第10話 捕捉された秘密
黒の戦闘服に黒のタクティカルベスト、カスタマイズされたアサルトライフルをメインにフル装備をしており、頭部にはスマートなフルフェイス型フルメットを被っている三十人以上の部隊。
バイザー部分も光を吸収するような黒色であり、果たしてこの闇夜の中、視界を妨げていないのか不思議だ。もしかしなくても暗視ゴーグルになっているのだろう。
「……獅子?」
周囲を完全に囲まれながらも、冷静さを保って視線を巡らせていたリオがポツリと呟く。
それは、この謎の武装集団の所属の手がかりとなる共通項。全員が右肩部分につけたワッペンに描かれている獅子のような絵柄を指した言葉だ。だが、その絵柄が獅子であると、リオには断言できなかった。
なぜなら、上体から上は確かに獅子なのだが、下半身は鷲、背中から翼が生え、尾は蛇のように見えたからだ。明らかに自然界には存在しない動物である。リオの知識にはなかったが、御伽噺に出てくる幻獣に詳しい者がこの場にいれば、「キメラだ」と推測しただろう。
いずれにしろ、最高グレードの武装をした三十人以上の武装集団であるならば、名が知れていないわけがないのだが、その所属を示す絵柄を見てもリオ達の記憶が喚起されることはなかった。少なくとも、仙台エリアの討伐部隊ではない。
一方で、リオ達の武装などたかが知れている。せいぜいが【ニューナンブ】をモデルにしたかのような前時代的で劣悪な状態のリボルバー拳銃くらいしかない。
一応、ジュウゴは、先程ワンコから回収したアサルトライフルっぽい銃器と、自前のハンドガンを所持してはいるが、どちらにしろ、戦力が圧倒的に違う。一度戦闘になれば、瞬く間に蹂躙されることは自明の理だ。故に、相手の出方を待つしか今のリオ達にできることはないのだが……
誰一人素顔が分からず言葉も発しない為、いったいどうしたいのかもまるで分からない。交渉しようにも取っ掛りが掴めなかった。
銃口は向けられていないが引き金に指はかかっている。緊張感は否応なく上がっていく。
と、その時、黒装束の一人が一歩前に進み出てきた。
「……貧民区の人間か?」
抑揚が微塵もない男の声。感情という感情を根こそぎ削ぎ落としたような、まるで人間味を感じさせない声音だった。氷塊を背中に投げ込まれたのかと錯覚してしまうような怖気を覚えさせられる。
「……貧民区の人間か?」
咄嗟に答えられなかったリオ達に、再び全く同じ質問が繰り返された。
眼前の男はあるいは新手のグリムリーパーなのでは? と有り得ないことを頭の隅で思いながらリオが答える。
「あ、ああ。そうだ。貧民区から来たんだ」
「……奇跡を知っているか?」
「な、なんだって?」
突拍子もない質問にリオは思わず聞き返す。意味が分からなかった。奇跡という言葉の意味なら当然知っているが、相手もそんなことが聞きたいわけではないだろう。
もしかすると、どこか新興宗教の勧誘かもしれないと、少し気が抜けそうになったリオだったが、次の質問に思わず動揺を顔に出しそうになった。
「……貧民区の奇跡。理を外れた理による癒しの力。それを知っているか?」
「……」
心臓が跳ねた。
心当たりがありすぎるその言葉に、体の芯がスっと冷えていく。辛うじて、顔には出なかったはずだ。ジュウゴやダイキ、レンまで同じように隠せたか、確かめる余裕などなかったが、今は信じるしかない。
「……いや、悪いけど何を言っているのか分からない。新しい宗教か何かか?」
「……」
上手く誤魔化せているはずだ。リオは、自分に出来る最大限で訝しそうな、困惑したような表情を作りながら答えた。
先程からこびり付くように脳裏を過ぎっていた失踪事件のことが、現実味を帯びて鎌首をもたげてくる。
そう言えば、エリカのホウジョウ氏を通して調べたかったことは実在しない生物のことではなかったか?
そして今自分達を取り囲む武装集団のワッペンには、いったいなにが描かれている?
連鎖的に思い起こされる事実の断片が、湧き出る嫌な予感を凄まじい勢いで膨れ上がらせていく
家族以外にも、アキナガ達やジュウゴのようにアイリの異能を知る者は他にもいる。アイリの優しさが、リオ達の善意が、理不尽に傷ついた人々を放っておけなかったからだ。
それが、家族にも危険を呼び込みかねない危険な行為であることは重々に承知している。それでも、余裕がないから、他人だから、義理も義務もないから、危険だから、そんな理由で助けを求める人々を放っておくことは嫌だった。
アイリとリオの魂が、ずっとずっと深い部分が、どうしても“見捨てる”という行為を許さなかった。それをしてしまえば魂が死ぬのだと、二人は確信していたのだ。
安牌を取って、伸ばされた手を振り払うくらいなら、困難を甘受しリスクを背負う。その為なら、家族から離れることすら決意していた。それを止めたのは他ならぬ孤児院の家族達。家族だからこそリスクは共に背負うと言ってくれた。
だから、ジュウゴのようにアイリの力を必要とする傷ついた人達を情報漏えいのリスクを承知しながら癒してきた。
幸い、今まで助けて来た人達は、皆、リオの、アイリの、そして孤児院の気質に触れて積極的に秘匿の協力をしてくれている。そう簡単に、アイリの異能が貧民区の外の人間に漏れるとは思えなかった。
まして、仙台エリアの外の人間になど……
黒服集団は明らかに仙台エリアの人間ではない。
リオは確信する。最近起こり始めた失踪事件は彼等の仕業であり、しかもアイリの異能を狙っているのだと。
来るべき時が来た。そう思いながら、リオは観察するようにリオの正面に立つ黒一色の男を見つめ返す。バイザーで見えはしないが、言葉の真偽を確かめようと視線が向けられているのを感じる。
「……癒しの力だか何だか知らないけど、怪我人がいるなら中央に腕のいい医者がいるよ。良かったら案内しようか?」
返答をしない男に、リオから更に声をかける。誤魔化しも兼ねて探りを入れてみる。
異様な集団ではあるが、確信はあっても証拠はない以上、彼等が失踪事件と無関係という可能性はゼロではない。そして、もし重傷者がいてアイリの助けを求めてやって来たというなら無碍には出来ない。初対面の印象だけで全てを判断することを、リオは良しと出来ない質なのだ。
「……もう一度だけ聞く。仙台エリア、貧民区の奇跡。知っているか?」
しかし、返って来たのは、やはり同じ質問。リオの言葉はまるで聞いていないようだ。
故に、リオもまた同じ言葉を返したのだが……
「いや、だからいったい何のこと――」
「……ならばいい」
結果は、最低最悪だった。
男がくるりと踵を返すと同時に、まるで呼吸をするが如く、極自然な動作で腰に装備されたハンドガンを抜き、後ろ手に引き金を引いたのだ。
リオの方を見もせずに発砲し、しかし、その狙いはゾッとするほど正確で、轟音と同時にリオの眉間目掛けて死の弾丸が飛翔する。
これが常人なら、訳も分からず頭部に真っ赤な花を咲かせて、その命を終わらせたことだろう。だが、ここにいるのは視認してから弾丸を回避できるという化け物じみた反応速度を持つ異端児。
ある意味、貧民区の奇跡の片割れとも言える少年だ。
故に、
「ッ!?」
避けた。頭を振り、死が螺旋を描きながら通り過ぎていくのを横目に見る。
昨日に続いて二度目の灰色世界。体が抗議の声を上げるように軋む音を聞きながら、リオは崩した姿勢を利用して一気に前方へと踏み込んだ。
その気配を感じたのか、発砲した男が肩越しに振り返った。フルフェイスのヘルメットにより表情は分からないし、特別、驚愕したような気配は伝わって来ないが、それでも一瞬動きが止まったことからすれば、やはり驚いたのかもしれない。
だが、その硬直も一瞬。
迫るリオに躊躇いなく二発目を発砲した。マズルフラッシュが暗闇に瞬き、回転する死の塊が心臓を狙って空を切り裂く。
二度の奇跡は許さない。
避けにくい胴体を狙ったのは無言の意思表示だ。
だが、リオのそれは、きっと奇跡であって奇跡ではない。
だから、
「――ッ」
再び、殺意を掻い潜る。
踏み込んだ足を軸に、風に舞う木の葉のようにくるりと回りながら。その回転の勢いすら利用して更に加速する。
三発目の発砲。
神業のような回避を見せたリオに、動揺するでもなく直ぐさま引き金を引けることも異常だ。
それでも、モノクロの世界に入ったリオにとって弾丸の速度は遅すぎる。たとえそれが、僅か三メートルという至近距離から放たれたものであっても。だから、相手の異常をリオの異常が上回る。
「らぁっ!」
地を這うように姿勢を低くしたリオの頭上を弾丸が通過すると同時に、裂帛の気合が迸った。リオが震脚とも言うべき強烈な踏み込みをしながら、凄まじい威力を秘めた拳を突き出したのだ。
余りの速度に、フルフェイスヘルメットの男は反応が遅れる。リオの身は既に突き出された銃を持つ腕の内側。故に、反撃も出来ず男はリオの拳を、その腹部でまともに受けてしまった。
ドォッ
と、そんなくぐもった音と共に、男の体がくの字に折れる。地を踏みしめていた両足もふわりと浮き上がった。
リオの反撃は止まらない。
(……悪寒が消えない。容赦すれば俺達が殺られるッ!)
リオは踏み込んだ足を軸に片足を高々とはね上げた。拳打の一撃によって浮き上がった男が落ちるのに合わせて、死神の鎌の如く頭上より足を振り下ろす。
その脚撃は見事に男の頭部に直撃し、そのまま地面へと凄まじい勢いで叩きつけた。普通なら死んでいてもおかしくないほどの一撃。
しかし、相手はフルフェイスヘルメットを被っているのだ。それだけで意識を刈り取れたと考えるのは楽観が過ぎるというもの。
故に、リオはうつ伏せに倒れた男の腕の関節を破壊してハンドガンを離させつつ無力化を図った。そして、襟首を掴み上げ、海老反りに浮かせて盾としつつ、奪い取ったハンドガンを背中から心臓部分に突き付ける。
ここまで僅か五秒。
未だ、誰も動いていないのを確認しながら、リオは警告の声を発しようとする。
「動くなっ。武器を捨てて包囲を解けっ! この男の――」
しかし、全てを言い切ることは出来なかった。そして、意味もなかった。
リオの正面にいた別の男が、何の躊躇いもなくアサルトライフルの銃口をリオに向け、その引き金を引いたからだ。
「んなっ」
まさか、仲間を盾に取られているにもかかわらず一瞬も躊躇わないとは思いもしなかったリオは、思わず驚愕の声を漏らした。
直後、乾いた音が連続して轟き、盾にした男が下手な芸人が操るマリオネットのようにグラグラと揺れる。後ろ襟を掴んでいるリオの腕にビリビリと銃撃の振動が伝わった。グレードの高いアーマーのおかげで貫通はしてこないが、それも時間の問題だろう。
何より、敵は周囲に三十人以上いるのだ。
「突破しろッ!」
リオが怒声を上げた。それは、ダイキ達に向けた言葉。
同時に、ハンドガンを脇に置くと、来るときに通った森辺の前に陣取る黒服集団に向かって、盾にしている男が肩から下げていたアサルトライフルを奪って引き金を引く。狙いなど付けない。いや、付けられるほど扱いに習熟しているわけではないので適当に弾丸をばら撒く。
ダイキ達は落とした麻袋を背負い直して、粗悪な拳銃を発砲しながら駆け出した。
麻袋を背負い直したのは、何もこの期に及んで金が惜しくなったからではない。包囲された状況では足の速さよりも背中の守りを重視するべきだったからだ。気休め程度でも、もしかしたらそれが命を繋いでくれるかもしれない。
リオを顧みないのは、リオ一人なら弾丸の嵐が相手でも心配いらないからである。
だが、三十人以上の完全武装集団の包囲を容易に抜け出せるはずもなく……
「ぐぁっ!?」
痛みに呻き声を上げながらジュウゴが倒れた。見れば肩口を撃ち抜かれ鮮血が飛び散っている。側面から的確に狙い撃ってきた黒服の弾道から、その身をもってダイキを庇ったのだ。
「ジュウゴ師匠っ」
「師匠っ」
ダイキとレンが思わず立ち止まる。
「バカ野郎っ! 俺はいいから、さっさと行け!」
ジュウゴが、二人に必死の形相で逃走を促した。
だが、端から武装集団の包囲網をちゃちな拳銃数丁だけで抜け出すなど賭けにもなっていない賭けだ。
足の止まったダイキとレンに容赦なく銃口が向けられる。
時間の流れが遅くなった世界で、リオは三十の銃口が機械的な正確さで自分達全員に向けられたのを理解した。
仄暗き小さな筒の奥には、人を容易に死の底へ突き落とす殺意が込められている。一度、撃鉄によって火がくべられれば、一瞬にして命を散らしていくだろう。
チェックメイトだ。
どうしようもなく、それが分かってしまう。
ダイキが歯噛みし、レンが泣きそうな表情になっている。ジュウゴは、どこか悔しそうだ。
(どうすればっ)
リオが心の内で絶叫する。焼き切れそうなほどに思考を回転させ、状況の打開を死に物狂いで図る。引き伸ばされた思考は、次から次へと案を出しては直ぐさま却下していくが……たった一つ、打開はできないが数十秒は生き延びられるかもしれない方法を思いついた。
生きることを諦めるわけにはいかない。自分達には帰りを待っている大切な人達がいるのだ。これからも守っていかなければならない家族がいるのだ。
だから、
「ッ、奇跡を知っているっ!」
そう叫んだ。
黒服集団の引き金に込められた力が僅かに緩んだ。
弾丸は……発射されない。
どうやら、リオの口撃は有効だったようだ。首の皮一枚で生を繋いだ。
しかし、アサルトライフルの銃口は標的であるリオ達を捉えたまま微動だにしていない。無言でリオに続きを促しているようだ。
リオは冷や汗を大量に流しながら、言葉を選びつつゆっくりと口を開いた。
「貧民区の奇跡……噂を聞いたことがある」
「……何故、言わなかった?」
「暗黙の了解で、噂を広めないようにしているんだ。中央の人間は俺達に何をするか分からないからな。噂を確かめに来て暴れられたりしたら最悪だろう?」
「……知っていることを話せ」
リオとしては、得体が知れない上に仲間すらあっさり殺す集団にアイリのことをバカ正直に話すつもりは当然なかった。故に、ここは上手く誤魔化して命を繋ぎつつ逃走を図らなければならない。
「知っていると言っても、貧民区に不思議な力で傷を治す人がいると聞いたことがあるだけだ」
黒服がチャキッと音をさせてアサルトライフルを構え直す。大したことのない情報なら直ぐに殺すと、その態度が何より雄弁に物語っていた。
リオは慌てて言葉を加える。
「ただ! ただ、実際に癒してもらったという人を知っている。案内するから見逃してくれないか?」
「……その人物の名を言え」
「知らない」
再び、引き金にかかった指にキリリと力が込められる。
「本当だっ! 漁りをしているときに、たまたま話を聞いただけなんだ。だけど顔は覚えている。俺達を生かしておかないと、そいつに辿り着けないぞ。ちなみに、仲間を殺したらたとえ拷問されても絶対に協力しない」
「……」
黒服が黙り込む。どうやら、リオの言葉を吟味しているようだ。
リオの言葉は嘘八百だが彼等にそれは分からない。リオ達でなくても貧民区に乗り込んで、それこそ拷問でもしながら片っ端から聞けばアイリに辿り着くことは出来るかもしれないが手間であることに変わりはない。
効率を考えるなら、リオの提案は簡単に切り捨てることは出来ないだろう。
そうして一度貧民区に入ってしまえば、また逃走のチャンスは出来る。厳しくはあるが、リオ達にはもう、それしか方法が残されていない。
ダイキ達が強ばった表情で、リオ決死の交渉を見守っている。
黒服は、特に他の仲間に相談する素振りも見せず、否、もしかするとフルフェイス型フルメットに内蔵された通信機を使って相談しているのかもしれないが、しばらくの沈黙の後、遂に結論を出した。
「……死ね」
「ッ――」
どうやら、案内は不要らしい。
今度こそ、黒服達の銃口がその部隊章に描かれた幻獣の如く、咆哮を上げてリオ達に死を与えようとする。
だが、リオ達の悪運は尽きていなかったらしい。
引き金が引かれるという、まさにその瞬間、不意に、黒服達が明後日の方向に顔を向けた。それは闇夜に包まれた車道の向こう側。
いったいなんだと、冷汗を流しながら訝しむリオ達だったが、直後、その理由を知る。
車道の向こうから、薄らと自動車のヘッドライトが差し込んだのだ。黒服達は、いち早く何者かの接近を察知したらしい。
「ダイキッ!」
「応っ」
その一瞬の隙をリオは見逃さなかった。
アサルトライフルを拾い直し弾丸をばら撒きながら、片手で傍に倒れている男のポーチから手榴弾を取り出し密集部分に投げつける。
同時に、ダイキもまたジュウゴが持っていた手榴弾を剛速で投げつけ一人のヘルメットに直撃させつつ、その鍛え抜かれた筋力を以て麻袋全てを抱えてレンとジュウゴを守る防壁にした。
流石に、手榴弾の爆発に巻き込まれては堪らないと判断したようで黒服達が一斉に飛び退いた。
次の瞬間、
ドォオオオオオオンッ
凄まじい轟音が響き渡る。
対グリムリーパー用に威力をかさ増しした手榴弾だったらしく、強烈な衝撃が車道を蹂躙する。しかも、ご丁寧に破片まで混ぜられていたらしく無数の金属片が弾丸となって飛び散った。
流石に、避けるスペースも乏しく無数の傷を負ったリオだったが、それでも致命と成り得るものだけは確実に回避する。
黒服も何人か手傷を負ったようだ。だが、最初の一人以外は全員戦闘に支障はなさそうである。
直ぐさま態勢を立て直しリオ達に銃口を向ける、が……
遂に、エンジン音が聞こえてきた。どうやら爆発を感知して速度を上げたようだ。しかも、カーブの向こうから照らしていたヘッドライトの幾つかがふっと消えた。何組かに分かれるつもりなのだろう。それだけで、それなりの構成員を持つ部隊であることが分かる。
黒服の一人がリオに視線を向けた。
リオもまたバイザーを貫くつもり眼光を向ける。「いくらでも撃ってこい。全て回避してやる」という気概を込めて。
「……撤退する」
呟くような号令により、黒服は一糸乱れず動き出した。素早く、倒れた最初の男を回収すると、もうリオ達には目もくれず森の中へと消えていく。
おそらく、リオの回避能力を見て、接近中の部隊が到着するまで仕留めきることが出来ない可能性を考えたのだろう。
そうすれば、仙台エリアのそれなりに戦力を持つ討伐部隊に、自分達の存在が目撃されることになる。装備から、人数から、戦闘の様子まで。アイリの異能を探っている黒服達がどういう目的でここにいたのかは分からないが目立ちすぎるのは避けたいのかもしれない。
最後の黒服が森の中に消えると、今までの直ぐに隣に死が漂っているような戦場の空気が冗談のように霧散していった。
「……はぁ、何て日だよ」
リオが安堵と疲れを滲ませた息を吐いた。全身を灰色世界の反動である倦怠感が襲ってくる。しばらくすると筋肉痛もやって来るだろう。動けなくなるほどではないが憂鬱であることに変わりはない。
そのことにもう一度溜息を吐きつつ、同じく一難が去って安堵の息を吐いているダイキ達に手を振った。ダイキ達もヘロヘロと手を振り返す。
と、そんなリオ達の前に、カーブを曲がって二台の装甲車がやって来た。慎重に進みつつ、天井部分から一人が上体を出してリオ達に銃口を向けているのが分かる。
さっさと撤収したいところだが、今動けば撃たれるかもしれない。ジュウゴも肩を撃たれており逃げ切ることは難しいだろう。
ある意味、救世主でもある討伐者達が無闇に貧民区の人間を虐げないタイプであることを祈りつつ、リオ達は両手を上げて敵意がないことを示すのだった。
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