カンナ」


 カンナが心配と気遣い、そして焦燥が綯交ぜになった表情で制止の言葉を紡ぐ。しかし、それはリオの呼びかけで塞き止められた。


 リオは、背中を向けたまま肩越しに振り返りつつ、力強い眼差しと口元に浮かべた不敵な笑みをもって答えた。


「俺が家族を後ろにして、何かをしくじったことがあったか?」

「それは……でもっ」

「それに北区にはハナさんやメイみたいに知り合いも多くいる。誰かが奴の相手をしなきゃ北貧民区は真っ先に壊滅してしまう。アイリを取り戻したとき、帰る場所がないというのも悲しいことだ」

「分かってるっ。分かってるけど……」


 それでも、たとえ常識外の神秘を扱えるのだとしても、大切な家族があんな化け物と正面から相対するなど容易には看過できない。まして、リオは黄泉の坂から戻ってきたばかりで、カンナを含め家族の胸中には“リオの死”という恐怖がこびりついている。


 それが、リオへの“何とかしてくれる”という普段の信頼にブレーキをかけていた。リオの状態が未だ思わしくないということも後押ししている原因の一つだ。


 そんな動揺するカンナへ、そして他の子供達へ、紡がれたリオの言葉はたった一言。


「大丈夫」


 それは魔法よりも尚、魔法の言葉だ。


 リオが一度そう宣言すれば、今まで一度だって大丈夫じゃなかったことなどないのだ。孤児院の家族にとって、リオを知る者達にとって、そう宣言されてしまえば“あぁ、何とかなるかも”と無条件で思わされてしまう。もしかしたら、異世界の魔法剣士がこの世で最初に行使した魔法と言えるかのかもしれない。


 だから、


「っ……ああっ、もうっ! 分かったわよ! た・だ・しっ。あんたにも、私達にも、いっちば~ん大切なやらなきゃいけないことがあるんだからね! こんなところで死んだりしたら、ぶっ殺すわよ!」


 カンナは何だか地団駄を踏みそうな表情をしながらビシリッとリオに指を突きつけてそう宣言した。心配だし、本心ではリオの魔法を知ったとしても無茶だと思うし、アイリを探しに行くことを優先すべきだとも思う。


 けれど、きっと“救う”と決めたリオを止めることなど、この世の誰にも出来ないことなのだ。そして、そんなリオを全力でいつも肯定していたアイリがもしこの場にいれば、きっと同じように“人々を放っておけない”なんて馬鹿なことを言って、されど本気で走り出すに違いないのだ。


 そう、リオと共に。


 そして、そんな善意や恩義を超えた温かなものにカンナは救われたのだ。ならば、これ以上引き止める言葉など口にできるはずがなかった。


 それはカンナ以外の者達も同じで……


「リオ。……お前を信じる」


 ダイキが、絶大なまでの信頼を乗せた眼差しを向ける。


「あはは、カンナ姉。言ってることが無茶苦茶ですよ。でも、今回は僕もカンナ姉の意見に賛同しましょう。……リオ兄。死ぬなんて許しませんよ」


 カンナの言葉に笑みを浮かべながら、しかし、その瞳にはどこまでも真剣さを宿してレンが言う。


「ふむ。避難誘導なら任せてもらおう。この老骨に、今一度、奇跡を見せてくれ」


 アキナガが、眩しいものを見るような眼差しリオを見つめる。


「あらら、私ったらもしかしなくても歴史的な瞬間に立ち会っているんじゃないかしら? ふふ、楽しみよ。言葉通り、時代が変わる音を聞かせてちょうだいね。リオ」


 エリカが少し頬を上気させながら冗談まじりにウインクをする。


「あ~、まぁ、なんだ。帰ってきたら、もう俺を師匠と呼ぶんじゃねぇぞ。居た堪れねぇからな」


 苦笑いしながらジュウゴが軽口を叩く。


「お兄ちゃん頑張れ!」

「グリムリーパーなんて、全部ぶっ潰しちゃえ!」

「リオにぃは無敵だぁ!」

「がんばれぇーー!! にいちゃん!」


 ヒナやミナトを筆頭に孤児院の子供達から声援が飛ぶ。そこには微塵も憂いが見られない。無類の信頼が、【大喰らい】を前にしてもリオの勝利を疑わせない。


 リオは、そんな背後の家族に嬉しそうな笑みを浮かべると、再度、ウエスギに視線を向けた。


「ウエスギ。俺は行く」


 言葉はそれだけ。だが、言葉以上に瞳が語る。


 すなわち


――お前はどうする?


 と。


「っ」


 それは問いかけだ。三十年前に刻まれた恐怖、抗うために築き上げた力、それを放ってこのまま何もせずに終わっていいのか? という、まるで湖面に石を投げ込むが如く、ウエスギの心を波立たせる問いかけ。


 返答は聞かない。時間もいよいよ切迫してきていることもあるが、ここから先のウエスギの決断にリオが介入する余地はないから。


「それじゃあ皆、また後で。時代が変わった後に」


 リオは、向けられる銃口も無視してそれだけ言うと足元に展開していた魔法陣を炸裂させた。


――補助系統下位階風属性魔法 【風の回廊】


 圧縮した空気に魔力を付加し、一気に炸裂させることで大跳躍を可能にする魔法だ。魔法陣を維持することで空中での足場にすることも出来れば、方向性を操作して強烈な踏み込みに利用することも出来る。扱いには繊細さが要求されるので長時間の連続しようは難しいが、短時間であれば空中を跳び回って三次元戦闘をすることも可能になる。


 一瞬にして砲弾の如く空へと飛び出したリオは、空中で更に蒼穹の波紋を生み出しながら幾度も跳躍・加速し、そのまま北へと姿を小さくしていった。


 後に残されたウエスギは、それを何とも言えない表情で見つめる。


『団長。グリムリーパーの先陣が貧民区に侵入しました。どこかの討伐者が遭遇戦を始めています。大喰らいも、もう数分で貧民区に。残りの団員はもう間もなく合流できます。……ご決断を』

「……他の討伐者達の動きは?」

『遭遇戦になった不幸な連中以外、大半は逃げ出しています。他は……ただパニックになっているだけのようで撤退すら出来ていません』

「中央は?」

『混乱し過ぎてまともに逃げられずにいます。……残念ですが、“殲滅”の可能性もありそうです』

「そうか……」


 監視役の部下の言葉には諦観が含まれていた。この仙台エリアにおいて生き残れる者がいるとすれば、それこそ奇跡だと思っていることがありありと伝わる。


 それはウエスギも同じだった。リオの言葉に、その意志に、まるで鋭い杭で心臓を射抜かれたような錯覚に陥りながらも、指揮者としての冷徹で冷静な部分が此度の【大喰らい】の討伐など不可能だと訴えていた。


 それ故に、ウエスギの心が、本隊である自分達に合流しようとしている残りの全団員と共に他都市への撤退に傾きかけた、そのとき、


「ジュウゴ、エリカ、レン。お前達の伝手を使って、可能な限り住人を北から遠ざけろ。ダイキは工場へ、カンナは私と北から逃げてきた者達を誘導する。ジープの準備を。キキョウは子供達を連れながら西区の者達に声をかけよ」


 アキナガの威厳と落ち着きに満ちた声音が響いた。与えられた指示に、ダイキ達は直ぐさま力強く頷くと一気に散開していく。


 この状況で別行動をとる――その理由は指示の内容を考慮すれば明白だ。


 ウエスギが口を開く。


「逃げないのか」

「逃げるとも。リオと【大喰らい】の戦いに、子供達を巻き込ませるわけにはいかんし、他のグリムリーパーが襲ってこんとも限らんからな」

「そうではない。この都市を捨てて逃げようとは思わないのか、と聞いている。まさか、本当にあの男の言葉が実現すると思っているのか? 確かに奇怪で理解の及ばない力を使えるようだが、あれは人類を殲滅するためだけに生み出された正真正銘の死神だ。ちゃちな兵隊共とはわけが違う。個人が勝てる道理など――」


 語るウエスギに、アキナガは面白そうに口元を歪めながらその言葉を遮った。


「いつになく饒舌ではないか、ウエスギよ。そんなにリオの言葉は響いたか?」

「……なにを」

「まぁ、お前さんの言葉は当然なのだがな。しかし、そんな当然を当然の如く斬り裂き踏み越えるのがあのリオという男だ。死神だから勝てる訳が無い? ならば、今日、人は神殺しの奇跡を見ることになるのだろうよ」

「……」


 余りに揺るぎないアキナガの言葉に、ウエスギは遂に黙り込んでしまった。


 アキナガは、そんなウエスギから、もう語り合うことはないと言わんばかりに視線を逸らすと、ぎこちないながらもジープを運転してきたカンナに代わり運転席へと乗り込み、そのまま北へ向けて加速していった。


 既に、キキョウが纏めた子供達やダイキ達の姿はない。それぞれ生き残る為に全力を注ぎにいったのだ。


「団長」

「……離脱する。総員に伝えろ。我等“小さな巨人”は、西へ(・・)向かう」

「っ。了解ですっ」


 ウエスギの言葉の意味を正確に理解した幹部の部下は、洗練された敬礼を行うと直ぐさま行動に移った。何十人という団員達が一斉に動き出す。


 ウエスギもまた自分の装甲車に乗り込んだ。そして、運転席の部下に発進するよう指示しながら、小さな窓よりスッと細めた眼差しを北へと向けた。


 その瞳には、さっきの激情が嘘だったように冷徹な光が湛えられている。


「……何が奇跡だ」


 視線の先で見慣れた爆炎が上がり、耳に聞き慣れた轟音が響くのを感じながらウエスギはポツリと呟いた。


 そうして、その進路を西に向けながらその場を後にするのだった。


お読みいただきありがとうございました。


次話の更新は、明日の18時の予定です。

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