ダンジョン『グランドラビリンス』
冒険者という職業は自由を売りとしているらしい。誰でもなれる。もちろん、本人の同意あってだが。
つまり、意思が通っている者であれば、誰でもなれるのだ。
とは言え、冒険者ギルド事態に興味はそこまでなかった。だから話も半分も聞いてなかったのだが、まさか自分もその冒険者ギルド所属の身となってしまうとは驚きである。
「驚きだな。ただの観察のつもりだったんだが」
「……申し訳あり、ません。まさか主にそのような意思がなかったとは知らず……」
冒険者ギルドに入るはめになってしまったのは、間違いなくこいつのせいだ。
とは言え別に所属したからといってなんのデメリットがあるという訳ではない。ただ肩書きがついただけで、抜けようと思えば抜けられる。
蟲は俺の言葉にオドオドとしているものの、別に純粋に感想を述べただけで、特に意味はないのだが。
「気にするなよ。俺は別になってもならなくてもどっちでもよかった。それになろうが成るまいが特にこれといったデメリットはないからな」
「ありがたきです……」
それは兎も角。
俺達が今いるエリア。ここはダンジョン『グランドラビリンス』。この町が誇る最高峰のダンジョンの一つらしい。
五つのダンジョンを周囲に持つ都市エビリン。
広い、あまりに広い森のダンジョン『キングファレスト』。
魔物自体はそれほど強くはない。しかし森に適応した様々な魔物が多く蔓延り、特に深部では熟練の冒険者でさえ油断すれば容易く命を刈り取られるという。
果てのない地下へと続く暗き洞窟のダンジョン『グランドラビリンス』。
迷路のように要り組んだダンジョンの構造は、ある一定の周期で変化し、地図を用いる事が出来ない。魔物も未知のものが多く、奇妙な能力を持った個体も多い。深部に行けば行くほどに、その生存率は下がるという。
灼熱の大地は常人では耐えられない。山の形をしたダンジョン『ヴォルケーノ』。
一見するとただ大きな山だ。しかし内部へと続く穴を入ると、灼熱の大地が広がっている。そして灼熱の環境に適応した厄介な魔物。魔物の数自体は少ないが、一体一体が強く、そして厄介と言われている。未だに上層部しか攻略されておらず、中層部、下層部はまだ手付かずの高難易度ダンジョンである。
それは一見すると太古の建造物。しかしそこは強力な魔物の蔓延る危険地帯。ダンジョン『悪魔遺跡』。
まるで古代の都市。それと果てしなく巨大な。しかし歴史的建造物に潜む、凶悪で強大な力を持った魔物や魔法によって生み出された鎧だけの騎士。
アンデットも数多く目撃されており、これもまた攻略はほとんどされていない。
天空へと続く、先の見えない魔塔。『ハイディフェンス』。
階層毎に広間があり、そこを魔導仕掛けの擬似生物が守護しているらしい。このダンジョンもまた古代の産物であり、また敵が強すぎる事と、帰還が困難な事からこのダンジョンが最も未知が多いと言われている。
そんな多くのダンジョンがあるなか、俺が最初に目をつけたのは『グランドラビリンス』だ。
理由はそう難しくはない。その近さだ。
『グランドラビリンス』は地下に迷路のような洞窟を作っている。そしてその入り口が正にここ、エビリン内部にあると言うではないか。ならばまずは小手調べも兼ねてこのダンジョンを探索するのも面白そうだと思い、ここに足を踏み入れる事にした。
「しかし、ダンジョンっていうのはもっと人が多いイメージだったんだが、そうでもないようだな」
「……確かに、他の冒険者の姿は見えないですね」
あれだけの人数を見ていた手前、もっとダンジョンに人がいるのを想像していたが、案外そうでもないようだ。
「まあそれはそれで好都合だ。特に周りに気にする必要はないからな」
「主――ちょうど魔物が来たようです」
目の前に現れたのは一匹の蜘蛛。しかしそれは普通の蜘蛛とも絶望的なまでに大きさが違う。
人間の二倍ほどの大きさはあるだろう。左右にある四本づつの足はしなやかに動き、全く音を立てていない。隠密性に優れ、かつ足の筋肉量から、俊敏さもあると推測される。
こちらの様子を伺っている事から、どうやら攻めあぐねているようだ。
「面白いな――『紅蓮鼠』」
俺の言葉に魔方陣が連結し、足元から三匹ほどの赤い鼠が湧き出てくる。
――『紅蓮鼠』。
これはあくまで試作品だ。どれほどの戦闘能力を持っているか、調べたかった。
「やれ」
三匹の鼠は、俺の言葉に弾かれたように蜘蛛に向かう。どうやら俺の命令の疎通は悪くないようだ。俺の命令が出るまで攻撃しなかった点から特に好戦的でもない……今のところデータ通りだ。
三匹の鼠は蜘蛛に向かって高速で走る。蜘蛛も気付いた様で、鼠が到達する前にその脚を鼠に叩き付ける。
グチュ――。
気色の悪い音と共に、三匹の鼠が潰れる。
蜘蛛はその死体を観察し、特に異常がないと分かったのか、今度は俺に向かって高速で突進してくる。
それを見た蟲が止めようと臨戦態勢に入るが、俺が手で制す。
「今のところ、全て予定通りだ」
蜘蛛が俺のすぐ目の前に到達し、脚を鞭のごとく振るう直前――
――蜘蛛は苦し気に悶え始めた。
「ググググ……」
まるで燃えているかのように、体から煙を出し始め、そうして力尽きた。
「これは、一体……」
「まあ、概ね予想通りだ。もう少し改良を加えた方がいいかもな」
「先程の、鼠ですか……?」
こいつの方から質問とは、なかなか珍しい事もある。
「ああ、その通りだ」
「呪い、でしょうか?」
「いや、呪いではない。呪いでもよかったが、あれはコストがやや大きすぎる。今回は簡単に出せ、かつ殲滅能力の高い作品を目指している」
俺の言葉に驚愕を露にする蟲。
そう言えばこいつには俺の素性を含め能力についても特に話した覚えはなかったな。
「主は、一体……」
「まあ、それは追い追いだ。取り敢えず、召喚術師だとでも覚えておけ」
気を取り直して歩を進める。
――三時間が経った。
他にも試作品の戦力確認などを繰り返し、気が付けば大分奥まで来ていたようだ。
そろそろ帰るか。
――そう思った直後だった。
ダンジョンが、動き出したのは。
「なんだ、この揺れは?」
「まさか……これはダンジョンが、形を変えているのではないでしょうか?」
そう言えばそうだ。確か『グランドラビリンス』では一定の周期で形を変えると聞いた。しかしその周期がまさか今日だとは。
「止んだか」
ダンジョンの揺れは収まった。
形が変わった……のだろうか。正直実感が湧かない。俺達のいた通路は先程までの形を保っているし、どこかが変わった訳でもない。
案外、ただの地震か何かだったか?
「主……!」
蟲が始めて慌てたように口を開いた。
蟲の視線の先を俺も見てみると、そこにはいた。
――化け物が。
「こいつは……」
まるで天使。
後ろから飛び出る二枚の美しい羽は、神々しいまでの白い輝きを放っている。
神の使いだ。
そう思うだろう。
――羽だけ見れば。
しかし本体はその逆。
黒々しい隆々とした肉体。六本の腕。
腕に生える三本の指はそれぞれ爪が異様に長く、更にその先端から滴る液体は、地面に落ちるとジュウジュウとした音を立てる。
猛毒。
そして上半身を支える下半身の四本の足。その後部に生えるのは一本の尻尾。
見るに禍々しい魔力が感じられる。
そしてなによりも不気味なのは、その顔。
蟻のごとき口。鋏を持ち、カチカチと音を立てている。目は蜘蛛のような巨大な目を持つ。しかしそれでいて輪郭は人のような様。
「……堕落獣」
蟲が静かに呟く。
『堕落獣』。この見た目、ギルドの掲示板に貼ってあったのを俺も見た。
曰く、深いエリアで目撃された魔物である。
曰く、挑んだ冒険者が、瞬殺されるほどの強敵。
曰く、倒された例はない。
曰く、それは非常に好戦的。
曰く曰く曰く……
ギルドで危険指定されていた種だ。
その体から感じる魔力量も相当に高い。
厄介そうだ。
「ちょうどいい、蟲、あいつを相手にお前の戦力を測定してみよう。殺してこい」