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災厄の召喚術師  作者: ハンバーガー
序章
3/6

獣人たちの惨劇

 カエラの今にも心配で泣き出しそうな表情が一転、あまりの喜びで泣き出したのはある意味見物だったかもしれない。

 それも仕方ないだろう。娘のカラとクルが森に遊びに行ったっきり帰らないのだ。もう迷って魔物の彷徨く領域に入ってしまえば今の二人では一堪りもない。

 獣人は人間よりも身体能力に優れている。一般的な成人男性でも人間のそれとは比べ物にならない。もしも倒そうとするならば人間の一般的な成人男性を五人は必要だろう。

 ちなみにそんな獣人たちの中にも天才的に戦闘に優れた者も少ないが存在する。この村ではそれが四人。

 バラン、シガル、マーチ、そして俺ガロンだ。自慢でも傲慢でもなく事実として、俺ら四人は相当強い。元々旅人として力を養ってきた俺らは、一人一人が前衛つきの熟練の魔導師と互角かそれ以上の実力を持っている。

 そして四人が息を合わせれば討伐難度40を越える魔物すら倒せる。


 ……おっと、話が逸れた。ようするに、人よりも優れた能力を保有する我々の種族ではあるが、子どもである二人はかなり危険な状態であったということ。

 それを助けてくれたあの人間の男には感謝しなければならないな。なにより討伐難度7のブラックウルフを軽く倒したという話はなかなか興味深い。

 姉妹の両親があの人間にお礼を言っているが、村の代表である俺もお礼に行くべきだろう。


「お礼と、挨拶に行ってくる。それと人柄も確かめてくるとするか」

「そうだな、ブラックウルフを倒せるだけの戦闘力は少しばかり危険かも、しれんしな」


 俺の言葉に反応したのはマーチ。40台を倒した経験のある俺らからすれば7のブラックウルフなど大したことはないが、それでも村で暴れられると危険だ。

 姉妹を助けてくれたことからそう危ない人物ではないはずだが、まあ念には念をというもの。




 男はどうやら俺たちの方に注意を向けていたようだ。向かっていく途中で目が合った。

 しかしどこにブラックウルフを倒せる筋肉があるのか、漂う魔力の感じから魔導師であろうが、それにしては補助である杖……というよりも装備はおろか荷物すら何一つ見つからない。

 不思議な人物だ。


「俺の名前はガロン。この村の代表だ。彼女たちを助けてくれて、本当に感謝する」


 そう言って俺は男に手を差し出した。

 しかし男は握らない。ここで男に対する不信感が増した。


「気にしないでくれ。俺は純粋に興味があっただけだ」


 興味だと?

 一体なんの話をしている?


 俺はこの奇妙な言動の男に警戒を怠らないように、気を引き締め直す。


「興味? ブラックウルフにか?」


 とは言えブラックウルフなどこの辺りに腐るほどいる。決して珍しいと言える魔物ではない。


「えっと、シルさんは旅人だとお聞きしたので、見たことがなかったのでしょうか?」


 俺の不信を感じ取ったとか、カラが俺にそう説明してくる。

 なるほど、旅人か。それなら納得の行く話ではある。

 その説明である程度の納得がいった。もしかしたらこの男、あまり会話が得意ではないのだろうか。


「いや、違うな。興味があるのは……この世界の住人の強さだ。お礼に、確かめさせてもらうぞ」


 しかし、その次の男の言葉は俺の納得を軽く踏みにじるものだった。


「なにを……ッ!」


 ゾクりと、背筋に寒気が走る。

 男が手を正面に伸ばし――


「――『イヴィル』。力試しだ。……この村の住人を、殺戮せよ」


 死神が降臨する。


 それを見た瞬間、悪寒を遥かに超え、吐き気すら催した。

 黒い霧の中からこじ開けるように出てきたのは、黒衣を纏った骸骨だった。


「な、なんだこいつは……」


 今まで俺たちが倒した討伐難度30を越える化け物たちは総計5体。

 毒を撒き散らす化け物『ガーゴ』難度は33、森の軍隊と言われる『バビルゴ』難度は35、灼熱の大地に棲む悪魔『ジルバニア』難度は39、水中の暴君『ラガー』難度は39、そして難度42の化け物、腐蝕のアンデット『ババルゴ』。


 あれらを討伐するのに一体どれ程の労力を費やしたか。怪我は神官によって完治したものの、一歩間違えれば死んでいたような化け物たち。


 そして今ここに表れた骸骨の化け物は、それらと同じ強者の風格を漂わせている。

 四メートルはありそうな骨の巨人。黒衣から出る手足は骨だけであるというのに、手持つ鎌はとてつもなく重そうだ。


 動けない。

 久々の強敵とあまりの出来事に、咄嗟の対応が出来なかった。


「さあ、せいぜい足掻け。俺の興味を満たしてくれよ」


 ――それは一瞬の出来事だった。


 その骸骨が横に凪いだ鎌が、複数の村人の腹部を切断したのは。


 最も近場にいたはずの俺は、気が付けば体が勝手に後ろに跳んでいた。

 俺は骸骨が鎌を振り上げた瞬間に、今までの勘が叫びを上げた。だから無意識の内に後ろへと跳んだのだろう。しかしその間鎌が村人の体に吸い込まれるのを見ながら、俺は逃げるので精一杯だった。皆見知った人物だ。いい隣人であり友人でもあった。

 それを、俺は回避する瞬間に、助けることなど全く考えはしなかった。

 こんな屈辱的なことは初めてだ。

 俺の内の怒りの炎が燃え盛る。


「てめえが、異常者だってのは理解出来た。てめえだけは……絶対に許さねえし、生きて返せねえッ」


 それを見て、ようやくことを理解した多くの村人が逃げ出す。蜘蛛の子を散らすように。

 それでいい。今から始まる戦闘に巻き込まれないでくれることを祈るのみだ。


「ガロン、お前の装備だ。……油断するなよ、あの『ババルゴ』クラスはある」

「助かる。何にせよ、ここで俺たちが食い止めないと村人が大勢殺されるんだ。確実に、やるぞ!」


 俺は現役時代に装備していた籠手と魔法効果が付加された指輪を三つつける。

 鎧は着けない。俺たち獣人は耐久力には優れているし、なにより鎧を着けると速度が落ちてしまう。

 しかしその代わりに防御の指輪を着けてる。これは魔法のシールドを常時展開してくれるかなりのもの。

 流石にあの鎌の一撃はキツいだろうが、それでも一瞬くらいは対抗してくれるだろう。

 更に速度を上昇させる指輪と五感を上げる指輪がある。


「行くぞ、散開!」


 仲間が全員骸骨の周囲へと散る。

 あの召喚師は骸骨を召喚すると同時に後ろへと下がっている。これだけの大物を召喚したのだ、疲労しているのだろう。あいつはこの骸骨と戦っている仲間が、奴が油断した隙を見て叩くつもりだ。

 最低でも素手でブラックウルフを倒す実力を持っている。得体が知れないために油断は禁物だ。


 まず最初に咆哮を上げながら骸骨へと迫るのはバランだ。

 あいつが持つのは巨大な斧。更に速度を上昇させる指輪、力を増加させる指輪、武器に火属性を付加させる指輪、防御力増加の指輪を所持している。


 バランが途中何もないところで斧を振り上げ、恐ろしい速度でそれを振るう。

 一瞬なにをしているのか理解が遅れたが、そこに起きたのは爆発。

 目には捉えれない速度で振るわれた鎌が、バランの斧と衝突したのだ。

 そしてバランの持つ火の加護の指輪により爆裂が起こった。気を引き締め直す。

 バランも全て見えてた訳ではないはずだ。戦士としての直感があいつをあの行動に移させたのだろう。


 しかし受け止めた、とは言い難くバランはその威力に押され後方へと吹き飛んでいった。

 その隙を見たシガルとマーチ、そして俺は、すぐさま骸骨へと駆けていった。


 骸骨は俺たちの方へ向き直ると鎌を振るう。

 しかし既に三度目。如何に早いと言えど予備動作や慣れから無理せずそれを避ける。

 他の二人も同様で、既にこの四人最速のシガルなど骸骨へと肉薄している。


 シガルは武器を何も持たず、防具の類も一切着けない。

 そして着ける指輪は風の加護の指輪、雷の加護の指輪、速度上昇の指輪のみ。

 武器の代わりになるのは自身の爪。

 無論、今の俺たちは人に近い姿のため爪などないに等しいが、獣人の実力の一部は『種族解放』といい、より獣の面に近しい存在になることが出来る。

 シガルはそれが出来た。爪だけではあるが、その爪は人など容易く殺せるほどの鋭さと強度だ。


「ハァアアッ!」


 鎌を振り切った骸骨を襲うのは爪の猛襲。

 所々に電撃と鎌鼬が走る。


 無論これだけで勝てるとは思わない。シガルとてそれは同じ。数秒と経たない内に後方へと退避する。

 そこへ僅かに遅れて鎌の柄での振り払いが通過する。


 その隙を利用し、骸骨の足に俺とマーチが拳を叩き付ける。二人同時での攻撃だ。その威力は相当に高い。

 その証拠に骸骨の片足が後ろに持ち上がり、バランスを崩して膝をつく。片足だけで膝をついた故に、そのまま全身が地面に叩きつけられそうではあったものの、鎌の柄で支え、それは回避していた。

 そこへ横から爆裂と共に斧での衝撃が走る。

 先程吹き飛ばされていたバランだ。


 バランの火力はチーム一。その衝撃に耐えきれなかった骸骨は、吹き飛び地面を転がっていった。


「てめえはよぉ、確かに強いぜ。だが足りねえ、足りねえんだよ」


 確かにこいつは全てにおいて早く、そして強い。

 気を抜けば簡単にこの命を刈り取られるほど。


 だがそれはさっきまでの話。


 こいつの強者としての風格は本物だ。そして実力も。


 しかし、圧倒的に単調。


 そのスピードに徐々に慣れていけさえすれば、それ以外特質して警戒することなどないほど。

 耐久性はあるようで、立ち上がり敵意を放つが先程の恐怖などまるで感じない。

 それに所々に見える皹や傷跡が倒せると言う確信を与えてくれる。


「足りねえぜ。生物としての、生きるための必死さがなぁ! いくぞ、てめぇらぁ――あ?」


 掛け声を上げ、攻撃に入ろうとした瞬間、体が崩れ落ちる。


 力が入らない。

 なんだ、これは。


 重たい頭を必死に持ち上げ、周りを見渡すと他の仲間も地面に倒れ、立ち上がろうと足掻いていた。

 なにが、起こった。


「おいおい、冗談だろ? 生きるための必死さとやらは何処に行ったんだ?」


「き、きさま、いっ、いったいなにを……」


 召喚師の男が嘲笑うかのように言葉を発した。

 まさかこの男が原因なのか。


「まあ、戦いぶりは悪くはなかった。最初は圧倒されていたかと思えば、すぐに『イヴィル』を手玉に取るとは、獣人たちの村にはお前らみたいなのが常在しているのか?」


 それはない。俺たちはたまたま引退後この村に世話になっていたのであって、他の村で俺たち以上の猛者はそうそういないはずだ。


 しかし、こいつの狙いは一体なんなのか。村人を殺すこと?

 それとも単に力試し?

 だがなんにせよ、村人の逃げる時間はしっかりと稼いだはず。

 なにをされたのかは不明だが、今まで世話になっていた彼らに少しでも恩を返せたのならば――


「それにしても、呪術対策すらしていないとは、正直驚きだな。死の呪いのオーラを常時放っているのは丸わかりなのだから、対策がないなら『イヴィル』に目を奪われるなど愚策中の愚策。……それとも、呪術に関して知識がないのか?」


 それを聞いて、俺は耳を疑う。

 呪術、だと?


 聞いたことがある。特定の人物や魔物が使う魔法のようなものだと。それは主に暗殺や呪いをかけ相手を苦しめるなど、負の面が強く知識が必要だと。

 しかしあくまでそれは使うものも高度な知識と技術が必須で、そうそう出くわすことはないと。魔物もしかり。

 であるならば、この魔物は一体どれほどの難度なのか。


 いや、それよりも、それはつまり――


「ほ、ほかの、村人は……?」

「『イヴィル』の呪いで、常時発動している呪いは三つある。一つが魅了と恐怖の呪い。これは実感したと思うが、『イヴィル』を見たものが強制的に興味と恐怖を抱く呪い。まあ、ある程度の時間が経てば慣れてしまう可能性もある、弱い呪いだ。

 二つ目が呪殺の呪い。これは今正にお前たちが実感しているものだ。『イヴィル』の姿を十秒以上見続けた者を、個人差はあるものの一定時間後に殺す、という呪い。……つまり、これがお前の質問に対する答えになるな」


 この骸骨の魔物が出現するまでのあの空白の時間。あれは確実に十秒あった。そしてその間に逃げ出した者はいない。

 もしその答えに嘘がないのであれば、村人は今ごろほとんどが俺たちと同じ状態に陥っていると言うこと。

 俺の内にあった希望を、絶望が覆う。


「き、きさまぁあぁ!」

「そして三つ目の呪いだが、これがなかなか気に入っていてな。骨呪の呪い、という。これは『イヴィル』の手か鎌、あるいは呪いによって死んだ者の骨を操り眷属にするという呪い。――魅了と恐怖呪いにより呪殺の呪いをかけ、そして呪殺された死体は骨呪の呪いにより眷属と化す。実に質の悪い呪いの連鎖だろう? コストパフォーマンス的にも相当に優秀に作った俺の傑作だ」


 徐々に、燃え盛る怒りの炎さえ消えていく。そして憎しみや怒りをいくら募らせようと――この体を動かすことは叶わなかった。












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