二人の末路
「『イヴィル』、このまま森の中を進み獣人や人間、魔物たちを殺せ。この森の害虫どもを一掃しろ。その後は好きにして構わない」
俺が命令を下すと、『イヴィル』は幾多の眷属を連れ、森の中へと進んでいった。
さて、俺は『変異群体』が見付けたという町へと行ってみるとするか。
……その前に、この感情の抜けた二人をどうするかだな。一応この集落を早期に発見できたお礼に防呪はしてやったが、どういう訳かうんともすんとも言わない。
両親が死んだのがそんなに苦痛だったのだろうか。少し残念だな。旅をするからにはお供が欲しかったんだが。まあ、使えないなら使えないで使い道はある。
「『寄生王蟲』」
二人の頭を掴み掌に魔方陣を展開する。そこから出てきた二匹のカナブンのような蟲。
こいつらは髪の毛に潜り、頭を食い破る。そして脳内を支配する。
そうして『寄生王蟲』に乗っ取られた二人は先程までとうって変わってケタケタと笑いだす。
そう思ったら次の瞬間にはピタリと笑い声を止め、二人して俺を見つめる。
「アレぇ? ココハー? オニーチャんはだアレ?」
「…………」
俺はこいつらに特に命令はしていない。どうなるか興味があったからだ。
しかしなるほど。これは面白い。
姉の方は片言だが明るく、妹の方は無言となった。
「性格、なのかはよく分からんが、それらしきものは個体毎に異なるのか。それともまだ妹の方は話せないのか。あるいは王蟲個体の性格か?」
「ねえねえ、オにーちゃんはだぁれ?」
鬱陶しく話かけてくる姉に対して、妹の方はジッとこちらを見つめてくる。
俺のことを、誰? と質問したことから、こいつに俺から召喚される以前、もしくは召喚前後の記憶がないと見れる。命令がない場合、記憶が初期状態に変わるのだろうか。
もしくは『寄生王蟲』自体に記憶能力と言うものはなく、乗っ取ってからのことしか記憶や認識が出来ないのではないだろうか。
「興味深いな」
「ねえっ、無視しないでよっ! もう一回聞くよ? おにーちゃんはだぁれ?」
苛立ちが募る。俺が考察していると言うのに、ペラペラペラペラと。
……殺すか?
いや、まだ早い。それによく聞けばこいつの発音の悪さが消え、すらすらと話せるようになっている。
成長か、あるいは馴染んで来ているのか。
今まではなぜかあまり深く考えた事のなかった『寄生王蟲』の生態だが、こう考えるとなかなかに新鮮だ。
いや、そもそも何故俺は『寄生王蟲』に関しての記憶がない?
この種を創造したのは俺自身だ。生態はもちろん、もっと詳細を知っていてもなんら不思議はない。
この種を造ったのは相当前ではあるが、俺が忘れるなど不可解だ。
無論脳内の記憶保管機関『ドライブ』を起動させれば難なく思い出せるはずだが、ここは敢えて使用はしない。
ある意味これにも興味が――
「おにーちゃん! 無視しないでよー! ……殺しちゃうよ?」
「……鬱陶しいゴミ虫が。俺の思考を邪魔するとは、殺されたいのか」
俺の苛立ちが最高潮に達する。
一先ず決定したのは、このゴミ虫をぶち殺す事。
「殺す? それはアタシに言ってるのかな? あはは、高々人間という下等生物ごときが、このアタシを殺せるとでも? ――おにーちゃんって冗談が上手いんだね!」
この数分で随分と生意気になったものだ。
すでにこの害虫を殺す事が確定した俺は、右腕を成長させる。さらに自動防御魔法を解除しておく。こいつはこの手で殺す。
俺の成長に対して、結果起こった一つの変化。
手の甲から徐々に角のような、棘が伸び始める。
鋭く伸びた腕の半分ほどの一本の棘。さらに腕からも小さい棘が幾つも突起してくる。
それに連れて他の部分も成長し始めようとするが、俺はそれを許さない。
「もう一度言う。――殺すぞ、ゴミ虫が」
妹の方は俺の変化に目を細め、警戒の体勢をとりつつ、後ろへと下がっていく。対して姉の方は目を見開くが、嬉しそうに笑う。
「クスクス。いいねー、強そうな腕だよおにーちゃん。――でもそんなんじゃアタシはころせない、よっ!」
言い終わると同時、蟲は蹴りを放ってきた。
その蹴りは決して女の子供が出せる速度ではなく、流石は王蟲と言ったところか。
『寄生王蟲』の知識は完璧ではないが勿論保持している。
『寄生王蟲』はまず脳内へ寄生を完了すると、次に繁殖へと入る。
こいつらに性別はなく、一匹から繁殖が可能であり、脳内を一部食ったときの肉を元に卵を頭部以外に送りだす。
そうして卵が孵り成長しまた卵を……と増殖していく。
故に頭を破壊したとしても蟲を殺した事にはならない。
更に蟲一匹一匹が持つ莫大な魔力吸収力。周囲の魔力を吸収し、肉体の強度を底上げし、肉体損壊時に魔力による修復を行う。
つまり――ぶちぶちと筋や筋肉が悲鳴を上げるなかを平然としているのは、それに依るものだ。
蹴りを回避した俺を、舌なめずりしながら見つめるこの蟲。
「へー、今の避けちゃうんだー。おにーちゃんなにもの? というかその腕、人間じゃないのかなー?」
「答える義理はないな。そんなことより、もう抵抗はおしまいか?」
「な、わけっ!」
風を切り裂きながら右腕で突き、俺が避けると回し蹴りを放つと見せ掛け、左足で腹部めがけて打ち込んでくる。それを避けられると今度は左腕を遠心力を利用し顔面に叩き付けるも俺の右手に捕らえてしまう。
「つーかまえたー!」
しかし瞬間には手が変形し、俺の右手に絡み付いて来る。
口をぷくっと膨らませると、中から白い礫を吹き飛ばしてくる。
それは歯。折り、そして修復を繰り返し、弾丸の弾代わりにしているのだ。
数十、数百を越える白い弾丸。咄嗟に左手で顔面を守るが、それを通り抜けて何十もの弾丸が顔を打つ。
その衝撃波は凄まじく、後方へと吹き飛ばされてしまう。
「あははははー! どう痛い? 痛い? 痛かったー? あはは、死んじゃったからもう答えられ――」
俺がやつの攻撃を直に食らいながら、立ち上がったことに衝撃を隠せないようで、訝しげな視線を俺に送っている。
……全く。
俺が死ぬ?
本当に面白い事を言う。
「全く、笑わせてくれるな。高々王蟲風情が、まさかこの俺に勝てると思ったのか?」
「……あ、はは。……信じらんない。ま、でも関係ないよ。どちらにせよアタシは倒せないし」
「本当に、そうかな」
俺は間合いを詰めると棘の先端をやつに向けて突き刺す。
それをやつは避けない。
やつは言った。自分は殺せないと。その圧倒的な自信から、やつは自分の種の構造を分かっているのだろう。
その通り。まずこいつを殺すと言っても肉体を破壊した程度では殺せない。こいつは王蟲の吸収力により随時肉体を強化、回復出来る。刺そうが潰そうが、一秒とかからず回復出来るこいつは、まず殺せない。
だからこそ、刺すという攻撃事態に全く驚異を感じていなかったのだろう。
――穴が空いた。
「な――――ばか、なッ!!」
俺が突き刺した鳩尾部分。それを中心にきれいな小さい円を描く形で、こいつの肉体がごっそり消滅した。
人であるならば、内蔵部分がほとんど消失しているため確実な死は免れないが、こいつの本体は蟲。そう簡単には死なない。これほどの傷さえも、致命傷とは言えない。
たが流石に危機を感じ取ったのだろう。
すぐに後退し、逃げようとする。が遅い。
もう一突き刺し。
顔面に迫る棘を、蟲は余裕をもって横に回避する。
が、瞬間顔の一部分が消失する。
「か……はッ」
一瞬にして顔面の4分の1が消失するという非常事態。
刺しても潰しても即座に治癒するはずの回復力も、流石に体積の8分の1以上ほどの消失は、すぐには賄いきれなさそうだ。
だが足そのものに意思があるように、俺の間合いから逃げ出そうとする。
「無駄だ」
左足を狙い、棘を放つ。
刺さると同時、三度目の肉体の消失を繰り返す。
そうして蟲が地面に叩き付けられるのを冷めた目で見ながら、俺は蟲の真上に立ち、止めを刺そうと棘を残りの体に向ける。
「死ね」
俺の突きが顔面部へと放たれる――その前に、やつの蹴りが俺の左肩を捉える。
肉体を強化されたこいつの蹴りは、常人であればバラバラになってもおかしくないほどの威力を秘めていた。
が、
「悪いが、左側はダメなんだ」
やつの脚は俺の左肩に触れると、その場で朽ち落ちる。
「……ッ!」
流石に劣勢過ぎると判断したのだろう。
瞬間、身体中のあらゆる箇所からカナブンのような虫が大量に、肉を食い破り体外へと一斉に放出された。
しかし逃がすはずがない。
俺は右腕を振るう。
するとその直線上にいた蟲達が消滅、運のいい個体で半分以上が消失する。
更に蟲達に向けて五度、六度と右腕を振るう。
「バカが。グズ蟲ごときが、思い上がるな」
蟲が全て消失したのを確認すると、もう一匹の方へと向き直る。
こいつは今の戦いには参加せず、遠くで見ていたが、俺が視線を向けることで警戒の面持ちへと変わる。
俺はこいつに右腕を突きだし、質問を与える。
「さて、お前はどうする? 仇でも討ってみるか?」
「……いえ、止めておきます。先程の戦いを見るに、あなたはあまりに計り知れない」
「優秀なやつだ。お前は殺さないでおこう。というか、元々はお供を作ろうと思ってお前たちを出したんだけどな。ついてくるか?」
「もちろん、喜んで付いていきます」
なかなか素直でいい性格だ。
そうして妹は俺と共に行動することを決めた。