死神降臨
兵士が三名、俺に向かって果敢に攻めかかってくる。どいつもこいつも屈強そうな体を持った男――漢たちだ。
だがそれは勇敢というより、ただ無謀に過ぎなかった。
俺に武器を持つ、三人の兵士が近寄った事によって、俺の持つ自立式自動防御魔法……よりにもよって『腐廃王蟲』が条件を揃え発動する。
突如として現れたソレは一見人の形をしていた。しかしよく見ればソレの体は腐り、顔には大量のウジ虫が湧いているのが分かる。
いきなり現れたソレに対し、三人は一瞬ぎょっとするも、排除すべくそれぞれの武器を振るう。
兵士三人からすれば驚くべき事に、ソレは振るわれた必殺の三撃を無抵抗に受け止めた。
斬りつけられ、それぞれの刃をその身に受けたはずのソレは、しかし無反応。
だが兵士の反応は違った。斬りつけたのはいいが、武器が動かないのだろう。
必死に武器をソレから引き抜こうとするも、びくともする気配すらない。
「なんだ、こいつは……」
俺に向かってくるほどだ、余程の自信があったのだろう。男三人はソレに自分たちの武器が通用しないことに驚愕にくれている。
だが驚くべきのはまだ早い。
ソレが、突然弾けた。
四散、などでは生ぬるいほど細かい破片が周囲に飛び散る。
そしてそれは重力に逆らい、三人の男たちへと群がっていった。
『腐廃王蟲』。あまり好きではないんだが、人形の姿をしたソレは、大量の蟲が集まって擬態――出来ているのかは置いておいて――したものだ。
こいつは敵と認識したものが近付くと自身を爆散させて敵へと群がり食い尽くす。
「ぐぁ、ばぁぁああ――」
悲鳴を上げる途中で蟲が口内へと侵入でもしたのだろう。奇妙な叫びをあげながら崩れ落ちていく三人の兵士たち。
瞬く間にソレらは三人の肉を貪り尽くし、あっという間に骨へと変わる。
この辺だろう。蟲は三人を骨へと変えると対象を次へと移す。
こいつらの厄介なのは自立式だと言うこと。故に対象を殺そうが関係なく、なにより俺の意思とは無関係に生物を食らい尽くす。
今はまだいい。俺の意思とは無関係とは言え基本的に俺への敵対行動はない。その様に設定したからだ。だがこいつらの子孫はその行動設定を変化させるだろう。
だから、今のうちにこいつらは始末しておかなければならない。
「――『朽木鳥』」
俺の一言と同時、肩からまるで木製の鳥の置物のようなモノが二つ。
一見生物には見えないが、実質こいつらは生きている。
『朽木鳥』は首を細かく二、三回動かすと、俺の肩から蟲の方へと飛び立った。
それによる、人へと殺到していた蟲たちの反応は顕著だった。まず動きが一瞬ピタリと止まる――それから向きを変え『朽木鳥』の元へと群がり始める。
これこそ『腐廃王蟲』用に創った『朽木鳥』の特性。この鳥は蟲に――主に王蟲系に――対してある特殊な香りを出す。言ってみればこいつらにとっていてもたってもいられないほどの美味な香りを周囲に撒き散らすのだ。
それに反応した蟲は『朽木鳥』に群がり――そして吸収され動けなくなっていた。
この鳥は見た目は弱そう、いや、実際弱いが、蟲に対する補色能力の高さは圧倒的だ。次から次へと『朽木鳥』に食らい付こうとする蟲を、体に触れた順から瞬時に体内へと吸収していく。
先程まで蠢いていた無数の蟲たちはこの一瞬で全滅した。
ふと、周りを見ると自動防御魔法によって召喚された『餓雷狼塵』が、俺に敵意を向けた者を残さず始末した様だ。まあ、だいぶいたぶって遊んでいたようだが、大した問題ではない。余裕だからこそのその態度であり、危機的状況であればそんな事をせずただ敵の殲滅に徹するはずだ。
なんにせよ、『餓雷狼塵』が敵対者を殺した今残るは――
「てめえら、だな」
「ひぃ、ひぃいいいいい」
「や、やめ、やめてくれ! か、金ならいくらでも出そう! もし欲しいものがあるのなら、な、なんでもやるしなんでもする!」
「神よ、お許し下さい」
三人の老人に視線を向ける。
どの老人も立派な装飾品で全身を着飾り、着ている服も上品なものばかり。恐らくかなり偉いやつらなんだろう。
だからと言って、大した問題ではない。
俺は静かに下を見つめる。石造りの床には何か円のような形の陣、魔方陣と思われるものが刻まれていた。
……やはり、か。
恐らく大方の事は俺の予想通りだろう。だが他の細かな部分を正確に照らし合わせる必要がある。
つまり、
「お前ら、これは魔方陣だな? これで俺を呼び寄せた……違うか?」
俺の言葉に反応しなくてはならないと即座に判断した老人は、焦った様子で弁解を始める。
「そ、その通りです! し、しか、しかし我々はまさか、あなたを召喚してしまうとは思わず、こ、このような事に――」
「もういい、それよりも次だ。この世界、貴様らの身分、魔法について細かく詳細に話せ」
「は、はい、畏まりました……」
三人いる内の一人は怯えすぎて狂い始めているので使えず、もう一人は神に延々と許しを乞うている。故に俺の言葉に対応できるのは残りの一人の老人のみだ。
だがそれで十分だった。
詳しき事は聞けた。
まずはこの世界。
俺は唐突に呼び出され、思考が追い付く前に複数の兵士と魔術師に囲まれおり、それと同時に自動防御魔法が発動して今に至った訳だ。
そんなそうそうにやらかしてしまったこの世界の名は『プラドン』。
魔法が繁栄した世界のようだ。
俺が今いるのはその世界の大陸の一つである『エノーヴァ大陸』、そこにある『エバナ国』なのだと言う。
プラドン、エノーヴァ、エバナ。めんどくさい。
そしてこの老人含めた――俺が、正確には俺の防御のために発動した魔法の召喚獣が殺し尽くした――者たちは、その『エバナ国』の特殊工作部隊なのだと言う。
召喚の目的は他国への優位性。伝承に残るが確かなこの大規模召喚魔法は、国から多くの研究費が費やされ、更にはその分だけ大きな期待がかけられているらしい。
そしてこの世界での魔法の立ち位置は、魔法なしでは生活が成り立てぬほどであるという。彼らの認識では魔法とは不思議だが高度な法則性を持ち、それと術者の才や適正によって威力や効果の差が出てくるらしい。
つまり個人の力がより重要視されるのだろう。
……他にも幾つか聞いたが、こんなところだろうか。
さて、情報は聞き終えた。
この老害どもの処分は決まっている。
「――『餓雷狼塵』。こいつらを殺せ」
「ば、バカな! 私は話したぞ!? だ、騙したな!」
俺に情報を提供していた老人が急に口調を荒らげ、顔を真っ青にする。
不思議な男だ。
「俺は話したからと言って助けてやるなどと言った覚えはない。勝手な勘違いをするなよ老害」
「く、くくくく」
突然その男が笑い出した。
……気でも狂ったのか?
「くくく、イカれた貴様の事だ。そう言うと思っていたわ。だから儂も準備させてもらったぞ――」
そう言うと老人は手を地面に叩き付ける。
これは、不味い。
「『餓雷狼塵』、こいつを最優先で殺せ」
「――『転移』!!」
俺の言葉に『餓雷狼塵』が雷撃を発射するとの、老人の『転移』が発動するのは同時だった。
光の粒が老人を包み消えいく中、雷撃が老人に迫り――
気が付けばそこに老人の姿は無く、あるのは雷撃の余波を受けた、二つの焼死体のみだった。
「外したか、それともギリギリで命中したか。……まあいい。些細な問題だ。そんなことよりも、外に行って、アレを探さねえとな」