第1話 プロローグ
注意
・主人公最強系です。
・ハーレムではありませんが、好意は寄せられる系です。
・「俺達の旅はこれからだ!」的な感じで終わる予定です。二週間から三週間くらいの投稿。
別に気にしないぜ! という方は、お暇つぶしの一助にどうぞ。
ザァザァと、篠突く雨が降り注ぐ。
弾丸の如き雨粒に、これでもかと殴打された地面は、既に本来の固さを忘れてヘドロのように成り果てていた。天に轟く雷鳴は神話に出てくる獣の咆哮のようで、夜闇を更に深い黒に塗りつぶす曇天は、まるで未来を暗示しているかのようだった。
今、この雷の咆哮に打たれ、凍えるような雨に晒されている少年にとっては、特に。
「……っ。ぁぐ……」
小さな呻き声。
それは、泥水に顔の半分を埋め、うつぶせに倒れたままピクリとも動かず、一見して死んでいるようにしか思えない彼が、未だ生存している証。生きようと足掻く意思の発露。
しかし、それも時機に終わりを迎えるだろう。
稲光が暗闇を切り裂き少年を照らす。その周囲には、泥に紛れて真っ赤な川が出来ていた。少年から流れ出した血だ。雨に紛れて正確な出血量は分からないが、泥水すら赤く染めるのだ。彼の命が、レッドゾーンに突入していることは明白だった。
保って数分。
その僅かな時間で、瀕死の少年は命の灯火を完全に消し去るだろう。
もっとも、人の命を刈り取ることが大好きな死神という奴は、その数分ですら待ってはくれないようだった。
ギィ、ギィイイ、ギギ
奇怪な音が雷鳴と豪雨の狭間に囁いた。
ィイイイ、リィイイ
ギギギ、ギィギィ
キンッ、キンッ、ギヂヂヂヂッ
それも一つや二つではないようだ。
まるで、金属同士が擦れ合うような、打ち鳴らしているような、あるいは駆動するエンジンのような、そんな音。
それが、暗闇と雨のベールで閉ざされた向こう側から、少しずつ少年の方へと近づいて来る。
暗闇にふっと明かりが灯された。自己主張の激しい夕焼けのような朱色の光点は一対ずつ。――眼だ。それが、およそ二十個。
その無数の光る眼が少年に向けられている。ご丁寧に、しっかり包囲した状態で。明らかに生物のものではなく、人工的で無機質な眼。それが瀕死の少年を見つめているのだ。それはまるで、暗い夜の森で旅人を狙う森狼の如く。
カッと稲光が走り、彼等の正体を晒した。
ィイイイイイッ
それは、確かに狼だった。但し、肉体の全てが金属で出来た、と補足が付くが。
灰色の硬質そうな金属のボディ。泥や瓦礫に突き立てられた刃物の爪。鋭い牙の並んだ口の奥には銃身のようなものまで見える。明らかに、狼を模した“兵器”だった。生きとし生けるものへの殺意が込められていると、否応なく理解させられる凶悪な兵器。
そして、今、その殺意の矛先は、放っておいても数分で息絶えるであろう少年へと向けられていた。
グジュリと泥の地面を踏みしめながら、機械で出来た狼が少年へと一歩を踏み出す。どうやら、瀕死かどうかは関係がないらしい。眼前で生存を示している限り、その命を刈り取るのは自分達の役目だと、そう言わんばかりににじり寄って行く。
少年は動かない。
呻き声も、もう聞こえない。ただ、僅かに開けられている瞳の奥に宿る光だけが、彼の生存を示していた。
もっとも、少年の眼差しは、迫る脅威を映してはいなかった。その視線の先には、確かに、一歩一歩、死へのカウントダウンをするように近寄ってくる獣の硬質な足がある。だが、見ているものは、もっとずっと遠いところにある何か。
「……ァィ、リ……ス」
少年の、ほとんど音になっていない言葉。
機械の狼は頓着しない。既に、彼我の距離は爪の届く範囲であり、少年が死に体であることは明白。躊躇う必要はないし、そもそも彼等にそんな機能は備わっていない。故に、その泥を滴らせる刃の爪をスっと少年の首に押し当てた。
後は引くだけ。それで終わり。
もし、この現場を見ている者がいれば、そう確信しただろう。御伽噺に出てくる魔法なんて奇跡、現実にありはしない。神の救いなど、きっと百年以上前から誰も信じてはいない。鉄塊と硝煙こそが少しの安息をもたらしてくれるこの荒廃した世界は、くそったれなほどに無慈悲なのだ。
だから、物理法則と同じように、あるいは生命や時間の流れといったこの世の理と同じように、少年の“死”は決定づけられた運命。
そうであるはずだった――
少年の首に爪の先が食い込んだ。
その瞬間、
ゴゥ!!
豪風が吹き荒れた。
雷雨によるものではない。自然のものであるはずがない。
なぜなら、それは、少年の体そのものから蒼穹の光となって噴き出した正体不明の現象だったから。
ギィイイイ
機械化狼の群れが、一斉に飛び退く。
見たことのない光景。有り得ない現象。それ故に、動けない鋼鉄の狼達。
その視線の先で、今までピクリとも動かなかった少年が……ガパリッ! と顔を上げた。吹き荒れる蒼穹の光が泥に汚れた彼の顔を照らす。
そして、少年は大きく目を見開いたまま、途轍もなくシリアスなこの状況下で、
「そうだった……俺、魔法剣士だった」
……傍から聞けば、随分とふざけたことを呟いた。
だが、それは真実。
この救いのない滅びた世界に上がった奇跡の産声。
人類の自らの愚かさ故に荒廃した世界に、奇跡を起こす者が、現れた瞬間だった。
お読み頂きありがとうございます。
次話の更新は、明日の18時の予定です。