第17話 選択
体内を駆け巡る懐かしき感覚。
熱くもあり、冷たくもある、生命の活力とはまた別の力。
今なら分かる。その正体が。灰色世界の秘密が。今まで、巨大な貯水タンクに対し、針で空けた穴から漏れ出した雫程度しか扱えていなかったことが。
すなわち、それは【魔力】
この荒廃世界において、誰一人として認識していないだろう奇跡の力。旧世界の物語に度々現れるものの、幻想としてしか認識されていなかった力だ。
(生まれ直し? あるいは生まれ変わりか? まぁ、なんでもいい。今、必要なのは……)
瀕死のはずなのに、立つどころか身じろぎすることすら出来るはずがないのに、死神と雷雲が見守る中、蒼穹の光を乱舞させるリオは、ゆっくりと立ち上がった。
「降り注ぐ陽に満たされよ、輝く月に抱かれよ。この手に光を、生命の輝きを――【癒しの天光】」
雨音に紛れるほど小さな呟き。されど、まるで水面に石が投げ込まれ波紋が広がるように、その力ある言葉は言霊となって世界へ浸透した。
その結果は――奇跡の顕現。
蒼穹の蛍火がリオを中心に舞い上がり、穴だらけの悲惨の体を少しずつ癒していく。
天へと昇る数多の燐光に包まれ、ゆらゆらと髪を舞わせるリオの姿は、さながら御伽噺の中から飛び出て来たかのよう。まさに、幻想神秘の体現者。
「生まれ変わっても治癒魔法は苦手か。だが、応急処置としては十分だ」
アイリのそれとは比べ物にならない。止血と、傷口を辛うじて合わせた程度の効果しかない自身の魔法に、苦笑いを浮かべざるを得ないリオは、しかし、スッと表情を引き締めると、おもむろに手を地面にかざした。
そして、再び紡がれるこの世界には存在しない詠うような言の葉。
「大地よ、弱者たるこの身に一時の刃を――【大地の爪牙】」
直後、かざした掌の先、泥と血に汚れた地面から蒼穹の光が立ち昇った。その先で、いつか選ばれた者に抜かれるのを待つ伝説の剣の如く、鈍色の大剣がせり出てくる。装飾など皆無の無骨な両刃の鉄剣。刃渡りは一・五メートルはあるだろう。幅も三十センチと広く、知る者がいれば大剣の代表格“クレイモア”に似ていると判断したに違いない。
――生成系統中位階地属性魔法 【大地の爪牙】
土や鉱物、金属等に干渉して、造形・加工し武器等を作り出すことが出来る魔法だ。
リオは当然のように、大地から生み出されたその剣を手に取った。そして、慣れた手つきで円を描くように振る。
リオに剣術の嗜みなどない。もっと言えば、この荒廃世界に剣を扱う者など存在しない。鉄の刃に意味はなく、趣味に走る余裕もない。故に、“剣”とは過去の遺物だ。ナイフ以上の刃など存在しないのだ。
だというのに、リオの描く軌跡は洗練の極地。大剣故の轟ッという風切り音を鳴らしながらも、その流麗な動きは、降り注ぐ雨を弾いて水の円を宙に描く。弾かれた水滴で作られた円環は、まるで水で出来た鞭を振るっているかのようだ。
ギィイイイイッ
標的が、武器を手に取ったことで正気に戻ったかのように、周囲のグリムリーパーが金属の咆哮を上げた。その朱色の瞳の奥にある高感度センサーは、どこか必死さすら感じさせる勢いで目まぐるしくリオを解析している。
だが、いくら解析して、どれだけデータを検索しても、今、眼前で起こっている事象を説明できるデータは皆無だった。当然、その対処法など分かるはずもない。
故に、既存のデータのみで判断した。
少なくとも、標的が持っている武器はただの刃物に過ぎないと。原始的な武器であり、脅威ではないと。
咆哮一発。先程、リオの首筋に爪を突きつけていた狼型グリムリーパー〝グリムウルフ〟が、顎門を空けてスラッグ弾を放ちながら、一気に飛びかかった。
対して、乱舞させていた蒼穹の燐光を、その意思一つで集束し、一瞬で体と大剣に纏とわせたリオは、視線すら向けずに下段から天へ向けて無骨な大剣を振り上げる。その動作には、大剣の重さも、重傷の影響も感じさせない。
だが、いかに流麗に剣を振れたとて、放たれた弾丸を、それも高威力のスラッグ弾を相手に、たかだか鉄剣でどうしようというのか。普通なら、無謀を通り越して哀れみすら覚える行為だろう。
しかし、顕現した奇跡は、その常識をあっさりと覆す。
ザンッ
と、スラッグ弾があっさりと切り裂かれた。見事に中心を捉えた剣線は、余りの鋭さ故か、スラッグ弾を爆発させることもなく綺麗に両断して左右の彼方へ放逐する。
その後ろから、絶妙なタイミングで肉迫したグリムリーパー。機械故に驚愕はない。だが、きっと、もし感情を持ち合わせていたのなら、こう言ったに違いない。
――そんな、馬鹿な……と。
もはや止まれぬ空中で、グリムリーパーはその爪牙を振るおうとする。だが……
直後、天に掲げられていた大剣が、先程の斬撃の逆再生のように振り下ろされ、同じく鋼鉄であるはずのグリムウルフを、まるでバターを切り取るように一瞬で斬り裂いてしまった。
「身体強化は“クラスⅠ”で十分か……だが、今はお前達に構っている暇はない。オーバーキルでいかせてもうらぞ」
夜闇の中に映える蒼穹。
それが一際強く煌めいた瞬間、この場の狩人と獲物の立場は逆転した。一瞬で、幾条もの蒼閃が翻り、その度に鋼鉄の死神が断末魔の悲鳴を上げる暇もなくスクラップと化していく。
【終末戦争】以来、有り得なかった光景。否、かの戦争の最中であっても、このような非常識、あるはずがなかった。人が、銃火器で武装した鋼鉄の獣を、ただの鉄剣で切り裂き駆逐していくなど……
その光景は、やはりどこか冗談じみていて御伽話のようだった。
ものの数秒。
たったそれだけの時間で、弱い部類だとはいえ群れをなした死神は全滅した。合わせれば、またくっついて再起動するのではないかと思うほど、一刀の元に両断された断面は鮮やかだ。
死神達の残骸の中で、生み出した大剣を片手に佇むリオ。その視線は、雷雲の彼方へと向いている。連れ去られてしまった最愛を見つめるその眼差しは、酷く切なげで、同時に凄まじい憤怒を宿していた。
リオの足元に蒼穹の光が渦巻き、複雑幾何学模様の描かれた円陣が発生する。
「逃がしはしない」
そう呟きながら、アイリを乗せ彼方へと飛んでいったヘリを追うべく、空中に足場を作り連続して宙を跳べる魔法を発動しようとするリオ。
だが、飛び出そうと足に力を込めたその瞬間、
ドゴォオオオオオオオオオオオンッ!!!
遠くで爆音が轟いた。
ヘリに乗り込んだキメラ隊は数十人程度だった。かつて仙台城跡地付近で襲撃を受けたときよりずっと少ない。アイリを連れ去ったのは、キメラ隊の一部に過ぎないことは明白だ。
ならば、轟く破壊音は……
「ダイキ達か……」
ギリッと噛み締めた唇の端からポタリと血が滴り落ちた。
本当は直ぐにでもアイリを追いたい。今なら、まだ間に合うだろう。
だが、家族の窮地を放っておくなど――出来ない。それをしてしまえばリオはリオでなくてなってしまう。何より、家族の全てを見捨てて自分を助けに来たリオを知れば、誰よりもアイリが傷つくことになる。
それは絶対だ。彼女は絶対に、そんなリオの決断を許さない。生まれる前も、そうだった。
一瞬の瞑目。
スッと目を開いたリオは、葛藤を振り払うように頭を振り、そして、雷鳴轟く暗雲の彼方を見つめて魂から湧き出た言葉を吐く。
「アイリス……世界が変わっても再び君に会えた。……あの時の誓い通り、俺達の魂は共にある。必ず、必ずもう一度、君を見つけ出す。待っていてくれ」
リオの瞳に鮮烈な決意が宿る。
それは誓い。
何の因果か再び生を受け、しかも最愛と奇跡のような再会を果たした。出会った瞬間、互いに見つけたと思ったのは、アイリの魂にも前世において積み重ねた想いが刻まれていたから。
なんという奇跡。なんという幸福。
ならば、諦める理由など微塵もない。離別の運命など認めない。かつて、異なる世界で“最強”と称された力を以て全ての理不尽を薙ぎ払い、届かなかったこの手を今度こそ届かせて見せる。
スッと空の彼方へ伸ばした手。何かを掴みとろうとするように、リオは広げた掌をグッと握り締めた。
そして一拍。肩から力を抜くと、リオの視線は既に家族のもとへと向いていた。
「鼓動を打ち、伝播せよ。――【光鼓の波紋】」
三度、紡がれた言霊。
蒼穹の波紋が、リオを中心に放たれる。
――補助系統中位階光属性魔法 【光鼓の波紋】
薄く引き伸ばした魔力を波のように放ち、無機物、有機物に限らず周囲を立体的に探知する魔法だ。音の反響を利用するソナーの魔法版である。
「これは……サクラばあちゃん!? まずいっ」
リオの探知魔法は、孤児院の子供達を守ってキメラ隊の攻撃をどうにか凌ぎつつも、今にも押し切られそうなダイキ達の姿を捉えていた。しかも、一人、明らかに生命力を弱らせている人物――サクラがいて、直ぐ傍でカンナが縋り付いているのが分かる。
リオは、クラウチングスタートのように身を沈めると、再び、蒼穹の光を体に纏わせた。
――補助系統下位階無属性魔法 【身体強化クラスⅠ】
魔力を体内で循環させつつ、同時に体外に纏わせることで身体能力を底上げする魔法。体の内外に強化スーツを纏うようなものだ。
同時に、かつての世界でもリオにだけ許された特別な力――固有魔法を発動する。世界の色はそのままに、降りしきる雨粒の一つ一つが空中に制止した。否、よく見れば少しずつ落ちてはいるのだが、その速度が遅すぎて止まっているように見えるのだ。
その灰色世界と似て非なる世界において、リオは一気に力を解放した。
刹那、リオの姿が掻き消えた。
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「おばあちゃん! サクラおばあちゃんっ! しっかりして! 死なないで!」
連続した銃撃音と轟く雷鳴の中、カンナの悲鳴じみた絶叫が木霊する。血の滲む包帯が巻かれた痛々しい足を地面に投げ出しながら、縋り付くように手を伸ばす先には倒れたまま動かないサクラの姿が……
その胸からは大量の血が流れており、呼吸は弱々しい。口からもごふっと咳き込む度に血が溢れ出している。
サクラは、弱々しく、深い皺や傷が刻まれた手をカンナに伸ばした。カンナは、直ぐさまその手を取り、両手で祈るように握り締める。
「カ、ンナ……みんなと、一緒に……生きや。絶対、あきら、めたら……あかんで」
「話さなくていいからっ。リオが、直ぐにアイリを連れてくるからっ」
カンナの頬に雫が流れる。それは決して雨だけではない。否応なく理解してしまっているのだ。サクラはもうダメだと。それでも、もしかしたらと、今、アイリが駆けつけてくれればまだ、と、僅かな可能性に縋って必死に声をかける。
すぐ近くで、必死にライフルの引き金を引いてキメラ隊に接近されないよう迎撃しているダイキが、チラリと視線を向ける。その表情は苦みばしっており、噛み締める唇からは血が滴り落ちていた。
サクラが、そんなカンナとダイキを今にも閉じそうな目で優しく見つめながら、途切れがちな言葉を紡いだ。これが最後の言葉だというように、しっかりと子供達に言い聞かせるように……
「ええ、か……よう聞き。いつ、でも……手を、伸ばすんやで……伸ばし、続けるんや。願いに、な。……こん、な……世界でも……願って、手を……伸ばし続ければ……叶うんや。捨てた……もんやない。なんも……捨てたもんや、ないんや……忘れたら、アカンで」
「分かったっ。分かったからっ」
「リオ、とアイリを、頼んだ、で。あの子等は……ぎょうさん、背負う……やろう、から。支えたって、や」
「当たり前よっ。大丈夫だから! ずっと皆、一緒だからっ」
カンナの言葉を聞いて、サクラはどこか安心したように微笑んだ。死の旋風が吹き荒れる戦場とは思えないほど、穏やかな表情。
「せや、な。みん、な……自慢の、子等や。なんも……心配、いらんなぁ」
「おばあちゃんっ」
「くそっ、ばあちゃんっ」
サクラの瞳から、少しずつ光が失われていく。ずっとカンナ達身寄りのない子供達を慈しんできた優しい眼差しが、ここではない何処か遠くに注がれる。それはきっと過去の軌跡。サクラが歩んできた彼女自身の優しさで溢れた道程。
最期の時が近い。鋼鉄の死神とは違う、本物の死神が大切な祖母を腕に抱こうとしている。それを察して、カンナだけでなく、ダイキも悲鳴じみた絶叫を上げる。
しかし、サクラはどこまで穏やかに、まるで、今直面している危機ですら、どうにかなると確信しているように、今度こそ本当に、人生最後の言葉を愛した子供達全てに届けと紡いだ。
「幸あれ、や。……私の子等に、幸あれ、や……」
そうして、そっと眠るように目を閉じた。二度と開くことのない目を。
「ぁ……あ、あぁあああああっ」
「……くそ……くそぉっ」
カンナの慟哭が響き渡った。ダイキの激情を孕んだ悪態が木霊する。それにより、他の者達も、サクラの死を察したのだろう。あちこちで同じような慟哭が上がり、誰もが表情を悲痛に、あるいは憤怒に歪めた。
しかし、感情の大波に呑まれている暇はなく、世界の理不尽は容赦なくカンナ達に牙を剥く。精神的動揺により僅かに乱れた反撃の隙を突いて、キメラ隊が一気に攻勢に出たのだ。
「ッ――。ヤバイッ、カンナ! 下がれっ」
「……」
いつの間にか、左右にも展開していたキメラから凄まじい砲火が加えられる。少し離れた場所にいたアキナガやレン、ジュウゴ達も銃撃に晒され身を隠した壁際に釘付けにされてしまった。
援護が期待できない以上、少し突出した場所にいたダイキ達も下がらねば孤立してしまう。だからこそ、ダイキはカンナを援護しながら場所を移動しろと指示したのだが……
カンナは、サクラの亡骸を前に俯いたまま動こうとはしなかった。
「カンナっ」
ダイキが、必死の形相で引き金を引きながらカンナに呼びかけるが、やはりカンナは動かない。否、ゆらりと幽鬼を思わせる挙動で立ち上がった。
足を撃たれているため重心が片方に傾いているが、それでも普通なら痛みで立ち上がることなど出来ないはずだ。だが、まるで気にした様子はなく、明らかに尋常でない様子だった。
「カンナ! 何を呆けている! 早くさが――」
「殺してやる」
ダイキの言葉を遮って、普段のカンナからは想像できない程、冷たく凄惨な声が漏れ出した。雨に垂れ下がった髪の隙間からは、炯々とした眼光が覗いている。その光は、殺意の光。サクラを殺されたことに対する憎悪と憤怒で空を覆うの暗雲の如く濁っていた。
どうやら、復讐心に囚われて、視野狭窄状態に陥っているようだ。その手に敵から奪ったライフルを持って、今にも銃撃の嵐の中へ飛び出して行こうとする。
「自殺でもする気かっ」
「うるさいっ! あいつ等、おばあちゃんをっ! 絶対、許さないっ!」
隠れている瓦礫の影から出ていこうとするカンナを、ダイキは片腕で抱き抱えるようにして制止する。それに対し、暴れて振りほどこうとするカンナ。
そんなことをしていれば、当然、ダイキの銃撃も疎かになるわけで、
ダッダッダッダッダッ!!
フルオートで放たれた集中砲火が、ダイキ達が盾代わりにしている遮蔽物を瞬く間にただの破片へと変えていく。
ダイキは、カンナの頭を抱えて、ただでさえ大きな体を可能な限り小さくした。もう一メートル四方もない瓦礫だけが、二人を守る防壁だ。
間断なき弾幕に、身動きが全くとれない。倒れたままのサクラの遺体の上に、バラバラと破片が降り注ぐ。カンナもダイキも歯噛みするしかない。
と、その時、不意に視界の端で影が蠢いた。
ハッとしたダイキは咄嗟に銃口を向け確認もしないまま引き金を引く。
その迅速な行動は結果的に正解だった。相手が銃口を向けると同時に、ダイキの放った弾丸が先に相手を穿ったからだ。
「……カンナ。援護する。先にアキナガさんの所へ飛び込め」
既に包囲されている。そう察したダイキがカンナに告げる。
カンナはその意味を正確に理解した。つまり、ダイキは自分を囮に、否、犠牲にしてでも、カンナを逃がそうというのだ。
「嫌よっ。絶対に嫌っ」
カンナは猛抗議する。これ以上、家族を失うなど耐えられないと言わんばかりに。
だが、状況は切迫している。否、むしろ絶望的と言っても過言ではない。カンナの思いを実現できる状況ではないのだ。
ダイキは何とかして大事な妹を逃がそうと言葉を探すが敵は待ってはくれなかった。直後、左右から出現した銃口が自分達に向けられたからだ。
「ッ――」
咄嗟に、カンナの首根っこを掴んで前方に転がるダイキ。刹那、一瞬前まで二人がいた場所に無数の弾丸が撃ち込まれた。バラバラと降りかかる瓦礫の破片を無視して、ダイキは一方の的へと発砲し返す。カンナも逆サイドに向かって引き金を引いた。
しかし、崩れた体勢からでも必中させられるほど、二人は射撃の訓練をしていない。故に、放たれた弾丸は、敵の周囲で瓦礫を穿つに留まり、仕留めることは敵わなかった。
稼げたのは僅かな時間。そして、カチンッと絶望の突きつける音が鳴る。二人のライフルが弾切れとなったのだ。
ダイキ達の射撃で、身を隠していたキメラ隊の隊員二人が、再び姿を現した。反撃の時間はない。障害を無くした相手の弾丸は、容赦なくダイキとカンナを貫くだろう。
(リオっ、すまんっ)
内心で親友に謝罪の言葉を叫ぶダイキ。それは、生きて再会を果たせないから。何より、任せろと言っておいて、約束を違えることになってしまったから。
ダイキは、せめてとカンナに覆い被さる。意味はないかもしれないが、妹を守るのは兄の役目だ。意味なんて言葉では勝手に動く体を止められないし、止める気もない。
タダダダダダッ! と、死を告げる炸裂音が響く。一瞬で、生命を刈り取るだろうそれに、ダイキは歯を食いしばって覚悟を決めた。
だが……
「………………?」
いつまで経っても衝撃はやって来なかった。外したのかとも思ったが、二発目、三発目の銃声も聞こえない。
ダイキは不思議に思いながら、そっと顔を上げた。合わせて、カンナも訝しそうな表情で顔を上げる。
そして、目撃した。
幻想を。
神秘を。
あり得べからざる奇跡を。
「リ、オ?」
「ぇ……リオ?」
ダイキとカンナの、どこか呆然とした呼びかけに、いつの間にか直ぐ傍に佇んでいたリオが視線を向けた。
その瞳に宿る力にダイキとカンナは思わず息を呑む。
リオは、スッと視線を転じた。その先には既に死出の旅に出たサクラの姿。
ダイキ達が無事だったことに安堵しつつ、サクラの死に泣きそうな表情になりながら、リオは莫大な感情を孕んだ声音で二人に口を開いた。
「すまない。間に合わなくて。ここにいてくれ。直ぐに終わらせる」
「リオ……お前……それに、それは」
ダイキが、どこか雰囲気の異なるリオに声を詰まらせながらも疑問を口にする。
その呆然とした視線の先には、淡い蒼穹の光を纏う美しい花が咲き乱れていた。
それは氷だ。燐光の奥には、息を呑むほど美しい、透明感に溢れた氷の花が、まるでダイキ達を守るように宙に浮きながら開花している。
否、それは正しく守護の氷花なのだろう。よく見れば、全ての氷花の中心には、二人を穿つはずだった弾丸がひしゃげた状態で塞き止められていた。
死を告げる鋼鉄の弾丸を、天上より降り注ぐ雨を糧に開花した氷の花が受け止める。
余りに非現実的で、あまりに神秘的な光景を前に、しかし、それを成したであろう人物は、氷よりもなお冷たい、極低温の如き声音で宣言した。
「話しは後だ。まずは奴等を……駆逐する」
死の淵で、前世の記憶と力を蘇らせた奇跡の行使者――リオが、瞳に憤怒を宿し、怨敵目掛けて踏み出した。
お読みいただきありがとうございました。
次話の更新は、明日の18時の予定です。